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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第一章『討伐士認定試験』
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第十一話『数多の想いを背負って』

 「────竜馬って、討伐士の第二位だったのか。知らなかった。そんな大物に助けられたのか。」


 驚きに思わず声が漏れた。


 あの時の竜馬は、特別な雰囲気を纏っていなかった。ただ穏やかで、優しくて、どこか影を落とした目をしていて──まさかこの国を代表する討伐士上位の一人だとは、微塵も思わなかった。


「でも彼は、君達のことを楽しそうに話していたよ。それに彼は、君たちのことをすごく気にかけていた。"同い歳だから放っておけない" ってね。」


 そう語る蓮の表情は柔らかかったが、同時に複雑でもあった。目の奥には、どこか懐かしさと、悔恨と、そして少しの寂しさが混ざっている。


「───そんな時もあったな。……あの時は、まだコイツも元気だったのに。」


 隣で眠る愛菜の白い顔を見つめながら呟いた。

 彼女の胸はかすかに上下している。生きている証拠だ。だがその動きは弱く、まるで今にも消えてしまいそうなほど儚かった。


 ──悔やんでも、彼女は目を覚まさない。


 どれほど叫んでも、泣いても、願っても。

 届かないものは届かない。この現実は残酷で、冷たくて、それでも俺たちの前に静かに横たわっている。


 だけど。


 きっと愛菜は、今も戦っている。

 自分の意識の奥底で、闇に呑まれぬよう必死にもがき、運命に抗っている。

 その姿が目に浮かぶようで、胸が痛んだ。


「深海、今はこの子の運命を信じるしかないわい。そういえばお主、討伐士なんじゃろ?丁度いいところに来た。…ワシからの頼みなんじゃが、良かったら深海を、討伐士として推薦してくれんか。」


 じいさんの言葉に、蓮は軽く眉を上げた。

 彼の視線が俺をまっすぐ捉え、まるで心の奥を覗き込むように真剣になる。


「────あなたは …… まさか。…分かりました。ですが僕が推薦しても、確定で討伐士になれるかは分かりません。あの世界は完全に、実力主義の世界ですから。」


「そうじゃな、それは分かっておる。……じゃが、こやつは強い。ワシが認めよう。ワシの構えを引き継いでおるからの。」


「────師匠。」


 胸が熱くなった。

 最初の頃は歯が立たず、一撃すら返せず、何度倒されても立ち上がるしかない日々だった。

 悔しくて、情けなくて、それでもやめられなかった。


 そんな俺を誰よりも見てきた師匠が──今、俺を「強い」と言ってくれた。


 その言葉は、どんな名誉よりも重く、どんな褒美よりも嬉しかった。込み上げるものを堪えるため、思わず拳を握りしめた。


「そうか……それじゃあ、君の腕を確かめさせてもらいたい。これはある提案だが、明日開催される "討伐士認定試験" この試験で上位5位に入る事が出来れば討伐士になれる。良かったら出てみないか?」


 蓮の声は真剣で、逃げ道のないほどまっすぐだった。


 ──とんでもないビッグチャンスだ。


 明日。

 たった一日。

 その試験で、人生が変わる。


 断る理由なんて、どこにも無かった。


「もちろん、出る!」


 迷いは一切なかった。愛菜のためにも。

 師匠の期待に応えるためにも。

 そして俺自身の未来のためにも──


 ここで立ち止まるわけにはいかない。


「ふふっ、そう言ってくれると思ったよ。じゃあ僕から新しい参加者として、小柳深海という名をエントリーしておく。場所は東商の中心にある『天皇宮殿』。集合時間は朝の7:00だ。」


「分かった、持ち物とかはあるのか?」


「特に必要ないよ。…そうだ、一つだけ言っておく。試験内容は当日にならないと明かされない。だから僕たち討伐士側も、正直なところ把握していないんだ。日によって試験内容がバラバラだからね。本当に何が来ても大丈夫なように準備しておくことをオススメするよ。」


「分かった、色々ありがとな。そうだ、竜馬にもよろしく伝えておいて欲しい。色々助けられたからさ。」


「了解した。明日は、君の健闘を見守る事にしよう。────この青年に、ありったけの天の御加護がありますように。」


 そう囁いて蓮は、そっと深海の胸元に手を触れた。

 触れられた部分が、じんわりと温かくなる。

 緊張が溶け、心の中心だけが光に包まれるような、不思議な感覚だった。


 そして次の瞬間──蓮の姿はふっと霞み、風に溶けるように消えた。まるで漫画やアニメで見る“瞬間移動”そのままの速度だった。


「────深海、この子のことは心配せんでいい。ワシらでしっかり見守っておく。お前さんは、やるべき事を見誤らず、自分の想いを信じて望むんじゃ。ここがお主にとって、大事な分岐点になる。絶対、勝ち取るんじゃぞ。」


 師匠の声は静かだが、どこまでも重く響いた。

 その一言一言が胸に突き刺さり、身体の奥が熱くなる。


「────はい、師匠。」


「いい面じゃ。まあ、ワシは最初から心配などしておらんがな。」


 師匠が微笑んだ。

 どれほど苦しい修行であっても、一度も折れずに続けてこられたのは、この笑顔を裏切りたくなかったからだ。俺も、自然と微笑み返した。

 

