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聖女編8

 ラファイアの機嫌を取る為なのか、ハーヴェ神がその場で神官たちにお茶の用意をさせる。

 戸惑うラファイアを敷物の上に座らせ、手ずから茶を淹れカップを彼女に手渡してくれる最高神。その姿は女性を口説くことに慣れた遊び人のそれ。

 彼女は注意深くハーヴェ神を見つめる。彼は本気なのか、それとも。

 神の物差しは人間のそれとは大きく違う。

 人間の男のように扱って神の考えを理解した気になっては痛い目にあうだろう。

「あまり良いことを考えていなさそうだね?」

 見透かされてラファイアは咄嗟に表情を取り繕えなかった。

 不安そうな顔にハーヴェ神が同情したのか彼女の頬に手を伸ばして、そして。

 バチン、という盛大な音と共に静電気が弾くよりも強い刺激に頬が痛む。

 ラファイアは驚き、そして悔しそうなハーヴェ神の素顔を見て更に驚く。

 彼はラファイアに触れられずに落胆し、怒り、そして悲しんでいる。そこには普段の軽々しい雰囲気など一切ない。

 これが素顔なのか、とラファイアの胸がどきりと大きな音を立て始める。

 そんな辛そうな顔をして欲しくないと思っている自分を意外な思いで知る。ラファイアはハーヴェ神が戯けたように取り繕った仮面をつけるのを痛ましい思いで見つめる。

「最高神と呼ばれていてもこの世界で出来ないこともあるんだよね」

 天上界でなら最強だとしても、この世界を壊すことになるから力を解放できない。そういう神の理をラファイアも理解しているつもりだったが、実感と共に悟るとまた違う神の側面が見えてくるようだった。

「ヘルーシュ、君もこちらへ座りなよ」

 ハーヴェ神は気軽に言ったが、その目は笑ってはいない。言葉とは裏腹の命じる強さにラファイアはなぜか心が苦しくなる。

 ヘルーシュ神は無言でラファイアの隣に陣を取る。そしてハーヴェ神はいささか乱暴に彼にカップを手渡す。

「君には少し薄いお茶かもしれないが」

 ハーヴェ神は黙礼するヘルーシュ神に吐息をついた。

「悪い。八つ当たりだ」

 ぼそっと言ったハーヴェ神の言葉に、元々寡黙なヘルーシュ神は更に推し黙る。

 沈黙のお茶会になってしまったが、ラファイア自身は気にしない。聖騎士として派遣された先でこういうことはよくあった。神官と反りの合わない貴族の相手や、横柄な態度の民間人の相手も聖騎士の仕事なのである。

 黙りこくったハーヴェ神に気を遣ってか、神官が珍しいお菓子をカゴに入れて持ってくる。ラファイアが目を輝かせてそれを見ているのに気が付いて、彼は一つ手に取ると彼女の前に差し出した。

「昔から好きだよね、これ」

「え?」

 ハーヴェ神の言葉にラファイアが戸惑う。生まれてこのかた見たことのないお菓子だ。薔薇の花を模った焼き菓子のようだが、キラキラ光るものが混ぜ込んである。質素倹約のヘルーシュ神を祀る地域ではお目にかかれない見た目に華やかな逸品だ。

「いや、気にしないでくれ」

 口元を抑えて顔を背けたハーヴェ神は一向にラファイアを見ようともしない。

 何となく傷ついた想いで彼女はハーヴェ神の手から菓子を受け取ると口に入れる。

「んんっ」

 美味しい。ほろほろと崩れそうなくらい柔らかな生地に、カラフルな半透明な色の果実の実。程よい甘さで上品な味だ。

 目を輝かせるラファイアの顔を見ようとハーヴェ神が真っ直ぐに彼女に視線を向ける。

「とっても美味しいです、これ」

 ラファイアが溢れんばかりの笑顔で言うと、モノも言わずにハーヴェ神が彼女を抱きしめる。先ほどのように弾かれるような痛みはやってこなかった。

 思った以上に温かいハーヴェ神の体にすっぽり収まって、ラファイアの心臓が破裂寸前まで大きく鼓動を打ちつけている。彼から大輪の花の甘やかな濃い香りのような、反対に柑橘のような爽やかな香りのような、とにかくいい匂いがしてラファイアはクラクラとその香りに酔ってしまいそうになる。いや、もう酔っているのかもしれない。おずおずと彼の体に腕を回して、彼女は無意識に彼の胸にひたりと頬をくっつける。

 何だか懐かしい気がする。それに離れたくない。

 ラファイアの心中を知ってか知らずか、ハーヴェ神は慌てたように体を離した。

「俺の聖女は可愛くていけないな。思わず食べてしまいたくなる」

 取り繕うようなハーヴェ神の茶化した言葉にラファイアは真顔で彼に迫る。

「神様は人間を食べるのですか。食肉には向かないと思うのですが」

「……いや、そういう意味じゃないんだけど」

 身の危険を、いや命の危険を覚えていたのか、と衝撃を覚えたハーヴェ神にラファイアは小首を傾げる。

「いや、食べると仰られたので」

「抱きたいっていう意味だよ。ラファイアにキスして、胸に吸い付いて足を開かせて」

「もう結構です」

 真っ赤な顔でラファイアが両耳を押さえてハーヴェ神の言葉をそれ以上聞かないようにすると、彼はニンマリ笑って彼女の手を耳から剥がす。

「君が他の男のものになるなど到底耐えられそうにない」

「聖女はただ一人の神のものです。浮気するみたいに言わないでくれます?」

「そう思わせたのなら俺の誠意が足りなかったな。今後は今以上に俺の愛をわかって貰えるよう努めるよ」

「……」

 甘やかな瞳に見つめられて、ラファイアは思わずそっぽを向く。その耳が赤いことに気付いたハーヴェ神がこっそり微笑む。

 そんな二人の様子にヘルーシュ神はただ目を伏せていたのだった。




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