寝起きにドッキリ
朝。早速食堂に向かい、座ってスープを啜るハララカの隣に座った。
目の前には既にヒバカリがいる。
彼女を見るとウンと頷いた。
「は、ハララカさん、」
ウォマは甘えるようにハララカに寄りかかり、胸を彼の二の腕に押し付けた。
このために鎖帷子は脱いできた。
「どうかしました?」
「昨日は魔法を使ってくれてありがとうございました。」
鼻にかかったような声(周囲からしたらすごく眠そうな声)でウォマは更にハララカに体を押し付ける。
ハララカの腕は彼女の谷間にすっぽり収まっていた。
「眠いんですかあ?まだ寝てて大丈夫ですよ」
「あれ?どうしてそうなる?」
おかしいな、と彼女はヒバカリを見た。ヒバカリは呆れた顔でこちらを見ている。
「えーっと、じゃあまだちょっと眠いので寄りかかってていいですか?」
「いいですよお。」
ハララカの様子に変化はない。例のあのscp-123のような目のままだ。
更にウォマはハララカに体を預け、胸で腕を挟み込む。
朝から何やってるんだろう、という思いに囚われながら。
「どうしてそんなに胸を押し付けてくるんですか?」
「うわ、直球っすね」
「さすがだわ」
ウォマはハララカから体を離した。
失敗を悟ったのだ。
「ウォマさんが男性はその……女性の……胸部を押し付けられたら弱いと言っていたから」
「俺で試したと」
「そうです。
ムラムラしました?メロメロになってたりします?」
彼女の発言にヒバカリは破廉恥!と叫ぶ。
破廉恥なものを破廉恥と思うその心が破廉恥なのだ。
「脂肪を押し付けられた如きじゃメロメロには」
「ですよね」
「でもムラムラはしましたよお」
「エッ!?」
「殺意が」
殺意がムラムラって。
ウォマはがっくりとこうべを垂れた。
殺されるところだったようだ。
「やめましょうこんなこと。無駄です。
っていうかなんでこんなことしてたんだっけ」
「あなたがユウダ先生のことメロメロにするって言い出したからよ……」
「ああそうだった」
ヒバカリがユウダを好きと認めなかったから……が事の発端だったはずなのに何故ハララカに胸を押し付けることになっていたのか。
「巻き込んじゃってすみませんね」
「構いませんよ」
「ついでにハララカさんの好きな女性のタイプとか仕草とか教えてください。
連続殺人犯がどんな女を殺すのかの参考になるかもしれません」
「どうしてそんなものの参考になるのかさっぱりわかりませんが、そうですねえ」
ハララカはうーんと口に手を当てて考える。
ヒバカリの予想は「口答えしない女」、ウォマの予想は「死体」だった。
「特に思いつきません」
「あ、大丈夫ですよ。死体を犯すのが趣味ですって言われても想像通りだなとかしか思いませんから」
「そんな趣味は無いですよお?」
「またまた~!」
「そんな趣味は無いですよ?」
「はい。すみません」
「でも思いつかないはつまらないわ。
何かないの?」
ヒバカリの身勝手な言葉に、ウォマは(さすが貴族。己の詰まる詰まらないで話を進めるな)と引いていた。
「特に思いつきません」
「じゃあ嫌いなタイプは?
あなた好き嫌い激しそうだから多いと思うけれど短くまとめてちょうだいね」
「あなたほどでは。
ても強いて言うなら、自傷行為をする人は嫌いです」
「自傷行為?」
なんだそれは。
ヒバカリはキョトンとした。
動物などがストレスが溜まると自らを傷つけるというが……それか?
「なんのために?ストレス?」
「人の気を引くために手首を切ってその傷を見せてくるんですよ」
その言葉にウォマはウンウンうなずく。彼女はそうあった人とも交流があるので、それが何かわかっていた。
「ははあ。その口ぶり。
さては身近にメンヘラがいますね?」
「そうなりますか?」
「リストカットで人の気をひくだなんてメンヘラに決まってますよ。
いやあ、メンヘラにメンヘラぶつけてもねえ?」
「それだと俺がメンヘラになりますけど?」
「おっと、メンヘラじゃなくてサイコパスでしたね。すみません」
「ウォマさん?」
「何も言ってません」
ハララカの目を逸らす。
いけないいけない。つい思ってることを言ってしまう。
「ヒバカリさんは俺の女の好みなんて興味ないでしょう?
ユウダ先生のが知りたいんじゃないですかあ?」
「なっ!!」
何を言っているの!
ヒバカリがそう叫ぶ前にウォマが「そういえばユウダ先生は?直接聞きましょう」と言い出した。
「な、あ、」
「まだ寝ているのでは?」
「デュメリルさんも起きてないですね。
起こしに行きましょうか」
「デュメリルさんはともかくユウダ先生は起こすの大変ですよ。とても」
「へえ。見てみたいですね」
真っ赤になって動けないでいるヒバカリの腕を掴みウォマは2人の部屋へ向かった。
背後からハララカが付いてくる。
「デュメリルさん」
デュメリルの部屋をノックすると「おはよう!ちょっと待ってくれ……今日の美しい僕の姿をしっかり見ておかないと……」という訳のわからない返事が返って来た。
彼がこの時何をしていたかと言うと、鏡で己の姿を見ていた。それだけである。
「部屋の鏡割りたい」
「自前の用意してますからあ」
「とりあえずユウダ先生起こしてもらえます?
