第三話 オタク地獄
この作品は現実世界の現代ドイツを舞台にした物語です。
作中に登場する法律は全て実在する現行のドイツ法です。
今朝、俺が生けた花を見たら水替えされていた。一度剣山に生けてしまった花は動かせないので水替えする時は花器の中の水を大きなスポイトやポンプで吸い出すのだが、花を動かさず絶妙なバランスを保ったまま綺麗になっていた。
メイドに聞いたら朝早くヒルダがやっていたというのだ。俺が生けた花でもオタクコレクションみたいに汚物扱いせずに花だけは大事にしてくれるらしい。
俺は今までの流れを整理してみた。
ミヒャエルのやつが俺を遺言執行者にして役所に届け出ていた。
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弁護士のマーサはそれを見て俺に書類を送ってきた。
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ここで拒否していれば何も起きなかったけど、サインして送り返したせいで引き受けた事になった。
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本当ならドイツに来てマーサが用意していた書類にサインするだけで終わるはずだったのにハンスの計略にハマって面倒になった。
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ハンスの計略により2人の仲裁人を決める欧州一オタク大会を開催する準備<イマココ
マーサは少しでも揚げ足を取られないようにと俺のパスポートを書き換えようとしている。
日本の戸籍に名前の読みは無く、パスポートのローマ字表記は申請時の申告による。
つまり、俺の申告が間違っていたから俺のパスポートのローマ字表記をOTA KUに訂正しろと大使館経由で日本に書類を送ったのだ。
俺はこれから一生、名前を聞かれたら「織田 久」と書いて「オタ ク」と名乗らないといけないのか?
何十年も俺を「ひさし」と呼んで育ててくれた両親に申し訳ない。
だいたい、日本の役所は仕事が遅いから訂正が認められても新しいパスポートが届くまで何か月もかかるだろう。
リアルな法廷ドラマが子供の屁理屈みたいな言いがかりのつけあいだと思わなかったよ。
俺、もう、逆転裁判をプレイできない。
それに、これ以上は会社を休めないと思っていたらドイツ警察から大使館経由で俺が逮捕されたことが伝わっていたらしく懲戒解雇のお知らせが来た。
懲戒解雇なので今月の給料も退職金も振り込まれない。
不当逮捕だと弁明する余地は無いらしい。
今の俺、無職&無収入…
負けたら全てを失うのはヒルダだけじゃなく、俺も同じになってしまった。
気を取り直して、これからやることを整理した。
欧州一オタク大会の開催告知がEUの24の公用語で欧州全土で広告が出されるそうだ。
それだけの費用がどこから出るのかと思ったら、ミヒャエルの遺産を担保に銀行から借金しているそうで、遺産相続が終わったら相続人が返済するらしい。
なんか、ゴリゴリ遺産が減っていきそうと思ったけど、元の金額が大きすぎるから相続税を引いた現預金資産だけでも十分すぎるらしい。
俺は試験問題をどうやって作ったらいいのか悩んでいた。
欧州全土からたった2人にしぼりこむ難関試験の問題とかムリゲーすぎるだろう。
しかも、大半を振るい落とす一次試験の次は二次試験、三次試験と最後の2人になるまで続くハンター試験よりも厳しい試験になる。
だいたい、何人応募してくるんだ?
欧州全土といっても日本全国よりも少ないんじゃないのか?
そういえば昔、日本で全国統一オタク検定試験があったのを思い出した。
ググってみたら一回で潰れていた。
だいたい、オタクが出す問題なんて元にした資料によって答が変わるならマシな方で、解釈違いで答が変わることもあれば、問題の作成者が都市伝説や噂話を信じて出題することだってある。
このキャラクターの名前を書けと超メジャーな絵を出しても「ガンダム」と「RX-78」で割れてどっちも正解になるのがオタクの世界だ。
誰からも文句がつかない問題と回答なんてオタクの世界じゃ不可能だ。
俺はミヒャエルの家の書斎で頭を抱えて何も出来ないまま無駄な時間を過ごしていた、気が付くと昼食の時間になっていた。
ヒルダは学校だし、マーサは仕事に追われ弁護士事務所に詰めている。
中年のメイドは買い物に出かけたらしく、この家には若いメイドと俺しかいない。
メイドが食事を用意してくれるって、漫画だったらエロ展開ありの萌えるシチュエーションだとよこしまな考えが頭をよぎった。
書斎の机に食事を運んできた10代後半ぐらいのメイド、マリア・ラムストロームはすこし恥ずかしそうに俺に話しかけてきた。
なんか二人っきりなのを狙ってきた感じだ。
「ヘル・オタク、何か御用があれば何でもお申し付けください」
