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本当の絶望

作者: エドモン

昼間から酒を飲む男がいた。

彼には前妻との間で作った一人の清い年ごろの娘と再婚相手、そして再婚相手の小さな子がいた。

彼は不器用だったが、生真面目で幼いころから目指していた公務員の仕事を己のできる限り務めてきた。

しかし、不況となった今、国の公務員減員の政策で無職となってしまった。

そこから彼の人生は激変した。

いや、彼だけではなく、彼の家族の。


なぁ、あんた。

初めて見ますね、あなたの顔は。

いえいえ、あなたのことを嫌に探ろうとしているわけではないんですよ。

唯、そう唯あなたのような人と喋ってみたいと思いましてね。

ねぇ、あんたは借金をしたことがありますかい?

いやいや、子供の貸し借りのような小さいものではなく、大人の本気の、絶望的な借金というものを。

身なりのいい、あなたのような方はしたことがないかもしれませんが、それならそれで是非聞いていってくださいな。

私にはね。良い娘、ええ、本当に良い娘と2人目の妻、そしてその妻の幼い子供が一人いるんですよ。

その大切な家族を私は公務員ということもあったんで、ある程度幸せにできると考えておりました。

幸せだろうとも。

ですけどね。

ですけど、今世の中が不況になってきたでしょう?

私もそれを感じてはいました。

しかし、それはあくまで私以外に及んでいるものだと勘違いしていたのですよ。

公務員だから大丈夫と。

しかし、国は私を捨てました。

いえ、はっきりというのならば、政府の高官たちは自分たちの生活の質を落としたくなくて、そのために公務員の端を切ったというだけなのでしょうね。

それがたまたま私であったというだけで。


話がそれましたね。

戻しましょうか。

返すことのできない程の大量の借金。

家にあるものをどんどん売り払って過ごす生活。

家にあったはずのものが、思い出とともに金に変わっていく日々。

そして、職を失った私に対する人々の嫌な視線。

もうね、段々と自分が社会から、人間界からつまはじきにされるのがよくわかりますよ。

あ、酒が切れちまいましたね。

おじさん!こっちにビールをもう一つ!

ん?どうしてそんな金に余裕がない私がお酒を飲んでいるのかですって?

ハハハハハっ!

いやいや、すいません、突然大きな声で笑ってしまって。

私がお酒を飲む理由ですか。

私がお酒を飲むのはですね、もっと苦しみたいからなんですよ。

何を言っているか分かりますか?

私はね、お酒の中に苦痛と絶望を探しているんですよ。

もっと深く・・・もっと光の見えない暗闇をね。


おっと、すいません。最近どうしてか、たまに悲しくはないのに、悲しくはないはずなのに涙がなぜか出てきましてね。

肝心な時に出てきやせんのに。

原因を調べようにも、お医者さんに行く金もありませんのでね、放置しとるんですよ、ハハハッ。

ねぇ、先ほどあなたさんに私の家族のことを話しましたね。

今、こんな私の家族がどう暮らしているのかお聞かせいたしますよ。

まず子供のことから言いましょうか。

私の娘、ええ、とても清く、良い娘です。

前妻の子供で、早くに妻を亡くしながらも、大切に育ててきました。

今の妻が来ても健気に明るくとは言いませんが、落ち着いた、私にはもったいない大変よく出来た娘でした。

名前を祈那と書いて、レナ、といいましてね。

たくさん神に祈るような敬虔で清い娘であってほしいと名をつけました。

親バカながらも、この子は将来とても美しい娘になると、そして実際にとても綺麗な娘になりました。

気立てもよいので、それはそれは異性からもてたのでしょう。

私に取り入るように言ってくる男もいました。

そんな娘がですね・・・・。

いや、すいません。涙が止まりませんで。

放っておいてくださいな。

そんな娘にある日、妻が言ったのです。


働かずに食う飯はうまいかい?

いい年してこんなに怠惰で高慢な娘は初めて見たよ。


いや、別にそんな言うほど怠惰で高慢な素振りなんてこれっぽっちも見せてはいませんでしたが。

妻の病による苦しみと貧しい暮らし、泣き叫ぶ幼子によるストレスがそう言わせたんでしょうね。

そしてとうとう妻は、言ってしまった。言ってしまったんですよ。


しっかりと食べて、随分と身体を大切にしているんだねぇ。

それを使って、社会と家族の暮らしを楽にできないものかね。

愚図で最低な娘でもそれぐらいはできてもおかしくはないのだけれど。


私はねぇ。私は、それを横で寝ながら聞いておったんです。背を向けながら。

いつも通り。

いつも通りにね!

フフフッ。

失礼。今でも思い出すと笑ってしまうんです。

その時の私の姿を想像するとね。


私の妻を酷く思いますか?

いえ、いえ!

決して妻は悪い女ではありませんで。

彼女もまたよく出来た女性でした。

実に優秀で、気配りのできる女でした。

前妻の娘である祈那に対しても優しく、気にかけてくれていました。

しかしですよ、先ほども言いましたが、彼女がそんな酷いことを口にしてしまったのは、彼女の周囲の環境が、ストレスが彼女にそうさせてしまったのです。

そうでなきゃ、どうしてまともな頭でそんな惨いことを言えるんです?

