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連載未定の短編集

【短編】王宮図書館の守護精霊様にお願い!!

作者: たみえ


「この世界は娯楽が少なすぎるッ……!」


 わたし、クリエーレ・ラ・リヴェンタメント。

 御年6歳。前世含めて26歳。ぴちぴちの美少女。

 魂の叫び。かくありけり。


 最近、鏡に映った自分の容姿を始めて目にした時に「うわ、ピンク頭とか今から毛根ダメージやばくね?」という実に残念な感想を浮かべた結果、前世の記憶を唐突に思い出しただけの何の取柄も無いしがない大学生だった。

 同時に、転生したんだと悟った瞬間に今世の身体が記憶と思考のキャパオーバーを迎えて「お嬢様~!?」という専属侍女の悲鳴をバックグラウンドにぱたりと気絶した。


 わたし、クリエーレ・ラ・リヴェンタメント公爵令嬢。

 御年6歳。前世含めて26歳。病弱な美しき公女だった。

 記憶が蘇って健康体になりました。


 私が転生した国は、……世界は、異世界だった。


 これを理解するのに数日を要した。

 というよりは受け入れるのが、というのが正しいのだが。


 別に前世の流行りの小説かのように何かの使命が与えられたわけでも、間違いで殺されてお詫びにチート転生をさせてもらったわけでもない。

 いわんや、何かの作品のキャラに憑依させられたとか、乗っ取ったとか、そういうわけでもない。


 ……いや、もしかしたら知らない作品に入り込んでしまった可能性も無きにしも非ずではあるが……そうなったらそうなったらで、知識の無いわたしには何をどうにもできない。

 とにかく、クリエーレの記憶は残って馴染んでいた。つまり、乗っ取りではないはずである。ちょっとした拍子に前世を思い出してしまっただけで、憑依でもないはず。


 そんなわけで今世での記憶を振り返ったところ、いくつか分かったことがあった。


 ひとつ、魔法が存在するふぁんたじーな世界だということ。

 ひとつ、魔法文明が発展していても、それ以外がてんで発展してないこと。

 ひとつ、貴族として生を受けたはずなのに、生活に工夫の無い無駄ばかりが存在し、全てを魔法に頼り過ぎて肝心の生活文明レベルが低いこと。


 さいごに、――この世界は想像以上に娯楽が少なすぎるということ!


「嘘でしょ……こういう転生もののテンプレってご都合主義じゃなかったの!?」


 ご都合主義じゃなかった。


「お風呂は……魔法の水出して、魔法の火で温めて、そこまでは想定通り」


 しかし、しかしだ。


「お湯に浸かれないって、どういうことなの……!?」


 今までは何の疑問も湧かなかったが、前世の記憶を思い出してしまったせいか布を濡らして身体を拭くだけのお風呂という概念に、全身があらぬ痒みを急激に錯覚してしまっている。特に、髪の毛!

 なにせ、お湯に浸かれないということはシャワーもシャンプーもリンスもコンディショナーでさえ無いのだ。

 かろうじて石鹸はあったが、それは何の慰めにもならない。


 オイルをこてこてに塗りたくってごわごわを誤魔化した髪は、今すぐ頭皮を隅々まで引っ掻き回したいほどに不快だった。

 これでも貴族令嬢だから良い暮らしだというのだ。

 とんだ異世界に転生してしまった。ご都合主義が存在しない世界に。


「お風呂はまだ……まだ我慢できる」


 食事もまあ……味に工夫は無いが、食材となる魔物自体がそこそこの味なので食べられはする。

 これに関しては植生が間違いなく前世とは別物だろうことは食事に出てくる料理や食材の色合いから察していたので、食べられるというだけでひとまず今はよしとする。


 次に、服と家だ。衣食住の中だと食に次いで重要な事柄である。


 まず服。これは、まあ……貫頭衣じゃないのは良いことだろう。

 流石にそこまでレベルが低いわけではないらしい。


 公爵邸から出たことはないから断言は出来ないが、侍女や下働きのメイドたちの恰好はワンピースではあるが、まったく装飾が無いわけではないのでちゃんとした服の概念は存在しているらしいのは分かる。

 分からないのは何故、貴族の恰好がこうもカチコチした金属で固められてるのかということ!


 鎧でも着ているのかと吃驚するくらいに身体のあちこち金属の飾りを身に着けているのだ。近いスタイルを上げるのならば古代エジプト文明あたりの服装に似ているのではないだろうか。

 ちょっとズレれば重くとも布だけのゆったり文明があったはずなのに、何故こちらのカチコチ鎧スタイルが異世界では採用されているのか……理由は簡単。


「これぜーんぶ、魔法具らしいけど……」


 そう、魔法具だ。


 コルセット代わりに腰にぴたりと着けられた豪華なチャンピオンベルトに、両手足を覆うように大量にはめられた腕輪足輪、頭には豪奢な豪華版西遊記の輪っかティアラ。

 なんなら耳の外を覆うようなピアスや重い首飾り等、他にも多々の装飾魔法具を身に着けている。

 全身ぴかぴかキンキラキンだ。今すぐ脱ぎたい。


「無理か」


 脱ぎたいが、残念ながらつい最近まで病弱だった六歳児の体力では、脱ぐ前に動こうとするだけで重労働の過重労働だった。

 病弱の原因、これじゃね? と思わなくもなかったが、記憶が戻ってからは前より普通に動けてるので、本当の原因は違ったのだろう。


「それにしても、この家広すぎ!」


 そしてお待ちかねの住。


 ここはどこぞの神殿なのかと感嘆するほどに、天井や壁面の隅々に彩られた精緻な絵画。乱立するぶっとい柱。

 窓? いらね。と言わんばかりに開放的な部屋の数々!


