第四話 世界一のオタク
前書き
この作品は現実世界の現代ドイツを舞台にした物語です。
作中に登場する法律は全て実在する現行のドイツ法です。
今日はヒルダが朝食を一緒に食べたいというので俺は早めに起きてきた。
テレビを見ると俺たちがニュースになっていた、中二病が痛そうなコスプレをしたアドルフがエヴァとハンスと一緒にインタビューを受けていたが、さすがに脱法ナチスは隠しているようだ。
ヒルダは俺がテーブルに着くと話しを切り出した。
「マリアから聞いたわ、オタクなんて目の前に餌がぶら下がっていれば食い散らかすゴミ製造機だと思ってたけど、あんたはマシなようね」
ヒルダの後ろで給仕しているマリアが俺に会釈した。
うわぁぁぁ、俺の理性ナイスプレイ、あそこでエロゲーの選択肢を選んでいたらゲームオーバーだった。
「まあ、生け花の美しさが分かるのは認めてあげる、ドイツ華道協会はウチが出してる協賛金が無いと潰れちゃうの」
「マリアは大学に進学する学費が必要で、本当はお父さんが出してあげる約束だったけど、お父さんが死んだ今、私は一家の主として大切な2人の家族と先祖から受け継いだ財産を守る責任と義務があるの」
「あんたの汚いスタンドを磨く雑巾が必要なら私がボロ雑巾になるまで我慢して相手してあげる」
「我慢できなくなったらあんたを殺すから」
ゴフッ(心の吐血)、強烈すぎるツンデレに俺の魂は萌えが張り裂けそうになった。
俺は辛うじて正気を保って理性で答えた「俺もミヒャエルに頼まれてたからな、もちろんヒルダちゃんが正当な相続人だと思うよ」とうわずった声で答えた。
「私が遺産を相続したら、お父さんのコレクションは全部粉砕して海にまいてあげる」と怖い顔で宣言した。
「お嬢様、ゴミの海洋投棄は違法です」とマリアがツッコミをいれた。
俺は気を取り直して「俺は遺言執行者の報酬として遺産の一部が貰えるってマーサから聞いてるんだけど」と控えめに言った。
「庶民の生涯賃金ぐらいあげるわ」
「いや、そうじゃなくて、俺はミヒャエルのオタクコレクションを守るって約束してるんだ、だからオタクコレクションを報酬として要求する」
「あんなゴミでいいの?」とヒルダは怪訝な顔をした。
「だって、俺が引き取らなかったら粉砕されてゴミになるんだろ、オタクにとって死後にコレクションが家族にゴミにされるのは大きな問題なんだ、だからミヒャエルは俺に頼んだ」
「お父さんもアンタも本当に筋金入りのオタクなのね」とあきれた顔で言った。
「20年来の親友で同じ萌えを共有した同志だからね」と胸を張って言った。
ヒルダは少しだけオタクを認めてくれたようだ。やっぱり自慢の親友だったし、ヒルダには父の偉大さをわかってほしかった。
そして、調子のいいこと言ったけど、無職無収入の俺がオタクコレクションを引き取った後にどこに置くのかまだ考えていない…
俺はヒルダが協力してくれることになったので、審査を有利にするための提案をした。
ヒルダの姿は毎日マスコミからその辺のオタクまで大勢に見張られて撮影されているのでアドルフに負けないオタクアピールするパフォーマンスを見せるべきだと。
今日は学校にセーラー服で通おう
女子高生の制服といってもドイツの学校に制服はないから私服扱いになる、オタクのファッションショーだ。
そんなに沢山の制服がどこにあったのかヒルダにツッコミをいれられたけど、俺のコレクションということにしておいた、本当はマリアが集めていたんだけど…
ヒルダが俺を見る目がますますゴミを見る目になっていった。
マリアは相当な隠れオタクだった、むしろミヒャエルのオタク遺伝子を受け継いだのはマリアの方じゃないだろうか?
