不幸になる薬
「これを飲めば、私は幸せになれるんですね、先生」そういって私は白い錠剤を手にしていた。交通事故で夫と息子を亡くして絶望していた私は、毎日のように精神科に通っていた。「はい、ただ大きな副作用があります」
家に帰り薬局でもらった薬を見つめる。これを飲んでいいのだろうか。先生の言っていた「副作用」。
私は息子の入学式の写真を見て覚悟をきめ、冷徹に思えるほど白い錠剤を水で流し込んだ。
「…」
全くと言っていいほど違和感はない。着実に薬も効いているように感じた。副作用を知らない故の不安が残っていたが、それも次第に無くなっていった。
薬を飲んだ三日後の朝、息子の悲鳴と共に目が覚めた。
「あついよぉ、たすけてかあさん」息子の声が聞こえる。私はどうやら事故当時の夢を見ているらしい
横転して燃える車の中で、私と息子は車に縛られていた。
「やめて、思い出させないで!…」私は夢から解放された
身体に大きな疲労感があった。汗で湿り固く握った手にはひびが入った額縁があった。
「この薬の副作用は、これまでで一番辛かった思い出を夢に見ることです。」
先生の言葉の意味が身に染みて分かった。
二度とこの副作用はごめんだ。精神が持つ気がしない。体は健康を取り戻しているが、心を抉った思い出の傷は永遠に残り続けた。同じ夢をまた見るのではないか、その思いが私の心を永遠に縛り続けることになった。