第七話 仲裁人(Schiedsrichter)
ヒルダは全身に怒りをみなぎらせながら叫んだ。
「キモオタ死ねえ~!!!」
「あんたたち、中二病をこじらせたキモオタじゃない!」
「イジメにあった子供がイジメかえそうとしているだけのキモオタよぉ!」
ヒルダの意外にして真理を突いた反論にハンスは面食らっていた。
脱法ナチスの一団も動揺していた。
ヘンゼルとグレーテルは一瞬の隙を見逃さなかった。
グレーテルが偽巨乳から拳銃を抜いて発砲した、弾は後ろのドアの鍵穴に命中した。
ヘンゼルは牽制していた連中を一瞬で倒すと、グレーテルが撃ったドアに体当たりしてドアをぶち破った。
俺は何が起きたのか解らず固まっていたが、ヒルダが俺とマリアの手を掴んで引っ張った。
俺は訳が分からず、ヒルダに引っ張られるままに走った。
グレーテルがマーサの腕を掴んで走り出した。
ヘンゼルが出口へ走り出し、止めようとした外の連中を徒手空拳で倒した。
グレーテルが追いかけようとする連中に威嚇発砲した。
俺たちはそのまま建物から飛び出して街中を恥ずかしい水着で駆け抜けた、
小さい水着からヒルダのおっぱいがこぼれていたけど、両手にマリアと俺を掴んでいたので、直そうともせずに走り続けた。
ソレナンテエロゲーな羞恥プレイにも負けずに走った。
ハンス達は追ってこなかった。
幸いにして、待機していたヘンゼルとグレーテルの仲間が異常に気付いて俺たちを保護してくれたので野外露出プレイはすぐに終わった。
俺たちはなんとか無事にマンションへ帰ることが出来た。
翌日、マンションに宅急便が届いた。あのプールに置いてきた俺たちの服や所持品が送り返されてきたのだ。中には「忘れ物を返却します」とだけ書かれた短い手紙が入っていた。俺は自分のスマホに盗聴アプリとかしこまれていないか念入りにチェックした。
ハンスの演説は完璧にアウトな内容だったが、それを証明できる証拠がない。ハンスが追いかけてこなかったのは証拠がない確信があったからだろう。ハンスは俺たちと敵対ではなく、家族になって皆で幸せになろうと言ってきたのだ、これほど強力な説得は無い。
ハンスは脅迫や買収ではなく「洗脳」に出たのだ。
俺たちは危うくハンスに洗脳されるところだった。あそこでヒルダが叫ばなかったらヤバかった。
確かにナチスとオタクの親和性は高い。それは、ナチスそのものが中二病をこじらせたオタクの集団だからなんだ。
オタクのイジメ被害者率は異常に高い、俺たちは常にイジメにあう側だ。そして、多くのオタクが屈折した復讐願望を持っている。
ユダヤ人を虐殺したのは、崇高な思想でもなんでもない、単純にイジメる側になりたかったイジメ被害者の復讐にすぎなかったんじゃないだろうか?
ヒットラーは好きなだけイジメテ良い生贄にユダヤ人を指名しただけで誰でも良かったんだろう。だから高貴なユダヤ人なんて矛盾が生まれた。
ナチスはオタクの願望を叶えてくれるオタクユートピアだから…
そういえば原義のユートピアって奴隷の存在を前提としていたんじゃ…
俺はオタクが気づいてはいけない真理に気づいてしまったんじゃないかと、自分の考えを自分で信じたくなかった。
そして、ヒルダも気付いたようだ。「私は漫画やアニメに萌えていたお父さんが嫌だったんじゃない、キモオタが嫌いだった、それはキモオタがみんなナチスだったからなのよ」
「ハンスが言った通り、ウチの財産は会ったこともないナチス高官だったお祖父ちゃんのお祖父ちゃんが手に入れた物だって、誰にも教えちゃいけない秘密だってお父さんが言ってた」「お母さんがハンスに教えたのよ」
マーサも秘密を打ち明けた
「昔、ヒットラーの母親の主治医だった医師を始め、高貴なユダヤ人と呼ばれた人たちがいました。私の祖先もその中の1人です」「この話は、ドイツ人とユダヤ人の両方から迫害されるから絶対の秘密だと言われてきました」「でも、私の祖先は誰も裏切ったりしていません、ナチスが生まれる前から真面目に弁護士の仕事を続け実績を上げ高く評価されただけです」「だから、100年以上の間、ずっと信頼され続け、大切な仕事を任されてきました」
