第1章 赤雷との邂逅
いつになったら塔に登るのか・・・
では、宜しくお願い致します。
俺はルンルン気分で家に帰っている。今なら鼻歌を歌いながらスキップしてしまうくらい機嫌がいい。頰が緩んでいるので端から見れば気持ち悪い男子高校生だろう。現にすれ違った子供連れの主婦に怪訝な顔をされた。普段なら多少落ち込むところだ今は全く気にならない。その理由はーーー
『おい、マスター。俺が言うのもあれだが・・・ちょっと気持ち悪いぞ?どうした?』
「えぇ?それは決まってるだろう。お前と契約できたんだぞ?それが嬉しくないわけないだろう?」
まさか世界トップランカー数名しか所有していないと謂れている【黒金】級を呼び出すだけでなく、【心刻契約】まで結べるとは予想の遥か上をいく結果だ。
『でもよ、マスターも大概どうかしているぜ?今日呼び出したばかりの【コントラクター】と【心刻契約】結ぶか、普通?下手すら人生終わるぜ?』
「それを言ったらお前もだよ、メドラウト。呼び出されたばかりのマスターといきなり【心刻契約】結ぶか?下手したら人生終わるぞ?」
『ハッ、違いねぇ。大概者同士、仲良くしようぜ』
ちなみにメドラウトの声は俺以外に聴こえていない。だからこれも端からしたら俺一人で話しているように見えるので完全に変人扱いだ。ちなみにこれは念話と言って、【心刻契約】を結んでできるメリットだったりするのだが、これは彼女に教えてもらった。まさか自分のCCと常に会話ができるとは嬉しい限りだ。こうして会話を重ねているうちに彼女とも随分と打ち解けることができた。
「さて、思いの外遅くなったから早く帰るか。あっそうだ!今日もCCCの世界大会やるから一生に観ないか?今日は準々決勝だから多分面白いぞ!」
『おっ!星の記憶から観てたぜ!かなり面白そうだよな!コーラとポテチ食いながら一緒に観ようぜ!帰りに買って帰ろうぜ!なっ、いいだろうマスター!』
「いや、お前どこでそんな知識を身につけたんだよ・・・つか買ってもいいけどお前は食べられないだろう?どうするんだ?」
『・・・おい。今から【塔街】に行くぞ。そこにあるホテルなら俺も現界できる。そしたら飲み食いできるよな?』
突然ぶつぶつと言い出した彼女を無視して俺は帰路に着いた。コーラとポテチは買ってない。だって一人で飲んだり食べたりしようものなら多分俺は殺される。声に殺気が籠っているんだもん。
俺の家は先ほどの事務所から駅の方に戻る形になる。歩いて帰ると十五分程かかるのでバスに乗ってもよかったが、件の念話のこともあったので徒歩を選んだのだ。
「ただいまーって言っても誰もいないんだけどな」
『なんだよマスター。お前一人暮らしか?』
「ここは祖父母のマンションでそこに住まわせてもらっていたんだけど、俺の親はもういないんだ。それで、そのまま祖父母に引き取られて高校生になったのを機に一人で暮らすことにしたんだ。まぁすぐ上に行けば二人いるからなんちゃって一人暮らしだけどな」
鞄を自室のベッドに放り投げ、居間のテレビを付けた。時刻はすにでゴールデンタイムを少し過ぎたところ。タイミングが良かった。大会の中継が始まったところだ。俺は手早く冷蔵庫から昨日の残り物を取り出してレンジにかける。
『なぁなぁ!もしかしてテレビに着いているあれがさっき話してたCCCってやつか!?おいおいマスターと同じ日本人だぞ!相手は・・・誰だ?強いのか?』
「ん?あぁその人はアメリカ人のエヴァンス・カンバーダウト。【マスター】として世界ランク一位。さらに【探求者】としても【ワシントン中央塔】の50thに到達している若き天才。頂点に一番近いと言われている超有名人だよ」
『ほぉーそいつはすげぇな。なら現王様の実力を高みから観させていただくしようか』
うん、顔は見えないけどものすごく悪い顔をしているのが眼に浮かぶ。さらに犬歯を剥き出しにしてさぞ好戦的な笑みを浮かべてテレビにかじりついてこの試合を観ているのだろう。知らんけど。
俺は白飯と昨日作って温め直した麻婆豆腐、インスタントの中華スープを持って卓についた。画面の向こうではまもなく試合が始まろうとしていた。
『さぁぁああ!まもなく準々決勝が始まろうとしております!やはり注目は優勝候補筆答の世界ランク一位、エヴァンス選手でしょう!【探求者】としてもあの【ワシントン中央塔】を五十階層を踏破しており、最も塔攻略に近いと謂れております!ここまで圧倒的な戦力で勝ち上がってきました!対するは日本人として初めて準決勝まで進んで来ました毛利選手です!世界ランクは九位ながらエースCC【翼竜ワイバーン】の特性をいかんなく発揮して勝ち残ってきました!このジャイアントキリングを果たして準決勝に駒を進めることができるのか!?非常に楽しみです!』
