聖女編19
ラファイアは北の危険な大地へ派遣されるフィーランを気遣わしげに見る。すると彼は視線に気が付いて安心させるように微笑んでくれる。
一昔前の子供の頃なら魔物討伐に送られるフィーランが羨ましくて仕方なかったのだが、現実に魔物退治を経験し、そして神の加護のない土地で戦闘を繰り広げる厳しさをラファイアは体験した。騎士にとって使命と民を守ることは名誉なことだが、それで命を失くすのまた事実。
ラファイアは誇り高いフィーランの無事の帰還を信じると決め、頭を切り替える。神殿に戻ったらラファイアも各地の魔物の動きを調べてみようと思う。
彼女は執務モードから寛ぎモードへ転じた父の気配を悟り、三人掛けのソファにアンリと並んで座るとマノア夫人の淹れてくれたお茶を手に取る。
アンリがラファイアの為にマノア夫人お手製の焼き菓子を皿から取って渡してくれる。神殿のお菓子とはまた別の優しい手作りの味にラファイアは笑顔になる。一般のご令嬢とは違い、ラファイアはあまり甘いものが得意ではない。けれどハーヴェ神の神殿に住むようになってからは何故か甘いものが好きになり、身の回りを世話してくれる神官たちには甘い物好きに思われているのだった。
「ところでラフィ、ハーヴェ神の神殿はどんな様子だ?」
アンリが笑顔を浮かべて訪ねてくる。その笑顔の裏に何か冷たいものが潜んでいるのは気のせいだろうか、とラファイアがおっかなびっくり兄を見上げる。
「どんな、と言うと?」
「ハーヴェ神と言えば最高神の位におられる偉大なお方だろう?もちろん、我々がお慕いしているヘルーシュ神も偉大なる神であらせられるが、ラフィを聖女に任命したかの方は命の神。神殿も仕える神官も何もかも違うと耳にする」
アンリは探るような瞳を妹に向けている。
「そう、ですね。神殿には色とりどりの花が咲いていて様々な動物がいます。神官たちは朗らかで気立が良いように思います。もちろん、ヘルーシュ神の神殿の神官たちも善良ですが、武闘派ですので穏やかなばかりではありませんし。ですが、まあ、神の座す神殿という場所は神聖さにおいてどこも同じではないでしょうか。ハーヴェ神の神殿は見た目は華やかで煌びやかですが、真のところはとても堅実なところだと言えます。やはり神とは本質では同じであると感慨深く思いました」
ラファイアの言葉に興味深そうにアンリが「ほう」と漏らす。
「奥の院のいるお前であればこそ、その感想が持てたのであろうな」
父の言葉にラファイアは頷く。
しょっ中口説いてくるハーヴェ神の態度はおいておいて、彼はチャラチャラしているばかりではない。全女性に親切で親密で気軽な態度であっても、やはり神なのだ。
彼は人間のいる世界に対して一歩も二歩も、いやかなり引いて接している。
それを人間たちは気が付いていない。
最高神の聖女がいなかったのも実はそうした本質があるからだ。
ラファイアは彼が人間を信頼していないような、そんな気がする。だから神殿にいる神官たちに対しても聖女見習いに対しても親しみある態度は示しても迎え入れるような態度は絶対に取らない。むしろ言葉尻は親切で丁寧でもそこに温度がないのだ。素っ気ない、とはまた違うのだが。
これはラファイアが感じたことで言葉にしにくい。
彼に何があったのか分からないが、そのせいでラファイアは自分がハーヴェ神の聖女に選ばれたことも何かの計画かと疑っている。心から信じたいのに。
そう思って、はたと気が付く。
信じてはいるのだ。ハーヴェ神のことを。
短い付き合いの中に確かに信頼は生まれた。
「ラフィ、ハーヴェ神はどうして君を聖女にしたのか聞いているか。まさか色欲の為にとは言わないだろうけれど」
チラッとアンリはラファイアの首元を見た。
「し、色欲ですか?まさかあり得ません」
あり得ないと答えながらも自信はない。すぐに触れてくるハーヴェ神に慣れてしまったものの、ヘルーシュ神は聖女にみだりに触れていなかったように思う。
「ふむ。アンリの尋ね方が不味かったな。ラフィ、お前が聖騎士に戻る可能性はあるのか」
父の言葉にラファイアは驚く。
聖女に指名されたことが各方面で様々な影響を及ぼしているらしいことが想豫された。神殿の奥の院に囲われて世俗から切り離されてしまうと、そういった祭り事のことを忘れてしまっていたのだ。
もちろん、聖女見習いの世俗に塗れた対応は脇へ置いておく。