俺はマーサを擁護した「そうだろうな、ナチスは信頼できる人や好きな人がユダヤ人だった時は高貴なユダヤ人なんて詭弁で誤魔化した」「連中が劣等人種と定義したアジア人も日本が同盟国になったら東方アーリア人なんでデタラメナな事を言い出して矛盾を誤魔化した」「嫌いな物に囲まれた連中は殻にこもって自分が気持ちよくなる言葉に酔っているだけのたちの悪い心のヒキコモリだ」
俺はヒルダに向かって言った「ヒルダ、俺たちオタクは己の萌えのみに従う」
「それは何かを好きになっても嫌いにならないってことなんだ」
「ハンス達は世界を嫌いになって、ああなった」
「俺たちオタクは世界に好きな物を増やして、嫌いな物を作らないで幸せになろう」
「大昔、神様が罪人を憎むな、罪を赦せといった意味がやっと分かったよ」
「罪を許すってのは、被害を受けたことを我慢することでも、無かったことにするわけでもない」
「ただ、好きになれなくても嫌いになるなってことだったんだ」
ヒルダは笑顔で言った「そうね、私にはまだ萌えはよくわからないけど、キモオタを嫌うのはやめてあげる」
俺も笑顔で答えた「好きでいてくれるなら何と呼ばれてもいい、それが蔑称でも喜びに変わるのがオタクだ」
「ありがとう、キモオタ」
俺は最高のツンデレに萌えた。
ヒルダは続けて「キモオタ、私もオタクになってあげるから萌えを教えなさい、あんな奴らに負けられない」と強く宣言した。「言っとくけど、オタクにはなるけどキモオタにはならないからね」と俺をディスってるのか微妙な事を言ったのもツンデレだと解釈することにした。
俺は状況を分析した。「アドルフの萌えはなんとなくわかる、あの脱法ナチスのコスプレをみても明らかだ」「オタクなら定番のナチス萌えだ、それもヒーロー側に立つ綺麗なナチスだ」
ヒルダは怪訝そうな顔で「綺麗なナチス?」と聞いてきた。
俺はヒルダに「一般的には主人公のサイドキックだ、正義側に味方するキャラとして描かれることが多い」と説明した。
ヒルダは納得出来ない顔で「ナチスが正義の味方なの?」と嫌そうな声を出した。
例を挙げると、俺が最初に会った時にコスプレしていたルドル・フォン・シュトロハイムは主人公を助けて悪と戦った。
ヒルダは「そんなのアリなの」と不快な声をあげた。
俺は「ナチスが大好きな中二病に正義のナチスは一定数は需要があるんだよ」と説明した。
「中二病をこじらせたアドルフが考えている自分の姿はネオナチのナンバー2でハンス総統の後継者みたいな感じだろう」
ヒルダは俺の考察に「ろくに話もしたことも無いのにどうしてそこまでわかるの?」とツッコミを入れてきた。
「俺も中二病をこじらせていたから…」と微妙に小さく答えた。
ヒルダにさげすんだ目で「アンタ、本当に一歩間違えたらあっち側に逝っちゃってたのね」と言われ、さっきまでのいい感じがどこかに行ってしまった。
「中二病ってのは現実が見えていない一種の自信過剰で成長期に幼稚な全能感と自分の能力の拡大のバランスが崩れることで起きてるような物で、根拠のない自信に現実が釣合わなくなると、道端の石を賢者の石だと言い出したり、ラノベを魔道書とか秘伝書とか言い出すんだよ」「普通は俺みたいに中二病が治らなくても現実と妥協するけけど、ここで謝ったら死んじゃう病を併発してこじらせると、ハンス達みたいな正しい自分と間違った世界に逝っちゃうんだよ」
ヒルダは疑問を投げかけた「自分が世界で一番偉いと思ってるなら土下座イエスマンとしか仲間になれないじゃない?」
俺は自分なりの考えを続けた「そうだな、マイン・フューラーと呼んでいるように、彼らは唯一絶対の存在と自分を同一視することで自我を保っている」
「自分は誰かの下なんじゃなくて世界一の存在と一心同体なんだと解釈してるんだと思う」
「最近のオタク界隈で世界系とか無双チートなんかが流行ってるのもそんな感情を満たしてくれるからだと思う」
