小説投稿サイトのプロ作家としての、私の末路
「いいわよね~、あんたは。印税があるのだもの」
友人からそう羨ましがられた。
「ま、まぁ、そうね。生活の足しにはなっているわね」
と、私は返す。が、内心では冷や汗をたらしていた。
私は小説家をしている。だから印税収入があるのだ。ただ、内情はとてもじゃないが友人から羨ましがられるような状態ではない。何しろ、今私は必死に就職活動をしているのだから。つまり、はっきり言って私は貧乏なのだ。
私が小説を書き始めたのは学生時代で、大した理由なんてなかった。周りの友達が始めたので、それに合わせたというだけだ。そうしないと、話の輪に入りづらかった。特に書きたい内容がなかったから、そのサイトで流行っているジャンルを真似た。だから、盗作は言い過ぎにしても盗用と言われも反論はできない。
が、どうにもそれが良かったらしい。
私の書いた小説はとても人気が出てしまったのだ。ポイントもアクセス数もぐんぐんと伸び、いつの間にかランキング上位に入っていた。たくさんの読者が付き、たくさんの人が褒めてくれた。もちろん中には「似たような小説が山ほどある」と批判的なコメントを残す人もあったが、私は特に気にしなかった。どうせ妬みだろうし、大勢の内の少数に過ぎないのだから。
周りの友達も「凄い、凄い」と褒めてくれた。私はそれが嬉しくってもっとポイントを貰おうと小説をたくさん書いた。流行している内容を把握して、試行錯誤を繰り返し、よりポイントを貰える内容を研究した。SNSでの宣伝もしまくって、次第に私の生活の中心は小説投稿サイトへの投稿になっていった。
周りの友達は、最終学年に上がる頃には飽きて小説を書くのを止めていたけど、私は続けていた。たくさんのファンが期待をしてくれているんだ。止める訳にはいかない。その所為で、多少は友達と疎遠になってしまったが、やはりあまり気にしなかった。
初めは友人関係の為に始めた事だったのを、その頃の私はすっかり忘れていた。
やがて、出版社から「我が社からデビューしませんか?」と声がかかった。私は有頂天になり、サイトでそれを報告した。たくさんのファンが祝福してくれた。
「プロ作家で食っていけるかもしれない!」
と、私は本気で考えるようになっていた。だから周りの友達が就職活動に必死になっていた頃、私は執筆活動を必死に行っていた。印税で食っていけるのなら、これが私の天職になる。周りの友達はそんな私を羨ましがっていた。
――が、しかし、その数年後、私は就職活動をしていたのだ。
一応断っておくと、プロにはなれた。今でもプロを名乗れている。が、年間で50万~100万、平均するのなら年収は70万くらいにしかならかったのだ。運よくコミカライズが決まり、コミカライズ担当者が優秀ならそれなりの収入にはなったが、それ以外の場合は悲惨だった。
最近では、出版が決まっても電子書籍ばかりで、しかもほとんど売れなかった。
今でも小説投稿サイトに作品を投稿すれば大人気だ。それは変わらない。が、出版されても売れないのだ。ポイントを入れてくれるのなら、みんな買ってくれれば良いのに、とも思うが、小説投稿サイトには似たような作品が矢継ぎ早に投稿されていてしかも無料で読めるのだ。多少手を加えているとはいえ、お金を払ってまで私の作品を読む価値なんてないと言われれば確かにそれはそうかもしれない。
「卒業してからは作家活動をしていました。プロです」
就職活動でそう言うと、その会社の面接官は「ほー」と良い反応をしてくれた。その次の面接に進めたのは、そのお陰だったのかもしれない。「良かった。作家活動がプラスになっている」と私は喜んだのだが、それはその面接の時までだった。
「あなたの作家活動を調べさせてもらったのですが……」
と、その面接官は言った。
「主人公が男性に非常にモテて、自分を振った男が悲惨な境遇に陥っていき、しかも主人公がそれを一切助けようとしないといった内容だと書かれてありました。
その…… そんな内容だからでしょうが、あなたを嫌っている人もたくさんいらっしゃるようで……」
私は面接官の言葉を受けて顔を青くした。
「確かに、そんなように捉えられない事もない話ではありますが、それは読者がそういった話を望むからであって、決して私自身が望んで書いていた訳ではありません!」
「はあ…… つまり、小説がそういった内容なのは、読者が悪いからだと」
印象が悪くなるかもと思いつつも、私は「そうなります……」と返した。
他に何も考え付かなかったから、私はそう返したのだが、その返答は自分の著作物の責任を他人に押し付けてしまっていた…… それは、まぁ、普通に考えて軽蔑される物言いなのだろうな、とは思う。
「他にも、この小説投稿サイトの作家達は、自分の作品をよく見せる為に、他の作品を貶めるような事もしていると聞き及びました」
その面接官の言葉に私は首を大きく横に振った。
「確かにそんな事をしている人もいるようですが、私はそんな事はしていません!」
これは本当だった。願望充足系だし、主人公ばかりが優遇され、他の敵対するキャラは酷い目に遭う物語ばかりを書いてはいるが、現実とフィクションの区別くらいはちゃんと付いている。
しかし、そう言った私に、面接官は疑わしそうな視線を送っていた。
私は思う。
――もしかして、ネット小説家って、“デジタルタトゥー”の一種になっちゃっているんじゃないの?