 ……プライバシーとは何かを改めて考えさせてくれる実にオープンな寝室だ。

 部屋の中から庭が丸見えなら庭からも寝室が丸見えなのは勿論。


 ちょっと風が吹くと虫と共に砂埃が舞う、公爵邸は大自然との調和を最も大切にしたと言われれば納得の、とても大きな大きな森の中のお城だった。いや、比喩ではなく。

 一応、申し訳程度に区画の境目っぽい壁はあるが、それが石の壁ではなく草の壁なのでセキュリティーの概念についてはお察しである。


 まあ魔法があるのもそうだが、精霊という存在がいるそうなのでそこら辺はなんだかんだ大丈夫なんだろう。

 ……大丈夫だよね? 魔法はともかく精霊なんて、まだ見たことないけども。


「はあ……」


 数日もすれば記憶も馴染み、一通りのツッコミと確認、諦めは終わった。

 しかし。しかし、だ。


 どうしても諦めきれないことがある。


「せめてファンタジーっぽい定番の娯楽か何かがあれば、こんなに退屈に思うことは無かったのに……」


 こんな一部の文明レベルが低い世界でも、さすがに貴族なら文化娯楽のひとつやふたつあるだろうと高を括っていたのに、予想しなかったわけではなかったが絶望的なまでに娯楽という娯楽は存在していなかった。

 明確に娯楽と言える娯楽があるとすれば魔法関連くらいで、それも大体は数の少ない魔法の本や魔物退治の話くらいでどちらも暇つぶしにはなり得ない。

 ――そう、暇つぶし。


 この世界の貴族令嬢として産まれたわたしだったが、この先出来ることと言えばどこぞへ粛々と嫁いで子を成すか、本当の大神殿で神に仕えるしかないという。

 我が国では、……というよりこの世界では神に仕えるのは貴族のみで、貴族以外は神への供物を用意する役割らしい。


 宗教国家なのかと言えばそういうわけでもなく、他国との戦争は聖戦というわけでもなく、大義名分も無くただの私利私欲の元で普通に行っている。

 わたしが産まれたのが大陸屈指の大国であるのは間違いないが、文明レベルを思えば最先端がこれでは程度が知れる。


 こんなことなら思い出さなければ良かったのにと後悔するくらいには前世との生活レベルに格差があるが、嫁ぐのはともかく、神に仕えることになれば退屈で退屈で、それはもうあまりの退屈さで死にたくなることだろう。

 なにせ、何故か大神殿だけは世俗と関わらず、清貧を当たり前とする価値観で存在しているのだ。侵攻も侵略も起きたことは無い。この世界、なんだかんだで信心深い。


 何故、そこだけ徹底しているのか意味不明だ。

 定番のラノベ的展開とかなら歴史による腐敗とかありそうなものなのに、むしろ大神殿が存在する当時から今まで、神に仕える前はどんな悪人であったとしても神に仕えてしまえば改心してしまう場所なのだというからある意味で刑務所とかより恐ろし過ぎる。


 元々、病弱で嫁ぐのは無理かと思われて、貴族の名誉のために神に仕える選択肢が濃厚視されていたというのだからゾッとしない。

 そんな場所に送られるくらいならと自殺する勇気は未だ無いが、ずっと同じ気持ちであるとは限らない。失踪する勇気は無いが、人格が強制的に矯正されるような場所に行くほうが怖すぎるのでいざとなったら行方不明が良いかも。


 こんなことをひょっこり考えないことも無かったが、健康体の今なら杞憂に過ぎない。忘れよう。


 とにかく大神殿送りはともかく、嫁ぐとなれば公爵令嬢。候補のほとんどが格下レベルとなるだろう。

 いや、嫌味でも何でもなく事実として。


 だって、公爵令嬢! 曲がりなりにも最高権威に近い地位! 皇族と遜色無い生活レベルのはずなのだ!

 これを……多少我慢できるようになったレベルの生活を更に下げろって……?


 ……今なら、数々の小説に登場していた悪役令嬢たちの気持ちが分かってしまう。

 こんなの、耐えられない。


 考えてみて欲しい。

 前世の環境から衛生のえの字が遥か彼方に存在するような、脱糞をその辺の庭で平気でするような文明レベルの世界にいきなり転生して、それでもヒロインよろしく慈愛の心で適応して、実に開放的な庭でさあいざ脱糞しろと人々に見守られながら生活する文明。

 トイレや上下水道というものが存在しないのだ、もちろんぷんぷんのままな脱糞はそのまま放置だ。


 ……いくら開放的で空気の巡りが良くても、野山で緊急的に催してしまうのとは訳が違う。

 庭とはいえ自宅で! しかも自分のベッドのすぐ真横に! 羞恥も無く見守られながら脱糞して平気なのか!


 私は記憶が戻ってからというもの、今も死にそうな羞恥に駆られながら魔法具のせいで立ったまましてるのだ。

 これ以下の生活? 想像も出来ないし、したくもない。


 しかも、ただでさえ唯一の娯楽といえる魔法の本などは上流階級の特権も特権。

 魔物退治? チートも貰って無いのに怖くて出来るか!


