2
(これからどうしよう…)
手持ちは、金貨3枚。これでは二日も生活できない。王都だけあって、ここはとても物価が高く、さらに、僕とリーネ姫の結婚を聞きつけた貴族や商人が国内、周辺各国から集まっていて、物価の上乗せがされている。こんなはした金では、どこの宿でもすぐに追い出されてしまう。
なので、早急にお金を稼がないといけないのだけど…
この国、ハーシェリクは、周辺各国のどの国よりも豊かだ。それは、ハーシェリクが交易に力を入れているというだけでなく、王家が代々、定期的に全国的な公共事業を開き、各地を開発していることにも起因する。
そのおかげか、数世紀前から、土地に合わせた大規模農法が確立され、ただでさえ交易で栄えていたのに、食料の要としての地位も手に入れている。
そんな中、いつでも人手が足りない王都において、仕事が見つからないと嘆く者はいなかった。
ただし、特別な場合を除いて……
「冷やかしなら、帰ってください。ただでさえ忙しいのに」
そう告げられ、ドアが閉まる。これで4件目だ。
ただ、僕が無能っていうわけではない。そう、貴族の子息を働かせようなんて言う人物はどこにも居なかったのだ。
数日前ならもしかしたら貴族とバレずに雇ってくれる人も居たかもしれないが、リーネ姫との婚姻が正式なものになったため、王都中に知らせが配られ、城下町では僕の顔が知れ渡っていた。
ここまで来たら、いっそ王都の外で暮らしてみようか、と考えている最中だった。ある馬車が僕の脇で止まる。
「やあ、ウィル、こんなところで何をしているんだい?」
その華美な馬車の中から、さわやかな声がかけられる。
「これは、ベイル様!」
声の主の登場に合わせてお辞儀する。
「そんな大仰な挨拶はしなくてもいいよ。」
薄く透き通ったような、灰色の髪、そして何より特徴的なのが、彼の一族を表すその緑色の瞳をした彼、王子ベイル・ハーシェリー。彼とは僕の婚約が決まった時からの仲だけど、僕の相談に良く付き合ってくれてた、今では実の兄よりも兄として慕っている人物だ。
その美貌で数多の御令嬢を堕としている所為か、毎日のように女子を侍らせているそんな彼が、今は珍しく一人だ。
(…まさか……僕を連れ戻しに?)
僕たちの婚約が発表されてからというもの、王都はこれまでにないほどの繁栄を築いている。それは、物価だけでなく、学会方面でもだ。
娘の婚約がよほどうれしかったのか、王が各所に資金をつぎ込んでしまい、それが結果となって、最近では街のいたるところに灯がつけられるまでに至ったのだ。他にも辺境の村にも水洗式トイレが導入し始めたりして、とてつもない勢いで技術革新が行われている。
それもこれも、全部僕たちの結婚のおかげだと結び付ける者も出始めて、一部の村では僕たちの婚約記念日に祭りを催すところまで出てきたくらいだ。
……僕はもう後には引けないところまで来てしまったのだろうか。
「なにか考え込んでるところ悪いけど、多分君の考えていることはしないよ。少なくとも僕はね。」
「本当ですか!?」
「ああ、約束しよう。それに一部だったら君の手助けもできると思うよ。」
やった。地獄から救われたような気分だ。それなら僕らの婚約をどうにかしてくれるのかもしれない。それでこそ兄さんだ。僕はこれまで歩きっぱなしだったのもあって、より一層兄さんが好きになった。
僕がベイル兄さんの登場に感動していると、何やら後ろで物音がした。
「もちろん、そのための対価はもらうけどね。」
「へ?」
その時、僕は後頭部に強い衝撃を受けた。
(……ここは?)
