聖女編4
「何度でも言おう。私に君以外の聖女は必要ない」
「でも私はそう遠くない未来、この世を去り、天界の死の神ミューゼ様の元へ行くことになります」
世界を作った七つ神のうちの序列七位の神の名を口にして聖女は微笑む。
ミューゼの名にヘルーシュ神は隠しきれない憂いを見せる。不思議に思ったラファイアだが、神に質問するなどの愚行は犯さない。
「聖女様、私は聖騎士です。神の為に戦う覚悟はあっても、聖女として生きることはできません」
本心から言うと聖女は困った顔でラファイアを見つめる。
「あなたは自分がヘルーシュ様の聖女であると自覚したでしょう?それを否定するのは良くないわ」
例え政治的にラファイアが聖女と公言できなくても、隠された聖女としてこの奥の院で生活することはできる。王もそれは黙認するはずである。
「ジョイ、無理を通すな。ラファイアは私の聖女になりたくないと言っている」
ヘルーシュ神の言葉にラファイアは思わず立ち上がって「違います」と大声で否定する。
「私は間違いなくヘルーシュ様をお助けすることが使命だと思います。でも、そうではなくて、なんて言うか」
自分でも良く分からない理屈があって、聖女になることは難しいのだと感じる。
「良い、言葉にしなくても。私がジョイ以外の聖女を望まない。それで良いではないか」
吐息と共にヘルーシュ神が吐き出した言葉に聖女が寂しそうに微笑む。
「あなたの希望を叶えるのが私の役目なのに」
ヘルーシュ神の聖女は自分の力が及ばず、良い結果を得られない現実に肩を落とす。
「頑固者の似た者同士たちね、あなたたち」
悔し紛れの聖女の言葉にヘルーシュ神とラファイアは思わず二人で顔を見合わせる。
先に視線を逸らしたのはヘルーシュ神だ。
「聖騎士ラファイアよ、金輪際奥の院に近付くことはならぬ。他の神殿の奥の院にもだ。そなたは目立つ。無用な諍いを生みたくなければ大人しくしていることだ」
厳しい神の顔で彼は言った。
「肝に銘じます」
ラファイアは聖騎士として本当の主人である神に頭を垂れた。
「そんな言い方」
ブツブツと聖女が不満を口にするがヘルーシュ神は人間の男のように肩をすくめて見せ、かき消えた。
「天界へ逃げたって、私から逃れられないんだから。ラファイア、ヘルーシュ様の言うことなんて聞かなくたっていいんだから。あなたはこのまま、ここで暮らすのよ」
「いえ、私は聖騎士としての仕事がありますから」
ましてや神の言を聞かない選択肢などない。
「ラファイア、あなたの存在は奇跡なのに」
がっかりした目で聖女から見られても彼女は聖女になる気など全くない。もちろん、ヘルーシュ神の聖女が稀有であることは知っている。序列二位の強大な力を持つ神、そして戦神という性質もあって彼の聖女が見つかることは珍しいのである。現在聖女見習いは一人だけいるものの、それも適性があるにはあるというだけの少女で奥の院には到底住めないのが現実だ。このままではヘルーシュ神は天界へ戻ったまま来臨することが叶わなくなるのではないか。そんな危惧が神殿にあることはラファイアも知っている。
だからと言って、自分が聖女に、とは口が裂けでも言えない。望んでいないだけでなく、なんとなくしてはいけないことのような気がする。現にヘルーシュ神自身も奥の院へ近づくなと警告したではないか。
そう思うのにヘルーシュ神の拒絶は思ったよりも彼女に傷を残したらしい。
ヘルーシュ神の言葉を聞いてから胸にぽっかり穴が空いてしまったようだ。その矛盾にラファイアは早くここから立ち去りたいと願う。
「あなたにも複雑な事情がありそうね、ラファイア。私の力では全て見通すことができないけれど、私が死んでもあなたを守ると誓うわ。私の大事な孫娘。愛しているわよ」
「聖女様……」
ラファイアは聖女の細い腕の中で彼女の温かさを実感する。
「あなたが聖女になったら神々の秘密を悟ることができるのに」
小声で囁かれた言葉は一介の聖騎士が聞いてはいけないことだ。彼女は無言を貫く。
「聖女様、ヘルーシュ神の言葉を守るとなると私は奥の院へ来ることができません。聖女様の為に祈ることしかできませんが必要があればもう一度伺うと誓います」
神の意思に反するとしても。
「その気持ちだけで十分幸せよ。けれどもラファイア、考えていて。時がどれだけ経とうとも、ヘルーシュ様は本心ではあなたを聖女に望んでいる。それを口にできない事情がおありになるみたいだけど、忘れないで。いつでもヘルーシュ様はあなたのことが必要なのだと」
重い言葉を受け取って、ラファイアは奥の院を後にする。
その邂逅から数日後、聖女は息を引き取った。神殿では盛大な葬儀が行われ、聖騎士としてラファイアも葬儀に参列することになるのだった。




