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柔らかいベッドとまわされた腕

魔物の正体は、ウォマが言ったものとは少し違っていた。

あの沼にいた植物の魔物と蝿の魔物。アレらは違う種類の魔物だった。

沼の植物の魔物はまさに食虫植物のように、沼に近づく蝿の魔物や人間を捕らえてはそれを養分にしていた。そして蝿の魔物は植物の魔物の出す匂いに引かれあの沼地に大量発生していた。


この街の新参者ばかりが被害者になった理由は、この街に詳しくない内に沼に近づきうっかり蝿の魔物の卵を体内に取り込んでいたからだ。街に長く住む者ならこの不吉な沼には近づかない。

そして卵は体内で羽化し、宿主の肉を喰らい完全な魔物になる。肉を完全に喰らい人を殺してしまうのはわずか数分のスピードだ。その為にどんなに魔物探知をしても探し出すことができなかった。


そしていざ巣立ちの時、魔物は宿主の肉、骨、全てを喰らい尽くして宿主から飛び立つ。

しかし悲しいかな、そのまま沼に向かい誘われるように植物の魔物に取り込まれていくのだ。

被害者が山道近くで見つかったのも、蝿が植物に誘われ近づくように宿主を誘導したからである。


この植物の魔物はどうも最近現れたらしく、それが現れたことにより蝿の魔物も一緒にやってきて人間に被害が及んだのだ。


「虫の魔物がこんな街に出ることなんて無いからな」


「それもこれも全てはあの植物の所為ですわね。

一体どこから来たのかしら?」


「根っこは案外簡単に外れたから最近来たんだろうけど……元いた所の被害が気になるよね」


「喰らい尽くしたから移動したのかもしれませんねえ」


なんにせよ倒せて良かった。

デュメリルは大きく伸びをする。

街の人からは散々感謝され礼も貰った。ギルドからも勿論成功報酬は頂いている。


「はー!終わり終わり!今日はゆっくり休もう!」


食堂から見える空は白くなっていた。

短いながらも大変なクエストだった。


「今後はどうするの?」


「うーん、明日決めよう。僕はもう眠い」


ウォマももう限界だった。

彼女はズルズルと足を引きずり部屋へと戻ると、気絶するように眠ってしまった。


……あれ……ヒバカリさんがいない……?まあいいや……きっとどこかに……いる…………。


✳︎


「ウォマさん、起きて下さい」


どこからか声がする。

この冷たい声は……ハララカ?


「ウォマさん。ウォマさん。蹴りますよ」


それだけはやめてくれ!

ウォマは言いたかったが体がピクリとも動かない。

どうしてハララカが自分の部屋にいるんだろう。彼女は聞きたかったが声も出ない。


「まさか死んでいるのか?」


ハララカの指がウォマの首筋に触れ、頸動脈をゆっくり押す。

生きてるよ!そう叫びたいのに動かない。


「ウォマさん、困りますよ。起きて下さい。

起きて自分の部屋に戻って。ほら」


自分の部屋……?

まさか。自分は間違えてハララカの部屋で寝ているというのか!?


ウォマは今すぐ飛び起きて土下座したかった。

しかしそれが出来ない。恐ろしいほどの眠気で目を開くことも出来ないのだ。


「ウォマさーん」


ハララカはウォマの体を揺するのに段々疲れて来ていた。

彼もまた戦いで疲れているのだ。

やっとの思いで自室へと戻ったら先客がいたので肝が冷えた。鍵を閉め忘れていたようだ。


「俺も疲れてるんですけど」


ウォマの体をゴロンと仰向けにして、彼女の顔を見た。

眉間にシワが寄っている。悪夢でも見ているのだろうか。

今、自分の置かれた状況も悪夢なのだが……とハララカは息を吐く。


彼女の名前を呼び頬を叩く。

眉間のシワが深くなり、喉からうめき声がしたがそれ以上変化はない。

どうしても起きないようだ。


ハララカの瞼も重くなって来た。

深く眠っている人を見るとどうも釣られる。

そのままハララカは眠ってしまった。

少しだけ寝て、ウォマを起こせばいい。そう思って。


✳︎


眼が覚めると、何故かハララカが横にいた。

そして何故か彼の腕の中にいる。ウォマの腕も彼の腰に回されている。


「ヒギャアア……」


「おはようございます」


ハララカの眠たげな目と掠れた声がウォマを追い立てる。

昨日何があった。

土下座?土下座するべき?


