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或る夏。或る曲と。

作者: Fujinojukai

或る暑い夏、僕はギターを持って京都へ向かった。

六歳の頃からやっているギターをおばあちゃんおじいちゃんに聴いてもらうために公民会を借り、弾き語りをするという事だ。その催しは明日だが、観光も兼ねて、前乗りしたのだ。明日は土曜日なので昼頃にはお母さんも来る。

もちろんだがその公民館がある小さな町にはおばあちゃんとおじいちゃんが住んでいる。

けど生まれて二回ほどしかおじいちゃんとおばちゃんとはあったことが無く、少し緊張している。

ブーーーー。電車が参ります。黄色い線の内側におさがりください

ピシャー。扉が開く。京都に到着だ。


「暑いけど、なんか思ってたより大丈夫だ

な。」


小言をこぼしながら

どこか懐かしい香りと不思議な感覚に揉まれながら、出口を探し僕は歩いた。

行き交う人は、やはり京都だ。外国人が多いような気がする。それもアジア系の人が多い。


「このホームを出て右だな。よしこのまままっすぐだ。」


お母さんからもらったメモで僕は順調におばあちゃんとおじいちゃんの家を目指すことができた。

お母さんはシンガーだった。このギターはその母からもらったものだ。とても優しい音がする。1弦から6弦どのポジションで弾いても均一な音がする。ギターに詳しかった父が調整したのだ。父は海外に単身赴任中でなかなか会えないがとても面白くて僕の人生において大好きな人の1人だ。もちろんお母さんもその1人。


「おっ。この家だ。」

庭の掃除をしていたおばあちゃんと目があった。

「おかえり〜」と言いながら

バタバタと家の中に入っていくおばあちゃんが見える。

僕はふ〜と息をつき、家の中に入っていった。

「ただいま。」

少し小さな声で僕は言った。奥からお母さんによく似たおばあちゃんが出てきた。

「よう帰ったね〜。疲れたやろ。冷たいお茶淹れたろな」

その風貌と声に僕の緊張は一瞬にして消え去った。


すぐ夕飯を用意してくれて、おばあちゃんとご飯を食べた。

「おじいちゃんは?」

「今入院してやんねん。明日のも来れへんらしいわ〜。」

「そっかぁ」

とても残念だった。


それからは明日やる曲を少しだけ聴かせてあげたり、大きなお風呂に入ったり、本当に楽しかった。そしてまた今度は明日の緊張に襲われ、なかなか眠れなかった。少し不思議なこともあった。それは夜3時を過ぎた頃だ、

僕が寝ている部屋のとなりからがさがさと聞こえそれが聞こえたと思ったらすぐに僕は気絶するように眠りにつくことができたのだ。

緊張で眠れないものだからほんとうにありがたかった。

そして朝になりスッと目が覚めた。時計の針は11時を指していた。弾き語り会は13:00からなのでまだまだ余裕だ。

「よく眠れた。ん?ちょっと寒いな。上着あったかな。」

京都の朝は少し寒いのかと思った。僕は下に降りていきおばあちゃんを探した。


「おばあちゃーん!おばあちゃーん!」


家の隅々まで探したがどこにもいる様子はなかった。仕方ないのでテレビをつけて時間になるまで過ごそうと思った。


「たしかこの時間ならあれやってるな。今週で最終回だったはず...何チャンネルだっけ。」


どこの局に回してもその番組はやっていない。


「京都だからかぁ〜。くそ〜みたかったなあ。」


僕は他の番組を見ないでテレビを消し、当然暇なので、ギターの練習を始めた。


「Em7... Bm7 Em...」

「やっぱりこの曲が1番好きだ。歌詞メロディ進行すべてが完璧だ」


もう何十年も音楽をやっているような口ぶりで僕は呟いた。それっぽい雰囲気をだすのはシンガーにとって大事だと以前母も言っていた。僕は間違っていない。この曲は母がよく歌ってくれた。糸という曲だ。


