ハッピーエンドなんてそっちのけの世界で生きる僕らは
彼はきっと、もっと、ずっと、生きていたかった。
何度目かも分からないため息とともに煙を吐き出した。
苦い。
数年ぶりの煙草はやはり目に染みる。
相変わらずその毒は否応なしに肺を満たしていく一方、幻想的ともいえる紫煙は小汚い1DKの部屋を満たしていく。
「お前なんか産まなきゃ良かった」
「お前さえ居なければ」
物頃ついた頃から母親が俺に言い続けてきた言葉。
いや俺悪くねえじゃん。
お前とお前の元旦那が愛し合わなければ良かった話じゃん。
言われる度に思ってきた。
母親は"親"という立場より"女"を優先した。
ただの女でいる分には責任なんぞ一切感じることなんてないんだから、まあ当然の判断だろう。
そんな事を考えながら"少年"から"男"になった俺は母親を反面教師にして、立派で責任感のある人間になれたか。
ここで"なれた"とはっきり言えれば格好良いのだが、やはり遺伝子には抗えない。
俺は母親を反面教師にできなかった。いいや、しなかった。
もしかしたら母親より愚図かもしれない。
小中高ずっとモブ。
どう足掻いても主人公にはなれない。
まあ主人公になる気なんてさらさらないのだが。(笑)
勉強もできず、まともに恋愛もできない。
毎日髪はボサボサ、ニキビだらけの肌、その上根暗な性格。
こんなんで女子にモテるわけがない。
夜通しオンラインゲームで見知らぬ誰かと対戦し、鍵のかかったTwitterアカウントで日々の愚痴をぶちまける。
死ぬ気で勉強して挑んだ大学入試にも失敗し、バイト漬けの日々を送るものの、貯まった金は同じく溜まった性欲を処理するためだけに使い果たした。
こう考えると今の生活苦も自業自得だな。(笑)
「これじゃ将来有望なニートじゃないか」
俺の生き様を見てそう思う人も多いかもしれない。
でもそんな心配は要らない。
だって俺に将来なんてないんだから。
誰かが言っていた。
「今辛くても生きていればいい事あるよ。」
んなわけねえだろ。
ハッピーエンドが保証されてない人生をどう生きろってんだ。
「今は見つからなくてもきっとあなたを愛してくれる素敵な人が見つかるはず」
こんなクソみてえな世の中でどこを探したら愛がある?
愛に飢え不幸に飾り立てられた人生。
腐りきった人生。
俺の人生にタイトルをつけるならそんなところだろうか。
住み始めて3年になるボロボロのアパートから程近い、雑居ビルへ向かう。
このビルの7階に俺が昔バイトしてた居酒屋が入っている。
残業係を任された俺は合鍵を持っていて、すぐにクビになったものの返すタイミングを掴めず合鍵を持ったままだった。
慣れた手つきで"STAFF ONLY"と書かれた扉の鍵を開け、中に入る。
そして奥にある東向きの窓から外を眺めた。
朝日が眩しい。
ずっと下を向いて歩いてきたから眩しさなんて感じなかった。
今日は誕生日だ。
毎年Twitterだけが祝ってくれた、おめでたくも何ともない日。
俺が生きた21年間、幸せだと心から思えた瞬間はあっただろうか。
生きててよかった、そんな風に思える日はあったのだろうか。
毎日が苦痛で生きる意味を見いだせなかった俺は、ハッピーエンドを信じることを辞めた。
窓の淵に足をかけ、楽になる準備をする。
死ねば絶対楽になれるわけじゃない?そんなの分かってる。
だけど一つだけ分かっていること。
それは____
俺なんていなくても構わないってことだ。
生きていても生きていなくても関係ない。
だからこそ俺は"死"を選ぶ。
もう辛いのはこりごりだ。
「さようなら」
誰にも聞こえることの無い別れを告げ、俺は飛んだ。
走馬灯が走る。
映画みたいだ。
どのシーンも俺は暗い顔をしていて誰かから罵声を浴びせられているのがほとんどだ。
呆れるぐらいつまらない人生だった。
エンドロールの様なものが流れる。
刹那、視界が暗転しタイプライターで文字を打ち込む音がした。
やっと明るくなったと思えば、空中に明朝体でこんな文字が浮かんでいた。
「幸せになりたかった」
嗚呼、これがずっと言いたかった言葉だ。
彼の人生にハッピーエンドが保証されていたら彼は生き続けたのでしょうか。