「昔の巨大ロボとか変身はどっちかといえば普通の自分が強くなるのは同じなんだけど、無敵の自分じゃなくて死ぬリスクも負けるリスクもある強者と戦ってるんだよ」
「強者に勝ってこそのヒーローだったのに、最近は絶対に負けない安全圏にいるヒーローになってきているような気がする」
「今のアドルフもハンスの庇護で生かされているだけなのに、自分の力でネオナチのナンバー2でハンス総統の後継者だと思い込んでいるだろうな」
俺は実現不可能な答えにたどり着いた「完璧な勝利があるとしたら、アドルフの中二病を治して勝つことだ」
ヒルダは俺にオタクになるための履修内容を出せと言ってきた。
学校の成績は良いらしく、暗記やつめこみ勉強なら負けないと断言した。
1970年代から始めると半世紀にわたるオタクの歴史を短期間で履修するのは無理がある。
オタクは長い歴史の積み重ねだ、俺もミヒャエルも80年代から続くオタクだから履修範囲は最低でも35年になる。
ヒルダの年齢でも10年は積み重ねが必要だ、一つのアニメを1年分見るだけでも24時間かかる。
一夜漬けで東大に合格できるようにするぐらい無理がある。
俺は一点突破で要点を絞り込むことにした「必要な物は受験勉強じゃない、萌えることだ」とヒルダに言った。
「たった一つでいい、この作品なら誰にも負けないモノを得る」「ゆるぎない萌えを手に入れるんだ」
ヒルダは困った顔で質問してきた「たった一つって、いったい何を?」
俺はミヒャエルの家に会ったコレクションを思い出した、俺とミヒャエルの趣味は完全に一致している。
俺はミヒャエルのコレクションの中から一点に絞り込んだ。
ヒルダが最初に小さな萌えを感じたあの人形、ミヒャエルが最高のコレクション置き場の横に置いていたアレ。
今になって俺は気付いた。ミヒャエルはあの場所をオタクコレクションの置き場ではなくヒルダが花を生ける場所にしていた。
つまり、ミヒャエルにとって人生最高のコレクションとは…
いかん、年甲斐もなく泣けてきた…
俺はヒルダに履修表を渡した。
俺は二次予選を始めなければならなかった。
どうやって決めたらいいのか何も考えていなかったけど、方向性が見えた。
俺は100人が集まったビデオ会議でルールを説明した。
「審査員は自分を含めた100人、100の作品を順番に並べてください」
1番には100点
2番には99点
3番には98点
4番には97点
~
100番には1点
「と順位に従って点数が与えられます、合計得点の1位と2位が選ばれます」
「もちろん、自分の作品が1番だと思う人は1番にして構いません、負けたと思った時は自分より上位にしてください」
「裏取引や順位の売買を禁止しても意味は無いでしょう。作品を選ぶ指針は二つだけです、これは指針であってルールではありません」
「オタクは己の萌えのみに従う」
「オタクの代表者は優劣や政策への支持ではなく愛を託せるかで選ぶ」
意外にも百人の中から反対意見は出なかった。
そして、審査が開始された…
選ばれたのは意外な2人だった、どちらかと言えば技術的には低い作品といえる。
とても商業作品で通用するようなクオリティではない、しかし、この2人が選ばれた理由はよくわかる。
2人とも愛があふれているのだ。
高い技術が見たいなら予算をかけてプロが作った作品には敵わない。しかし、何のしがらみもなく、自分が楽しく愛を語る作品を作ればこうなる。
意外にも結果に異論を唱える者はいなかった。負けた理由が技術でも予算でもなく愛だったからだ。優劣で選ばれたのではない、オタク愛を最も託せる2人が選ばれたのだ。
サルバドール・ロペス・シエラ
スペイン人
作品:実写動画、マジンガーZのパロディ
ジャージー・イワノフ・ザイノヴィッチ
ギリシャ人
作品:実写ドラマ聖闘士猫
「オタクは己の萌えのみに従う」
「オタクの代表者は優劣や政策への支持ではなく愛を託せるかで選ぶ」
この言葉が後に国際オタク憲章として世界に広まることになるとは夢にも思わなかった。
ついに2人の仲裁人が決まった。