私は自由を奪われるのだけは、受け入れられなかった。
「決めたわ。あなたのことを息子の婚約者にする」
私、カリアンカは八歳の時に突然、そんなことを言われた。
相手は私よりも上位の存在で、この国の王妃ともいえる人だった。私は公爵令嬢で、まだ子供だったからこそ親に養われていた。
その王妃様の発言に対して、私には拒否権はなかった。
そもそもの話、王妃様は「一緒に過ごしていけば情が芽生えるはずだわ」とそう言い放っていた。形から入るタイプのようだ。確かに強制された環境がどうにもならないとなれば、そういう風に受け入れる人は居るだろう。
王太子殿下は私の見た目が気に入ったらしく、「母上は一度言い出したら聞かない人だから」とそう言って本気で嫌がったりはしなかった。王妃様に何を言っても仕方がないとそう諦めているのかもしれない。
――そして私が王太子の婚約者という立場におさまることを望んでいるのだろうというのは分かった。
その場にいる侍女や騎士達は当然のことだが王族の決定に何を言うことも出来ない。まるで私が王太子の婚約者になるのが決定事項だとでもいう風に、彼らは笑っている。
私が拒絶しているのも、子供だからとそう言って。
私の意見なんて聞きもしない。
私は王太子の婚約者という立場が嫌というより、強制されているのが嫌だった。というか私の意見を受け入れもせずに、自分の意見が全て通るとそういう態度をしているのが嫌だった。今回の一件で王妃様のことも、王太子殿下のことも嫌いだとさえ思えた。
確かに地位はあって、王太子の婚約者という立場になれば贅沢も出来るだろう。恵まれた生活は保障される。公爵令嬢としては成功していると言えるかもしれない。
――だけど、私は嫌だった。
だから一旦、「両親に相談させていただきますわ」とそう濁して王城を後にした。
正直言って同じ年頃の王太子殿下にまだ婚約者が居ない状況なのだから、こういうことは予想は出来た。こんな風に強制されることなく、段階を踏んで婚約打診をされたのならば私はそれを受け入れたかもしれない。
でももう既にその選択肢は私の頭から消えた。
このまま拒絶を繰り返しても結局埒があかないというのは分かった。一旦公爵家の屋敷へと戻って私は両親に今回のことを話した。
「私の意思を尊重してくださらない方とは婚約なんてしたくありません」
私ははっきりと両親にそう言った。
だってこんな風に自分の望みのために相手の意見を聞かないタイプの人とは、近づきたくないなというのが本音だった。
お父様もお母様も、私がどういう性格をしているか知っているはずだった。私が昔から、何の為に行動し続けたかを。
だから私は当たり前みたいに両親は私の意思を尊重し、一旦婚約を結ばない方向にしてくれると思っていた。相手は王族だけど、私の家は筆頭公爵家で向こうもその意見を無視できるわけではなかったから。
だけど――、
「カリアンカ。王妃様からの提案は素晴らしいものだ。私の娘が王妃になるなんて」
「カリアンカ、嫌だなんてどうしてそんなことを? 王太子殿下は素晴らしい方だから、婚約者として接しているうちにきっとあなたも好きになれるわ」
自分の味方をしてくれると思い込んでいた両親は、私の意見を無視してそう言った。
私がただ一時的な感情で嫌がっているだけだとそう思い込んでいる様子だった。私は本気で嫌がっていたし、そもそも私は元々から自分の意思にそぐわないことはやりたくないと言い続けていた。そういう私の性格を知っているはずなのに。
それでも――王太子の婚約者という立場は素晴らしいものだからと受け入れるべきという態度だった。
きっと私が嫌がっても、婚約者として接しているうちに受け入れるはずとそう思っているようだった。
私はその言葉を聞いた時に、とても悲しい気持ちになった。そう、感じたのは失望。両親に対する気持ちがすーっと冷めていくのが分かった。
周りから見てどれだけ素晴らしいものだったとしても、本人がそれを嫌がっているのならばそれは望ましくないもの。少なくとも――私は嫌な気持ちでいっぱいだ。
それなのに私の意思を無視して勝手に話を進める。そんなもの、要らない。私にとっては不要なもの。
だけれども私は子供だから――、このまま此処に居れば王太子の婚約者という立場を強要されるだろう。
周りはいずれ私がそれを受け入れると信じている。ずっと訴え続ければ本気で嫌がっていることは分かってもらえるかもしれないけれど、そんな風に疲弊するような状況に敢えて身をゆだねる必要性などない。
――だから、私は一つの決意をした。それからの私の行動は早かった。
*
まず、私、カリアンカの話をしよう。
私はとある公爵家の長女として産まれた。何不自由なく生きさせてもらえたし、やりたいことはなんでもさせてもらえた。恵まれた立場であるとは思う。
そんな私には、前世の記憶がある。
前世で私は、人の善意を信じすぎてしまった。世の中には優しい人ばかりだと、そんな風に愚かにも思い込んでいた。
その結果、私は自由を奪われ、使いつぶされ、そのまま限界が来て亡くなった。
自分のことだけど、優秀ではあったとは思う。勉強をすることが好きだった。薬師となって、途中まで幸せな人生を生きていたとは思う。だけど目をつけられてしまった。
恋人もいたけれど、そこからも引き離れた。
気づいたら鳥かごの中に押し込められた。だけど前世の私は――途中まではこれが人の為になるからと、自分に言い聞かせていた。周りが自分を使いつぶそうとしているなんて思ってもいなかった。
気づいた時にはもう抜け出せない包囲網が出来ていた。
……それに私が作った薬も、その利益も他者が手に入れた。それこそ名誉も全て。
私の名前なんて誰も知らず、ただ私は利益を生み出す鳥かごの中の鳥のようなものだった。
