支払い方法は来世払いでお願いします
「身に覚えがないと言ったってなぁ、こっちには前世のあんたが代金は来世払いにするって書いた契約書があるんだよ!100年前に前世のあんたがうちの会社に支払わなかった着物の代金、利子も含めてきっちり払ってもらおうか!」
突然僕の家に訪れた強面の男は、そう言って僕に契約書を突き出してくる。来世払いという聞いたことのない言葉に戸惑いつつ、僕は契約書の内容を確認してみる。契約書は年季が入っておりボロボロ。文章自体も手書きで何が書いてあるかがすぐにはわからない。それでも何とか単語を拾い上げて、ようやくそれが着物を買った時の支払い請求書みたいなものだということが理解できる。支払いは来世の人間で、受け取り先の欄には、僕ですら名前を聞いたことのある歴史ある呉服屋。そして、その契約書の下には確かに、『来世払い』という言葉が記されていた。
「そんなこと急に言われても……納得できません! そもそもその人が本当に僕の前世なのかだってわからないじゃないですか。それに仮にその人が僕の前世だったとしても、そんなの払う道理はないです」
「この人は確かにあんたの前世だ。何なら裁判で争ってもいいが、こっちには証拠もあるし、時間の無駄だと思うけどな。それにな、払う払わないのを決めるのはあんたじゃなくて、契約書なんだよ!」
呉服屋の男がすごい剣幕で迫ってくる。こっちに支払う道理があるとは到底思わなかったけれど、目の前の男はとても怖かったし、支払わないと駄々をこねたら何をされるかわからなかった。大した金額でなければ、さっさと支払ったほうが身のためかもしれない。僕はそう思い、契約書に書かれた支払い金額を確認する。しかし、その金額を見た瞬間、僕は驚きのあまり声を上げた。そこに書かれていたのは、一般的な社会人には到底支払えないような、とんでもない金額だった。
「もちろんあんたの前世が来世払いにした着物がそこそこ高級な代物だったってこともある。でもな、これは100年くらい前からある借金みたいなものなんだぞ。契約書にだって書かれてるし、利子率自体は法律に違反するようなべらぼうな金額でもない。それでも、100年分の利子が溜まったら、そりゃそれだけの金額になるだろうさ」
僕の抗議に男が吐き捨てるように答える。それから男は、支払いの方法や振込先の銀行といった情報が書かれた書類を手渡してきた。そして「恨むんなら自分の前世を恨むんだな」と冷たく言い放ち、そのまま僕の家から去っていった。
突然身に覚えのない支払いを請求された僕は、玄関で立ち尽くすことしかできなかった。なぜ前世の人間が買った着物の代金を僕が支払わなければならないのかという疑問は不思議と湧いてこなかった。その代わり僕の頭にあったのは、毎月の少ない給料から、どうやってこのお金を返してけばいいのかということだけだった。
僕は茫然自失の状態のまま、そのまま玄関から部屋へと歩いて戻る。しかし、部屋の扉を開けたその瞬間、僕は自分の目を疑った。開け放たれた部屋の窓から見えるアパートの中庭、そこに見たこともないヘンテコな乗り物が突如として出現していた。状況が飲み込めないままそのヘンテコな乗り物を眺めていると、その乗り物のドアが開き、中から奇抜な格好をした長身の男が現れた。男は僕の方へと顔を向けると、そのまま窓から僕の部屋へあがりこむ。それから僕の前に立つと、ゆっくりとした口調で話しかけてくる。
「後藤章則さんですね」
「そうですが……一体、あなたは何者ですか……?」
「私はタイムマシンに乗って未来からあなたからお金の取り立てに来た者です。あなたの来世にあたる人物が、代金の支払い方法を前世払いにしたものですから」
そう言いながら、男が自分の腕時計のボタンを押す。すると、時計から淡い緑色の光が空中に放たれ、僕たちの目の前に3Dのホログラムが浮かび上がった。未来からやって来たという男はホログラムを操作し、僕の目の前に電子契約書を表示する。難しい専門用語だらけの文章だったが、百年前の契約書よりはずっと読みやすい。その電子契約書には、ある人物がアイドルのコンサート代金の支払い方法を『前世払い』にしたということが書かれていた。それから、そのすぐ下に書かれてある請求金額を見て、僕は再び驚きの声をあげる。前世の請求書と同様、そこにはとんでもない金額が記載されていたからだった。
「な、何でアイドルのコンサート代がこんな高いんですか!?」
「ああ、これはこの時代で一番人気なアイドルの卒業コンサートですからね。この方は抽選を外れたため、非正規なルートを通じて、やや割高な値段を払って手に入れたそうです」
「にしても、現代の常識からしてもこの値段は……」
「時間が経てば物価は上昇していきますから。この時代から見たらすごく高く見えても、私たちの時代からすればそれほどおかしい値段ではありません」
「請求内訳に書かれてる諸経費ってやつは? コンサート代の何倍もかかってるじゃないですか!」
「それは取り立てのために使うタイムマシンのレンタル料です。すごく貴重な乗り物ですからね、レンタル料も馬鹿にならないんです」
