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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第一章『討伐士認定試験』
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第十話『第52代任命式』

 “討伐士”───それは、ただの治安維持組織ではない。


 かつての警察が法と証拠によって犯罪を裁いたのなら、討伐士は“己の技と魂”によって犯罪者を制し、更生の道を示す者たちだ。


 彼らは騎士のように重い鎧を纏わない。むしろ正反対で、動きを阻害するものは極力排除されている。軽く、しなやかで、戦場を駆け抜けるためだけに存在する衣装。


 その中で唯一、全員が同じものを身に付ける────胸元に勲章が染め抜かれた白い上着。それは威厳というより“覚悟”そのものだった。


 この文化は、すでに五十二代に渡って受け継がれている。討伐士が胸に刻む心得はただ一つ。


 『心を制するものは、己を制す。』


 それは単なる標語ではない。戦いの最中、恐怖や怒りに呑まれれば、刃は狂い、判断は濁り、結果として命を落とす。


 だから討伐士はまず“心”を鍛える。自分を律することのできる者だけが、人を守る刃を持つ資格があるとされているのだ。


 討伐士を志す若者が多い理由は、名誉はもちろんのこと、“生活が保証される”という現実的な恩恵が大きい。


 安定した収入、住居の確保、国家からの厚い支援──討伐士であるだけで人生が変わると言ってもいい。それゆえに、子に過剰な期待をかけ、幼い頃から剣を握らせる家庭も多い。


 だがその道に進めなかった者にも未来はある。

 一般的な職とは他に、『治癒術師』と『機工術師』という二つの専門職だ。


 治癒術師は討伐士の影の主柱。怪我をした仲間を癒し、命を繋ぎ止める“救いの職”。彼らの存在がなければ、討伐士が何人生き残れたか分からない。


 一方の機工術師は、討伐に必要な罠・装置・防具を作る技術者たち。彼らは裏方でありながら、時に戦局を左右する装備を作り出す。


 ただし──銃だけは世界規模で禁じられた。


 ある事件を境に、銃は“文明ではなく殺戮の象徴”とみなされ、完全に封じられたからだ。


 ───これが、この世界を支える基盤である。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ──────「これより、第52回 討伐士団 任命式を執り行います。」


 荘厳なホールに、副団長・マイケルの声が重く響きわたった。天井はまるで神殿のように高く、巨大なシャンデリアが黄金色の光を降らせ、赤と白の幕が鮮やかに会場を彩っている。


 ステージ中央には、討伐士団の勲章──“両翼の剣”が刻まれ、まるで呼吸をしているように微かに光を放っていた。


 会場には何百もの歴戦の討伐士たちが背筋を伸ばして立ち尽くし整列している。新人候補生たちの緊張は空気が震えるほど伝わってきた。


 ここに立つだけで手が震えるほどの威圧感と、選ばれた者だけが感じる誇りが混じり合っている。


「天皇陛下、前へお願い致します。」


 会場全体が水を打ったように静まり返る。

 天皇陛下が歩み出るたび、床板がわずかに軋み、誰もが息を呑んで見つめていた。


「新団長──神蔵かみくら 源治げんじ、前へ。」


「はっ……陛下。前を失礼致します。」


 黒髪を後ろに流し、鋼のように引き締まった背中を持つ男──神蔵源治が歩み出る。


 一歩進むごとに、彼の纏う“覇気”が空気を揺らし、周囲の討伐士たちでさえ背筋を伸ばし直すほどだった。


 彼は天皇の前で片膝をつき、胸に手を当て、深々と頭を下げた。 その姿は、ただ強いだけの男には決して出せない、洗練された美しさと威厳があった。


「──────神蔵源治殿。あなたを、第52代討伐士団長に任命します。この国の治安と人々の安寧を守り抜くことを信じ、ここに地位を授けます。」


 会場の空気が一瞬で張り詰める。


「では新団長、一言お願い致します。」


 源治は立ち上がり、会場の全員を見渡した。

 その双眸は氷のように静かで、炎のように熱かった。


「まず、天皇陛下様。この身に余る地位を授けてくださり、感謝いたします。」


 丁寧に礼を述べたあと、声が一変し、鋭く響き渡った。


「さて、お前ら討伐士たちよ──覚悟はいいか。」


 その瞬間、会場が息を飲む。

 たった一言で、全員の思考を掴む力があった。


「俺は、この代で“香良洲からす”の残党を一人残らず暴き出し、この世界から闇を払う。守るためじゃない──奪われた平和を奪い返すためだ。その為に、お前らの力を貸してくれ。いや、お前らの力が必要なんだ。」


 源治は拳を高く掲げ、吼えた。


「お前らは俺に、そしてこの国に─────命を捧げる覚悟はあるかぁぁぁぁァァァッ!!!!!」


 ドォォォォォォォンッ!!!