どうやら僕は目隠しをされてベットの上に寝かされてるらしい。あの時何が起きたのだろうか。
(っつ…)
頭がキーンとする。
って、それよりもベイル兄さんだ。護衛の人がいたから何もなかったと思うけど、ベイル兄さんは大丈夫だろうか。
「どうやら目を覚ましたようだね。」
「ひゃっ!」
急に耳元で息を吹きかけられたので変な声が出てしまった。
「そ、その声は、ベイル兄さん!!」
「ようやく元の呼び方で読んでくれたね。」
なにやら先ほどベイル様と言ったことを根に持っていたらしい。
「って、今そんなこと言ってる場合ではないでしょう! ここがどこだかわかりますか?」
「ん? ここかい?」
「ひゃン」
またも、耳元でささやかれる。
「あの、…こんな時に言うのもなんですけど、もっと耳から離れて話してくださいませんか。」
「ん? 君はここが弱いのかい?」
「ヤっ」
「あの、ちょっと真面目に!」
「と言われてもねぇ」
「ひゃぁ!」
僕は確信した。こいつは確信犯だ。でも、僕としては、今すぐになんとしてでも止めてほしいが、今は事態が事態だ。それに、本当は彼も捕らわれていて、身動きが取れず、仕方なく耳元に息を吹きかけているのかもしれない。
「まあ、今は仕方ないとして流しますけど、王子はここのことなにかわかりますか?」
耳に当たる吐息が気持ち悪いけど、きっと王子もやりたくてやってるんじゃないんだ。今はそんなことよりも、王子をなんとかお守りしなければ。
「ん~、ここかい?」
「ひゃっ、そうです。僕今目隠しされていて、何も見えないんです。」
「それはこれのことかい?」
「あっ、王子も目隠しされているんですね? それなら仕方ないですね。」
(あぁ~なんだ。王子も周囲が分からないから、下手に動くわけにもいかず、そのためにさっきから僕の耳元でささやいていたのか。)
「ところで、君は寒くないかい?」
「そ、そういえば、何となく肌寒い感じがしますね。」
言われたらなんだかそんな気がしてきたような…
「なら、温めないとね。」
「へ?」
突然、ベイル兄さんが僕に絡みついてきた。いや、そこまでなら緊急時だからわかる気はするけど…
「べ、ベイル兄さん、なんか力強くない? それに、なんだか硬いものが当たっているような…」
「フフ、仕方ないだろ、緊急時なんだから。」
「そ、そうですね。寒いから生理現象としてですよね。」
(し、仕方ないのかなぁ?)
でも、確かに緊急時であるのは変わりないし、この後に何時間も放置されるようなら寒さで凍えてしまうかもしれないことを考えると、お互いの身体で温め合うのは合理的なのかもしれない。一部分がすごく気になるけど…
「ずっとこのままでもいいかもしれないな。」
「へ? ベイル兄さん、今なんて……ちょ、力強い。」
ヤバい、なぜだかわからないけど、今のベイル兄さんといるとまずい気がする。
「あ、あの、ベイル兄さん。緊急時なのはわかるんですけど、そろそろ離してもらえませんか…? ちょっと、どこ触ってるんですか、ベイル兄さん!」
「どこって、言わせる気かよ……」
「なに乙女っぽく言ってるんですか! そもそも、今の状況だけでもまずいのに、何やってるんですか!?」
貴族であれば習っているであろうことであるのに、まして、王族であるベイル兄さんが知らないはずがないのに。
「何言ってるんだい? ここは俺の部屋だぜ。」
「へ?」
「もうそろそろいいか……」
そういって、ベイル兄さんは僕に巻かれている布を取る。そして、兄さんのおかげで視覚が戻った僕が最初に目にしたのは、全裸で僕に抱き着いている兄さんの姿だった。
「ちょっと! 本当に何やってるんですか!?」
「何って、ウィルと体をくっつけてるんだよ」
「だから! 何で全裸なんですか!」
「その方が、萌えるだろ」
( 駄目だ。なんだかとてつもない状況に陥っている気がする。これ以上ここにいたらまずい! )
「離れてください王子!」
「ぐへっ」
僕は、僕の無垢な唇に自分の唇を重ねようとしてきた兄さんを殴って、力強い抱擁から抜け出した。
「何をするんだい!」
「何をするんだいじゃないでしょう! それに何なんですかこの部屋は! 悪趣味にもほどがあるでしょう!」
兄さんの顔が遠ざかったことで、周囲を見渡すことができるようになった僕は、驚愕した。今、僕が捕らわれているこの部屋が真っピンクだったのだ。
「やだ、ウィルったら、私の趣味が気にいらないの?」
いや、そもそもすでに気に入るとかの次元を通り越して、兄さんのすべてを疑っているんだけど。
いつもはこんなねちっこい話し方していなかったのに、どうしてしまったのだろうか。
今の兄さんからは、なんだかいい香りがするし、変な香水でもつけたのか?
