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聖女編32

 透き通るような青空に眩い太陽がきらめいている。

 まるで金の色彩を纏ったハーヴェ神のように。

 ラファイアは吐息をついて庭から神殿の中へ戻る。奥の院は神官の数も少なく、ラファイアは誰の目も気にせずゆっくりできるはずなのだが、聖騎士であった習慣からか規則正しい生活になっている。

 神殿は今、儀式の準備のために忙しない雰囲気だ。

 ヘルーシュ神の祭りとは違い、ハーヴェ神を讃える神殿の催しは「儀式」と呼ばれ、神官達の祈りと民の中でも十二歳以下の子供達へ祝福を授けるものらしい。そして別日に聖騎士たちの武具を祝福し、魔力の強いものには聖具を授ける。聖女がいれば聖女も共に儀式を行う。とはいえ、ハーヴェ神の代々の聖女は片手で数えても余るくらいだった。だから通常聖女と一緒にいるハーヴェ神のイメージは無く、ラファイアも協力を求められることが一切ない。

 そんな数少ない聖女の残した記録はあるが随分と古く、儀式の段取りや貴族と接するときの儀礼的な注意、祭壇の作り方など業務日誌のようなものだった。だからハーヴェ神が聖女とどう過ごしていたのかラファイアは知らないし、知る術もない。ハーヴェ神に直接尋ねれば良かったのだが、今は側にいない。

 ラファイアは彼の不在をこんなにまで不安に思う時がくるなど想像していなかった。

「聖女様」

 彼女の世話役の神官ファイフェが気遣うようにお茶を差し出してくれる。

 香りの良いお茶はリラックス効果のある薬草が入っているのが分かる。この頃の元気のないラファイアを見て用意してくれたのだろう。

「ありがとうファイフェ」

「いいえ。そう言えば、聖女様。あの困った聖女見習いを覚えておられますか」

 ファイフェはラファイアと世間話をしてくれるここでは貴重な神官である。彼女は彼の言っている聖女見習いが誰なのか分からずキョトンとした表情を返す。

「貴族子女のディスティ様です。彼の方、ハーヴェ神から追放されまして」

「ああ、あの方ね。って、追放?これはまた大事件ね」

 聖女見習いが返されることはよくある。魔力の問題だったり、神気に耐えられなかったりと問題が出てくるのだ。しかし追放というのはあまり聞いたことがない。

「聖女見習いの資質としても貴族としても性格に難があると神自ら諌められたのです」

「あら」

 そんなことをあのハーヴェ神がするとは思わなかったラファイアだ。

「神は良く見ておられるのですよ。今まではそれでも見て見ぬふりをされておられましたが、他の聖女見習いを侮蔑するような方でしたので我々も一安心でして」

「そうなの。あなたも彼女が苦手だったのね」

「ええ、まあ。神官として褒められたことではありませんが」

 苦笑いするファイフェにラファイアも苦笑する。

「実は私もあの方は苦手だったの。秘密よ?」

 ラファイアの小声にファイアは大きく頷いた。

「聖女様のように分け隔てなく我々に接してくださる方ならば大歓迎なのですがね」

「お世辞を言っても何も出ないわよ。でもまあ、ありがとう。聖女らしくなくてみんな困っているんでしょ?励ましてくれるの、あなたくらいだから」

「いえいえ、聖女様はみんなに好かれていますよ。いつも優しくて笑顔で、本当に素晴らしい方です」

「いやいや、今一瞬誰のことを言ってるのって思ったわ。ふふ。ファイフェは優しいのね。私は聖騎士だったから聖女としてはあまり褒められたところがないの、自分でも分かっているのよ」

 神殿にいる聖女に会うこともあった。特にヘルーシュ神の聖女ジョイとは血の繋がりもあり、孫と呼ばれて可愛がってもらったのだ。聖女に関しては他の誰よりも身近に感じている。だからこそ、自分がハーヴェ神の聖女だなんて思えないのだ。それが今はひどく辛い。本当の聖女になりたい。そう思っているラファイアだ。