男が淡々とした口調で僕に説明する。絶対に……絶対に払いません。僕が震える声でそう反論すると、彼は僕の目をじっと見つめ、「払う払わないは個人の意思で決められるものではなく、契約書が決めるものなんですよ」とお決まりのフレーズを口にした。それから彼は紙に印刷してくれた契約書と、代金を支払うための口座、そして月にどれだけ払う必要があるかなどの説明を行い、再びタイムマシンへと戻っていった。
「そうそう。私が一旦未来に帰ったとしても、あなたが代金を払ってるかどうかはわかりますからね。余計な気は起こさないように」
その言葉と同時にタイムマシンが振動を始め、そのまままばゆい光と共に姿を消した。僕に残されたのは来世と前世から押し付けられた支払い請求書と、これからどうすればいいのだろうかという将来への不安だけだった。
その日から僕の代金支払い生活が始まった。どちらの契約書にも分割して支払うことを前提とした書かれ方がされていたので、明日明後日にすべての代金を支払う必要はなかった。それでも、時間と共に利子は増えていき、僕の安月給の中から少しずつ払っていくだけでは、支払わなければならない金額は減っていかないということは明白の事実だった。僕は会社員として働きながらも、他の時間をすべてバイトに注ぎ込み、せめてこれ以上請求額が増えないように必死にお金を払い続けた。
債務処理に詳しい弁護士に相談に乗ってもらったりしたが、前世払いと来世払いには前例がなく、自己破産で解決できるかどうかも微妙だと教えられた。来世の自分による前世払いに関しては、最後のセリフはひょっとしたら単なる脅しなのではと一時的に支払いを止めてみたが、すぐさま未来からタイムマシンがやってきて、代金の支払いをするようにと釘を刺されてしまった。さらには、現代にやってくるためにまたタイムマシンをレンタルしてしまったため、結果的に僕が返済しなければならないお金がさらに増えてしまうという有様だった。
僕は生活全てを賭けて代金を支払いを続けなければならなかった。自分の祖先とか、自分の子孫のためだったらまだ納得がいったかもしれない。しかし、自分の前世、自分の来世という赤の他人のために、どうして僕がこんな苦しい思いをしなければならないのか。それに自分の欲しいものを自分で支払わず、自分の前世や来世にツケを払わせるようなやつらのために、どうしてこんな苦しい思いをしなければならないのか。そんな当たり前の不満が僕の苦しい生活の中でどんどん膨れ上がっていく。減らない支払い請求額。溜まっていく疲れ。余裕のない生活の中で、仕事中もぼーっとすることが増えていき、そして取り立てに追われる毎日のストレスから眠れない日が続いた。
そして、理不尽な返済のために無理な生活を続けていたある日。職場で突然胸に締め付けられるような痛みが走り、そのまま全身の力が抜けて床に倒れ込んでしまった。そのまま呼吸ができなくなり、視界がどんどん狭くなっていくのがわかる。そして、そのまま僕は意識を失った。そして、再び意識を取り戻した時、そこは先ほどまで自分がいたオフィスの光景ではなく、白く、静謐な空間が広がっていた。僕はぼんやりとした意識のまま辺りを見渡す。先ほどまで感じていた胸の苦しみはないし、慢性的に感じていた身体のだるさすら消し飛んでいた。
ここは一体どこなんだろう。僕は辺りをぐるっと見渡し、受付という案内札が貼られた扉を見つける。僕が恐る恐るその部屋に入っていくと、中には事務作業をしている人たちがいて、部屋に入ってきた僕に気がつくと、「こんにちは」と笑顔で挨拶を交わしてくれた。
「すいません、ここは……?」
「ああ、新しく来た人ですね。ここは天国なんです。改めて呼ぶので、それまでそこのソファに座ってお待ちください」
天国。その言葉を聞いた時、僕は何だか納得してしまった。あんな生活を送っていればいつか過労で倒れるのは当たり前だし、死んだことの悲しみよりもそりゃそうだろうなという気持ちの方が強かった。僕はソファに腰掛け、それから死ぬ直前の自分の人生を振り返る。死んでしまったことへの悲しみはなかった。むしろ、地獄のようなあの支払い地獄から逃れられたと思うと、今まで全身を覆っていた倦怠感とかストレスがすーっと抜けていくような気がした。もう代金を支払わなくていいんだ。そう考えるだけで、僕は不覚にも泣きそうになってしまう。結局お金を支払い切ることはできなかったけれど、地獄ではなく、こうして天国に行くことができた。輪廻転生と天国が両方とも存在することも今はそんなに気にならない。これはあれだけ必死に働いたんだ自分へのご褒美なんだ。来世の自分として生まれ変わるまでは、ここで安らかな時を過ごそう。僕は涙を堪えながらそう決意する。
「あのー、ひょっとして後藤章則さんですか?」
受付の人が僕に声をかけてくる。何でしょうか? 僕はこれからの生活に希望を持ちながら、天国の受付係へ返事を返す。受付係の人も僕に微笑み返す。それから、私も詳しくは知らないんですけどねと前置きをした後で、優しい笑顔のまま僕にこう教えてくれた。
「後藤章則さん宛にですね、天国払いと書かれた代金請求書が届いてます」