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浪人堕落

作者: 梅田 絡迷


  波打ち際で涙を流した

  波音が全てを掻き消した

  宵の道で陰に惹かれた

  街灯が酷く明るかった

  美しい花を抱えた

  造花の枯れた午時葵



 これからは、私の生涯を「虚構」と呼ばせてください。でなければ、私は生きてゆけません。

 今まで、私は何度も淡い赤の、糸の色を濁して、糸を切ってきました。

 依存とは、とても厄介なものでございます。

 男の人には、普通に依存するだけなのですが、女の人の場合、それが依存なのか、はたまた恋なのか、わからないのです。いったい、何人の人と縁を切ろうとしたのか、それすらも私にはわかりません。


  吐き気を抱えて歩いた

  私は傘すら持てぬ

  根無し草

  足枷をはめて歩んだ

  雨曝しの街

  嗤う声

  願わせてくれ

  爪弾き


 私は、大切だと思えるような人に、一度だけ名前を呼ばれた事がありました。しかし、呼ばれた事は覚えているのですが、声が思い出せません。糸は錆色になっていました。

 死に損ない。

 それが、私の体に刻まれた私の代名詞でした。

 また、私は堕落人でもありました。


 雪雪よ 酔い舞い倒れ 喀血か


 死のうと思っていた。小説を読み、文豪に依存して、真の駄作を書こうと思った。しかし、どうやら私には真似事しかできないようである。現に、この文すらも、真似事に過ぎないのだ。もう少し、堕落をしようと思った。


 生きているから、堕ちてゆく。曖昧模糊とした、底でも天井でもない暗へと呑み込まれていく。


 キライキライ、万華鏡。


 なあ、君。一つだけ、訊かせて呉れ。万華鏡って、滅茶苦茶で厭わしいものだと思わないかい?

 ──そうか、やはり君は、そうとは思わないのか、……僕と君とでは、どうやらミイッテイルものが違うようだね。

「キライ、キライ、大嫌いだ。あいつは全くおかしい。変に気取って、流行のものを身に付けたり、何も知らないくせに直ぐにものごとをああだこうだと否定し出したり、一定の人たちだけに猫を被るなんて、うざったいったらありゃしない。あいつなんか、斃っちまえばいいんだ。二度と顔も見たくねえ」

 と、先日私の家で共に酒を飲んだ朋友が言っていたのを覚えていますが、果たしてそうでしょうか。

 私は、彼が嫌悪していてる人の事を、一切知りませんが、その人が全て悪いとは全く思えないのです。

 本当は何か理由があったのではないだろうか、私の朋友が勘違いをしているだけではないだろうか、と思ってしまうのです。

 ならば、人の事を理解できていない朋友が悪い、彼は悪人だ、と思ってしまうのです。

 人の心、中身というものは、色鮮やかで複雑で、得も言われぬ美しさと醜さを孕んでいますが、それを何一つ知らずに、苛立ち咆哮している彼は阿呆です。

 人というものを、万華鏡のようだと形容するならば、彼が覗けばどんなに綺麗な万華鏡でも、彼には淀んで汚く見えてしまうのではないでしょうか。

 そう思いながら彼の万華鏡を覗いてみて、気付きました。人の事を、真理を知った気になって、私見を膨らまして、駄文を書き連ねるなんて、下らない。意味が無い。

 私の万華鏡が、それを見つめる私の目が、他の何よりも厭わしいものでした。


 暮れ。

 御倉になった、自作より。


 晩春に私は、深淵へと堕ちた。周りの人を堕落させてしまう、そんな私は、こうなって当然なのだろう。

 ああ、すまない。本当にすまない。贖罪が不可能なことは、よくわかっている。


 夢む。


 ある日、私は神社に行きました。そうして、賽銭箱に五円玉を放り投げて、願い事をしました。

 ああ、神様。どうか、どうかあの人たちを幸せにしてください。私が悪いのです、私はどうなろうと構いません。孤独になっても、苦しんでも、死んでも悔いはありません。私の、一寸くらいの幸せを、全てあの人たちに渡してください。

 五円なんて、そんなもの、持ってはいませんし、解りもしません。


 善い人。


 もう、諦めろ。善人、温良、一視同仁、そんなことは、出来っこない。君、いい加減、その仮面を外したらどうだい。

 優しいひと、善い人、そんな人を目指しているのだろう。一度、「あなたは優しいね」と言われて、満更でもないのだろう。謙虚でいようと、下手に出ようと、「そんなことはないです」と言って、わざと微笑を浮かべて、心の中だほくそ笑む、──そんな事をしていては、いけない。

