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聖女編34

「しばらく俺は神殿に滞在するから困ってることがあったら何でも言ってくれ。仲間の役に立てるのならば俺の持てるものを全て使って最善を尽くすと誓おう」

 聖騎士ルガードが皆から慕われるのはこういったところかもしれない。

 ラファイアは兄やフィーランを前にしたような気持ちで頷いた。

「ところで、聖女殿。ハーヴェ神と何かあったか」

 先ほどまでの陽気な顔とは違い、伏せられた目には真剣な色が浮かぶ。

「分かりますか」

「ん、まあ、長年ここにいるからな」

「そうですか」

 ラファイアはふうと息を吐いた。

「私には分からないんです。ハーヴェ様が何かに苦しんでいるのにそれが何か見当もつかなくて。アライア神の神殿に一緒に行ってから決定的に何かが違うような気がします」

「え、アライア神って」

 心底驚いたようにルガードがラファイアを穴が空くほど見つめてくる。

「驚きですよね。でもそれは置いておいて。ハーヴェ様はそこで何かを確信されたようです。悪いところがあれば直すつもりはあります。いつでもハーヴェ様の役に立ちたいと思っています。でも何がいけないのか、私にはそれが分からないんです」

「俺が言えるようなことは何もないんだろうが、ハーヴェ神はチャランポランに見えてしっかりしたお方だ。何か考えがおありなのだろう。あまり思い詰めるなよ?」

「はい」

 答えたものの、ラファイアの表情は曇ったままだ。

「とりあえず、聖女殿の悩みもここで聞くには不都合そうだ。執務室に来てくれた時にちゃんと話そう」

「はい、ありがとうございます」

 そう言うとラファイアは席を立つ。

「すみません、もう部屋に戻ります」

「ああ。慣れない行事で疲れただろう。ゆっくり休んでくれ。また明日な」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」

 ルガードの目はラファイアの背中が消えるのを見届けて、それから彼は普段は絶対に漏らさない大きなため息をついたのだった。


 部屋に戻ったラファイアの元にファイフェがより良い睡眠に効くというお茶を持ってきてくれる。礼を言って受け取り、さっさと入浴を済ませると、灯りを落として彼女は寝台に潜り込んだ。

 いつもならハーヴェ神が彼女が眠るまで邪魔しに来るのに、部屋は静かなまま。

 月明かりの差し込む部屋でラファイアは一人きり。

 でもこれは仕方のないこと。

 神との距離感を間違えた罰なのかもしれない。

 ラファイアはそう思って眠れないまま寝返りをころころとうつ。

 自分にできることとは一体何なのだろう。

 永遠に答えが出そうにない問いを胸に彼女は眠れないまま夜明けを迎える。

 早起きのファイフェが朝の挨拶に来てくれた時に、聡い彼女は異変に気が付いた。

「ファイフェ?」

「はい、何でしょうか」

 ソワソワ。

 彼の落ち着かない様子は神官らしい冷静さでコーティングされているものの、若いながら聖騎士として隊を預かっていたラファイアにはお見通しだ。

「何かあったのでしょう?教えてくれる?」

 笑顔なのに目が笑っていない圧が凄すぎる聖女。

 初めてのラファイアの威圧に負けてファイフェはあわあわと口を開く。

「実は夜明け前にハーヴェ様が上位の神官を集められまして」

「うん」

「女の子をひとり連れてきたので面倒を見ろと仰いまして」

「そう。それで」

「それだけなのですが」

 まさに急に聖女として連れてこられたラファイアのような。

「教えてくれてありがとう、ファイフェ」

「私たちはラファイア聖女の味方ですから!」

 思わぬ大声で彼は言って口元を押さえた。

「すみません、怒鳴るつもりはなく」

「ええ、分かっているわ。私は、そうね、最後まで聖女らしくあろうと思うわ」

 ラファイアが何を考えているのか察知してファイフェは咄嗟に彼女の腕を掴む。

 お互いを包む悪い予感に彼は無意識にそうしているようだった。

「聖女様、他の神の元には複数の聖女がいらっしゃることもあるのです。我が神殿はハーヴェ神のものですが聖女様のものでもあります。どうか、ご自分の家だと思ってわがままでも何でも仰って下さい。お願いです、ここを去ろうだなんて思わないで下さい」

 心優しい若い神官の彼にラファイアは慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。

 それはまるで女神のような美しさでファイフェは一瞬で心を奪われる。

「ファイフェ、分かっています。私は神の御心に従うまでよ。あなたはあなたの仕事をなさって下さい」

 聖女らしい表情でラファイアは言ったが、そんな顔を今まで目にしたことのないファイフェは言いようのない不安に彼女の腕を掴んだ手を離せない。

 遠くにヘルーシュ神の気配を感じる。

 気遣うような、けれど怒っているような。

 でも、真意は分からない。いや、分かりたくない。

 ラファイアは身支度をするからとファイフェの手を優しく剥がし、彼を追い出すように扉を閉める。その途端、彼女は崩れ落ちるようにその場にうずくまる。

 何に傷ついているのか自分では分からない。

 今耳にした事実が何を意味するかなんて想像は簡単だ。でも真実はまだ明らかにされていない。それなのに飽和状態になった心が考えることを放棄し始めているのだ。

 嫌だ。

 ハーヴェ神の側を離れるなんて。

 それだけははっきりと彼女の意識が叫んでいる。

 違う、聖騎士に戻ってヘルーシュ神の神殿へ帰ればいいだけのこと。

 違う、違う、違う。どれもこれも違う。

 まるで小さな子供のようにラファイアは全ての可能性を否定してしまう。

 荒れ狂う心の中を落ち着かせるには時間が必要だと言うのに、今日の儀式を始める鐘が鳴ってしまう。

 理性を総動員してラファイアは立ち上がった。

 震える手足に喝を入れ、聖女らしく振る舞うことに意識を集中する。

 今日は聖騎士たちにハーヴェ神が聖具を授けてくれる儀式の日だ。

 誉ある神の僕である聖騎士たちの喜びの場をハーヴェ神の聖女である自分が台無しにはできない。

 しっかりと足に力を入れて前へ進むのだ。

 ラファイアは儀式がある場所へ急いだのだった。

 

 

 

睡眠不足は悪い思考を引き起こしてしまいますよね。

なーんて。

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