いや、ストレスが彼女をおかしくさせたのですよ。

本来の彼女はそんな女ではないのですから。


娘はね。

その言葉を聞いて、黙って家を出ていきました。

そりゃそうですよね。売春を勧める母と共に暮らせる娘などおりやしません。

家を出て行ってもう戻って来ないんじゃないかと、私は横たわりながら心配しておりました。

ですがね!ですが、誇らしいことに彼女は戻ってきたのですよ。

三日間は暮らせるだろうお金をもって。

それまで大体3時間ほどでした。

3時間で三日間暮らせるお金を手に入れるなど、これは凄いことですよ。

いや、本当にお気になさらず。

きっとお酒が入った分の水分が、目から出てきているだけなのですよ。

そんなことより、続きを聞いてください。

そして娘はソファで横になり、毛布をすっぽりかぶって、震えながら泣き続けました。

妻はそんな娘にひざまずいて、汚れた足の裏に口づけをしたのです。

何度も、両足に。

何も言わず、涙を流しながら、何度も。


ねえ、あなたさまはこれを聞いてどう思います?

これが誠実に、不器用ながらも頑張って生きてきて、職を失って借金してまで保った生活ですよ。

これが人生!これがこの世界!

ああ、なんて神は残酷なのか。

神は人間を嫌っておられる。

神が愛するといってこれを見ているのなら、これまた人でなし、いえ、神様失格というところでしょう。

愛しているのであれば、どうしてこんなことを許すのです?

可哀そうな祈那。

私の大切なレナ。

あの娘は今、家の外で一人部屋を間借りして暮らしているのですよ。

私たちに、仕事による世間の悪い目がかからないように。

私たちの迷惑にならないように。

あの子に何の罪がありましょうか。

あの子がどんな悪いことをしたというのです?

仕事に就けない私ができるのは、夜、薄く明かりのついた彼女の部屋を遠くから見ることしかないのです。


フフフッ。

ブタです。豚ですよ、私は。

ええ!

私は豚です!

あなた様も、そう思うでしょう?

ブヒブヒ言いながら、世の中をうろつき、糞便をする卑しく汚い豚ですよ。

唯誰かが用意したご飯を食べて生きているどころか、こうやって人様に迷惑をかけているのですから。

だから、こうやってより深い苦痛と絶望を探しているのです。

お酒が私にそれらをもたらしてくれることを信じて。

私からお酒を取り上げますか?

どうぞ、そのようにしたいのならば、そうすればよろしい。

人であるあなたさまにはその権利がありましょうとも!

以前、私からお酒どころか、店から追い出した者もおりました。

しかしですね、私はここに戻ってきますよ。

もしくは、この店じゃなくても。

お酒を飲める場所が悪い、私のようなものを受け入れる所が悪いとおっしゃりますか?

いえいえ、どうか私のことで他のことを悪く言いませんで。

彼らは彼らの務めを果たしているだけなのですよ。

それに彼らは必要なことをしているのです。

私をぶって気が済むのならそうすればよろしいでしょう。

私はそれをされるようなことをしてきたのですから。

しかし、彼らは私によくしてくれただけで、決して私に罪を働いたわけではないのです。

ねぇ、あなたはどうしてそんなお怒りになっていらっしゃるのです?

この豚めがまた人様に迷惑をかけてしまったのでしょうか。

それなら、気のすむように私をなさってください。

私が死ねば、その分家族の負担も減りますでしょうから。

どうか、お気になさらず。

全て、お金の稼げない私めが悪いのです。

どうせお酒がなくなり、次の日が来ても、私は酒を求めて出てきます。

それだけのものですから、私がいなくなったとしても大して迷惑にはならんでしょう。

お酒処の収入が少し減るだけ。

本当にいてもいなくても変わらない、そんなものですから。


あら、私を殴らないのですか?

私の首を絞めなくてよいのですか?

ねぇ、立ち去ってしまいもう会うことのないあなたに一つだけ質問をしてもいいですか?

そんな難しい質問ではありませんよ。それにこたえてくださらなくても結構です。

これを無視して出て行ってもいいです。

豚が鳴いているだけですから。

それでは失礼をして。

ねぇ、あなた様は本当の絶望を目にしたとき、生きていられると思いますか?

今まで自殺したものは数多くおります。

それはこの昨今どんどん増えていることでしょう。

彼らはどんなものを見たのでしょう。

彼らは死んだとき、その苦しみから解放されたのでしょうか。

私はね。

私は、きっと彼らが死ぬに足る絶望を、私が死ぬに足る絶望をまだ知らないのですよ。

どうしたら死ねるのですか。

どれだけ苦しめば死ねるようになるのです?

家族が死ねば、私も死ぬことができるようになるでしょうか。

いえ、私が家族を殺したりなどは致しませんよ。

私のようなものが娘のような清い娘やよく出来た妻を殺してはいけませんでしょうから。

彼女たちは幸せになるべき人種ですから。


あぁ、ちょっと疲れました。

話を聞いてくださってありがとうございました。

少し、楽になったのかもしれません。

しかし、これでまた少し生きられるとしても、この苦しみが更に続くと考えれば、より深い絶望に至れるのかもしれません。

ありがとうございました。

それでは、これにて失礼いたします。

え?このお金を奥さんと娘さんに、ですか?

分かりました。

確かに渡しておきます。

今からちょうど教会に行こうかと思っていたところですから。


罪と罰に感化されて作った作品になります。

原作であるヨーロッパの風味が幾らか残っているかもしれませんが、楽しめのであれば幸いです。

いえ、唯の原作の一部の改悪かもしれませんね。

未熟な人間が関わるといつもこうなる。

私の作品というのは作者のいわば精神的な自慰行為に当たると思い、ご容赦ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに、娘の名前だとか、嫁が娘の足にキスするとかがバタ臭いですね。 『罪と罰』は斧を持った若者がババアを殺しに行く話だったと記憶していますが?
2019/08/11 10:43 退会済み
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