聖女編35
銀色に煌めく聖騎士の鎧が規則正しく並んでいる。
厳かに首を垂れてハーヴェ神の前に膝をつき、神の言葉を粛々として聞いている。彼の聖騎士たちは白金のサーコートとマントを着用している。雄々しい戦士たちの前に立つハーヴェ神はやはり美しい。
序列第一位の最高神は人間の物差しでは測れない麗しい美貌を子供を前にした親のように慈愛に染めて日頃の彼らの活躍を労っている。
ラファイアの胸がちくりと痛む。
もう彼の金色の瞳に自分が映ることはないのだろうか。
月夜の邂逅から彼がラファイアを目にすることはない。
ハーヴェ神がルガードに重々しい剣と盾を授けている。
魔力の多いラファイアには分かる。それがとんでもない武具だと。神の力に溢れる聖具をこのハーヴェ神の聖騎士たちは扱えるのだ。
素晴らしい武器を彼の手ずから授けられるその様を羨ましいとさえ思ってしまう。
もしも聖女じゃなかったら?
もしも本当の聖女だったら?
揺れ動く心が軋み始める。
動揺する彼女の耳に金属音が響く。
聖騎士たちが一斉に立ち上がり、敬礼を捧げていた。
儀式は終わった。
ハーヴェ神は儀式中とは全く違うラフな表情でルガードや他の聖騎士たち、神官らと軽口を叩いて笑い合っている。
遠くそれを見つめている自分はそこへ行けない。
ラファイアの体は氷の彫像のように固まったままだ。
ふと、ハーヴェ神がラファイアを見つめる。
その違和感にラファイアが眉を寄せる。
彼はラファイアを見ていなかったのだ。
その後ろを見ている。
「ああ、君こそ俺の聖女だ」
彼は、いや神である存在はラファイアに目もくれずに彼女の後ろに声をかける。
そして目を丸くしている儚くも美しい少女に向かって早足で歩き出し、その腕に彼女を抱きしめる。
今見ている光景は現実だろうか、とラファイアは呆然とする。
神と同列に語れるほど輝く美しさを持った少女は震えるようにして最高神の腕の中にいる。
「神様でも、間違えることってあるのね」
ラファイアの呟きにヘルーシュ神が苦い顔をしている。
「最高神ハーヴェよ、ラファイアのことは如何するおつもりですか」
ヘルーシュが神が尋ねるとハーヴェ神は見たこともないような冷たい表情を浮かべる。
「ラファイア?まだいたのか。いかようにも好きにすると良い。ひと時でも我が寵愛を得られたのだ、幸運だったと思うがいい」
ひと時の寵愛。
ラファイアの胸を抉る言葉の刃だ。
グッと涙を堪えて彼女は毅然と前を見る。
「しかし、主よ、聖女の誤認は大事です」
ヘルーシュ神が俯きがちに言った。
ハーヴェ神は他の神と違い滅多に聖女を置かない神だ。その神が間違うことなど、ない。
「お前は私のすることに口出しすると言うのか」
冷たい声が響く。
このままではいけない。ラファイアは前へ出る。
「御前のご意志通りに。この婢女は目の前から消えましょう。お目汚しを失礼致しました」
そう言って、ラファイアはざわめく聖騎士や神官を押しのけ、ヘルーシュ神の腕を取って広大な神殿の広間を出ていく。
「すまない、ラファイア」
ヘルーシュ神が力なく言った。
「いいのです、ヘルーシュ神。私はお役御免となってしまいましたが、神に仕えることができて良い経験となりました」
うまく笑えているといいけれど。
ラファイアは束の間ではあったがハーヴェ神の聖女だった。最後まで誇らしくありたい。
だから俯かない。
これが初めての恋だった。そしてすぐにそれを失った。けれどそんなことは瑣末なこと。歯牙にもかけない。
誇り高く、堂々と。
ヘルーシュ神がおずおずと自分の聖女にならないかとラファイアを誘ってくれたが、それは辞退する。
もう一度聖騎士に戻って初めからやり直そう。
そして。
ラファイアは決意する。
その瞳は今までになく強い光が宿っている。
彼女はハーヴェ神に触れて神を知った。
そして自分の道を模索したのだ。
昨夜も眠れなかったくらい悩み、ついさっきまでも俯いていたはずなのに、もう思考は澄み切った空のように晴れている。
最終的な答えは自分でも驚くようなものだ。
さあ、下剋上だ。
聖女は神に必要か。
人間たちの世界に神は必要か。
そもそもこの世界は誰のものか。
ずっと考えていた。
聖騎士は神の教えを指針に魔物と戦い、人を守る。神官は神の教えを人に広めるだけでなく、怪我や病気を治してくれる。
聖女は神の言葉や力をこの世界に届けてくれる。
人にとって神は施し守ってくれる存在だ。
では神は天界からそれらを行えば良いのでは。
神に人は必要ではないことをラファイアは知っている。
だからこの世界に神の在位はいらない。
人に神は必要だが、この世界にいてもらわなくてもやっていけるはず。
まだ不明確な敵、魔人の存在はあるものの、最強の聖具が聖騎士に授けられた。
戦える。
ここで折れては何にもならないのだ。
ひょっとすると魔人との戦いよりも神々との闘いの方が先は長いかもしれない。
でも。
神に頼ってばかりの人の世界ではいけない。
ラファイアは思いを強くする。
今までぼんやりしていた彼女の生きる目的が急に明瞭に姿を現した。
何かを忌避するような曖昧な自分の心の境界線が顕になったのだ。聖女じゃない人生を自分は生きるべき時だ。
答えは見つかった。
ハーヴェ神に感謝したいくらいだ。
揺れ動いていた心が決まったのは彼のおかげ。
痛いほど彼に焦がれる思いにはそっと蓋をした。
ここに聖女と間違われたラファイアの下剋上が始まるのだった。
エピローグを残し、これにて泡沫の聖女編は終わりです。
あっけない聖女時代。
次は下剋上する聖騎士編。
魔人との戦いを並行して神を天界へ追い返す革命の始まりです。