そんなこんなで、もう公民館に行く時間になった。緊張からか不思議とお腹は空いていなかった。


外に出るとやっぱり少し寒い。


「半袖じゃ寒いな。まぁ公民館まですぐだ。我慢しよう。」


公民館の前に着くと、入院しているはずの祖父が受付をしていた。お気に入りのタバコを吸いながら。


「おじい...」と言いかけたが、誰かが受付にやってきたので、声はかけなかった。


「おじいちゃんが受付やってくれるんだ。本番は1番前で聞いてほしいな。」

「どこから入るんだ。これ。」


公民館の裏に回ると、『本日はよろしくお願いします』という看板があった。


「おっ。ここかぁ〜。入っていいのかな。」


すこし躊躇したが僕は入った。中には何人かの中年くらいの人たちがいた。


「こんにちは。今日はよろしくお願いします。」


中年の人たちはおしゃべりに夢中でぼくに気づいていない。緊張からかまたすこし声が小さかったのかもしれない。


『こちらへお進みください』という看板が僕が行くステージまで案内してくれた。


そして幕が降りているステージ裏まで辿りつき、ステージの奥で待機した。


自慢じゃないが、この公民館は結構大きい。


「ちょっとボロいけど初舞台にしては上出来だ。」

僕は緊張をほぐしたいためにすこし呟いた。


幕の向こうがザワザワしてきた。

「結構人も来てくれてるんだな」


ステージには椅子がぽつんと一つ置いてあった。おそらくここに座り弾き語りをするんだろう。


向こう側にスタッフが見えた。


「おっ。スタッフさんかな?今日の流れを聞こ....えっ?」




その奥に母が居た。

なぜ?お母さんがステージに?


「お母さーん!」


僕は母が見えた瞬間叫ぶように声が出た。

2日ぶりに母に会えたのだから。

しかし母は無反応のままスタッフさんと何か話している。

僕は母に近づき、呼びかけるがなんの反応もない。

涙が溢れそうだった。なぜ母は僕を無視するのか。どうか無視であってほしい。と心の中で思ったがそうではないらしい。


僕が見えていないようなのだ。


「僕、死んだんだ」


そこで何故か僕は冷静になった。

そして、今までのことを振り返っていた。


「おそらく僕が死んだのはあの夏のあの日3時だ。おじいちゃんは入院していたから家にはいなかったけど、もしかしたらおばあちゃんも....」

嫌な想像は大幅に外れることは今までの人生であまりなかった。


気温がすこし寒いのはどうも僕が死んでから数ヶ月経ち冬にはいる前あたりなんだと思った。

僕がいたステージの奥側の裏口でスタッフさんが話しているのが聞こえた。


「かわいそうな事件だったね。10歳の子供とおばあさんが殺されるなんてね。」

「ほんとよ。でもこうして、お母さんがステージに立って、子供のために演奏するなんていい話じゃない。」

「まぁね。ところでさ昨日のあれみたー?」

「あぁーみたみたー!」


人間は他人のことなんて、話のネタになればなんでもいいのだ。このおばさんスタッフ二人組に少しムカついた。

しかしこの会話からすべてを理解した。

不思議と涙は出なかった。こういう時意外と人間は冷静だ。もう僕は人間ではないが。


そこそこの拍手と共に幕が上がった。

いつのまにか母は椅子に座りギターを構えている。


僕は三角座りでステージの隅っこから見た。


「今日は集まってくださりありがとうございます。息子そして母のために何曲か歌わせてください。」


母が言い終えたあとの余韻はとても大きな拍手に変わった。


最初の何曲かは小さい頃から母がよく歌ってくれた歌だった。

やはり母は歌が上手い。すこし涙が滲んできた。

客席を見ると、前の何列かはみたことのある親戚が何人かいる。全員号泣だ。

他はこの町の人たちなのだろう。そこそこの人数が居た。


「最後の曲です。息子が1番好きだと言っていた。糸という曲を」


母は強い。涙を一滴も流さず、ここまで歌いきった。


この人数では考えられないような大きな拍手が公民館に響く。


そして

糸の最初のコードが響く


客席は満点の星空の下で歌う歌姫を見るような目で母を見ている。母には人を惹きつける何かがある。「そんな目でお母さんを見るなもう50だぞ。」


Aメロが終わりBメロが終わりサビが近づく、

僕はその時点で皮肉は言えず泣いていた。おそらく泣いていたんだ思う。


どんどん曲は進み最後のサビだ。


なにかこの曲を聴き終わるともうずっと僕は死んでいるにしても母やみんなに会えないような気がした。

やっぱり悲しい。僕は10歳だ。悲しいに決まっている。


最後のサビで母は泣いてしまった。コードだけが響く。


僕はその瞬間にはもう歌っていた。母のコードに合わせるように。


泣きながらだが母も歌い出した。サビが終わるまでの何秒間かは、生きているときのことが走馬灯のように見えた。


そして曲が終わると僕の思い過しなのかもしれないが母が僕の方をみて笑ったような気がした。

その瞬間僕は昨日の不思議な感覚に襲われ、気絶するように意識が遠のいていった。


「今日はどうもありがとうございました。

息子も演奏を見てくれているような気がして。本当にありがとうございました。」



ーーーあとがきーーー


読んでいただきありがとうございました。

拙い文章ですが雰囲気を感じ取って頂けると幸いです。

最後また不思議な感覚に襲われたのは、所謂成仏ができたのか、はたまた、夢オチなのか、そこは読者のみなさんの解釈にお任せします。


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