「というか、なんでこんな状況になってるんですか! 僕を助けてくれるんじゃなかったんですか!?」
僕の素朴な疑問に対して、フッと兄さんが不敵に笑いかけてくる。
「ウィル、何事にも対価が必要なんだよ。それにほら、君はリーネとの結婚を嫌がっていただろう? それを僕は解消させてあげようとしているんだ。例えばそう、君のお尻をもらい受けたりしてね」
( ひっ…… )
「に、兄さん、少し待ってください。そもそも兄さんはたくさんの御令嬢と遊んでいるじゃないですか。」
( …ま、まさか…… )
「フフッ、彼女たちは僕のお茶友さ」
なんだってぇ! この国で、お茶友といえば、幅広い年齢層の香ばしい香りのしそうな御令嬢たちが参加しているという集団じゃないか!
「じゃ、じゃあ、あのとき」
「そうさ、私はお前をさらうために探していたのだ。」
う、嘘だ! いつも嫌なことがあった時、静かに僕の話を聞いてくれて、慰めてくれた兄さんがお茶友だなんて!
驚愕の事実に、身体が拒否反応を示して、全身の鳥肌が立つ。
( …あ、あれ? なんだか体にちからが…… )
それと時を同じくして、だんだん足に力が入らなくなってくる。
「おっと、ようやく薬が効いてきたみたいだね。」
壁にもたれかかった僕を見て、獲物を見つめている虎のような眼をした兄さんが言う。あの眼は、王都で絶賛発売されていた薄い本を買い求めるときの香ばしいお姉さん方たちと同じ眼だ。
「さて、じゃあそろそろこっちに来ないかい?」
「あ、うん…兄さん……」
( はっ、危ない! )
いけない。兄さんに盛られた薬の所為で、なぜだか兄さんから匂ってくる香りに引き付けられてベットに行ってしまうところだった。
「フフッ、困惑しているようだね。まあ、それも無理はない。なにせ、王都一の科学者に作らせた特別性だからね。」
王都の発展はこんなところまで浸透しているのか!? やっぱり王都はすごいなぁ。
( って感心している場合じゃない! )
このままでは僕の穢れなき素肌が汚されてしまう! しかし、そう思っても体は言うことを聞いてくれず、僕にとってどんどんまずい状況になっていく。
「この匂いに引き付けられるのだろう? ほら、」
そんなことを言って、兄さんがベットの上で大の字になる。
( っく、なんて香りだ。このままじゃ、本当にあのピンク色のベットの上に行ってしまいそうだ。 )
「ホラホラ、何してるんだい? そろそろ立っているのもつらいだろう。このベットで一緒に休もうじゃないか。」
確かに魅了的な案だ。いや、違う、そうじゃないだろ僕!
「僕は、こんなの兄さんだなんて認めない!」
本当にこのままでは僕の清らかな体がまずいことになってしまうと思い、僕は大の字になった兄さんの待ち受ける部屋から飛び出した。
いやぁ、難しいですね