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聖女編26

 荘厳な鐘の響きが街に夕暮れの時を知らせる。

 王都でも港に近いこの地域はバルシルク家の縁の街である。ヘルーシュ神の神殿を戴き、信仰に熱い民もこの街に集まる。

 ヘルーシュ神の神殿から響き渡る鐘の音は街に住む人々の日常の象徴でもある。

 ラファイアは鐘の音を聞きながら馴染みの店の扉をくぐった。

 仕事終わりの職人たちや役人たちで店内はごった返している。女将の人柄か、職業身分の貴賎なく客を客として扱うこの店は大人気なのだ。

「あれ、珍しいお客さんだね」

 恰幅の良い女将がラファイアに気づいて声をかけてくれる。

「こんばんは、カロリーナ」

「お久しぶりね。ラフィお嬢さんがここに来るなんて、もう聖女のお役は御免になったのかしら」

 コロコロ笑いながら女将がラファイアの背をバンバン叩く。

「聖女のお役目は続行中なの。でも役立たずって追い返される日も近いかもしれないわね」

「あらま、ラフィお嬢さんが弱気になるなんて、明日は槍でも降るんじゃない?」

 女将はウィンクしてラファイアを奥の席に案内してくれる。そこにはもうゴドファンが待っていた。

「早かったのね」

 現役騎士である彼は遅れてくるものだと思っていたラファイアはすまなさそうに言い、注文を聞かなくても女将が用意してくれた一番大きなジョッキのエールを受け取る。

「それじゃ、乾杯」

 ゴドファンと久々に酒を酌み交わし、ラファイアは神殿ではできない開放された時間を味合う。

 運ばれてくる料理に頬を落とし、本来の目的を忘れかけていたラファイアはゴドファンが差し出した書類に目を通して表情を改める。

「これは魔人の?」

 報告書だった。第一部隊が調べ上げた結果報告だ。村人を祭壇へ捧げただけではない魔人の行動。

 人間の臓器を引きづり出し生きながら苦痛を与えてその苦痛を彼らの「神」に捧げる。あるいはお互いに殺し合せ、最後には無数の刃でなぶり殺す。体を徐々に溶かしながら異形の体へ作り変え、他の人間を襲わせる。他にも言葉にするのを憚られる醜悪な事実が書かれていた。恐ろしいと言うだけでは済まない悪魔の所業だ。

 これらは襲われた村の生き残りが気が触れギリギリのところで聖騎士たちに保護されて判明したのだ。意図的に残されたであろう生き残りからもたらされた恐怖は魔人の人間に対する宣戦布告のようなものだろう。

「先ほど伝令を通してもたらされたものです。まだ部隊は調査の途中ですが、この報告を知っているのは神官長、カーティス、俺、そしてあなただけ」

 ゴドファンの瞳が獲物を前にした獣のように鋭くなっている。見た目は物静かな美貌の青年だが、猛る魂は荒々しい獣だ。この見た目にそぐわないしなやかな獣の本性を知る者は少ない。

「最終的な報告は王の元へ送られます。ですがその前に聖騎士たちで方針をまとめた方が良いかと考えています」

 ラファイアは報告書を彼に返して深く息を吐いた。

「そうね。聖騎士として私も力になりたい」

 魔人の所業は人間の敵と言ってもいいものだった。明らかになった彼らの行動を許容できる訳がなかった。

 人間の尊厳を踏み躙るような魔人の所業にラファイアの怒りは収まらない。

「ラフィ、協力してもらえるのは嬉しいのですが無理はしないで。ラフィは聖女なんだから」

 肩の力を抜いたようにゴドファンが言うとラファイアは苦笑した。

「なんちゃって聖女だけどね。でも戦闘があるとしたら聖女の力は必要になる。どうしたものか」

 最後の呟きは聖騎士の顔で考えながら言うとゴドファンが苦笑したようだった。

「ヘルーシュ神の祭りが終わるまでは厳戒態勢にはしないと神官長がお決めになりました。ラフィがハーヴェ神の神殿に帰る時には我々も討伐に向かうことになるかもしれません」

「うん」

 聖騎士としてはいられない現実にラファイアは寂しさを感じる。

 この困難な時に仲間と一緒に戦えないのは辛い。でも新しい場所で新しい戦いをする覚悟を彼女は決める。

「ラフィはどこにいても輝ける人だ。だから俯かず、いつも胸を張っていて下さい」

 副隊長としていつもラファイアを支えてくれていた彼の言葉は彼女に勇気を与えてくれるものだ。

「お互いにどこにいても聖騎士としての務めを果たそう」

 聖騎士同士の誓いとしてお互いの腕を交差させて笑い合う。

「困難を打ち破ってこそ騎士の誉。戦いの神は我らの味方」

 その場にいた非番の騎士たちが一斉に叫んだ。

 酔いの回った上機嫌な彼らに苦笑してラファイアとゴドファンはもう一度エールを高々と掲げて乾杯すると一気に飲み干した。

「ヘルーシュ神のご加護を!」

 盛り上がっている酔っ払いたちが声を合わせて叫ぶのだった。



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