「しかもすぐ読み終わったし……」


 魔法の本は貴重ではあるが、内容は実にシンプルで少ない。絵は無いがちょっと分厚いだけの絵本レベルだ。

 普通の六歳児なら難解過ぎてお手上げだろうが、記憶が戻ったわたしにとっては参考書や論文のほうが読みごたえがある程度だ。


 実務的な書類とかはどうしてるんだと思わなくも無かったが、どうやらこれも魔法具とやらでより完璧に管理できるらしいので、文学というものは恐ろしいほどに発展していない。

 文字が無いわけではないし、物語本が無いわけでもないが……肝心の作者となりうる存在が貴族以外にいなくて、しかも貴族は魔法具至上主義なので紙が必須ではない為、そういうものを書く奇特な貴族は少ないという致命的な問題が存在していた。

 平民? この文化レベルならお察しである。


 そんなわけで病弱だった娘が健康になったことを喜ぶ今世の家族を後目に、わたしは早くも人生に希望を見い出せずに分かりやすく腐っていた。

 娯楽が無いことがこれほどまでに苦痛であるなんて知らなかった。自分で作ろうとは考えない。何故なら基幹となる専門知識が無いからだ。


 そもそも貴族令嬢が労働なんてもってのほか。多少、料理の味付けに嗜好を口出し出来るくらいで、何かを生み出そうとか出来るわけもなかった。

 転生すると分かっていたとしても、こんな環境で、しかも付け焼刃の知識で植生も生態も全く違う世界で何かできるまで幾程までの時間が掛かるのか、想像もしたくない。

 貴族令嬢の常識から変える先駆者になることから始めないといけないとか、労力と対価が見合わなすぎる。


「王宮、図書館……?」


 そんなある日、くさくさして引きこもる――開放的な部屋で引きこもれるわけもなくただの気分でしかない――娘を見兼ねてか、今世の父がそんな名詞を言葉にした。

 娘が唯一興味を示したのが本だったからか、なんとか話題をと苦心しているようだった。


 もちろん、わたしは食いついた。


 だって、図書館。館とつくからにはそれなりに蔵書があるはずである。

 閑古鳥が鳴くような、魔法具のせいで人気の無い場所であるが、魔法具に記録するまでも重要では無い事柄などがそこには本として保管されているらしい。


 そんないかにも読む前からしょぼそうな内容でも無いよりはマシ。魔法でないなら尚更。

 そう思ったわたしは、出仕する父について王宮図書館へと託された。


 王宮内は想像通りであった。あまり公爵邸とは変わらない。

 我が家よりもっと豪華なのと、更に空間が広いということを除けば大体同じ構造であった。


 しかし、意外にも想像していたより図書館が前世に近い建造物であったのは嬉しい誤算だった。

 さっそく中もと確認するために訪れたわたしを待っていたのは、静かに読書する、なんかすっごくキラキラした人形であった。


 珍しくも閉鎖的な構造である図書館、しかし換気の為なのか天井の隙間からは零れるような木漏れ日が漏れており、それがキラキラと降り注ぐ先には静かに本をめくる輝く金色の髪と瞳の人形。

 しばし精巧な人形に、魔法文明も捨てたものじゃないと感心していると、ふるり、と睫毛が瞬いて一拍後にはこちらへ顔が向けられた。

 

 あっ、動いた。ということは人形じゃない? でも……人間?。


「……なんだ、お前」


 ちょっと高めだけど、なんて良い声。しかも空間によく響く。

 まるで魔法でも使ったみたいに……あ!?


「分かった! あなたはここの守護精霊様だ!」

「はあ?」

「ごめんなさい! 勝手に入ってしまって。でも、お父様の嘘だと思ってたのに、本当だったのね。この図書館には精霊様がお住まいだって」

「……確かにここに精霊が住み着いてはいるが」

「やっぱり!」


 精霊は見た事なんて無かったけど、想像していたよりとっても綺麗なんだなぁ。

 あ、そうだ!


「ねえねえ、精霊様! 精霊様って魔法が得意なんですよね!?」

「……精霊は自然の魔力の塊だ。そんな当たり前のことを――」

「なら、上下水道とかって作れちゃったりします!?」

「じょうげ……なんだって?」

「ですから、上下水道! えーっと、なんて言えばいいのか――」


 私は必死に説明した。この世界には存在しない言葉や概念だからか、説明するにはかなりの苦労を要したが、ふんふんと意外にも真剣に相槌を打ちながら聞いてくれた精霊様はお答えになった。


「つまり、大地を巡る水脈を用いた水の施設を作れるかどうかということか」

「は、はい! 大雑把には!」

「それを作ってどうなる?」

「ど、どうなるとは……お水に浸かれたり、糞尿をちゃんと流して綺麗な環境を保つ? とか……」

「なら、川を引けばいいのではないか? 浄化の魔法具も着ければ全てそれで事足りるだろう」

「た、確かに……」


 いや、待て。諦めるなわたし!

 何かあるはず……上下水道の他のメリットが……ッ!


「あ、……で、伝染病が少なく、なります?」

「――なに?」


 ギンッと効果音が付きそうな睨むような眼差して見つめられて喉が詰まる。

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。


 ――もしかしたら、精霊が気まぐれで願いを叶えてくれるかもしれないから!


 娯楽はそもそも衛生面が整った環境になってからでないと人から産まれる余裕などあるはずもない。

 自分の周りだけ変えるのも手だが、根本的に、かつ継続できる形へと全ての環境を変えなければ結局は元の木阿弥である。

 それに、変えられるなら変えたい。――この、原始的で腐った環境を!