高齢まで生かされ、私はずっと働かされていた。
私が体調を崩しても誰も心配なんてせず、当然閉じ込められた世界で友人なんてものもいない。私の言葉を聞く人など居ない世界で、私は一人静かに亡くなった。
何一つ残すことも出来ず、全てを奪われた状況で。
だから私は――この世界に生まれ変わった時、もう二度と私の自由を奪わせないとそう誓ったのだ。
私は私のやりたいことをして、無理強いしてくる存在には誰であろうとも屈しないと。全力で逃げ、抗うと。
私の意思を無視して勝手に王太子の婚約者にしようとする王妃様も、私に好感を抱いたからと言って婚約者の座を受け入れるのが当然と言った様子の王太子殿下も、王太子の婚約者の立場になるのは素晴らしいと受け入れるように言う両親も――。全て、私の自由を奪う人たちだ。
一度亡くなった私が折角、二度目の人生を歩んでいるのに何が悲しくてまた鳥かごの中の鳥にならなければならないのか! 私は心からそう思った。
そういうわけで私は家を出た。
いきなりすぎる? いえ、そんなことはないわ。あのまま公爵令嬢として生きていくのは私の未来にとって良くないと判断しただけ。
生まれ変わってからずっと私は準備をしていた。何かあった時に全力で抗えるように。
「……でも公爵様達はお嬢様のことを大切に思っているから、もっとやりようがあったのでは?」
「反論が面倒だわ。分かってもらうために長期間を要するのは分かったもの。私はそんなものに時間を使いたくないの」
「本当にお嬢様は割り切っておられますね……」
「もう家を出たからお嬢様呼びはやめなさい。育ててもらった分の、かかった費用は全部返すつもりよ。あとは弟妹達の様子も確認はするわ。だから、いっぱい働くわよ」
にっこりと笑って私がそう言えば、その従業員は少し呆れた様子で頷いた。
私が公爵家に産まれて、動けるようになってから始めたことは商売だった。そういう自分にとって逃げられる場所を作るのが重要だった。それに親を頼らない金銭の貯えもあった方がいいと思った。
もちろん、商会を作った当初は家から出ることを想定していたわけではない。だけど公爵家とはいえ、もしかしたら将来的に何か不測の事態が起こるかもしれないとは思っていた。最悪のパターンを考えて、備えていた。
そういうわけで私は王太子の婚約者としての立場を強要されることを知って、すぐさま商会に駆け込み、そして国を出た。
下手に誘拐だとか騒がれても困るので、置き手紙はきちんと残してある。
両親にとっては青天の霹靂かもしれないが、私は自由を奪われる場所に残るつもりはない。それにこのまま外の世界に飛び出した方が、私にとっても楽しいとそう判断した。
別に貴族であることに固執はしていない。前世では一般市民だったし、平民の生活は性に合っているから。
国を出た私は両親が私を探していることなどは知っていたが、手紙を送るだけで帰ることはしなかった。面倒なことに王妃様と王太子殿下も私が帰ってきたら婚約者にするとそんな妄言を言っているらしいし。
そもそも私は自分の自由を奪う存在の元へ帰るつもりはないので、家族とも縁を切ったつもりである。
十年後にはすっかり私は商会のトップとして活躍して、その生活を謳歌していた。八歳までの私の養育費はもう既に返し終えている。弟妹達とは連絡を取り合っているけれど、両親は後悔して嘆いているらしい。とりあえず放置している。
冷たいと思われるかもしれないけれど、私にとっては両親のことはもう既に過去のことになっていた。
ちなみに妹も王族との婚約を提案はされたらしいが、「強要するならお姉様の所に行く」と言ったらしい。だから流石に断念することになったらしいとは聞いた。
……子供のことを思っていないわけではないとは思う。ただ自分たちが良いと思ったことが子供達にとっても良いものだとそう思っているというそれだけなのだろう。
さて、私は現在好きな人が居るのでその人を落とすために必死だ。私の作った商会は国を跨いで有名になっているから、冒険者である彼のサポートも完璧に出来る自信はある。だけど好みはどうだろうか? と私は思考する。
「ジーヴィンさん! 私と付き合いません? 好き!」
私はそう言って付きまとうことで、周りの女性への牽制をしている。
私についてこられて悪い気はしてないとは思う。ただあまり異性に騒がれることはなかったみたいで疑心暗鬼になっているようだった。
今世の私の見た目は整っているから、信じられないみたい。
ジーヴィンさんはどちらかというと怖いイメージを持たれがちらしいのだ。確かに見た目はそういう雰囲気はあるけれど、全然そんなことはないのになと思う。
私は商会の長として色んな街に赴いているけれど、ジーヴィンさんに惚れてからはずっと同じ街に留まっている。
何度も何度も告白するとようやく頷いてくれた。
私が元々貴族の出であること、婚約のことが嫌だと飛び出したこと。
それらを言ったらジーヴィンさんは驚いていた。
「王太子の婚約者という立場を捨てて飛び出したのか……」
「ふふっ。そのような驚いた顔をしないで。私は私の自由を奪われるのだけが許せなかったっていうそれだけだもの」
私がそう言って笑えば、呆れたような顔をされた。
私はこうやって飛び出して、公爵令嬢の地位を捨てて良かったとそう思っている。
だってそうしなければ私はジーヴィンさんに出会うことも出来なかっただろうから。前世と同じように、周り決められた未来を歩むよりも、自分で掴み、選び取る方が私らしいもの。
私はそう思ってならない。
書きたくなって一気書きした短編です
何か受け入れられなかったことに遭遇した時に自分の手で飛び出す、行動力のある女の子の話です。