日本のテレビ局もこの一戦には熱を入れていた。それもそうだろ、なにせ日本人が世界の八人に残っているのだ。しかもその相手は世界で一番強い男と来れば盛り上がるのは必然だ。
『なぁマスター。これは勝負になるのか?』
「ん?それはどういう意味だ?確かにエヴァンス選手は世界一位だけど毛利選手だって強いぞ?簡単に負けるたんてことは・・・」
『いや、残念だがこの勝負は一瞬だ。相性もそうだがまずもって格が違いすぎる。こいつは・・・俺と同格だ』
メドラウトの声が鋭くなる。彼女等同格ということは、まさかエヴァンス選手がこれから召喚するカードのランクはーーー
『リリース!!』
現れたのはこの大会で幾人ものマスター達を退けてきた【金】級、【翼竜ワイバーン】。ドラゴン系のCCは希少であり能力も総じて高い。毛利選手の持つ正しく最強の相棒である。それに対するエヴァンス選手の相棒はーーー
『ようやく俺の出番か、我がマスター。待ちくたびれたぞ』
白髪長身の偉丈夫。服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体。壮麗な顔つきは貴女を惹きつけて止まないが、その瞳はそんな生やしいものではなく、それは間違いなく修羅に落ちた狂戦士の瞳だ。その手に持つは背丈ほどもある黒銀の大剣。
『ま、ま、まぁーーーーあぁあああさぁあああかぁあぁぁぁあ!!!【黒金】級だぁあああぁぁあっぁ!!エヴァンス選手、ここで最強の切り札を切ってましたぁあ!!』
『Mr. Mohri ,Let me be respectful to you and fight with my strongest buddy.
(毛利さん、貴方に敬意を評して私の最強の相棒でお相手しましょう)』
『おいおいおい・・・聞いてないぞ。【黒金】だと!?しかもその【コントラクター】はかの有名な竜殺し!?』
『Exactly.(その通り)
He is the main hero of evil dragon killing.(彼こそは悪竜殺しの大英雄)
The name is Siegfried.(その名も、ジークフリート)
Well, let's start the war!(さぁ、開戦と行きましょう!)』
「なるほど・・・これは確かに、格が違うな。まさか【黒金】が出てくるとは・・・しかもジークフリートって。天敵じゃねぇか」
『ほらな?言った通りだろ?しかもあの様子じゃな間違いなく【心刻契約】を結んでいやがるぜ。気の毒なこった。ほれ見ろ、一撃で瞬殺だ。可哀想に・・・』
画面の向こうでは毛利選手の召喚したワイバーンが一刀の下に斬り伏せられていた。実況も解説も観客も、毛利選手ですらその圧倒的な力の前に言葉を失っていた。茫然自失とはこのことを言うのだろう。かく言う俺も、メドラウトがいるから平静を保てているが、居なかったら困惑と興奮で言葉を失っていただろう。
エヴァンス選手が退場してようやく、現地会場は興奮の坩堝と化した。圧倒的な力の前に為すすべなく屈した毛利選手だがその顔は結果に反して明るかった。おそらく負けた悔しさよりも初めて見た力に感動しているのだろう。笑いながら退場して行った。
「それで、メドラウト。お前はあの大英雄に勝てるのか?」
俺は山椒を効かせた麻婆豆腐を口にしながら相棒に尋ねた。思いの外早かった決着に準々決勝第二試合まで時間が出来てしまい、テレビではエヴァンス選手のCCについて論議されていた。
『フン!あれだけじゃなんとも言えねぇが、俺は騎士王だぜ?戦る前から負ける気はさらさらねぇよ。必ずや我が剣のサビにしてやるよ』
「ホント、今日会ったばかりだけど頼もしいよ、お前は」
『ヘヘヘッ。応ともよ!俺が優秀なところを早くマスター魅せたいぜ!なんなら今からでも塔に行ってもいいんだぜ?』
土曜日が待ちどしい限りである。俺はテレビを眺めながら白米を掻き込んだ。試合はようやく第二試合が始まろうとしていたが、この先は消化試合にしかならないだろうな。
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