指示書
「どうもこんにちは、貴方が社長ですね。税務署の者です」
「え!」
「どうされましたか?」
「い、いやあ、まあ応接室へどうぞ……」
突然、会社にやって来た税務署員を名乗る男に社長は驚いた。
話を聞くと、どうも使途不明金について突っつきに来たようだ。
誤魔化されないよう、予告なしに来るのはわかる。
しかし、使途不明金とは? 社長は首を傾げた。
そして腕を組み、うんうん唸ったあとソファーから立ち上がった。
「……どうぞ、私のあとについてきてください」
「接待なら受けませんよ?」
「いえいえ、そんなつもりは……」
二人が行った先は会社の地下室。
そこにあるのは巨大なコンピューターとそれを管理する数人の社員。
浮かない顔をしている社長を目にし、声を掛ける。
「あ、社長。どうしましたか?」
「ああ、ちょとな……どうも使途不明金があるとのことで
こちらの税務署員の方が調べに来てな……」
「使途不明金? ですが……」
「そうだよな……」
会社の人員配置、仕事の割り振り、新人採用まで
全てこの人工知能搭載のコンピューターが管理している。
正確な計算のもと、完璧とまで言えるシステムを構築。
その証拠に会社は順調に成長してきた。
社長である彼もそうだ。いくつかの役職を飛び越えて社長に就任。
だが不満も嫉妬もされることはない。適材適所。全てコンピューターが正しい。
「……と、いう訳なのでまさか脱税なんて真似するはずがありません!
法に接触することは禁止されているのです。それがアリなら会社のためだと言って
殺人や脅し、賄賂なんか歯止めが利かなくなる」
「ええ、わかっていますとも。でも、我々が正しい」
「なぜそう自信満々に言い切れるんです? ……え、まさか」
「ええ。我々、税務署にも人工知能搭載のコンピューターが導入されたのです」
「え! し、しかしそれでは矛と盾の話のようだ。どちらが正しいのか……」
「しゃ、社長! これを見てください! 新しい指示書です!」
「何? ……ただちに支払うように、と」
「そうでしょうとも。ではその通りにしていただいて
じゃあ私はこれで失礼します。まだ他も回る必要があるので」
「ええ、ご苦労様でした……」
頭を下げる社長。しかし、やはり釈然としない。
なぜ我々のコンピューターがこんなミスを。しかも、そう多い金額じゃない。
こんな真似しなくても順調に行っていたはず。
それともこれも会社のためにどうしても必要な事だったのか?
いや……必要なのは彼らのためか? 火事がない世界には消防署はいらない。
いや、無論、消防署の仕事は火事を消すだけではないだろうが仕事はほとんどなくなる。
最近、どの取引先も人工知能を搭載したコンピューターを導入したと聞く。
もし、このままどの会社も導入するようになり
脱税が起きなくなれば税務署も規模を縮小することになるだろう。
バランス。すべてを維持。存続……。いやどうもマッチポンプな様な気がしてならないが……
「あ、社長、また……」
「ん? また指示書? 『余計な事を考えるな。早く仕事に戻れ』か……」
社長は尻を蹴られたように、そそくさと地下室から出て行った。