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プロローグ

 ラファイアは目の前の光景にズキリと胸が痛むのを感じる。

 あれだけ愛を囁いてくれた人が手を伸ばしたのは別のひと。

「ああ、君こそ俺の聖女だ」

 彼は、いや神である存在はラファイアに目もくれずに目を丸くしている少女に向かって早足で歩き出し、その腕に彼女を抱きしめる。

 今まで彼女の居場所だった、その場所に。

 彼の澄んだ神々しい瞳は少女にだけ向けられて、すぐ側にいるはずのラファイアの存在を無かった事にしてしまう。

 尊敬と敬愛はあったものの、今まで恋愛的に何とも思っていなかった彼の突然の仕打ちに、やっと自分が彼のことを好いていたのだと気が付いてしまった。それも、かなり深いところで。

 彼女の胸から見えない血が溢れ出す。

「神様でも間違えることって、あるのね」

 ポツリと呟いた彼女の言葉を彼の側近とも言える別の神が耳に留めて、傷ましそうな表情になる。

 公平冷徹で感情を滅多に外に表さないその神の表情を見て、ラファイアはいかに自分が惨めな存在になったのか自覚する。

「最高神ハーヴェよ、ラファイアのことは如何するおつもりですか」

 硬い声で神の中で序列第二位の戦神ヘルーシュが尋ねる。

「ラファイア?まだいたのか。いかようにも好きにすると良い。ひと時でも我が寵愛を得られたのだ、幸運だったと思うがいい」

 今まで聞いたことのない冷たい声だった。

 ひと時の寵愛を幸運と言う彼はもう別の少女に甘い顔を見せている。

 最高神ハーヴェ。

 人に親しみやすく、寛容で明るい神。見た目もかなりの美貌の主だが、言ってみればチャラ男のような性質が気さくさな感じで神っぽくない神。

 けれども、曲がりなりにも序列第一位の最高神。

 人間の物差しでは推し量れない神なのである。

 神は気ままで、人の理解を超越した存在。

 そんな初歩の認識を忘れていたのはラファイアだ。

 グッと涙を堪える。決して俯くもんかと毅然と前を見る。

「しかし、(しゅ)よ、聖女の誤認は大事(おおごと)です」

 ヘルーシュ神が俯きがちに言った。

 この自信満々で常に公平を追求するヘルーシュ神は恐怖の対象として人間たちの中にある。戦神らしい雄々しい美貌と冷徹な目。常に神としての威厳がそこにある。尊大にも見える彼の神らしい容貌は人間の善悪を裁く。だから人間たちから畏怖されている。でも常に公平なヘルーシュ神のことをラファイアは好きだ。

 そんな彼の今の姿にラファイアは胸が熱くなる。

 ヘルーシュ神はラファイアの為に憤ってくれているのが分かる。側近として仕える最高神に対して意見してくれているのだ。

「お前は私のすることに口出しすると言うのか」

 冷たい声が響く。

 腕の中にいたいけな少女を抱え、愛しそうにその頭の上に頬を乗せて満足そうにしている彼を見て、ラファイアは発狂しそうになる心をどうにか抑える。

「御前のご意志通りに」

 最後に彼に選ばれた聖女らしくラファイアは言って、ヘルーシュ神の前へ出る。

「この婢女は目の前から消えましょう。お目汚しを失礼致しました」

 そう言って、ヘルーシュ神の腕を取って広大な神殿の広間を出ていく。

 大人しく彼女に手を引かれて付いてきたヘルーシュ神が庭の泉の近くで足を止める。ラファイアも自然に足を止めて、彼の腕を放した。

「すまない、ラファイア」

 ヘルーシュ神が力なく言った。

 この戦神が謝るなど前代未聞だ、とラファイアは乾いた笑みを見せる。いつもラファイアには厳しかった。笑顔も向けられたことはない。けれど、この神が見た目通り畏怖されるだけの神ではないことは彼女は知っていたのだ。誰よりも優しくて不器用な神だと。

「いいのです、ヘルーシュ神。私はお役御免となってしまいましたが、神に仕えることができて良い経験となりました」

 光栄だとは言ってやらない。傷つけられた心は未だに痛むのだから。

「しかし、そなたは聖女になることを渋っていた。私はそなたが望んで聖女になったのではないことを知っている」

「それでも、聖女となりました。だから誇りをもって去ります」

「……私の聖女にならないか」

 躊躇いがちにヘルーシュ神がラファイアに顔を向ける。

「え?」

「私はそなたにならば己の力を預けても良いと考えている」

 真剣な様子で言われてラファイアは戸惑う。

「考えてみてはくれまいか。最高神と顔を合わすのが辛ければ会わないように取り計らう。決してそなたを傷つけることはないと誓おう」

 序列第二位の神にここまで言われることはラファイアにとっても光栄なことだ。

「私はもう聖女は懲り懲りです。少し休息する時間を頂いて、それから許されるならば、元の聖騎士に戻して頂けないかと思っております」

 聖女ではないただのラファイアに戻って、一からやり直す。

「もちろんだ。だが聖騎士に戻って差し支えないのか」

 ヘルーシュ神の懸念が伝わってくる。聖女として言わば昇進した存在が神に突き返されてその地位を失って戻る。普通の人ならば消えたくなるくらいの屈辱か、もしくは喪失感があるのかもしれない。回りの反応も腫れ物を扱うようなものだろう。地位を失ったとしても元聖女だなんて厄介な存在でしかない。

 それでも、ラファイアには聖女になる前に培った人間関係がある。その絆を信じたい。

「私は今も昔も聖騎士としての誇りを忘れたことはありません」

 神に仕える戦士としての誇りはずっと胸にある。聖女としてよりも、騎士としての心の在り方の方がしっくりくる。

「さすがラファイアだな。では聖騎士に戻れるよう取り計らおう。それから、私の聖女になる件は考えておいてくれ。いつまでも待つ用意がある。そなたが老いて体が動かなくなっていても、私は待っているぞ?」

 冗談なのか本気なのか、ヘルーシュ神の真顔にラファイアの顔には自然と笑顔が出る。

「分かりました。考えておきます」

 痛んだ心はそのままに、彼女は前を向いて歩き始める。


 この日、過去最高の寵愛を得ていた聖女ラファイアは最高神の神殿を去る。

 彼女の消えたその神殿は太陽を失った大地のように静寂だけが支配する建物と成り果てたという。



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