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聖女編27

「ヘルーシュ様?」

 ラファイアは祭りの前のヘルーシュ神の神殿に足を踏み入れて戸惑いながら目の前に佇む偉大なる神を呼んだ。

 見るものを平伏させ魅了する美しくも雄々しい美貌を憂いに彩らせている。

 普段は質素な神殿は生花や金細工で華やかに飾られ、ヘルーシュ神の加護に感謝する祝いの空気に満ちている。彼とのその対比が堪らなく不安を呼び起こしてラファイアは無意識に彼の腕を取ってしまった。

「ラファイア、容易に触れるでない」

 厳しい叱責の声に我に返り、ラファイアは慌てて彼に触れていた手を離す。

「申し訳ありません」

「もっと慎みを持つように。そなたは主の聖女。主の望みを叶えるために在る」

 厳かな言葉にラファイアはひどく切ない思いを抱く。

 ヘルーシュ神にとって最高神であるハーヴェ神は絶対の存在だ。だからその聖女となったラファイアとヘルーシュ神との間には壁のようなものが存在する。

「……はい、仰る通りです」

 ハーヴェ神の願いを叶えるのは本望だ。聖騎士は神と人の為に在る。

 いや、ハーヴェ神以外でも神の願いを叶えられるのならば命を差し出しても良いと彼女は考えている。それでも己のことを後回しにするヘルーシュ神を助けたいと思っているのは高望みなのだろうか、と彼女は落ち込んでしまうのだ。

 その時、神殿に空気の振動が起こった。祭りの開始の鐘が鳴っているのだ。

 鐘が作り出す清浄な空気が街へ広がっていく。

 神殿前の広場にはたくさんの人たちが集まっている。皆、ヘルーシュ神を慕う民だ。祭りの厳かな雰囲気と高揚感が神殿を包んでいる。

 一際高い鐘の音が響き渡る。

 間を置かず神官長の紡ぎ出す祝詞がヘルーシュ神を讃える。

 神官たち、聖騎士、神殿に集う人々がヘルーシュ神を敬う讃美歌を歌い、選ばれた戦士たちが剣舞を披露する。

 いつもならヘルーシュ神が皆の前に現れ、彼の民へ祝福を授ける。

 それなのに彼はここで立ち止まっている。

「あの、ヘルーシュ様」

 どうしても気になってラファイアは美しい神を見上げる。

「ラファイア、天界に主がおられる間はここへいても良いが聖女としての己の役割を忘れてはならない。最早聖騎士ではないそなたが戦いに行く事は領分違いだと心得よ。良いな」

 念押しするようにヘルーシュ神が言った。まるでゴドファンとした話を知ってる上で言っているように彼女には思えた。

「戦いの神ヘルーシュ様。どうか私たちに祝福を」

 ラファイアにはそれしか言えなかった。

「ああ。そろそろ表に出る。そなたは目立たぬようにしているのだぞ」

「もちろんです」

 この神殿の庇護する住人ではない。

 そう言われている気がしてラファイアは迷子になったような心持ちがして俯いた。しかしゴドファンに「胸を張って」と言われたことを思い出して顔を上げると笑顔を顔に貼り付ける。

「神に感謝と敬愛を」

「ああ。そなたに祝福を」

 ヘルーシュ神はラファイアを一瞥することなく言って消える。

 すぐに神殿の外の広場で歓声が上がる。それをどこか遠い世界のように聞きながらラファイアは自分がどう役に立てるのか考えを巡らすのだった。


 祭りは三日間続く。

 一日目に祈りと聖騎士による剣舞を神に捧げた後は祝いの宴が開かれる。神殿がある地域の貴族や王族が神殿を訪れたり、宝物を捧げたりして夜更けまで祝いの席が持たれる。

 二日目は戦いの神らしく武人たちの武芸を披露する場になる。神殿前の広場が今度は闘技場に成り変わり、一日中熱い戦いが繰り広げられるのだ。

 三日目はその優勝者が剣舞を舞い、ヘルーシュ神より褒美を戴く。最後に神官たちの祈りで祭りは締められる。実はこの祈りがヘルーシュ神の力と相まって神殿のある地域全体に結界をかける儀式に鳴っているのだが、そこは祭りとしての名目上「祈り」とされている。それを知っているのは神官と聖騎士くらいなものだが、これが大事な儀式なのだと民は本能で理解している。

 さて、無事に祭りが終わって、ラファイアは神殿から自宅へ戻る。

 今年の闘技の優勝者は聖騎士ではなく、鍛冶場で働くセールイという若者だ。きっと聖騎士から勧誘の声がかかるだろうとラファイアはクスリと笑った。聖騎士たちが目を見開いてセールイを見ていたから執拗な勧誘になるだろう。そのセールイが貰った、というよりは希望した褒美は彼の鍛えた剣に加護を与えることだった。

 ヘルーシュ神は少し考え、加護ではなく祝福を与えると言った。普段は厳しいヘルーシュ神がこの祭りの時期だけは柔らかに見える。だからこそ、この戦神に希望を言えるのだが。

 ラファイアから見て、彼の剣は加護に耐えられないのだと判断できた。加護でなくても祝福を貰った剣であれば魔物に対抗できる力を持つ素晴らしい武器になる。人々を守る武器が増えることは喜ばしいことだ。

 ラファイアが屋敷に帰ると侍女たちが賑やかに迎えてくれる。普段は騎士たちで騒がしい邸宅が嘘のように静かだからか、気を利かせて彼女らがラファイアに寂しい思いをさせないようにしてくれているのだ。

「お嬢様。どうでしたか、剣舞は。今年の担当はカーティス様だったと聞いています。さぞかし美しかったことでしょう」

 若い侍女のレールがうっとりするように言う。

「あなたは当番で居残り組だったのね。確か聖騎士の剣舞はカーティスとベラン、アンダイルだったわね。三人とも息が合っていて見事だった」

「ああ、私も拝見したかったです。せっかくあのカーティス様の剣舞だったのに残念でなりません」

 肩を落として言うレールにラファイアは笑った。真面目で朴念仁のカーティスは見た目だけなら貴公子そのものなので、こうして女性に人気なのだ。そのカーティスに年中小言を言われてきたラファイアには信じられないことなのだが。

「それを言うならお嬢様の隊のゴドファン様の方が素晴らしいと思うわ。あの逞しい腕に抱かれてみたい……」

 うっとり侍女のマリンが横から口を挟むと他の侍女たちも口々に誰が良いとかセクシーだとか言い始めて騎士たちの品評会になってしまう。

 それはそれで面白いネタだとラファイアもニヤニヤしながら聞いている。

 お行儀の良いハーヴェ神の神殿では見られない光景になんだかホッとしてしまう。そう言えばヘルーシュ神の神殿もこんな感じだった。聖女ジョイの人柄がそうさせていたのだと改めて彼女の偉大さを思う。

 自分はハーヴェ神の神殿では異質な存在のように思えてくる。

 それでも。

 選ばれたからには全力を尽くさないと。

 ラファイアは密かに心の中で拳を天に突き上げるのだった。


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