「そう卑下なさらないで下さい。聖女様は誰がなんと言おうとハーヴェ神の最高の聖女であると私たちは思っています」

 でなければあんなに溺愛するはずがないのである。

 ハーヴェ神の幸せそうな顔にこの神殿に集う神官も聖騎士も誰もがラファイアの存在を聖女だと疑っていない。それなのに聖女自身は自分が聖女だと誇らしく思っていない様子に心を痛めているのだ。

「そう言ってもらえると嬉しい」

 本当にどうしてこんなことになっているのか分からないラファイアだが、自分がハーヴェ神の神殿にいて、そして彼に必要とされることが幸せに感じる。しかし、決して自分が本当の聖女だと誤解してはならないのだと理解している。悔しいことに、それがままならないだけに彼の役に立てていない現状に心が張り裂けそうになっているのもまた事実。

「ハーヴェ神は偉大なる神ですが聖女様のことをとても大切にされている姿は我々人間とそう変わらないのだと思います。大切な人のために在る人生を、どうか受け入れて下さいませんか」

 ラファイアが何に悩み何に動揺しているのかファイフェは知らない。けれど彼女が穏やかにいられるように最大限尽くしてくれているのが彼女に伝わってくる。

「ありがとう、ファイフェ。私はハーヴェ様のためにできる最大限のことをすると約束する。もう覚悟を決めているから心配ないからね」

 この神殿に帰ってからずっと決めていた。

 彼のためにこの身を、命を捧げようと。聖騎士の誓いは忘れたことがない。でも、そうじゃないのだ。例え偽の聖女としてもハーヴェ神を支えたいのだ。

「ありがとうございます、聖女様」

「そんな、感謝されるようなことじゃないでしょ。当たり前のことなのに、今まで躊躇していてごめんなさい」

「いえいえ。いきなり聖女様に選ばれれば誰しも混乱すると思います」

「ふふふ。本当にいきなりだったから驚いたけどね」

 聖騎士が突然最高神の聖女に選ばれたという(はなし)はすぐに世界中に広まったらしい。

「何もかも特別なのですよ、聖女様は」

 ファイフェは穏やかに言った。

 茶器を片付けて彼がいなくなると、なんだか誰もいない神殿に取り残されたような気持ちになる。とは言え、ずっとどこかにヘルーシュ神の気配がするから目に入らなくてもこの神殿にいるのだとは確信しているのだが。

 この神殿の主人が不在だと、どうも輝きを失った場所にいるみたいで落ち着かない。

 ラファイアはハーヴェ神からもらった聖女としての証である印章を胸元から取り出して、にぎにぎと感触を確かめる。

 これが夢ではなく現実だと実感できる唯一のもの。

 早く帰って来ないかな。

 天界での最高神のお役目もあるだろうが、あの自信満々な態度で全て蹴散らかしてこの神殿に戻って欲しいのだ。彼が人間に見せているのとは真逆で本当の姿は生真面目で細かいことにも目くじらを立てるような融通の効かない性格なのだと、もうラファイアは知っている。だから天界のことを放って置いたりはしないのだろうと思う。逆に人間の世界に対して冷めた目線を持っていることも知っている。なんなら人間の世界を放置することもあるだろうということも。

 そういうことではなく、ただラファイアがいる神殿に帰って来て欲しいのだ。

 こんなワガママな欲望を身に覚えたのは初めてだ。

 それでも、彼に会いたい。

 ラファイアはそれが自分が聖女に選ばれたことからくる感情なのだと考えていたが、深く考えると自分を根底から脅かしそうで怖くなってくる。

 だからもう心に蓋をして、ただ静かに心を乱さないようにして時間が過ぎるのを待つことにする。聖騎士だった頃はそうする方法を自然と身に付けていた筈なのに、今できないと言うことは鍛錬が足りないのだと思いこむ。

 そうすることでしかハーヴェ神のいない場所が辛いという現実に向き合うことができないことに彼女は気付いていなかったのであった。


 

 


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