そろそろ朝食食べたり好きな女性のタイプ聞いたりしたいんですけど……」
「お疲れなのよ!もう少し寝かせてあげるべきじゃなくて?」
デュメリルがどジャアア~~~ン!と扉を開ける。
ウォマからしたらいつも通りのデュメリルだ。いつも通り目が潰れるほどの美形。何を長時間見ることがあるのか。
「まだ寝てるな。
まだ……うん。暫くは無理だ!」
そういえばさっきも彼はユウダを起こすのは大変だと言っていた。
寝起きが悪いのか。
「何しても起きないからな。
僕は起こせない。後は任せた」
そう言って彼はウォマとヒバカリを招き入れた。
「お邪魔しまーす」
ウォマはこっそり入る。ヒバカリは中々入ろうとしなかったのでウォマが無理やり引っ張った。
ユウダは二つ離れて置かれたベッドに布団を抱いて丸まって眠っていた。
ベッドが低いので髪が流れ床についている。
「ユウダ先生ー……。おはようございますー……」
小声で呼びかけてもピクリとも動かない。
ヒバカリは旅の間に彼が中々起きないことは知っていたが、起こしに行ったことはなかったのでどの程度か知らなかった。
ピクリとも動かず熟睡するユウダを見て少しどきりとする。
寝ている彼の顔を見るのは初めてだった。
……まつ毛が長く美しい。
「やっぱり鼻にクワガタ挟むしかないですか?」
「そうですねえ。この世界にクワガタはいませんけどね」
いないなら仕方がない。ウォマは眠るユウダの肩を一発叩いた。
「おっはよーございまーす!!起きてくださーい!!」
大声で叫ぶがやはり動かない。
「ううん。本当にダメだ。
普段はどうしてるんですか?」
「僕は諦めてる。
昼前には起きるよ」
昼前。何時間眠るつもりだとウォマは少し憤った。
私はこんなに早起きしたのに。ハララカに胸を押し付けるために。
「ハララカさんは」
「任せてください」
そう言うと彼は足を振り上げた。
ウォマとヒバカリは嫌な予感がして慌てて止める。
「ス、ス、ストップ!」
「えー?」
「あなた何なさろうとしているの!?」
「蹴ってベッドから落としてその頭を強く蹴れば起きますよ」
「ダメーーー!!」
ウォマは未だ足を降ろさないハララカに縋り付いた。
こんなゴツいブーツに頭を蹴られたら二度と目覚めなくなるやもしれぬ。
「いつもそんなことしているの!?」
「ええ。
大丈夫ですよお。ユウダ先生だって治癒魔法出来ますからあ」
「そういう問題じゃないわ!」
ヒバカリは靴を脱いでベッドに乗り上がり、ユウダの肩を揺すった。
「先生!先生起きてください!
恐ろしい男が先生のこと殺そうとしています!」
「あ。あんまり近づかない方がいいぞ」
「え?」
どうして?と聞く間もなく、ユウダの手がヒバカリの腰に手を当てていた。
「先生、起きられたん、」
ヒバカリが言葉を最後まで言い終わる前に、ユウダは彼女をグイと引っ張り自分の胸に抱きかかえた。
「おっと!?
もしかして、寝起きは理性が無い系!?」
「いや、近づく奴全員アレをやられる。
傍目から見たら抱き合ってるように見えるだろうけど徐々に力がこもってきてめちゃくちゃ苦しいぞ。
内臓が口から出るかと思った」
「技かける系か……。
ヒバカリさん、抜けられそう?」
ヒバカリは返事をしなかった。
それもそのはず。これは彼女のキャパシティを超えていた。
ユウダの匂いと、筋肉と、熱を全身で感じる。
腰に回された手の大きさに体が震える。
耳の奥がボワーッとして誰が何を言っているかもわからない。
「ありゃりゃ。顔真っ赤」
「奥ゆかしい貴族だから。あれでも」
ヒバカリの真っ赤な顔をボンヤリと眺める一同。
ウォマはエロい顔してるなと思っていた。
デュメリルは己の美しさについて考えていた。
ハララカは先程食べたスープに入っていた豆が案外美味しかったことを考えていた。
「せ、んせい、あの、」
喉から声を絞り出し、ユウダに声をかける。
一体何が起こっているのかヒバカリはわからなかった。
酷く息がし辛い。
(これは体を強く抱きしめられている結果なのだが彼女は羞恥によるものだと思った)
ユウダの寝息が聞こえる。
彼は未だ寝ているようだ。
……寝惚けて、誰かと間違えているのかしら……。
そう思うとヒバカリの胸は締め付けられた。
自分以外の人と……それを考えると目に涙が溜まってくる。
「先生、はなしてください……」
泣きそうな声でユウダに声をかけるが彼は目を覚まさない。
ああ、早く離れてこの熱から逃れたい—
そうヒバカリが祈った時だった。
ドンという鈍い音と共に振動が伝わって来た。
「いあッ!?」
「おはようございまあす、ユウダ先生?」
ハララカがユウダの頭を蹴ったのだ。
ウォマに止める隙も与えなかった。
彼は早くスープをお代わりしたかった。その為にはこの茶番を終わらさなくてはならない。
「イタタ……。おはよう……ハララカ……ん?」
寝起きに蹴られるのはもう数えきれないほどだが、慣れることはない。
蹴られたら頭を抑えようと腕を持ち上げ……ようとしたとき、気が付いた。
誰かを抱きしめている?