「あっ、はい、ありがとうございます」と俺は気の抜けた返事をしてしまった。
「私は18歳ですから、性的同意年齢に達した大人として対応できます」と恥ずかしそうというより辛そうに言った、俺はマリアが言っている意味が良くわからなかった。
「日本のオタクはメイドにご奉仕させるそうですが、私でよろしければ…」
「はっ?」俺はエロゲーの世界に異世界転生してしまったのかと混乱した。
いや、いや、まて、ここは三次元だ、俺は異世界転生なんかしてないぞ、何か勘違いしてエロゲーみたいなコマンド選択したら犯罪者になって人生終了だぞ。
「旦那様はメイドに萌えなかったので私はまだ処女です…」と辛そうな顔で震える手でロングスカートをつかんでまくり上げようとしている。
「アフターピルを用意しておりますので、ナマ、ナカでだし…」と泣きそうな声になっていた。
「ちょっ、おちついて」俺もメイドに萌えないから、俺の趣味はミヒャエルと完全一致だから。
「何でもしますから、どうか、ヒルダをお願いします」と泣きながら俺にすがりついてきた。
「まって、マリアさん、話し合いましょう、事情があるなら相談にのります」と俺は必至で理性を全開にしてよこしまな考えを封殺した。
おちついて身の上話を聞くと、アンナとマリア母娘でマリアを身ごもったアンナが難民として北欧の国から逃れてきてこの家でメイドとして雇ってもらって、マリアはこの家で生まれ育ったそうだ、つまりヒルダとは姉と妹も同然の関係らしい。
中東とかの貧しい国ならともかく、社会福祉が充実した北欧から難民になってドイツへって変な話だと思ったのだが、とんでもない事情があった。
マリアの父、アンナの夫は北欧の国で日本の漫画を翻訳をしていた翻訳家だったそうだ。
しかし、児童ポルノ抹殺団体がマリアのお父さんを児童ポルノの製造所持で刑事告発してから地獄だったらしい。
お父さんは警察に連行され取り調べを受けたが、すぐに釈放された。
問題は釈放のしかただった。
いきなり家から連行され、財布も携帯も持たないまま真冬の氷点下の北欧で警察署から放り出したのだ。
周囲の家にも児童性犯罪者だと知らされていたので誰も助けず、そのまま部屋着で氷点下の北欧の夜を家まで歩こうとして凍死した。
マリアを身ごもっていたアンナは凶悪犯罪者の共犯のように扱われ国にいることが出来なくなり、夫のオタク仲間だったミヒャエルを頼ってドイツへ逃げてきた。
児童ポルノとされたものは翻訳していた日本の漫画だった。
そして、警察は裁判にかけることなく合法的な私刑を執行した。
北欧の社会は凶悪犯罪者とされる児童ポルノ犯の私刑を黙認した。
マリアは純粋に父親同然のミヒャエルのオタクコレクションと妹同前のヒルダを守りたいだけだった。
その為なら遺言執行者である俺の御機嫌を取るために性的なご奉仕でもなんでもする覚悟を固めていたのだった。
ミヒャエルがメイドに萌えなかった理由がよくわかる、現実の妹に妹萌えを感じないように、オタクは身内に実在するモノに萌えを感じなくなるのだ。
俺はマリアに絶対にヒルダの味方になると約束した。
俺がマリアに求めた報酬はメイドさんのご奉仕じゃない、お父さんのような翻訳家になって日本の萌えを世界に伝えてもらう事だった。
俺はふと、悪魔のような試験方法を思いついた、これは世界中のオタクを大混乱に陥れる悪魔の所業だ、それでも俺はオタク地獄に落ちる決意をした。
俺は自分の考えた試験方法に穴が無いか検討を始めた。
数日後、マーサが応募が締め切られたと言って参加者の資料を持ってきた。
応募人数を見て俺はひっくり返った。
24万7千…
俺はマーサに桁数が間違っているんじゃないかと確認を求めたが、間違いではないらしい。
この試験が一千億円を超えるミヒャエルの遺産相続の仲裁人を決める大会であることが知れ渡っているというのだ。
情報をリークした人物は一人しかいない、ハンスだ。
この家に世界中からマスコミが押し寄せてくることになった。
一千億円の遺産を巡る姉と弟の争い、マスコミの恰好餌食だ!
遺言執行者である俺は一夜にして有名人になってしまった…
俺は家の前に集まったマスコミ相手に大会ルールを発表した。
1.参加者はツイッターに実名のアカウントを作成する、高等地方裁判所が任命するので必ず身元確認が出来る実名でなければならない。
2.アカウントは一人一つ、事前に書面で参加登録されていないアカウントは失格
3.参加者は自分が権利を有する自分が作成した作品を投稿する、漫画、アニメ、文書、立体物、3Dモデル、ネットに掲載出来る物であれば種類は問わない。
4.フォロワー、コメント、リツイート、いいねの数が上位100位に入ったアカウントを一次予選通過とする。
5.作品の公開は開始時間まで禁止、フライングは失格
6.終了までにアカバンされたら失格
試験問題は自分自身、回答は世界中のオタクに採点してもらう。
フォロワー数392だった俺のツイッターアカウントは1日で300万を超えた…