私に批判的なコメントを残す人は確かにいた。それは極少数だと思っていたのだが、考えれみれば、それは小説投稿サイトというごく狭い範囲の話だったのだ。ユーザー登録をしていなければ、そもそもコメントを書く事もできない。
世間一般的には、私の小説を嫌っている人の方が実は多いのかもしれない。
結局、その面接に私は落ちてしまった。
この次は、ネット小説家をやっていた事は伏せて面接を受けようと私は思った。もっとも、そうなると私は数年間遊んでいた事になってしまうのだが。
その後、結局、私は一般企業には就職できず、アルバイトで糊口をしのぐ生活を送る事になった。つまりは貧乏暮らしだ。しかし、そんな折、私の耳に朗報が入ったのだった。
「商用のAIの創作物から、著作権料を貰えるようになった?」
なんと制度が改正され、AIの創作物が売りに出された場合、著作権料を支払わなくてはならないという新制度が始まるらしいのだ。
AIは凄まじい量の文章を読み込んで学習している。その創作物で稼いだのなら、基の文章の作成者達に著作権料を支払わなくてはならないというのが、その制度の根拠になっていた。
その為、ネット上に著作物を公開している全ての人にその権利が与えられているのだが、もちろん、全ての人がお金を貰える訳ではない。国の審査機関に申請を出し、認められればある一定額を受け取れる仕組みだ。手続きをする為には手数料がかかるが、認められさえすれば年に数十万円の収入になる可能性もあると説明されていた。
「やった! 私、絶対にお金を貰えるじゃない!」
何しろ、何作も出版に成功していて、その多くはネット上に公開されているプロの作品だ。申請が通らないはずがない。
――が、
「たったこれだけ?」
数万円の費用をかけて手続きを行って返って来た結果、私が受け取れる著作権料は雀の涙程度だったのだ。
これでは赤字である。
私は何かの間違いだろうと思って問い合わせをした。担当者は冷たい声の女の人で、淡々と「その金額で間違いありません」と返して来た。
「いや、でも、私、プロなんですよ?」
素人の作家でも、もっと著作権料を貰えている人がいたらしい。
「プロだろうが、素人だろうが、審査基準は同じです。オリジナリティがなければ、AIの創作物からの著作権料は得られません」
「でも!」
と私が言いかけるのを制して、彼女は続けた。
「申請のあったあなたの著作物を審査しましたが、ほとんどが類話が多数あるいわゆるテンプレと呼ばれる作品群の一つです。
“赤信号みんなで渡れば怖くない”などと言いますね。感覚が麻痺してしまっているようですが、テンプレ作品とはつまりはアイデアの盗用で作成された作品の事です。皆がそれをやっているから許されているだけであって、本来は認められるべきものではありません」
「それには議論の余地があるはずです! 良いアイデアは世間で共有されるべきであって……」
「いずれにしろ、あなたの作品に目新しい発想がなかった点は事実です。あなたの作品がなくても、AIの創作能力に影響はほとんどなかったでしょう。ならば、あなたに著作権料を受け取れる権利があろうはずもありません」
私はそこで言葉を止めた。その絶妙な間を感じ取ったのだろう。通話先の女性は言い過ぎたと思ったのか、それから多少口調を和らげてこう続けた。
「世間でプロとして活動している真っ当な作家達の作品を読んでみてください。著作権料を貰える作品がどういうものなのか、よく分かると思いますから」
それを受けて私は静かに通話を切った。
それから私は言われた通りに、図書館で普通の作家の小説を幾つか借りて読んだ。
ネットのラノベとはいえ、凄まじい量の文章を書いてきた私には直ぐに分かった。それら作品が、私の作品なんかよりも遥かに優れているという事が。
――どうして、あんな小説でプロになれると思っていたのだろう?
私は激しく後悔をした。そして、今からでも遅くない。もう少しくらいはマシな小説を書いて、世間に向かって発表しようとそう思ったのだった。