「びょっ、病気は汚れから生まれるものです! だから、汚れた人が多ければ多いほど病気は広がります! でも、皆が綺麗なお水で汚れを流せたら、病気は広がりにくくなる、はずでしゅ」

「――面白い」


 ちょっと噛んでしまったが、言いたいことは伝わったようだ。初めての笑みを浮かべられた。

 ちょっと綺麗な笑み過ぎて、改めて精霊の美貌の人外さに感嘆しきりである。

 ……決して、噛んだことを笑われたわけではないはずだ。


 最後に考えておく、とだけ言った精霊は気付けばいつの間にかパッと目の前から消えていた。

 さすがふぁんたじー。呆気に取られたわたしは、当初の読書の予定を忘れてそのまま帰路についた。


 もしかしてあまりの環境の辛さにイマジナリーフレンズならぬ、イマジナリーフェアリーという幻覚に話しかけてしまったのだろうか。

 思い返せば、ちょっと普通じゃなかった。


 精霊かもしれないという存在に興奮したのは確かだが、いくらなんでも挨拶も無くいきなり上下水道の話をするとは頭がおかしいでは済まされない。

 人外の精霊になら話が通じると思ったのだろうか。早まった気がしてならない。よほどこの生活によって溜まったストレスで耐えかねていたのだろう。

 そう考え落ち込んだわたしは、また暫く気分だけの引きこもり生活に舞い戻った。


 ――その一年後、私の願いが妄想としてでなく、ちゃんと守護精霊様に聞き届けられていたのを知った。


「嘘! じゃあやっぱ精霊だったの!?」


 ある日の朝ごはん、父から語られた最近の公共事業の仕事の佳境で忙しい的な話を聞き流していた時のことだ。

 最初はどうせこんな低レベルの文明の公共事業とか、碌なものが無いに違いないとさほど興味なく聞いている途中だった。


 が、なんか聞いたことあるな、と思ったのだ。

 それもそのはず。


 そっくりそのままではないが、よりこの世界に即した現実的で、かつ魔法による超高速短気事業になってはいるが、私がかの精霊に語った内容と遜色ないものだったからだ。

 そう、つまり、上下水道がこの世界に生まれているのだ。

 現在進行形で――マジですか?


 それに気付いた私の行動は素早かった。再び引きこもった愛娘が元気になって喜ぶ家族を後目に王宮図書館へと気分ではダッシュで駆けこんだ。


「精霊様! 精霊様!」

「……なんだ。騒がしい」

「ありがとうございます! おかげで寿命が伸びそうです!」

「……そうか」


 退屈過ぎるこの世界で近々、風呂に入れるようになる。それだけで長生きできそうだと割と本気で言ったのだが、世俗の事について精霊様は興味が無いのか、それとも冗談か大げさな感謝だと勘違いしているのか、久々に会ったのに非常に端的な言葉で会話を終わらせられた。

 まるでもう用は無いだろうと言わんばかりの態度であったが、そうは問屋が卸さない。まだまだ娯楽に辿り着くには足りないものが多すぎるのだ。


「で、ですね?」

「…………」

「魔法具って重くありません?」

「……それがどうした」

「これ、金属である必要……あります?」

「なん、だと……」


 わたしの言葉に衝撃を受けたのか、ぼとりと本を取りこぼした精霊様もわたしと似たような恰好をしているが、わたしよりも装飾過多だ。

 さぞかし重かろうて。


 ――この世界の魔法や魔法具について知っていくなかで、わたしにはある疑問が湧いた。

 前世のラノベ知識では魔法陣とかは紙や地面、果ては空中にまで書いてたりするのに、この世界ではわざわざ金属を媒体にしてから魔法陣を刻むのだ。


 確かに壊れにくいという点では優秀かもしれないが、機敏性や伸縮性、応用性には著しく欠けるのだ。

 実はあまりに暇すぎて独力で魔法について勉強し、試しにこっそりと地面に魔法陣を書いてみて発動出来たので、何故金属にこだわるのかは貴族の金持ちアピールか何かかと考えて改革は諦めていた。


 が、上下水道を実現してくれた精霊様なら、これも改革してくれるかもしれないという期待が芽生えた。

 というか、上下水道がつくられているという話よりも、こちらをどうにか出来るかもしれないと気付いた時のほうが舞い上がったほどである。


「ほら、どうです?」

「なん、だと……」


 ちょっと外に出ればすぐに地面だ。その辺に落ちていた枝を拾って地面に魔法陣を描き、発動させる。簡単な明かりの魔法だ。

 地面の一部がぺかーっと光ってるのは中々にシュールだが、言いたいことを伝えるのにこれ以上の言葉は無いだろう。

 案の定、伝わったらしい。


「これは、……」


 伝わったが、衝撃が強かったらしい。

 気にせず、服の改革について語ることにした。


「今は金属をジャラジャラつけて動きを阻害しています」

「じゃらじゃら……」

「ですが、これが布への刺繍などに代われば一気に軽くなりますし、修復もずぅーっと楽になります。何より、相手に魔法具の効果がバレにくくなるのは悪い事ばかりではないですし」