いや、マリアの父親もそうとうなオタクだったらしいから遺伝的素養はあったのかもしれない。
なんかヒルダよりも背が高いマリアのコレクションにしてはサイズがヒルダにピッタリなんだけど、もしかして、マリアはヒルダに着せるために集めてた気がしなくも…
マリアは乗り気でヒルダの髪をツインテールにしている、そして「ミニスカートから下着が見えないようにブルマを履きましょう」と言ってブルマを穿かせている、いや、ちょっと俺にも見えてるんですけど。
ヒルダは自分の姿を見て怪訝そうに「ひとつ聞くけど、オタクの世界じゃセーラー服にセーラーの花嫁みたいな意味はないわよね?」
俺は冷や汗が出そうになって「えっ、それは、その、ブルセラ…とは違いますよ」としどろもどろに言葉を濁した。
ヒルダは「やっぱりあるんじゃない!!」と怒りをあらわにした。
俺はよけいに不審者になって「いや、日本の女子高生はみんなセーラー服着てるから」と必死で言い訳して「オタクアピールして審査を有利にするための活動だから」と必死で訴えた。
ヒルダは決意した目で「わかった、船乗りの花嫁じゃなくてココシュカのアルマならぬオタクのアルマになれってことね」と言い捨てると、「私は家族の為なら世界一のオタクになってやる!」と宣言してマリアと一緒にマスコミが待ち構える外へ出てメイドを連れてセーラー服姿で学校へ向かった。
今のヒルダにとって大切な2人の家族とはアンナとマリアのことで、エヴァとアドルフが含まれていない事に俺は一抹の不安を感じた。
2人を見送った俺はふとした事に気が付いて突然萌えて叫び声をあげた。
「マリアってずっとメイド服で学校に通ってたのか!」
俺の叫びにアンナが「ええ、あの子っておしゃれに興味無くて、着替え無精で一年中同じ服しか着ないんですよ」と俺の萌えをへし折った。
俺はアンナに「そういえばドイツ人って、あんまり風呂とか入りませんね」と聞いてみたら「あの子ってば私が言っても着替えないから毎週、無理やり脱がせて洗っています」と衝撃の事実を語られてしまった。
俺は「パジャマとかどうしてるの?」と素朴な疑問を聞いたところ、アンナは「寝る時もあの服のままですよ」と答えた。
そういえばメイド服って汚れが目立たない色だし、アイロンとかあんまりしなくてもシワとか目立たなそうな…
もしかして、マリアって一年中ジャージで暮らしてる人と同じってこと…
なんか、メイドの闇を覗いてしまった気がしてミヒャエルがメイドに萌えなかった理由がわかった気がしてきた…
そして、俺のメイド萌えの感情も急激に薄くなっていく気がしてきた…
数日後の夜、一次試験が終了したのでマーサが結果を持ってきた。
予想通り、地獄絵図になっていた。
実名公開が嫌で24万7千を超える参加希望者の半分以上は開始前に居なくなっていた。
開始早々に万単位のリアルマネーで買ってきたアカウントでフォロワーを増やしBOTでリツイートとコメントを付けまくる参加者が続出した。
早々にアカバンされて消えていったけど、本当の地獄はここからだった。
盗作や無断転記やなりすましはマシな方で、有名な絵師や漫画家に金を積んで描かせた絵はすぐに絵柄から本当の作者を特定され炎上して通報祭りになりアカバンされた。
足の引っ張り合いやディスりあいも苛烈を極め、実名なのでリアル物理攻撃も多発したらしく警察沙汰も何件も起きていた。
有名な作家の実名が暴露されたり、個人情報暴露祭りも起きている。
それでも生き残って圧倒的な支持を集めた100人が残った。
ツイッターの大株主の富豪が乗り気で協力してくれて、不正監視を強化してくれたのが助かった。
アカウントを事前に書面登録にしたのも良かった。
ネットで登録できるようにするとBOTやハッキングで不正をする人間が続出するからだ。
古典的に手書きのサイン入りの書面を郵送させることでハッキングを封じた。
さらに、実名登録なのでIDの記載を必須にしたことで重複登録やなりすましを防いだ。
合格後に高等地方裁判所に出頭して任命を受けないといけないのでなりすませばそこで逮捕されるからだ。
問題は一次試験を通過した100人の中にあきらかに脱法ナチスな連中がたくさんいる。
たしかに、オタクとナチスの親和性は高いが、こいつらはハンスの仲間とみるべきか?
いや、ハンスほど切れるヤツなら逆にナチスらしさを徹底的に消してくるんじゃないか?
俺にとってハンスの仲間を選ばないことが重要な問題だが、審査は公正中立に行われなければならない。
そして、まだ、二次試験の問題は何も考えていない。
マーサは「さすがヘル・オタクですね、見事にハンスの策略が粉砕されました」と俺をほめた。
俺は意味が分からず「どういう事ですか?」と聞き返した。
「ハンスは試験問題が公正中立かどうか事前にチェックするから問題が出来たら見せるように言っていたんです」
「どう考えても自分の仲間に問題と答えをリークするつもりですよね」
「この試験方法なら問題も答えも事前に知ることが出来ませんし、採点者を脅迫や買収することも不可能です」
「見事な試験方法でした」とご機嫌な顔で俺を褒め称えた。
「そのかわり、大勢のオタクが生贄になりましたけどね」と俺は自分のやったことを自嘲した。
マーサは「悪徳弁護士ハンスを倒すための貴い犠牲です、名誉の戦死ですよ」と今まで見た事のない笑顔で嬉しそうに言った。
俺はちょっとだけマーサが怖くなった…
そして、この家は明日までに出て行かなければならなくなった。この家自体も相続財産の一部だから居住していた相続人が住み続けることができるのは民法1969条で認められている30日まで。
不動産の争いがあって30日以内に相続手続きが終わらないと一時的に退去しなければならなくなるのだ。
ミヒャエルのオタクコレクションも含めてこの家は裁判所が任命した管財人の管理下に入る。
アドルフだけでなくヒルダも遺産相続手続きが終わるまでこの家に入れない。
ヒルダとマリアは生まれ育った家から追い出されることになった、そして一番のオタクであることを証明できなければ二度とこの家に入ることが出来なくなる。
しかし、ヒルダの顔に悲壮感はなかった。
世界一のオタクになって帰ってくる強い決意を秘めていた。
ドイツ語豆知識
スタンド《Ständer》
勃起したチンコの隠語
女性用のセーラー服《Matrosenkleid、マトォズェンクラィド》
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船乗りの花嫁《Seemannsbraut、ズィーマンズバァゥト》
オナホールの隠語