その瞬間、自分の中に一本、確かな芯が通ったような気がした。


 どんな試練が待つのか、恐怖より先にワクワクが勝つ。この胸の高鳴りこそ、ずっと探していた“本気”だ。


 深く息を吸い、寝ている愛菜のそばへ歩み寄った。


「───愛菜、ごめん…。オレ、昔は本当に未熟だった。自分のことで精一杯で、君の存在がどれほど大きかったのかも、全然気づけていなかった。」


 床に横たわる彼女の手は細く、少し冷たくて、でも確かに温もりが残っている。

 その指先を強く握りしめながら続けた。


「────それでも、今なら分かるよ。愛菜がオレを支えてくれていたこと、どれだけオレに力をくれていたのか。だからこそ、今度はオレが君を支える番だ。」


 喉が詰まり、言葉が震える。


「必ず結果を出して、また帰ってくるよ。帰ってきた時は…その時はさ、あの時みたいに、玄関から飛び出して迎えてくれると嬉しいんだけどな……。」


 涙が頬を伝ったが、拭わなかった。泣いてもいいと思えた。この涙は弱さじゃなく、誓いの証だ。


 聴こえているかは分からない。

 言葉が届いているのかも分からない。

 それでも、心に沈んだ何かが確かに溶けていった。


 ─────シンくんなら、大丈夫。


 まるで愛菜の声が背中に触れたように、そんな言葉が胸の奥に浮かんだ。


 彼女の優しい笑顔が重なる。

 気のせいだとしても、今はそれで十分だった。


「師匠、少し外出してもいいですか。」


「────構わないが、夜も遅いから気をつけてな。行く場所は大体わかっておるが。」


 師匠の言う通り、行く場所はひとつだけだった。

 心を整えるためか、何かを確かめるためか──自分でもよく分からない。


 ただ、歩かなければならない気がした。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「まさか、こんなに早く戻って来るとは、何かあったのデス?」


 小屋の扉を開けた瞬間、焚き火の橙色がふわりと揺れ、その光の前で美咲が首を傾げる。

 その表情には、心配と安堵が混ざっていた。


「美咲、オレ、討伐士認定試験を受ける事になったよ。明日の朝だ。」


 俺は深く息を吐き、今日起きた全てを順に語り始めた。師匠との対決。愛菜の悲劇。突然の弁慶の出現──そしてその残酷さ。


 言葉にするたび胸が痛み、喉の奥がひりつくようだった。


「────そうだったんデスか…。そんなに悲劇が重なって、そのベンケイってやつ、許せないデス! Angryデスよ!!ったく!」


 美咲の声は震え、瞳の奥に怒りが燃える。

 普段は無邪気な彼女が、こんなにも他人の痛みに怒ってくれる。その事実に、胸が熱くなった。


「そんなに怒ってくれるとは思わなかったけど…でもオレ、今は認定試験にしか集中してないんだ。」


 彼女の怒りが俺を守るように寄り添ってくれる気がして、思わず視線を落とした。


「実は私も、認定試験を受けた事があるんデスが……私は落とされてシマイマシタ。」


「お前が、落とされたのか? 剣術に関しては、討伐士にも引けを取らない強さだろ。」


 美咲は少しだけ微笑む。その笑みは、強さと悔しさが入り混じった静かなものだった。


「"剣術" という一個のカテゴリーだったら、ワタシの方が強いかもですが、試験内容は剣術だけではないのデス。正直、生半可な気持ちで挑めば、後遺症を残して帰る子も大勢いるらしいのデスよ。」


 語る声は淡々としていたが、過去の痛みが滲んでいた。焚き火の光が彼女の横顔を照らし、その影が揺れた。


「────マジか…思ってたよりも残酷なんだな。」


 自然と拳に力が入る。

 明日向かう場所は、覚悟の無い者が踏み込めば命すら削る世界だ。


「でもワタシは、キミなら行けると思っているのデス。」


 美咲は胸の前で拳をぎゅっと握り、まっすぐ俺を見つめた。


「君には剣術も体術ももちろん備わっていますが、 "何事にも屈せず挑める精神力" があるじゃないデスかだから、そんなに緊張せず、日々の訓練の感覚でチャレンジすれば良いんデスよ。」


 その言葉は焚き火より温かく、静かに心の奥へ染み込んだ。肩に乗っていた重圧が少しだけ軽くなる。


「ああ……ありがとな。訓練に付き合ってくれて。1年って、結構長い期間だからさ。本当に感謝してもしきれねぇっつうか。」


 俺は正直な気持ちをそのまま言葉にした。

 この一年がなければ、明日の試験に立とうとする覚悟すら持てなかった。


「じゃあ、認定試験が終わった後、ここに報告しに来てクダサイ。そのお土産話だけで、ワタシは嬉しいので。 失敗しても成功しても、絶対に来てくださいネ。」


 彼女は柔らかな笑顔で言った。

 どこか母のような、姉のような、そんな優しい声音だった。


「あぁ! 絶対に成功もぎ取って、討伐士の格好でまたここに来るよ。約束だ。」


 俺は小指を差し出す。

 それを見た美咲がクスッと笑い、小指を絡めた。


「自分を信じて、自分を律して──あなたを応援してくれる人たちを信じて。頑張ってクダサイね。モチロン、ワタシも応援していますよ。」


 その声は決意を支えてくれる力になり、

 胸の奥で静かに灯火が燃え上がった。


 ───決戦前夜。

 色んな人の想いを背負い、逃げ場のない覚悟を抱きしめる。


 明日、運命の時へと駒を進める。

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