聖女編21
「フィーランはハーヴェ神と顔見知りだったんだね」
彼に布団に突っ込まれたラファイアは掛け布団から顔を出して自分の騎士に尋ねる。
「まあ、腐れ縁って言うか。機会があればお話ししますけど、今は話したくないですね」
フィーランは布団を軽く二回叩いて出て行った。
珍しく言葉を飲み込んでいた漆黒の騎士に詳しく聞いてみたい気持ちはあったものの、フィーランはフィーランだし、自分も聞かれたくないことの一つや二つある。だから彼が話してくれるまで何も聞かないと決めた。
ラファイアは未だに震える手をどうにか落ち着かせようと布団の中で丸くなる。
神殺し。
それを辞さない覚悟のフィーランが怖かった。それ以上に、神を殺すことが出来ると自分が知っている事実に恐怖を覚えた。
神は人間を作り出した存在だ。その神を殺す。
それがどう言うことなのか。
世界を造った七神の一人で人間の前に現れたことのない死の神ミューゼ。神も死せばミューゼのところへ行くのだろうか。
ミューゼは序列七位と聞くが謎に包まれている。生の神ハーヴェ神の妻で、人間が死ねば彼女の元へ行き、安寧を与えてもらえるのだと信じられている。
神殺しと聞いた影響からの震えはどうやっても止まらない。
こんな時はハーヴェ神の自信に満ちた笑顔が恋しくなる。その見た目に反して屈強な腕の中にいられればどんなことも怖く無くなるのに、と思ったところで彼女は寝入ってしまった。その急な寝落ちを見届けてヘルーシュ神が静かに現れる。彼女の額に指先を軽く触れさせ、気を満たしてやる。
「ヘルーシュ、具合はどうだろうか」
声だけがハーヴェ神の存在を明らかにする。
「今はぐっすり眠らせています」
「ああ。精神的に危ういところだったな。何が原因か、分かるか」
「いいえ。流石にそこまでは」
「そうか。苦労をかける」
「いいえ。主よ、今後はどうなさるおつもりか」
ヘルーシュ神の言葉に沈黙が返る。そしてハーヴェ神の気配は完全に消え失せた。
「主よ」
ヘルーシュ神の憂に満ちた呼び掛けだけが沈黙を破った。
清々しい目覚めにラファイアが起き上がると、気配を察知した侍女のベラがすかさず身支度の世話を焼いてくれる。随分と甘やかされて彼女は気恥ずかしくなりながらも家族の朝食の場に参加する。
食堂では既に父は食事を終えて食後の茶を嗜んでおり、兄も同様に世間話で話題を振っていた。
「ラフィ、おはよう」
「おはようございます、お父様、お兄様」
食卓につくと目の前にサラダとスープ、そして卵料理にベーコンやソーセージのプレート、果物などあれこれの料理がずらりと卓に並んだ。
「ラフィ、今日は神殿に挨拶に行ってくれるか」
聖騎士として勤めていた神殿だ。懐かしい仲間の顔も見たい。二つ返事で彼女は頷いた。
食事が終わってフィーランを探しているとベルシルク家騎士団として王城へ行っていると知らされる。仕方なく彼女は一人でヴァンニ神殿に向かうことにした。
ヴァンニ神殿に駐在する聖騎士の詰め所は神殿とは別の場所にある。
神殿の神官長と挨拶を交わし、祭りの準備で活気のある神殿を後にする。顔見知りの聖騎士が何人か祭りの準備を手伝っていて忙しそうだったので黙礼だけにしたのだが、何かしら距離を感じたことが胸に痛い。
神殿からそう遠くない距離に聖騎士の詰め所がある。山の中腹に建てられた古めかしい建物は石造りで裏手に訓練所がある。広さはかなりあるものの、聖騎士の詰め所だけあって煌びやかさには欠ける。質素で堅実。ヘルーシュ神の如く、禁欲的な佇まいである。
休憩時間なのか数人の騎士が居間を兼ねている食堂脇のごろ寝ができるスペースで思い思いに過ごしているのを見かけて声をかけることにしたラファイアは驚いた。
汚れた訓練着のまま寝転んでいる騎士がよく知っている男だったからだ。
「お久しぶりです。カーティス」
第二部隊隊長のカーティス・ブロッケンだ。隣国のナテラ王国の生まれで伯爵位の貴族の次男。理詰めで潔癖。ラファイアの苦手なタイプだが、見目の良さと騎士道精神に則った礼儀正しさと優しさから女子には人気がある。
この男は綺麗好きなだけあって、ラファイアは今まで彼の乱れた格好など見たことがない。そんな彼が汚れた訓練着、しかも所々破けている格好で寝転んでいる。しかも、眉間に皺を寄せたまま。
起きているのは明白。心を落ち着かせようと目を閉じているだけだ。
流石に隊長同士長い付き合いだから彼の様子は分かるのだが、彼らしくない格好に驚いて声が上擦った。
「誰だ」
不機嫌な声で目を開けて起き上がると、ラファイアを発見してしばし固まるカーティス。
「貴様、ハーヴェ神の神殿に選ばれて行ったのではなかったのか。もしや不敬で追い出されたのではあるまいな?聖騎士とあろう者が神に突き返されるとは何たる未熟!」
久々の説教にラファイアは感動してしまった。年上であるが故か、はたまた別の理由なのか、彼はラファイアに厳しい。同じ隊長職にありながら年上面を隠そうともしないばかりか、兄貴面までしてくるのだ。
「身に覚えのないお説教は止めて下さい。相変わらずですね、カーティス」
呆れた様子で言うと彼は言葉に詰まって、それからラファイアの格好をまじまじと見る。
「ベルシルクの訓練服?聖騎士に戻った訳ではなさそうだな」
「はい。ハーヴェ神が里帰りして良いと。ヘルーシュ神の祭りに参加する許可を頂きました」
「ほう。聖女が里帰りだと?前代未聞だ」
「そう言う訳でもないそうですよ。神がおっしゃるには昔はよく里帰りさせていたのだとか。人間側の風習が変わって、今は里帰りが珍しいだけだそうです」
「なんだと」
それが本当なら里帰りしたい聖女は多いかもしれない。
そう考えたカーティスの思考を読んでラファイアは笑った。
「貴様、それでノコノコと帰ってきたのか。聖女のお役目を忘れてはいまいな」
「はいはい。ご心配頂かなくても立派に、いえ、きちんと?勤めてます」
「なぜ疑問詞が入るのだ」
「それはそうと」
話が長くなりそうなのでラファイアは無理矢理話を断ち切る。
「カーティス、あなた珍しい格好でお昼寝されているんですね」
まだ朝だけど。
ラファイアは嫌味のように言った。
みるみるうちにカーティスの表情が曇る。嫌味の応酬もなく、ラファイアは本気で心配になった。
「カーティス?」
「ああ、そうだな。お前には言っても構わないか」
彼はため息をついて、そして語り出した。