慌ててそこを見ると、目に涙を溜め頬を赤くしたヒバカリがいた。
「……おはよう……ございます……」
ヒバカリの声は涙声だった。
彼女は貴族だ。夫でも無い男に触れられてきっとショックを受けている。
ユウダは寝起きは思えないほど身を素早く起こして彼女の頬を両手で挟んだ。
弁解しなくては。
「わわ!ごめん、私は本当に寝汚くて……!
寝ている間に近寄って来たものをこうやって捕縛してしまうんだ。いつ寝首をかかれるかわからないから……あ、いや、決して君に寝首をかかれるだなんて思ってないよ!君のことはこの世で一番信頼している!
でも寝ているときは意識がないから……反射的に。ごめんね……怖かったね」
ヒバカリの後頭部をゆっくり撫でて、親指で目尻をなぞる。
それに落ち着いたのか彼女はホッと息を吐いた。
「捕縛ですか?」
「そう。今までこのパーティに入るまでは酷かったからね」
「わたくし、てっきり他の女性と間違えてるのかと思って……」
「ウォマさんとか?
狙うなら私じゃなくて1人部屋のハララカとか狙うんじゃないかな」
ユウダの言葉にウォマは慌てた。
寝首をかくと思われている!
「な、何言ってるんですか!私、寝首かいたりしませんよ!ええ!しませんとも!」
「いつでもどうぞお?返り討ちにしますからあ」
「しませんて!」
ウォマは必死になって言うが、ハララカは笑みを深めて「首、細いですねえ?」と言った。
折られる。
彼女は自分の首を抑えながらハララカから距離を取った。
「……そうじゃなくて……。
でも、いいです。そうじゃないなら……」
ヒバカリは眉を下げてヘニャリと笑う。
いつものツンとした表情が嘘のように可愛らしく(ユウダからしたらツンとしているところも可愛いと思っているが)まるで辺りに花が咲いたかのように可憐だ。
ユウダは内心ため息をついた。
どうも彼女は自分の魅力に気が付いていないらしい。
現状として、(ユウダ自らがやったのだが)彼の腹部に跨って密着している状態なのだ。
そんな状態でそんな風に愛らしく笑われたら男はすぐに勘違いするというのに。
「……困った……」
「え……?」
「いや、私の寝癖をなんとかしなくてはと思ってね。 ハララカに毎回毎回蹴られていたらあっという間に耄碌しちゃうよ」
「あ!そうですわ!
ハララカ、あなた蹴るのやめなさ—」
ヒバカリがパッとハララカの居たところを見るが、そこに居たのはウォマと鏡を熱心に見つめるデュメリルだけだった。
「ハララカさんなら食堂に行ったよ。
こんな茶番に付き合うよりスープを飲んでいた方が有意義だと思いませんかあ?って言ってた」
ウォマは微妙に似ているハララカのモノマネをする。
「ちゃ、茶番……」
「私とデュメリルさんも食堂に行って、今日のこと話し合ってるから。
じゃねー。好きな女の子のタイプ聞いときなー」
彼女はヒラヒラと手を振ると、鏡を見つめるデュメリルの手を引いて部屋から出て行った。
「好きな女の子のタイプって?」
「あ、あれは、話の流れで……その、先生の好きな女性のタイプはなんなのかと……」
ヒバカリは恥ずかしくなって俯いた。
わたくしは別に……気にならないと言えば嘘になるけど……聞くつもりなんて……。
「私の?好きな?」
「え、ええ。」
「そうだなあ……。
素直な人は好きかなあ。あと努力家な人とか……凛とした人とかも好きかなあ」
ユウダは首をかしげる。
あまり考えたことは無かった。
「す、素直……」
自分が素直とは思えず、ヒバカリは少し落ち込む。
素直になりたくてもプライドが邪魔をするのだ。
ちなみにウォマがこの答えを聞いた時「モロにヒバカリのことじゃんけ!」と仰け反った。
「でも、タイプとかそういうのって恋愛に関係ないからね。
ウォマさんはそんなこと聞いてどうするんだろう」
もしかして彼女、好きな人が……?そう言えばデュメリルのこと美しいと褒めていた。
ユウダはハッとした。ウォマはデュメリルのことが……?
「ウォマさんって趣味が悪いね……」
「わたくしもそう思いますわ!」
ユウダの勘違いに気付かずヒバカリは同意した。
人に胸を押し付けたり、異性のタイプを聞いたり、どうしようもない。