「う……あ……お……」


「言っておきますけど、何もしてませんよ」


「ど、土下座を……」


「したいならどうぞ」


ハララカの目がいつも以上に怖い。

これは完璧怒らせた。

ウォマはベッドから飛びのいて床に転がり流れるように土下座をした。


「誠に申し訳ございませんでした!!」


「はいはい」


「あ、あの、何故、私、ここ、あの、」


顔を上げずにウォマは聞く。昨夜のことが思い出せない。

まさか、早くこのパーティをクラッシュしなくてはという焦りのあまりこの男を襲うことにしたのか!?


「知りません。俺が部屋に戻ったら既にあなたが俺のベッドで寝ていました」


「ホンギャア……すみません……」


全く覚えていない。

昨日、確か寝る前にヒバカリがいないと思いながら寝ていた。

ヒバカリがいないんじゃなくて、自分が別のところにいたとは!


「それと、あの、なにゆえ、私、あなた、その、抱き、あの、」


「知りません。昨夜、あなたを放置して寝ていたらいつの間にか潜り込んで来ました。寒いとかなんとか言ってましたけど」


ウォマは今すぐこの場から逃げ出したかった。

しかしハララカの圧が重くのしかかり顔を上げることもままならない。


「本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでもまだ死にたくありません殺さないで下さい」


「随分都合がいいですねえ?そちらは昨夜散々俺を生殺しにしておいて」


「申し訳ありません申し訳ありません。

……え?なんて?」


「随分都合がいいですね」


「そうじゃなくて、生殺し?」


それは、あれか。

よく小悪魔的な女の子がするあれか。


ウォマが顔を上げると、目線だけで人を7人殺せそうな顔をしているハララカと目があった。メデューサ以上だ。


「私が生殺しに出来たんですか?あなたを?」


「そうですよ。それが何か」


「……ハララカさんも肉欲があるのかと驚きまして……」


あるのは殺人欲だけかと思っていた。


「人をなんだと思ってるんです?」


「サイコパ、いえなんでも」


ハララカは大きく溜息をついた。

彼女のせいでよく眠れていないのでもう一眠りしたい。


「もういいです。早く出てって下さい。

俺はもう少し眠りますから」


「はい。すみません。背後から首を切らないで」


ウォマが出て行ってから、ハララカはベッドに倒れこむ。

これで少しは休まる……と思ったが、ベッドに残る彼女の残り香にゾクッとした。


昨晩は彼にとって散々だった。

いつの間にか彼は眠っていたが、何故かその横にウォマもいた。

そして一緒の布団を被っている。

それに関して何やっているのか聞くと寒くて眠くて死にそうだとだけ返ってきた。


彼も眠くてたまらなかった。

仕方がないので放置して寝ていたら彼女はハララカの体に密着して来た。

何をやっているのか聞くと寒くて眠くて死にそうだとだけ返ってきた。

死ねと思った。

そしてウォマは彼の腰に手を回すとテコでも動かなくなってしまったのだ。


ハララカだって眠くてたまらないのに。

彼女から立ち昇る甘い匂いや、柔らかい体がどうにも落ち着かない気分にさせて眠れなかった。

ウォマさんどいてください蹴りますよ、と言うと彼女はヒバカリさんってば酷いこと言うね、と言ってきた。

ヒバカリさんじゃありませんと少しキツ目に言うと彼女は黙った。

寝たのかと思ったが彼女は小さな声で絞り出すように、今までのは全て夢か、と言い彼に抱きついてきた。


「ウォマさん。離れてください」


「そんなこと言わないで。ごめんなさい、私が悪かった」


