第1章 赤雷との邂逅
やっとこさここまで来たけどヒロインはいずこ・・・
では、宜しくお願い致します。
ようやく迎えた放課後。俺は早々に学校を後にした。宮西や羽場には申し訳なかったが週末ともなるといつ行ってもあそこは混雑する。その点平日の夕方ならそこまで人はいなだろうし、登録だけなら購入と合わせてもさほど時間はかからないだろう。夕飯の19までには帰れるはずだ。
学校から電車を乗り継いでも家のある最寄り駅まで30分かからないのは非常にありがたい。運が向いているのか駅に着くとタイミングよくバスが来ていた。それに乗って20分程揺られて目的地に到着した。そこは真新しい四階建ての建物。礎石がなければ貸しオフィスにも見えるが立派な公的機関だ。
JLEO葛飾支部。ここが俺の目的地であり、目標の、夢の始まりの場所である。
「番号札51番の方―大変お待たせいたしましたーこちらにどうぞー!」
結論から言えば俺の目論見は甘かった。受付に行って番号札をもらうまでは良かったがまさか一時間も待たされることになるとは。考えることは皆同じというわけか。
「お待たせいたしました。ようこそいらっしゃいました。本日の御用件をお伺いいたします」
「あっ、はい。【探求者】登録に来ました」
「かしこまりました。【探求者】の新規登録申請ですね?それでは、未成年の方は学生証でも構いませんので身分証、ご両親の捺印の入った許可証のご提示をお願い致します」
「はい。こちらでよろしいですか?」
「ありがとうございます。確認いたしますーーーはい、確認致しました。不備はありませんでした。それでは次はCCの購入ですね。今担当者をお呼びいたしますね」
あらかじめ用意していた書類を確認してもらい、メインイベントに移るわけだが初めてにして今後の【探求者】としての活躍を左右すると行っても過言ではないカード購入にはこう行った窓口担当でなく、元プロが担当することになっていた。
「お待たせ致しました。担当が空きましたので地下一階のA室にお入りください。そちらで詳しいお話がありますので」
「はい、ありがとうございます」
葛飾支部に限らず、カードの売買は地下の個室で行われる。それは新規登録者であっても例外ではない。誰がどのようなカードを持っているか、それは個人情報であり外部に知れたら犯罪に繋がりかねないからだ。などと考えながら階段を降りてすぐ、指定された部屋の前に着いた。一度深呼吸して扉を開いて中に入る。
「お待ちしていました、ささ、お席におかけください」
そこは個室BARのようなーーー実際に行ったことはないがーーー広さがあり、カウンターに席が一つ。その中にはまだ若い女性が一人。彼女が担当してくれる元【探求者】か。
「今回担当させていただきます小石川祭と申します。もし貴方がよければ今後とも担当することもできますでの、お気軽におっしゃってくださいね」
「は、はい。降谷一海と言います。宜しくお願い致します」
「フフ、年齢にそぐわない丁寧さですね。それでは早速話を進めていきましょうか」
その後小石川さんよりカード購入について簡単な説明があった。その途中で思い出したのだが、この人元日本トップクラスの【探求者】だ。【東京中央塔】を若干二十歳の若さで三十階まで登って時の人になった。だけど三年前に突如、
『普通の生活に戻りまーす』
とか言って引退宣言をかましたのだ。その時の衝撃は日本を揺るがした。当然だ。トップランカーが一人いなくなるのだから。お役人を始め、時の政府首相さえも思い直して欲しいと懇願したとの噂があったがついに彼女は首を縦に振らなかった。それがまさかこんな下町の支部で働いているとは。
「―――以上がカード購入の説明となりますが・・・降谷さん、聴いていましたか?」
「っえ?はい、大丈夫です。それより、小石川さんって、あの小石川さんですよね?元日本最強と言われた【白金】級CC保持者の」
「あら、ご存知でしたか。私が【探求者】として活動していたのはせいぜい五年ちょっとでしたし、皆さんのお好きなCCCにも出ていなかったのでまさかご存知の方がいるとは。しかも降谷さんのような若い子が覚えていてくれるなんて。フフ、嬉しいです」
いや日本人で【探求者】を目指す者として小石川さんを知らないのは潜りもいいところだ。と言うかこの人の微笑はかなりの破壊力だ。切れ長の眉、丸くくっきりとした瞳、オフショルダーの洋服からわずかに覗く胸元は思春期男子の目には毒だ。そんな年上美人が儚げに笑えば照れるのも仕方のないことだ。
「それで、どうしますか?この支部にある全ての【銅】級CCをお持ちしますか?」
「あぁ、それなら決めています。【無地】カードをください。それで召喚を行いたいと思います」
