その後の
三題噺もどき―さんびゃくじゅう。
初めは、ただの恩返しだけのつもりだった。
ちょっとした、お礼を伝えられればと思った。
「……」
あの日。
私の一番大切で、唯一の友達が、体に白い何かを巻いて帰ってきた。
それを外し、肌を見ると、なぜか傷まみれになっていたのだ。
何があったのかと問うと、上に上がっていた時に、運悪く子供に見つかってしまい、怪我を負ってしまい、動けなくなっていたと言う。
この白いのは何かと聞くと、運よくその場所を通りかかった男の人に、助けてもらい、その人は手当までしてくれたんだと。この白いのは、その手当によるものだと教えてくれた。
「……」
それを聞いたから―私にとっての家族同然の、たいせつな友を窮地から救ってくれたのだと聞いたから。
それならば、せっかくだからお礼がしたいと思って。
―ただそれだけだったはずで。
「……」
でも私はここから動けない。
この場所でしか生きていけない。
だから、その人をここに案内できないものかと、相談した。
すると、私もお礼がしたいから、いい考えだと、ぜひお迎えしようと協力してくれた。
「……」
でも、その人はここでは息ができないんじゃないかと、聞くと、ここでも息ができるようになる薬があるはずだと教えてくれた。
それは、私の父が持っているはずだということも教えてくれた。
「……」
だから私は、普段めったに話す事のない父に、願いでた。
私の友達を助けてくれた恩人にお礼がしたい。でも私はここから離れることが出来ない。父上は。人がここでも息ができるようになれるモノをお持ちだと聞きました。可愛くもない娘の願いですが、どうか聞き入れてくれませんか。
―そう、懇願した。
「……」
その懇願が、功を奏したのかは分からない。
が、父は思っていたよりもあっさりとソレをくれた。
小さな、団子のようなものだった。
それを、ありがたく受け取り、自室へと戻った。
「……」
それから、私は上がることも出来ないから、彼女に頼んで、その人を迎えてくれるようにといった。
当然のように、もちろんと頷いてくれた彼女は、やはり一番の友達だなぁと改めて思った。
その日のうちに、彼女は薬を持ち、上へと上がっていった。
「……」
帰ってきたのは次の日の朝だった。ほとんど昼の時間だったかもしれない。
背中に、恩人だと言うその人を乗せ、私の元へと帰ってきた。
―私は、その時に初めてあの人の顔を見た。
「……」
一目惚れとは、こういう事を云うのかと思った。
一目見た瞬間に、心を奪われた。
ここは冷たい底なのに、体温なんてものないはずなのに、全身の熱が上がっていくように感じた。
「……」
でも、まずはお礼をしないといけないと、何とか自制した。
急に思いを告げられても、困るだけに決まっている。
だから初めに、ようこそと、そう告げた。
つづけて、友達をすくってくれてありがとうと、言葉をつなげた。
「……」
それを聞いたあの人は、少しだけ照れるようなしぐさを見せて。
当たり前のことをしただけだ。礼なんてとんでもない。
そういって、にこりと笑って見せた。
「……」
太陽を見たことはないけれど……まるで太陽のようだなんて思った。
暗いこの底に、現れた、暖かな陽の光のようだと。
―いつまでも、この人と共にいたいと、願ってしまった。
「……」
それでも、生きる場所が違う。
私が、いくら願っても、その点だけは変えられない。
―変えることは出来たかもしれないけれど、そんなことをする勇気はない。
―何も知らない世間知らずな、縛られた私では。
「……」
それでも、何日か、彼はここに居てくれた。
その間にでも、思いを告げようと何度思ったことか。
その度に、彼には彼の生活がある、だなんて思って。
「……」
そうこうしているうちに。
彼は、帰りたいと言い出した。
地上の事が心配だ。置いてきた父母の面倒を見なくては。仕事もしないと暮らしていけない。
そういって。
もう帰ると言い出した。
「……」
そこで引き留めればよかったんだろうか。
思いを告げてしまえばよかったんだろうか。
ここに居てくれと叫ぶことができたら、何かが変わっていたんだろうか。
「……」
私は、見送ることしかできなかった。
―見送る事さえ、できなかった。
遠くへと行く、あの人の背を見たくなかったから。
「……」
「……」
「……」
深いふかい海の底。
暗いくらい深海で。
今日も私は地上を見上げる。
もう居るはずのないあの人が。
ここに来るはずのないあの人が。
いつか帰ってきてくれないかと。
叶わぬ願いを抱いたまま。
お題:言葉・叫ぶ・深海
イメージは、「浦島太郎」の竜宮城のお姫様のその後みたいな。
あくまでイメージなので(´-ω-`)家族関係とかそういうのは、捏造(´-ω-`)