「ええ、あなたが悪いですね。起きてください。本当に蹴っちゃいますよ」


「好きにすればいい。どうせ私はあんたの物なんでしょ?」


ウォマが虚ろな目でこちらを見つめる。

彼女は服の裾を掴んで持ち上げた。


「忘れたの?あんたがやったんじゃんか」


ウォマの白い腹の、お臍の下。そこには11という数字のタトゥが彫り込まれていた。

なんだろうこれは。奴隷の印にしてはシンプルだ。


「これは?」


「私はあなたの…………」


そう言ってウォマは倒れた。糸が切れたかのように。

彼女の肩を叩くと腰に手が回された。

先ほどとは違ってこちらに密着するようなものではない。距離を取って、取り敢えず抱きついている……そんな印象を受けた。

ハララカが彼女の背中に手を回す。彼女は目を覚まさない。


彼女の匂いや感触、そしてあの11という数字がハララカを眠らせなかった。

一体この数字はなんなんだ。


✳︎


昼頃、ハララカは眠たげな表情でデュメリルの部屋に入ってきた。

既に他のメンバーは集まっている。

ウォマは土下座をするべきか迷ったが、要求されてからでいいだろう。ここで土下座をしたら自分の失態が明るみに出てしまう。


「おはよう、お前が一番遅いとは珍しいな」


「そうですねえ。色々ありましたからあ。

それで?今後の計画は決まったんですか」


「おう、ニシキ街に魔物退治のクエストがあった。

ここからすぐ近くだし、あそこは大きな街だ。クエストついでに必要な物を買いに行ける」


「また正体不明の魔物じゃないでしょうね?」


「今度は大丈夫だ!

川に出る鹿みたいな奴らしい。デカくて逃げ足が速いから中々退治出来ないんだと」


簡単な依頼だといいが、このパーティ・ナジャシュはギルドランキング1位のパーティ。

簡単な依頼は受けないだろう。

ウォマは息を吐いた。

難易度の高いクエストを間を空けずに受けるのはさすがというところだが、ウォマからすれば負担にしかならない。

パーティがクラッシュする前にウォマがクラッシュしそうだ。


一行は馬を借り次の街へと向かうことになった。


前回馬に乗れないと嘘をついた以上、またハララカと一緒の馬に乗るのだろう。

ウォマはハララカの前に座る。

今朝のこと……というか昨晩のことをまだ怒っているだろうか。


「ハララカさん……あの……」


「手綱を」


ハララカに手綱を渡され彼女はそれを受け取る。

何故手綱を?


「まだ疲れが取れていません。少し休みたいのでウォマさんが手綱を引いてください」


「えっ、で、でも」


馬が扱えない設定なのに。

そう思って彼の顔を見上げるとあの白面の者のような恐ろしい目とかち合った。


「扱えるでしょう?」


「……なんで、わかったんですか」


「わかったんじゃない。知っているんですよお」


「知ってる……?」


それはどういう意味?

彼女はハララカに聞きたかったが、彼はもう目を閉じていた。

これ以上は質問に答えないと拒絶している。

彼女が馬に慣れていることが何かで分かってしまったのかもしれない。

ウォマは戦々恐々しながらも手綱を握り馬を歩かせた。


「あれ?馬乗れるんじゃないか」


「じ、実は……」


「ははん?さては僕と一緒に遠乗りでもしたかったか!

しょうがない。それは人間が当たり前に抱く欲望。食を欲するのと同じように僕との遠乗りを欲するもの……」


「ウォマさん。男の趣味悪いわね」


「だ、ダメだよヒバカリ……本当のことを言ったら……」


全然違うのだけど。

ただ、本来の目的とそう離れてもいないのでウォマは黙っていた。

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