「……だが、危険な魔法具の見分けはどうする」


 ちょっと衝撃から回復したらしい精霊様が鋭い指摘をする。

 が、そんな問題はあってないようなものである。


「あ、それなら大丈夫ですよ。そもそも親和魔力のある貴族くらいしか魔法具を使わないですし、元々危険な魔法具しか身に着けてないじゃないですか」

「確かに、そうだが……」


 そうなのだ。この世界では貴族種とそれ以外は完全に別種族なのだ。魔力自体は誰にでもあるが、魔法具を使える親和魔力を持つのは貴族だけなのだ。

 見た目はそっくりだが、さすがふぁんたじー。


 それに、同種族でないと子どもは生まれないそうだからハーフとかは存在していないし、私生児がいたとしても相手は貴族だ。

 子どもの出来ない愛人や遊びの娼婦とかだと、万が一を考えると貴族ではなれない。確率的には0か100かで考えられているのだ。

 と、そんなことはどうでもいいのだ。


「お願いします! これ、すっごく重いの! 上下水道を作ってしまえる精霊様ならこの程度、変えられるのでは!?」

「出来なくはない、が――」

「じゃあ、是非! 特に寝間着! ついでに寝台もっ!」

「……考慮しよう」

「ありがとうございます!」


 まだ変えてやると決まってないが、などとブツブツ言ってる精霊様を放置して、達成感をそのままにわたしはさっさと家に帰った。

 ――それから、三年が経った。


 長かった……。というのも、娯楽が少ないなら気付いてしかるべきだったが、そもそも服のデザイナーが存在しなかったのだ。

 じゃあ服はどうしてたのかって?


 わたしも知らなかったけど、貴族ならその家に仕える下級貴族出身の侍女が、そして貴族でない者達は自分で布を買って作っていたのだという。

 多種多様で高度な魔法具を身に着けられるのは、優秀な侍女を雇える証。つまり、多くの貴族を部下に持っているという証であり、格だったのだ。

 改革は思った以上に、とても難航した。


 前回のこともあって期待していたわたしは来る日も来る日も父にせがんで精霊様の成果が無いかチェックしていたが、それも最初の二月まで。

 我慢できなくて勢いのまま、扉は無いが気分はバーン! の状態で訪れた図書館にて静かに本を読んでた精霊様の襟首を掴み上げブンブン振って抗議した。


 が、服飾など専門外だ……となにやら青い顔の落ち込んだ感じで言われたので、なるほどと納得させられた。

 が、諦めるわけにはいかない。そこで、まずはとこの世界の服飾事情について一緒に調べている過程で前述のことを知ったのだ。


 そこでわたしは思った。工場だ! と。


 たしか産業文明の始まりは機械式工業だったはず、と。うろ覚えの知識を精霊様に熱弁したのだ。

 興味深そうに聞いてくれた精霊様は後ろめたさでもあったのか、意外と乗り気で任せろと請け負ってくれた。


 こうして時間は掛かったが、ついに父から工場の公共事業について聞き及ぶまでに至ったことで成功を確信した。わたしは何もしてないが。

 ちなみに一番難航したのは大量生産による価値観の軋轢の折衝であった。


 が、これは教えても無いのに勝手に精霊様が住み分けや領分という概念で片付けてしまったので大きな問題にはならなかった。

 精霊様、万々歳である。


 この頃になると、多少形態は違うが上下水道も完備されたことによって、国は少なからず発展し始めていた。

 貴族は勿論、平民に至るまで綺麗な水のある生活へと変遷し始めていた。


 わたしは念願の湯船を手に入れ、工場による大量生産によって制服という概念を手に入れた。

 つまり、貴族の正装や時と場合による正しい服装の基準を作ったのだ。

 ……精霊様が。


「おかげさまで寝る時は楽々! 公式の場以外ではあのくっそ重い金属の魔法具とはおさらばです!」

「それは、良かったな」


 苦笑のまま頬杖をつく相変わらずな美貌の精霊様の前ではっちゃけ過ぎかと思わないでもないが、襟首を引っ掴んでブンブンした仲なので今更といえば今更である。

 とはいえ、これほどまでに軽やかな服装で過ごせるとは、ほんの数年前のわたしでは想像も出来なかったことだろうと思うとにやけたり、多少嬉しさで暴走してしまうのは止められないが。


 他にも制服という概念が認識され、馴染み始めたことでとある副産物が産まれたりもしていたが、合法的に服が軽く出来るのならわたしにとってはどうだっていいことであった。


「あ、そうだ」

「今度はなんだ……」


 嬉しさで軽くなった服をひらひらさせていたわたしがぴこーん! と思いつきの顔のまま足を止めると、警戒したように精霊様が身構えた。

 わたしは気にせずに精霊様に近寄って、神妙な顔で言葉を紡いだ。


「教育機関が必要だと思うのです」

「いきなりだな……」


 はぁ、と隠すこともなく大げさなため息を吐いた精霊様は、言ってみろといわんばかりに足を組み替え、綺麗な顔で続きを促すように気怠そうに顎を突き出した。

 なんだか近頃いちいち仕草が色っぽいなという感想と共に、精霊様の態度を流しながらもわたしは熱く語り出した。

 ついに、この時が来たのだ……!


「――つまり、貴族を一か所に招集し、教育することで価値観や思考、知識の統一を図り、統治に有用な人材を育てるということか。しかも人質としても相互利用できるとはよく考えられている」

「えーっと、うーん、まあそれもそれでありってことで……」


 なんか、説明したのとは斜め上のコワイ解釈をされてしまったような気がしないでもないが、学校が出来れば結局は同じことであるはず。

 わたしの目的はそんな怖そうなことではないが、誤解は誤解のまま利用させてもらおう。


 ――決して、なんか解釈のされ方が思ったより怖くて詳しい話が聞きたくないから考えないわけではない……。

 そう、いまならまだきゃっきゃうふふな青春に間に合うかもしれないからだ……!


