聖女編20
父がラファイアを聖騎士に戻そうと思っていてくれている事が彼女は嬉しかった。
「ヘルーシュ神の聖女の適性があるお前がハーヴェ神の聖女ではないことはわかっている。何か大いなるお考えがおありだろうが、早々に手放して頂かないとお前の名に傷がつこう」
身内だけの場だからか父の考えを聞かされてラファイアの心がざわつく。
「父上、神と人民のお役に立てるのならば聖騎士も聖女も同じです」
ラファイアの固い表情に父は苦笑して「そうだな」とだけ言った。
フィーランが気遣うような目を向けてくるので彼女はあえて無視し、兄のアンリの口元に焼き菓子を突っ込み気味に食べさせる。その時だ。
「我が聖女よ」
ふわりと床に着地し、煌びやかな空気を纏った美しい存在が現れた。
着ているものは人間の庶民と変わらない簡素な長衣にズボン。けれど光輝く金の髪に目が破壊されそうなほど麗しい美貌は見慣れたハーヴェ神のもの。
父や兄、フィーランが素早く反応し膝を折って首を垂れる。
ハーヴェ神の後ろには珍しく呆れ顔のヘルーシュ神までいる。
驚いて反応できないラファイアを抱きしめて彼はご機嫌に微笑んでいる。
「そなたの不在が俺をこんなふうにしてしまう」
「はい?ハーヴェ様は天界に御用があってお帰りになられたのでは?」
不審げな顔で問いかけるとハーヴェ神は見た目だけは神らしい偉大なる様子で頷いて見せる。
「君がいないと俺はどうにかなってしまいそうでね。ヘルーシュに無理を言って連れてきてもらったのだ」
「え?」
ラファイアは抗議する目でヘルーシュ神を見たが、彼は不意に目を逸らす。あまりにもヘルーシュ神らしからぬ様子にラファイアの目が点になる。
「ラファイア、怒らないでおくれ。こうなるのならばやはり君を天界へ連れて行けば良かったな」
「いやいや、人間には分不相応ですからね?」
冷静に突っ込んだラファイアを愛しそうに抱きしめたままハーヴェ神は回りの人間達を観察する。この場でただ一人、剣の柄に手をかけてこちらを警戒しているフィーランを鋭い目で射抜く。だがフィーランは臆することなく彼を見返した。
「驚いたな」
呟くようにハーヴェ神は言い、フィーランに微笑みかける。
「君はラファイアの何かな?」
嫉妬に狂った哀れな男を装ってハーヴェ神は問う。
「偉大なる神様なんですから既にご存知では?」
口端に笑みを浮かべてフィーランが答える。
「ふむ。意外なところで会ったな、人間の子よ。息災か」
「ええ、まあ。そちらも相変わらずですね」
「まあな」
答えるハーヴェ神は可笑しそうにフィーランを見ていて、神に対して不遜な態度の人間に気を悪くした様子はないことにラファイアは安堵した。しかし、フィーランの態度が既にハーヴェ神と知り合いのようで気になって仕方ない。
「あの、お二人は知り合いなのですか」
ラファイアの問いにハーヴェ神とフィーランは同じような曖昧な笑みを浮かべた。顔が丸切り違うのに何だかよく似ている二人である。
「昔、ちょっとね。君、俺のところに挨拶に来ないなんて薄情じゃないか」
最初はラファイアに、次にフィーランの方を向いてハーヴェ神の顔が向く。
「は?誰が好き好んで最高神に挨拶に行くってんですか。バカにしてんですか」
「ああ、馬鹿にしているね。俺は言ったよね。次も俺に仕えなさいって」
「いやいや、そんなの誰が本気にしますか。それに俺には俺の自由な意思があるって保証してもらってるんでね」
やいのやいの言葉の報酬を繰り返す二人に、流石のラファイアの父も兄も顔を上げてポカンとして見ている。
「随分仲の良いご様子で」
ラファイアは少し嫉妬してフィーランを睨む。
その無自覚な様子にフィーランはため息をつき、ハーヴェ神の顔が明るくなる。
「ラファイア、俺は君が一番だから。誰よりも大事にするって誓うよ」
放っておけば甘い顔をするハーヴェ神にラファイアは困り顔だ。
「お嬢様の意に染まぬことをしでかすってんなら、その首叩き切りますけど」
フィーランが本気の殺気を吐き出す。するとハーヴェ神は滅多に見せたことのない傲慢な顔と最高神たる威厳を以って彼を圧迫しにかかる。あまりの迫力にラファイアが吐き気を催すと、それに気が付いてハーヴェ神の気が急速に収まった。
フィーランの神殺しも辞さない気迫もそうだが、ハーヴェ神の本気の神気も、そして「神殺し」という行為にも吐き気を覚えてラファイアの体が小刻みに震えている。
聖騎士として魔物の殺傷、そして罪人の制圧はしてきたラファイアだが、こんなにも怖いと思うのは初めてだった。
「ラフィ?」
不安そうにハーヴェ神が腕の中の彼女を見つめ、困ったようにフィーランとヘルーシュ神に助けを求める。
「お嬢様、お部屋で休まれますか」
フィーランがすぐに動いてハーヴェ神の腕の中からラファイアを取り出して横抱きにする。こくこくと頷くラファイアを連れてフィーランが去っていく。
「すまないな、ベルシルク伯爵。貴殿の息女に危害は加えないと私が約束しよう。主がここへ来られたこと、会話の内容は他言無用だ。先ほどの騎士の件も追及はしないでくれ」
ヘルーシュ神が厳かに言うとラファイアの父も兄もまた深く首を垂れて神を見ないようにする。
「邪魔をした。ヘルーシュの祭りの際はよろしく頼む。それから」
ハーヴェ神がいつになく気落ちした様子で親子を見下ろしている。
「ラファイアを手籠にしようなどと考えてはおらぬ。心の底から大切に思っているのだ。安心してくれ」
そう言ってハーヴェ神が来た時同様かき消える。
「騒がせたな、許せ」
ヘルーシュ神も消えた。
その場に残ったベルシルク親子と只人のマノア夫人は二神を前にした緊張と興奮で落ち着かなかったことは言うまでもなかった。




