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夜集め 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 みんなはどうして夜がやってきて、その後に朝がやってくるか、知っているかな?


 ――うん、その通り。太陽が沈んで、また昇ってくるからだよね。


 太陽が照らせる範囲は限られている。日本が昼の場合は、どこかの国が夜になっていて、逆もまたしかりだ。国際電話などしてみる人は、そのあたりのことで、気をつかっているだろう。

 

 陽が沈んで、また昇ってくる。私たちは、それを常識ととらえているけれど、その「当たり前」というのは、おうおうにして「当たり前じゃない」尽力に支えられているんだ。

 その人知れない働きについての話、聞いてみないか?



 むかしむかし。

 とある町では夜な夜な出没する、小柄なおなごの姿がウワサにのぼるようになっていた。

 店の提灯の照明はおろか、月明かりさえほとんどささない道の片隅にうずくまり、何かを拾っているかのようだった。その手に片手で扱える小さなほうきと、ちりとりもたずさえている。

 顔には、これもまた夜に溶け込むような黒い手拭いをまき、通りかかる人が明かりを向けると、敏感に反応して逃げ出してしまうんだ。

 その身のこなしは俊敏で、一対一では確実に撒かれる。人が多いときには、その場で飛び上がって塀の上に着地。忍びか盗人のごとく、塀から屋根へと飛び移り、およそ道伝いでは追いつけない彼方へ消えていく。

 

 彼女が何をしていたかは、去った後を調べても、いまひとつはっきりしない。

 穴を掘っていたわけでもなさそうで、手にした道具の通り、掃除をしていったというのが、一番しっくり来そうな気さえした。

 しかし、ある晩は少女のうずくまっていたところに、犬の糞がそのまま残されていることがあったらしい。もし本当に掃除目的であれば、見逃すわけがないほどの大物であり、おなごの目的はますます謎を深めるばかりだった。

 

 

 そしてある晩のこと。

 博打でおおいに吸ってしまったひとりの男が、むしゃくしゃするのに任せ、残った金で目いっぱい酒をあおったときのこと。

 したたかに酔っぱらって、提灯も持たずに夜道をふらふらと歩いていた男は、不意に足元にあった何かにつまづいた、大きくよろけてしまう。恨み言を吐きつつ振り返ると、そこには件の少女がいた。

 防火用の水桶の影。背中を丸くしてかがみながら、男にぶつかられたことを意に介する様子も見せず、黙々と手を動かしている。男は回らない舌で、一応の詫びは入れたものの、返事がないことに腹が立ってきた。

 ぐっと大きくのぞき込んでも、彼女はあいかわらず休まない。片手で持つほうきは、かろうじて毛先が地面を擦り、音を立てているものの、大半が空気をさらって、ちりとりに押し込んでいる。

 ちりとりの中は、かすかに砂利が溜まっているものの、それは彼女が気を払わない期間だからに過ぎない。思い出したように、ときおり手を止める彼女は、ささっとちりとりの中へほうきの先を突っ込み、砂利をかき出しては、また同じ作業へ戻ってしまう。


「お前、いったい何を詰め込んでいるんだ?」


 酔っ払いは、上から彼女へ声をかけたが、ぴくりとも反応しない。もう二度、語気を強めていっても同じ。

 酔っているとすぐに腹が立つし、手も出したくなってしまう。げしっと、彼女の背中に軽く蹴りを入れて怒鳴り気味に詰問すると、彼女は初めて大きなため息と一緒に、手を止めた。


「――夜糞やふんを集めている」


 ぼそりとつぶやいた彼女の言葉を、酔っ払いは「はあ?」と、耳に手を当てて聞き返すした。


「だから、夜の糞を集めている、といっている。

 畑にだって、人や馬の糞を食わせて肥やすだろう。朝もおんなじだ。

 よい夜の糞を食べれば、機嫌をよくする。まずければ、機嫌が悪くなる。人の腹とおんなじだ。ゆえにあたしは、よい夜の糞を探して集めているんだ」


 ――ああ、頭のかわいそうな手合いだったか。


 あきれ気味の口調で返されたこともあり、酔っ払いは哀れみの目を向けながらも、胸からむかむかとこみ上げるものも感じていた。


 その勢いのまま、身体をかがめてちりとりに落ちるように、こみ上げるものを吐き出した。

 ほんのわずか、先ほど胃に入れた魚の切り身が混じった吐しゃ物が、ものの見事にちりとりの底へぶつかり、跳ねる。

 そこからはあっという間だった。彼女はうずくまった状態から、勢いよく飛ぶと、男の両足へ尻からぶつかったんだ。

 恐ろしい勢いと重さだった。ぶつかられた両すねからは、グキリと大きな音がし、男は尻もちをついてしまう。酔いでにぶる感覚すら超えて痛む足に、男がひるんでいる間で、彼女は話に聞いていた通り、一度の跳躍で大人二人分はあろうかという、塀の上へ飛び移った。

 その黒手拭いを巻いた顔が、ちらりと男を振り返る。暗い輪郭の中で、二つの金色の光だけがらんらんと光っていたと、のちに男は語ったそうだ。



 翌日。夜中まではすっかり晴れていたのに、明け方に前後して急激に雲が湧いてきた。

 珍しい黄土色の雲があますところなく天空を覆い、人々がざわつき出した矢先に、ぽつぽつと雨が降ってきた。やけに臭う雨だったが、降りたて特有の、ほこりを思わせるものとはほど遠い。どこか吐しゃ物をかいだような臭いがしたのだという。

 いつもに増して外へ出なくなった人々の家屋の上に、雨はどしどし降った。最終的に昼頃にはやんだものの、町にある長屋の一角では、ちょっとした騒ぎが起きていた。


 一続きになっている長屋の一室だけが、きれいに潰れてしまっていたんだ。それは件の酔っ払いが寝泊まりしている部屋でもあった。

 屋根を完全に崩し、部屋の八割がその残骸で埋まる惨事にもかかわらず、左右の部屋に関してはまったくの無傷で済んだとか。彼の部屋の跡からは、このときの雨をはるかに上回る異臭が立ち上り、彼自身はもちろんのこと、近くに住まう者も何名かが引っ越しを余儀なくされてしまったんだ。


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