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聖女編11

「俺の輝ける地上の宝玉、どうしてそうむくれているのかな」

 困ったような、それでて意地悪を企んでいるような、そんな複雑な笑顔を器用に甘い色気で覆ってハーヴェ神はラファイアの隣に腰掛けて彼女を覗き込む。そして彼女の読んでいた本を優しく閉じると彼女を自身の膝の上に乗せる。

「むくれてなどいませんが」

 無表情を通り越して「無」の境地にいるラファイアにハーヴェ神はヘルーシュ神を見遣る。

「聖女見習いに会ったんだって?」

 軽く問うとラファイアの顔に色が浮かぶ。迷惑、困惑、微量の嫌悪。

 そららの感情を上手く読み取って、ハーヴェ神は肩をすくめる。

「ディスティと言う名前だそうです。なんでも公式には彼女しか聖女見習いはいないとか。奥の院に呼ばれたのは彼女しかいないのだとか」

 淡々と語るラファイアに破顔して、彼はヘルーシュ神を一瞥してから彼女をその腕に閉じ込める。

「可愛いな、ラファイア」

「は?」

 不敬だと分かっていながらも軽蔑したような目でラファイアがハーヴェ神を見つめる。

「だって、俺の身の回りに女が来たから怒ってるんでしょ。その女に嫉妬するくらいラファイアは俺のことが好きってことなんだと理解している」

「……え」

 そう言うことになるのか。いや、ならないよな。

 ラファイアの感情が激しく動く。

 その様を見ながらハーヴェ神が笑みを深める。

「安心して、ラファイア。彼女には実験台になってもらっただけだよ。やはり普通の人間にはこの奥の院では息をすることも難しい。俺の聖女であるラファイアだけがここにいられる」

 真剣な目にラファイアが捕まる。

「いや、違うと思いますけど。神官や聖騎士もここに来ますよね」

 危うく信じるところだった、とラファイアは動悸のする胸を落ち着かせる。

「うーん、それはまた違うからくりだからなあ」

 明るい金髪を揺らしてハーヴェ神は彼女を抱えたまま立ち上がる。

「とにかく、こんなに嬉しいことはない。君が俺のことで心を揺らしてくれるなんて至上の喜びだ。このまま寝台に連れて行こうか」

 冗談ではない雰囲気にラファイアは冷静になるように努めて、彼を射抜くように見上げる。

 ハーヴェ神が立ち止まって彼女を優しく見下ろす。

 視線が交錯する。

「ハーヴェ様、一つ質問です」

「何かな」

「ハーヴェ様には細君がおられますよね」

「ああ。天上の世界に」

「神は人間に貞操を説きました。一部例外の神もおられますが」

「そうだね」

「では妻がおられる身で人間の女を寝室に入れるのは操を立てることに反するのではないでしょうか」

「……君がそれを言うのか」

 低く聞き取りにくい掠れた声でハーヴェ神は唸るように言った。

 びくりと肩を震わせてラファイアは背筋を凍らせる。

 今、ハーヴェ神の何に触れたのだろうか、と彼女は恐れ慄く。

 確かにラファイアはハーヴェ神の琴線に触れた。血肉の見えるパックリ開いた深い傷に鋭いナイフを刺してしまったような後味に彼女は己の発言を後悔する。神に対して人間扱いをする不敬どころでは済まない発言だった。だが。

「聖騎士殿は潔癖と見える」

 軽い調子でハーヴェ神が言った。

 その目には悲壮な、それ以上に絶望という名の感情に近いものが浮かんでいるのを見て、ラファイアの心臓が軋む。

 どうしてそんなに傷ついているのか知りたいと思う。そして。

 あなたの心を守れればいいのに。

 ラファイアの想いが聖騎士として願うことなのか、聖女として扱ってもらっているからなのか分からないが、これ以上彼に苦しまないで欲しいと切に思うのは紛れもない自分の心だ。

 ラファイアは失言を謝罪するために無意識に彼の両頬をその手で覆う。

「お許し下さい。あなたにはあなたのお考えがある筈なのに、それを尊重することもせず浅はかな発言をしてしまいました」

「……いいや。実際、俺は浮気者で放蕩な神だからな」

「いいえ、ハーヴェ神。私はあなたこそが潔癖であることを知っています」

 それは彼の神殿を見ていれば分かる。一見、華やかで豪華ではある。しかしヘルーシュ神とは性質が違えど、同じ気高い神としての気質が表れている。

 偉大で本当は厳しい質の序列第一位の最高神。

 普段は飄々として冗談めかした言動の数々に隠された彼の本質。それはきっと誰にも触れられない彼の心の柔らかな場所に直結している。

「ラフィ」

 軽い調子で彼女の愛称を呼ぶハーヴェ神の仮面を剥ぎ取って本音を聞き出したい衝動に駆られたラファイアだったが、そんな勇気も覚悟も持ち合わせず、結局彼女は目線を下げて彼の頬から手を離した。

「愛の何たるかも知らぬ小娘が大口を叩き、申し訳ございません」

 これまで恋愛とは程遠い所にいたラファイアは心底反省する。

「いいんだ。そんなことを言わせた俺に責任がある。顔を上げて」

 ハーヴェ神はラファイアの足を床に下ろし、ゆっくり立たせてから彼女の右手を取り、その温度を確かめるようにしばらく両手でモミモミした後、名残惜しそうに指先を摘んでから手を離した。

「少し外す。君は好きに過ごしていて。ああ、でも奥の院からは出ないで。少し天候が荒れるかもしれない」

「はい。行ってらっしゃいませ」

「ああ。すぐに戻る」

 ハーヴェ神の姿は言うなり掻き消える。

 呆然と彼のいなくなった空間を見つめて、ラファイアはかき乱された心にそっと蓋をしたのだった。

 

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