 と、いうのも。


 なんだかんだと10歳を迎えてしまったわたしに、最近縁談がぼちぼち届き始めていたのだ。

 上は老齢から下は生まれたばかりの赤子まで。引く手数多とは聞こえがいいが、こんな低い文明レベルでのお見合いなど悲惨な結果になることが多いはずだ。


 それならまだ、同年代で集まって人柄を知ってから適当な男を見繕って嫁ぐほうがマシというものだ。

 なにせ、精霊様のおかげで水回りや服装関係が超スピードの発展を遂げているのだ。


 このままいけば順当に発展していくのなら、格下の夫であろうと不満など少なくなる。

 もともと生活レベルの低下についてだけ問題視していたのだから、その障害が無くなれば後は娯楽と出産について心配するだけだ。


 魔法でなんとかなる出産はともかく、娯楽に関しては早々発展など出来まい。

 まずは土台を作らなければならないが、学校が出来るのなら後は芋蔓式である。


 ゆくゆくは貴族とは別に平民の学校が出来れば時間は掛かってもいずれ娯楽も発展するというものだ。

 貴族種は長命らしいからその間は辛い時期になろうが、それも出産や子育てなんてしてたらあっという間に過ぎ去って行くものだろう。


 ……なんなら特別に個人支援で平民を育てるというのもありかもしれない。


「ふーん……」


 なんて考えていると、覗き込むように見上げられて息を呑んだ。

 ――め、めちゃくちゃ綺麗! さすが人外!


「どうした、の?」


 ちょっと幼い感じの返事になってしまったが、元々言動が乱れがちなせいか気にもされなかった。


「いや……水道や魔法具に関してはエーレの望む利益に繋がってただろうが、今回は何がエーレの望む利益なのか、ふと思ってな」

「利益……? えーっと。友達?」


 苦し紛れに溢した言葉には、呆れの視線が答えとして帰って来た。


「……それは学園とやらを創設してからでないと出来ないものなのか」

「うぐっ……」


 す、鋭い! やっぱり騙されてくれなかったか……。


 ちょっと言いにくいから出来れば言いたくなかったんだけどなぁ……。

 仕方ない、か。


「実は、最近縁談話がぼちぼち来てるみたいで……」

「――ほう」

「えっと、それで、出来れば同年代の……さらに言えば、人となりを知ってから嫁ぎたいというか……端的に言うと、その学園という場所で出会って恋をして、好きになった相手に嫁ぎたいなぁって……」

「どうしても、か?」

「どうしても、です!」


 せっかく恥ずかしい本心を曝け出したというのに、聞いた張本人にはいまいち理解されていないようだった。

 心底不思議そうな顔で見られていたたまれない。


「あ、あのですね! 古今東西、男女の仲というのは近い環境であるからこそ深める余地があるというものです!」

「深める……」

「例えば! 一緒に制服で登下校したり、机を並べて一緒に勉強したり! 課題を共に乗り越えたりとかっ! ……後は、制服でデートしたり」

「なるほど。制服で何かを共にするということか。でーと、とはなんだ?」

「だ、だんじょが二人きりで出かけたり……遊んだり?」

「不純な……」

「ち、ちちち違いますよ!? 誤解ですから!」


 私は慌ててデートの概念について精霊様にレクチャーするはめになった。

 何やら説明を最後まで聞いても不審そうな目で見られたのは心外だが、健全なデートについては伝わったらしいのでよしとする。


「なるほど。まあ、それほど難しい話ではない。エーレの構想そのままとはいかないだろうが……ひとまずは成人となる十五から三年間、学園とやらで時間を共に出来るようにとり急ぎ話を進めよう」

「はい! ……はい?」

「なんだ」

「えっ、精霊様も一緒に通うんですか……?」

「私が共に通うことに何か不満があるのか」

「い、いえ、そういうことでは……」


 精霊様も一緒に通おうとすることにちょっと戸惑ったが、少し考えてその理由に思い至った。

 ――そうだ、精霊様はぼっちなんだ!


「おい。何だその目は……」

「いえ……精霊様と一緒に通えるなんて嬉しいです」

「そうか? ……何か釈然としないがまあ、いい」


 ちょっとムッとした顔をしつつも嬉しそうな精霊様はどんな表情をしていても綺麗だなぁと、わたしはこの時能天気にも眺めていたのだった。

 ――それから慌ただしくも五年もの月日は矢の如く流れた。


 精霊様は約束通り――お願い通りに学園組織を超特急で作ってくれた。


 その過程で冒険者ギルドや多種多様なギルドの屋台骨整理や新たな組織編制などがあったり、学園とは比べるべくもないが、わたしの案をもとに平民も色々学べる学習塾をつくってしまったり、孤児院改革や商業革命、果ては公衆浴場などなど、ほんとに、それはもうほんとに多種多様な雑務ともいえる細かな政策が施行されていったのだ。


 問題はたくさんあったけれど、わたしが何かを解決することもなく、たまに精霊様から今後のアイデアや理想を聞かれたりするだけでわたし自身はダラダラとした日々を過ごしていた。