 会場全体が揺れるほどの大歓声が巻き起こった。

 叫び、拳を天に突き上げ、足踏みが地鳴りのように響く。


 討伐士団長・神蔵源治──

 その男は、圧倒的な強さだけでなく、人の心を燃え上がらせる“真の指揮者”だった。


「これからは、我々はひとつになり、この国を、この『東商』を守り抜かなければいけない。未だ極悪集団『香良洲』の居場所すら突き止められていない。だが我々なら絶対に人々を安心させることができると信じている!命を全力で捧げろ!!───以上。」


 源治の声が堂内の天井へ吸い上げられ、そして一気に熱を落とすように静かになった。

 その静寂は、たった数秒だったのに、まるで式全体が軽く息を呑んだような重みを帯びていた。


「団長、ありがとうございました。」


 司会のマイケル副団長が深々と一礼すると、会場の空気が再び動き出す。

 ホールには、千を超える討伐士たちの緊張した呼吸、布の擦れる音、鎧の留め具が微かに触れるかすかな金属音が、まるでひとつの波のようにひろがっていく。


「続いて、討伐士として最も優秀な騎士TOP5を発表する。これは単純な戦闘力と、この世界の貢献度で判断している。」


 青白い光が広がり、名前が順々に浮かび上がっていく。 場内の空気が一変する──緊張と期待、嫉妬や尊敬の感情が入り混じり、独特の熱を生み始めた。


「─────最初に5位からだ。5位は …… アルグ・メイリイ。みんなに対して一言。」


 ステージに上がってきたアルグは、腰に手を当てながら艶やかな微笑みを浮かべ、人差し指をひらりと揺らす。


「うーん、まぁこの第5位ってのは確かに凄いけど、まぁ正直ネ、ヨクワカラナイカラ、まぁ1個言いたいんだけど、私の彼氏に色目使ったら住所特定して〜末代まで呪うから♡♡覚悟しててね?♡♡」


 会場がざわつく。

 冗談なのか本気なのか判別がつかない、彼女特有の甘い毒のような声に、何人か本気で身を引いた。


「─────続いて4位、4位は …… 高野煌真(たかの こうま)。みんなに対して一言。」


 煌真は、無駄に整った顔立ちに無表情を貼りつけたような男だった。

 ステージに上がっても堂々とするでもなく、照れるでもなく、ただ淡々と喋り始めた。


「……………………。嬉しいです。これからも、適度に頑張ります。ハイ。」


 必要最低限の言葉、それ以上は語らない。

 会場のどこかがクスッと笑ったが、そのシンプルさが逆に妙な存在感を放っていた。


「─────続いて3位、3位は …… 隘路陽真(あいろ あきまさ)。みんなに対して一言」


 陽真が飛び跳ねるようにステージへ上がる。

 上着の袖が筋肉でパツパツに張っているのが遠目でもわかる。


「みんな!!俺、今すげぇ嬉しいんだ!ありがとう!!だけど、上着がすげぇ邪魔だ!終わったらすぐ筋トレだな、筋トレ!一緒にやろうぜ!」


 場内の笑いがさらに大きくなる。

 彼のテンションは常に筋肉のように限界突破しているらしい。

 司会のマイケルが若干うんざりした顔で手刀を切る。


「────はい、もうそこまででいい。続いて2位、2位は …… 折木竜馬(おれき りょうま)。みんなに対して一言。」


 竜馬はスッと歩いてきて、落ち着いた口調で話し始めた。彼だけ周囲の空気が静かになる、不思議な説得力を持っている。


「ええっと、僕がこんなに名誉な功績を貰っていいのか、少し不安ですけど。でもこの第2位という位を貰っても気を緩めず、色んな人間の手助けをしていきたいと思ってます。」


 謙虚で、実直で、柔らかい。

 その語り口に、思わず頷く討伐士も多かった。


「─────そして第1位は、神蔵蓮(かみくら れん)。みんなに対して一言。」


 ステージの中央に立った蓮に、会場が自然と静かになった。彼がまだ若いのに、背負う覚悟や気迫は父・源治に勝るとも劣らない。


「お父様に続き、"討伐士" という、なれる事に対しても凄くハードルが高い職業のトップに立てたことはとても嬉しく思います。僕は、この国が好きです。なので僕の持てる全ての力を使って。皆さんの、そしてこの世界の平和を守り抜いていきたいと、そう思っています。ありがとうございました。」


 彼の言葉には熱があったが、同時にどこか影があった。責任、覚悟、そして何か誓いのような…深く沈んだ決意。


「───ではこれにて任命式を終わりにする。解散にしようと思うが、なにか全体で言う事がある奴は。」


 ざわめきが広がる中、蓮が一歩前に出た。

 その眼差しは、さっきまでの晴れやかな笑みとは全く違っていた。


「副団長。少しお話してよろしいでしょうか。」


「許可する。神蔵蓮。」


 蓮は深く息を吸い、重い話を落とすように口を開く。


「最近、世間を騒がせている "天道教" は、信仰宗教の中で最も悪質な存在です。そして僕の調べから、天道教の側近、すなわち幹部は、"合計7人" いると言われています。皆さんくれぐれもお気をつけください。」


 その瞬間、空気が変わった。

 冗談も笑い声も一切消え失せる。

 まるで冷たい霧が会場中に漂い、戦士たちの背筋をゆっくりと撫でていくような感覚。


「へぇ?7人ねぇ、まぁ私はぶっちゃけ、彼氏に手出さなければどーでもいいんだけどさぁ?」


 アルグが相変わらず場の空気を理解しているのかいないのか、毒のある笑顔を浮かべる。


「了解しました。任務を行う際に注意してみます。」


 竜馬が真剣な目で応じる。


「そうか!7人か!!いい案があるんだが、7人全員筋トレに誘ってみたらどうかな!!筋トレは心を豊かにし、善悪などどうでも良くなるんだ!!筋トレをすれば世界が平和になる!!是非!筋トレを!!」


「7人、天道教は東商の中で最も信仰者が多い宗教団体だ。その中の最強幹部が7人居るって考えたら、結構恐ろしいな。」


 煌真は珍しく少し青ざめていた。


 ───その時だった。


「……僕は、信じないぞ。絶対に…」


 第一位・神蔵蓮が、誰に向けるでもなく、ぽつりと呟いた。その声は震えていた。怒りか、恐怖か、あるいは別の何か。

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