「【無地】カードですか!?でもそれは・・・いえ、わかりました。ご用意致しますので少々お待ちください」
やはり彼女も一瞬驚いた様子だったが俺の確固たる決意を感じ取ってくれたのか、すぐに一礼して奥に引っ込んだ。そしてすぐに何も描かれていない(・・・・・・・・・)カードを乗せたトレイを持ってきた。
数あるCCの中で唯一背面の色すらないくすんだ色をしたカードがある。それを【無地】カードと呼ぶのだが、これに色と絵柄をつける儀式が存在した。
血落としの儀式。魂礼の儀。呼び名はいくつかあれど、その儀式の方法は単純で、己の血を一滴落として呼びかけるのだ。『我に力を』と。そしてその願いに応じたモノが【無地】に色をつけるのだ。だがこの儀式で呼び寄せることができるのは殆どが【白縁】級と言われており、特に新規登録者は誰も選ばないカード購入方法だ。しかし、
「現在、世界のトップを走る人達、特に現存する【黒金】級のCC保持者は皆このやり方を選んだとのこと。なら自分もそれを試したいと思います。その見届け人が小石川さんというのも何かのご縁だと思います」
「・・・よくご存知ですね。私がこの方法をとった。なるほど、貴方は降谷博士のお孫さんですね?」
「えぇ。降谷圭史郎は私の祖父で育ての親でもあります。あの稀代にして奇怪な変人クソジジイ。今なお現役の研究者。この儀式を考案者でもあります」
「全く、あの人はいつまでたっても変わりませんね。半ば老害と化してもおかしくないと言うのに未だその研究意欲は衰え知らず。私のCC購入の時も【無地】カードを勧めたのも、日本最高ランクまで行けたのも、今こうして働けるのもあの人のおかげでもあるので強くは言えません。しまいにはそのお孫さんのCC購入の担当になるんたんて・・・本当、狭い世の中ですね」
まさか俺の育ての親であり身元保証人にもなってくれた祖父と小石川さんとの間にそんな関係があったなんて知らなかった。せいぜい祖父からは
『クソ生意気だが若くてゆうしゅうな【探求者】が久々出てきたわい!クソ生意気だけどな!一海はそうなってはいかんぞ』
と聴かされていた。引退するときも涙目になりながら頰をさすってたな。なるほどこの様子なら一悶着あったな。
「まぁそんなことは置いておいて、さぁ、一海くん。覚悟はいいかしら?」
「はい。ありがとうございます」
カードを受け取り、針で親指を刺す。ぷくりと溢れてきた血をカードに押し当てて祖父から教えられた文言を心の中で強く唱えながら星に請う。
『我、降谷一海が星に願う。其の魂は循環し、臨転し、悠久の時を経て尚世界に刻まれたその伝承は不滅。絶に暮れる我ら星の民に今一度力を貸し与え給え』
そしてイメージする。俺の隣に立ち、共に戦う相棒の存在を。強く、強く、強く。
『ハハハ!いいぜ!その願い、この俺が聴き入れよう!共に戦おうぜ、マスター!っておいこらてめぇ!邪魔するんじゃねぇよ!こいつは俺様のだ!狼は引っ込んでろ!』
なんか好戦的な女性の声が聴こえたが、争っているのか?誰と?何を?
『待たせたな!今からそっちに行くから宜しく頼むぜ!我が主!』
思わず目を瞑るほどの、太陽光の如くカードが発光して視界がホワイトアウトした。
「ま、ま、まさか!?そのカードは!?」
俺より早く真っ白な世界から回復した小石川さんが餌を求めるきんぎょのように口をパクパクとさせながら俺の持つカードを指差していた。その顔はなんとも形容し型ない驚愕の表情を浮かべていた。
「く、く・・・【黒金】級ぅぅぅぅぅっぅうぅぅぅ!!!!???まかさ!?そんな!?世界が動きますよ!?」
「ははは・・・マジかよ」
乾いた声が漏れた。だってそうだろう?希望的観測とは言え【無地】カードを使ったのはこう言った奇跡が起きることを期待してのことではあったが、まさか本当に超高ランクのカードと契約できるとは思っても見なかった。
『・・・い!・・・おい、マスター!聴こえてるか!?聴こえてたら早く俺を召喚してくれよ!この中狭っくるしてく叶わねぇ!』
頭の中をガンガンと叩くように先ほどの女性の声が響いた。カードからの召喚を彼女は求めているようだがその方法を俺はわからない。その慌てている様子を見て現実に戻ってきた小石川さんが教えてくれた。
「カ、カードからの召喚は『リリース』と唱えていただければできますが・・・っえ、と言うかもしかして今ここでやるんですか!?」
「はい・・・申し訳ありません。さっきからうるさいんで。『リリース』!」
二度の輝き。それは赤い閃光が如く光り、視界を真っ赤に染め上げた。そして現れたのはーーー
ご精読いただきありがとうございます。
次回、ようやくヒロイン登場!
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