 いや、婦人社交的なもので母の付き添いついでに連れ回されていたので全く何もしていなかったわけではないが。


 これも花嫁修業といえるのだろうか。

 そこそこまあまあ忙しくも充実した日々を送っていた。


 なにせ、精霊様がわたしのにわかラノベ知識や曖昧な地球文明知識をもとに面白いほどに次々発展実現させてしまうのだ。

 これが充足と言わずしてなんといえばいいのか。


 最近はちょっと王宮図書館の守護精霊様のどこぞにそんな権力が? と疑問に思わないでも無かったが、人の姿を象れるのは高位の存在と相場は決まっているのだ。

 たぶん、皇族と契約とかしてるに違いない。だからこうもスムーズに話が進むのだ。


 わたし自身が皇族に直談判出来たとしても今までの全て、戯言と捉えられて叶えられなかった可能性が高い。

 話の分かる精霊様で良かった、と今は感謝しきりである。

 だから――。


「――帝国第一皇位継承者、トゥルエーデ・ザイア・ウィシュタリス皇子殿下のご挨拶を賜ります。静粛に、拝聴!」

「ぇ……」


 建てられたばかりで新築の匂いとも言うべき香が漂うなか、とても見覚えのある美貌の人外が……人物が新入生を見下ろす壇上へと優雅に登っていた。

 そこかしこから感嘆のため息が漏れ聞こえてくるが、わたしは無表情で壇上へ上がる彼を一心に見つめてそれどころではなかった。

 ガン見して確認したが間違いない、――精霊様だ!


 ――わたしはこの時、初めて精霊様の名前と立場を知った。


 そしてこの後、さらに予想だにしない遥か上の衝撃の事実を知るところとなったが――。

 入学式が終わってすぐ、ここだろうとあたりをつけて勢いのままにやってきたのは学園の図書室だった。


 学園の内装や教室、建築様式などなど数多くの口出しをしたので、図面は頭の中にばっちり入っていた。

 ククク、この学園内でわたしにとっての死角などない……と、いうのは言い過ぎだったが、とにかくここだろうと予想したのは間違いでなかったのはなによりだった。


「来たか」

「ちょっと、聞いてない! です!」


 案の定、当たり前のように、しかし見慣れないが完璧に着こなした制服姿でその人物は図書室でふんぞり返っていたからだ。

 焦りつつも変な言葉遣いで抗議すると、精霊様は――精霊様だと思い込んでいた皇子様は気怠そうに頬杖をついて足を組みこちらを見た。

 くっ、――悔しいけどめちゃくちゃ絵になる!


「なにがだ」

「な、なにがって、……精霊様じゃない、のとか?」

「私は一度も己が精霊であると言ったことはない」

「そう、でしたっけ?」

「そうだ」


 なんか、こうも美貌の人物に真剣な顔つきで断言されてしまうとそうだった気がしてくるから不思議なものだ。

 美形は得だなぁ。


「でも……」

「……私が精霊でないと、嫌か?」

「えっ、あ、そういうことじゃなくて」


 しゅん、と可哀想なくらい落ち込む精霊様改め皇子様を見ていると、やろうと思えばいつでも誤解を解けたはずで結局は騙した形なのに、……騙されたのはこちら側のはずなのに変に罪悪感が芽生えてくるから厄介だ。

 これだから顔の良い美形は……。


「ちょっと驚きましたけど、別に嫌じゃないです、よ?」


 なんか、また騙されているような気がしないでもないが、少し遠慮がちに今の素直な気持ちを言葉にして返答した。

 と、途端に皇子はすっと態勢を立て直したかと思うと、ほっと安堵したように爆弾を投下した。


「それは良かった。――卒業後は夫婦になるのだ。今から嫌われたのではたまったものではないからな」

「……――えっ?」

「これからエーレの望んだ学園生活を送ろうというのに、最初から躓くわけにはいくまい」

「――ちょ、ちょちょ、ちょっと待って下さい!?」

「なんだ」


 いやなんだ、って……いやいやいや、なんで!?


「ど、どどどどうして今の話の流れで夫婦がどうのって話に!?」

「? 婚約しているのだから当たり前だろう」


 当たり前のように言われた言葉を反芻して眩暈がした。


「いつ!?」

「五年前だ」

「聞いてませんけど!?」

「そうだったか?」

「そうです!」


 まったく悪びれた様子もなく、当たり前のように自信満々に告げるものだから、うっかりそうだったかもしれないと納得しそうになるが、さっきのとは話は別だ。

 さすがに自身の将来に関することで適当に納得など出来ようはずもない。


「わたし、全くそんな話聞いてませんけども!」

「それはすまんが、知らんな」

「んなっ」


 ふいっと視線を逸らした皇子は確信犯だ、間違いない。

 わたしの勘が告げいていた。これは、もう逃げられない、と。


「な、なんでわたしなんですか……」

「逆に聞くが、何か問題でもあるのか」

「問題大有りですよ!」


 恨めし気に溢した言葉には返答せず、何故か質問を返されてしまってちょっとムキになる。


「どこがだ」

「どこがって――」

「……同年代であり、人となりを知る人物」

「? はい」


 ぼそっと呟かれた言葉が聞こえなくて聞き返してしまった。

 後で思えば、これは完全なる罠だった。


「同年代であり、人となりを知る人物に嫁ぎたい」

「そ、それは……!」

「さらに言えば学園で出会って恋をして、相手を好きになり嫁ぎたい、と」

「……む、むかしの戯言です!」


 ここで皇子の言いたいことが分かった。

 ――分かってしまった。

 だから戯言などとほざいてみたが、効果などあるはずもなく。


「学園へと一緒に制服で登下校し、机を並べて一緒に勉強し、与えられた課題を共に乗り越え、制服でデートすること、が望みだったか?」

「うぐ、うぐぐ……」


 ぐうの音も出ないとはこのことか、と冷や汗が止まらない。


「あれほど、共に通えるのが嬉しいと言っていたのは嘘だったのか……」

「ち、ちがっ!」

「私は愚かにもその共に歩むことを喜ぶエーレの言葉を信じ、仲を深めることが出来るからと提案してくれたエーレが望んだ学園生活を叶えようとこの五年間、寝る間を惜しんで苦心したのだがな……」

