聖女編1
聖女編はプロローグより前の時間軸になります。
説明長いですが、お楽しみくださると嬉しいです。
丘の上から見える美しい夕日に馬を止めたラファイアは、しばらく馬上から落ちていく陽の揺らぐ色彩を眺めていた。
ラファイア・ベルシルク伯爵令嬢。勇猛果敢な聖騎士を多く生み出すベルシルク家の次女にして、聖騎士の位を戴いた優秀な剣士である。
戦神ヘルーシュを信仰する武門の家系でありながら実際はドロスマジン王国建国から続く貴族位を持っている由緒正しき血筋である。
神世の時代、七つ神が人間とこの世界を作った。七つ神以外の多くの神は天界から出ることは出来ず、偉大なる最高神から序列七位の神までが地上と天界を行き来すると言う。実際に、七つ神のうち五神までの神は人間の前に姿を現し、自分の神殿に神官と聖女を置いている。彼らの前には姿を見せ、人間の世界を導いているのだ。
そんな神の意思が人間の世界を左右するこの世界で、聖騎士は神の意志を守り、人を律する役目を負う。異世界からの魔物の侵入を防ぐのも彼らの役目であり、神の意思に背く国を制圧するのも彼らの役割である。
そんな聖騎士に国境はない。
各国に散らばる神殿からの依頼で動く聖騎士は国に属さず、神に属する。剣士、魔導士、神官から成る混合部隊で任務にあたる。ラファイアは若干十七歳ながら実力が認められてドロスマジン王国に設立されたヴァンニ神殿に所属する第三部隊長を拝命している。彼女は見習いの頃から戦績を上げていて、戦神を崇めるベルシルク家の片鱗を見せつけていたのだ。
今日は魔獣討伐の任務でカテン丘にいた。その帰りに出会った光景に心を奪われたのだ。
「隊長?」
彼女の後ろから副部隊長のゴドファンが声をかける。他の隊員は既に先に行っている。うら若き乙女の感性を理解できる隊員はゴドファンくらいしかおらず、他の隊員は丘を降りて神殿の宿舎に戻ると食堂に一直線だ。
「すまない。あまりにも美しい夕日だったから」
「そうですね。つい見惚れてしまう気持ちも分かります」
彼女よりも少し年上のゴドファンは微笑みを浮かべて彼女と馬を並べる。
「世界がこんなにも美しいのは神々のお陰だね」
聖騎士らしい言葉を口に乗せて、ラファイアは馬を走らせる。
「神と言えば、ゲッテン神の聖女見習いが見つかったらしいですね」
ゴドファンの言葉にラファイアは頷いた。
「シンソウ国の姫君らしいね。マルツ王国にあるゲッテン神の神殿から迎えが行ったと聞いている。しかし王女を聖女とするのはゲッテン神の好みなのかな」
聖女は神の半身と呼ばれて、その神の力を行使することができる存在だ。魂の相性や体の持つ魔力の波動などがその神と完全に一致する者でなければ務まらない。
そしてこれは神殿の一部の者にしか知られていないが、神はその聖女と体を繋ぐことでこの世界に及ぼす影響を減らしているのだと言う。神の力が偉大すぎて世界を損なう危険性があるのだ。故に聖女の存在は神殿にとっても神にとっても死活問題であるらしい。
どの国も生まれた者は男女問わず十歳になるまでに一度聖女の資格があるかどうか神殿で検査を受けることになっている。聖女の適性があれば神殿で聖女見習いとして過ごし、神に見染められればそのまま聖女となる。何人も聖女を抱える神もいれば、たった一人を聖女が死ぬまで交代させない神もいる。これが好みと言わずして何と言おう。ラファイアには理解不能な制度だが、世界はそういうものだと知ってはいる。
ただ聖女は貴重な存在なので適性があれば神殿に保護されることになっている。
ラファイアには聖女の適性はなかった。正確にはただ一人の神を除いて。
これは政治的な話になるのだが、ラファイアの祖母の妹が戦神ヘルーシュの聖女である。血筋のせいか、ラファイアにもヘルーシュ神の聖女の適性が出た。しかしながら一族から二人も聖女を出すと王国に都合が悪いらしく、ラファイアの聖女適性は隠された。そのおかげで念願の聖騎士となることができたのだが。
美しかった夕日は既に沈み、宵闇が迫ってくる。
ラファイアは仕事の疲れを覚えながら、ゴドファンと共に宿舎に急ぐのであった。