 それでも善人というのかい? 私はそんな人たちとは違う、あなたは可笑しいんじゃないですか、あなたはまるで気狂いのようだ、仰る意味が解りません。言いたければ言うがいいさ、本性を剥き出して憤怒すればいい、そうして鏡を見てごらん。ほら、仮面が外れてる。


 誰しもが平等ではない。誰も傷つけないで、全ての人に優しくする。誰にも不快感を与えずに、全ての人を笑顔にさせる。そんな事は、出来ない、

 誰かを、何かを守りたければ、それと同等、いや、時にはそれ以上のものすらもを捨てなければならない、犠牲にしなければならない。それがたとえ自分だったとしても、仕方が無い時もある。

 論理的な事なんて投げ捨てて、ただがむしゃらに駆けなければならない時も、きっとある。

 だからこそ、君は仮面を捨てるべきなのだ。

 君のように、他人を第一に考えられる人間は、殆ど居ない。誰しもに手を差し伸べる、まるで神のような存在。それは無理さ。君は人間だ。限界がある。

 誰しもを助けていれば、大切にしていれば、いつしか計り知れないほど強大なものを失わなければならぬ時が来る。その時君に残る、失うことのできるものは、君自身のみだ。君の体が、君の心が、散ってしまう。そんなものは、玉砕ではない。やめろ。

 それでも人を助けるというなら、今迄通り生きるなら、ただ一言だけ言わせてくれ。

「莫迦」


 荒野に佇む。辺りには何も無い。風が吹く。だんだんと体を砕いてゆく。指先から肘。肘から肩。そうして全身を、ゆっくりとゆっくりと、砕いていく。最後に、心が残る。風はふわりと優しく、心を包み込み、握り潰した。パリンと音を立て、砕けて散った。遣る瀬無く、酷く侘しい、世のならい。


 秋風の吹く頃に或る街で、不男が花を摘んでいた。

 一輪の、綺麗な花を摘んだ男は、顔を綻ばせて街を歩いていた。男は、家に近づけば近づくほど、どんどん顔を綻ばせ、鼻歌を歌いながら体を揺らし出す。

 季節に見合わぬ汗で額を濡らして、音痴なくせに鼻歌を歌って、

「君、調子はどうだい?」

 花に話しかけた。

「僕はね、ここ最近、酷く苦しいんですよ。眠れない日もあります。泣きたくなる日もあります。しかし、たった今、君のお陰で僕は救われた。きっと、今夜は良い夜になりますよ。中秋の名月が見れるかもしれません。月が、きっと綺麗ですよ」

 笑いながら男はそう言い、醜い顔をより一層醜くした。

 翌る日の朝、花はどうやら、心を病ませてしまったようであった。色鮮やかだった花弁は、色が褪せてしまい、また花は、すっかり萎れてしまっていた。花は、まるで枯れる寸前のような見た目である。

 男は目を覚ますや否や、花の不憫な姿に気が付き、周章狼狽としていた。

 夕暮れどき、男は昨日花を摘んだ場所に立っていた。「僕のところで枯れてしまうより、ここの方が良いだろうから」と男はか細い声で何度も言い、その場を去った。次の日花は、元の見た目に戻っていた。とても、鮮麗であった。

 花は名を、「君」という。

 不男の名は、知らぬ。


 凋落。


  厳冬 雪が降っていました

  貴方の笑顔は何処へやら

  晩春 花が散りゆきました

  貴方の言葉は何処へやら


  清夏 視界が溶けてゆきます

  貴方の名前もわかりません

  涼秋 椛が燃えてゆきます

  貴方の容姿もわかりません


  しきは過ぎ去ってしまいました

  私は何処に居るのですか

  ああ 誰か教えてください

  私は何故暮れを夢む

  私は何故筆を執る

  私は何故泪を流す

  私は何故微笑んだ


  しきは又もややって来る事でしょう

  絶えず廻る 輪廻の如し


 貴方の笑顔が、幸福が、私にとっては苦悶や痛苦になるのです。

 もしかしたら、お前は、人の幸福と己の惨めさとを、比べて、勝手に嘆いているのだろう、と思われるかもしれません。

 しかし、違うのです。違うはずなのです!

 この懊悩は、羨望ではなく、己の過つを悔いているからこそ、生まれるものなのです。

 どうか、お許し下さい。虚構を描くことが、私は不得意なのです。

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