「ふぅ……あふぅ……」


 もはや冷汗に留まらず、息継ぎさえままならない。

 つまり、なんだ。


 五年前に交わした約束ともいえないような雑談を、何故か逆プロポーズとして極大解釈されて今に至っている、と。

 そんな馬鹿な――。


「……私では、不満か?」

「そういう、わけでは……」

「では、なんだ。何が嫌なのだ」

「それは……」


 そう言われてみると、なんで拒否感みたいなのを抱いてるんだろう?

 ちょっと整理してみよう。


「わたしは……素敵な恋愛をして、幸せな家庭を築きたかったんです」


 そう、娯楽の無いこんな世界での楽しみなんて、恋愛か育児くらいだと思ったのだ。いつそう結論づけたかは全く覚えてないが。


「娯楽といえるような娯楽がなくて、だから、恋愛なら楽しいかなって」

「それで、理想はあったのか?」


 理想……どんな恋愛だったなら楽しいと思えるんだろうか。


「――わたしの恋人、将来の夫はとても優しく甘やかしてくれて、とても頼りになって、かっこよくてさらにはとっても強くて! でも、出来れば価値観の合う身分の釣り合う人が良いですけど、浮気症な人はちょっと嫌だなぁ。ああ、だけど貴族社会だとそれはだいぶ高望みかな? うーん、あとは頭も良くて話が合うのが一番だけど、一緒に出掛けてくれたり悩んでくれたり笑い合ったり、いつでも一緒にいるけど、ちゃんと個人の時間も守ってくれて、しかもわたしの我儘をなんでも聞いて叶えてくれて……あ、でもちゃんとダメなものはダメな理由と一緒に諭してくれたりし、て――」

「――ほう。私以外にそんな男がいるのなら見てみたいものだ」


 言っていて気付いた。――目の前に、そうまさに目の前に!

 まさにわたしの理想を体現した美貌の皇子がいらっしゃるではありませんか、と。


「私はエーレにはとても優しいし、とても甘い。頼りになるかはエーレの判断だが、エーレが見惚れてくれる程度の容姿はあるし、魔法も剣技も国隋一だ。勿論、公爵令嬢であるエーレの身分とは釣り合うし、浮気などするわけもない。なぜなら皇族は貴族たちと違って政治的混乱を招かないためにも誓約で縛られ常に監視されるほどその辺が特に厳しいからな。後は頭脳については言うまでも無く既に国政を預かる身だから不足しているとしても最低限は合格しているはずだ。エーレの話ならなんでも聞くし、エーレが望むのならどこぞへとでも一緒に出掛けるし、エーレに悩みごとがあるのなら解消するまで一緒に考える。笑い合うのなんて望むところだ。私はエーレが傍に居るだけで笑みを浮かべられる自信がある。エーレが望むのなら個人の時間を用意することなど容易い。多少、寂しく感じはするがな。それも次に会う時に新たな喜びへと変わるのなら甘んじて受け入れよう。エーレの我儘なら確かに今まで何度も叶えてきたし、これからもそうだろう。勿論、悪政にならないよう修正もするし、エーレが諭してほしいのならすぐに気付いて諭してやれるだろう。これほどまでにエーレの事を考え、これからも考えているのは私ぐらいだ。――それで、改めて聞くが何か問題でもあるか」


 怒涛の言葉に二の句が告げないとはこのことか、と真っ赤な茹蛸のような顔でいやいや、と首を振った。

 否定の動作ではあるが、この場においては何よりもの肯定の証であった。




 ――こうして、最初はただ娯楽を求めて色々とお願いし、叶えてくれていた王宮図書館の守護精霊様は、ついにはその国の人間の皇子様となってわたしの恋人が欲しいという隠したはずのお願いまでも暴いて叶えてしまったのでした。

 めでたしめでたし。

※こぼれ※

「……そういえば疑問だったんですけど、今はともかくどうして昔からずっと文句も言わずに、わたしの我儘なお願いをくだらないものも含めて叶え続けてくれてるんですか」

「? 願いを叶えると寿命が延びると言ったのはエーレだろう。国にとっても有用だったというのはあるが、ずっとエーレの願いを叶え続けていれば、共に永遠に生きられる。なら、その対価としては安いものだと思わないか」

「////////ッ!」








はい! というわけで、短編!

他の短編書いてた途中で、ついつい思いついて一気に書いてしまいました。

勢いで書いたので、色々と回収されていない伏線的なアレコレがありますが、いずれも二人のお話のただのスパイス要因なので気にしないで忘れて下さい。そもそも短編ですし。はい。


――反省すれども後悔せずッ!

な、感じで投稿してないとある書きかけの短編の、さらにその設定の中に登場するという絵本『エーデとエーレ』のお話です。


なぜそこを持ってきた!? とか。いや、その短編先に出せや。

とか思われているのは察せられるんですけどね。ごめんなさい。


そんなわけで面白かったら『いいね』を是非!

あとは感想や評価も頂けると嬉しいです。


ではまた別の作品で会いましょう。おやすみなさい。ぐこー。

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