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聖女編7

 小さな、ともすれば風の音に紛れて聞こえないようなため息を聞き逃すことなくラファイアはその主を申し訳なさそうに見遣った。

 相手は体格の良い戦神。ため息なぞ吐くことさえないであろう見た目の勇猛な美しき男神はラファイアの視線に無言を返す。

 最高神ハーヴェの神殿にて聖女の世話をするように命令されたヘルーシュ神は目立たぬよう、ひっそりと壁の花に徹している。ここでそんな風にしていい神ではないことはラファイアがよく知っている。

「ヘルーシュ神、私は一人で平気です。どうぞご自分の神殿へお戻り下さい」

 申し訳なさに彼女が懇願するように言うと彼は首を振る。

「これは(しゅ)の望みだ。そなたの意思は関係ない」

 にべもない。

 冷たく見える表情を只人が見れば恐れ慄くだろうが、ラファイアは違う。彼の真意が別にあることを知っている。それが何かまでは分からないが、ラファイアが気遣われているのは分かるのだ。

「余計なことを気にせず、そなたは主の聖女となるべく多くのことを学びなさい」

 言い方はそっけなく、雄々しい神らしい容貌に平伏す人々は多いだろう。ラファイアは誤解され易い神の真心に感謝して代々の聖女の記録に目を落とす。

 これはハーヴェ神が彼女のために渡してくれた資料だ。代々の最高神の聖女たちは後継の為に記録を残してくれていた。それはハーヴェ神が最高神であるが為、あらゆる神殿の儀式から人間たちの政への介入や宮殿での所作に至るまで重い責任が伴うことになるから問題が起きぬようにする為だ。

 聖女見習いとして勉強してきた聖女ならいざ知らず、全くの畑違いの聖騎士として体を張ってきたラファイアにとって、聖女の生活は息苦しいとしか言えないものである。

 聖女はその体に己の神の力を宿すことができる。その力を使って神の代わりに人々を助ける。神の力は強大な故に人間である聖女の体を通してその力を振るうのだ。しかし、その適性がない聖女に神が力を渡すことは難しい。

 ラファイアは己がハーヴェ神の聖女ではないことを知っている。恐らくハーヴェ神も。どういう思惑があって彼女を自分の聖女にしたのかは分からないが、ハーヴェ神の力を受け取ってしまったら彼女は壊れるだろう。それは誰の利益にもならず、そして人間の世界は貴重な最高神の力を得ることができずに、どんな悪影響を受けるかわからないのである。

 こんな恐ろしいことはないと彼女は眠れない夜を過ごしている。

 現在、最高神ハーヴェは天界へ帰っている。きっとヘルーシュ神も天界へ帰りするべきことをしなければいけない筈だろうに。

 ラファイアはそっと壁に背を付けているヘルーシュ神を見る。

 視線に気が付いているだろうに、彼は素知らぬ顔のまま、この場所から眺められる美しい庭の風景を見つめている。

 どうしたら良いのだろう。

 こんな時、聖女ジョイならばどう動いた?

 ラファイアは答えの出ない問いを延々と脳内で繰り返す。神の意思に逆らうことはできない。そのように人間は作られている。ではどうして人間は争うのか。

 思考がどうしようもない負の循環に入っていることを自覚してラファイアは書物を置いて立ち上がる。それから庭が見渡せる場所まで行って、その美しさと爽快さを身体中で堪能することにする。

 庭に降りると素知らぬ顔でヘルーシュ神も付いてくる。つかず、離れず。きっと神の力で離れていても監視できるのに、そうせずついて回ってくれる律儀な神様だ。

 ラファイアは再び感謝の念を胸に刻んで、窮屈に思えているハーヴェ神の神殿の奥の院の中でも随一の美しい庭園、いや、もうほとんど天界の楽園を再現したような場所に身を置く。

 懐かしいような感覚に手を空に向かって伸ばしてみる。

 心が浄化されるような気持ちになって、今度は草原の上に寝転んでみる。

 もうこのまま、この場所に埋もれていたい。

 あまりの心地よさにラファイアは大の字で草原を転げ回る。幼い頃から貴族の令嬢として育てられた彼女だが、大らかな両親はこういうお転婆も許してくれていた。だから恥じらいはない。その筈だった。

 噛み殺したような笑い声にハッとして身を起こす。

 数歩先に絶世の美貌の主がニマニマと笑いを堪えて立っている。

「ハーヴェ神、みっともないところをお見せして……」

 聖女にあるまじき行為だという自覚はある。子供のように草原を転げ回るなどと。

「良い。君のお転婆は良く知っている」

 そんな筈はないのに彼はそう言った。神だからどんな人間の過去も分かるのだろうか、と不思議に思いながらラファイアは服に付いた草を払い、もじもじと最高神を伺う。

 気まずい。

 聖騎士としても聖女としても品格を求められる立場の人間だ。そしてラファイアは適正に疑問が残るとしても現在は最高神の聖女である。

 ハーヴェ神はツボにハマったのか、いまだに笑っている。もう堪えているのではない。盛大に笑っている。

 強大な力を持つ美しい神が素で笑っている姿に驚くと共に、自分が笑われている羞恥心で身の置き所がない。人生で初めてそんな場面に出会していると言っても過言ではないのだが、自分がそんな羞恥心を持ち合わせていることにラファイアは己自身でも驚いてしまっている。そして。

「あの、あんまり笑われてると、悔しいって言うか、そろそろ怒りが湧いてくるって言うか」

 不敬な発言だと分かっているのだが、見た目は美しいのに軽い印象しか与えないハーヴェ神に笑われていると、なんだか馬鹿にされているようで腹立たしい。

「ああ、そうだな。悪かった。でも君はそれでいい。自由な魂を持っているのに自らを閉じ込めることなど愚かなことだ」

 ハーヴェ神は愛しそうな瞳に熱情を含ませて隠しもせずにラファイアを射抜くのだった。



 


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