必要なのはノリと勢い
4人は揃って宿泊部屋に向かう。
部屋割りはウォマとヒバカリが同室、ユウダとデュメリルが同室、ハララカが1人部屋だ。
「誰かと一緒に泊まるなんて久しぶりだなー」
「わたくしも、ずっと女ひとりだったから久しぶりだわ。
変な寝言言っていても聞かなかったことにして頂戴?」
「どうせユウダ先生がどうのとかでしょ?大丈夫大丈夫。想像ついてるからなんとも思わないよ」
「な、な、な!なにを言っているの!?」
赤くなるヒバカリにウォマはヒラヒラと手を振る。
「そんなに怒って興奮したら寝れなくなっちゃうよ?」
「怒らせたのはそっちでしょう!?」
「ほーら、すぐに怒らないの」
話を聞いていたのかそうでないのか、ユウダはヒバカリの背中をポンポン叩いた。
彼女はビクリと体を震わせ「怒ってません……!」と小さな声で反論していた。
「ウォマさんも知らない人しかいないパーティで疲れてるでしょ?ゆっくり休んでね。
……あれ?」
「なにか?」
「いや……ウォマさん疲れていない?」
そういえば。彼女は肩を回した。
いつもの旅よりも疲れがない。
慣れないことに興奮して疲れを感じられていないのかもしれない。
「元気ですね!」
「だよね。だって、白魔法かかってる……」
ユウダの指摘に彼女はあ、と口元に手を当てる。
「ハララカさんが魔法かけてくれたんですよ」
「ハア!?何言ってんだ、妄想か!?」
「ええ!?幻覚かな?」
「モルダー、あなた疲れてるのよ」
三者三様の驚き方に、ウォマの方も驚いてしまう。
「えーっと……?いや、元気ですってば」
「信じられないな。彼、私が風邪をひいて呪文が唱えられなくなった時でも絶対魔法使おうとしなかったのに」
「わたくしとハララカが2人きりになって魔物と対峙しているときに腕を折ったけれど、魔法使わないどころかユウダ先生を待ちましょうって言ってきたのよ」
「僕なんて内臓丸見えの大怪我負ったのに、それだけ叫べれば死にませんよって言ってユウダ先生が来るまで僕の内臓眺めてたぞ!?」
「サイコパスじゃん……」
どうしてそんなのパーティに入れてるの?ウォマは全員に問い詰めたかった。
このままじゃ誰か見殺しにされるぞ。
「もしかしてウォマさん、私たちの見てないところで死にかけてた……?」
「んなわけないっしょ。
髪が濡れてただけですよ」
「それは硫酸とかで?」
「お湯です!」
ユウダは納得行かなそうにウォマを見つめる。ウォマも納得行かなそうにユウダを見つめた。
「クソ、どういうことだ。
あ、ちょうどいい。ハララカの部屋じゃん。
おいハララカ!出てこい!」
デュメリルが流れるようにハララカの部屋のドアを叩き開けようとノブを回す。
暫く反応が無かったが、デュメリルが叩き続けるとドアが開いた。
その間、ウォマは宿の人に迷惑かけるなと追い出されないかヒヤヒヤしていた。
「なんですか」
「お前、ウォマに魔法使ったのか……?」
「使いました」
それが何か、と言いたげなハララカにデュメリルは詰め寄る。
「お前、あんだけ魔法は使わないって言ったのに……!なんで、あいつに使うなら僕にも使えよ!内臓丸見えのあのとき!どれだけ痛かったか!」
「わたくしも骨折していたときとても辛かったわ。」
「どうしてウォマさんには?」
ハララカはいつものあの亜空間のような瞳に口角を上げて笑ってますアピールをしながらも、僅かに眉を顰めた。
「ギャンギャンギャンギャン、うるさいですねえ?」
「うるさくもなるだろ!
どうしたら僕がもしまた内臓丸見えになったときに魔法を使ってくれるか知りたいんだよ!」
「あなたには使いませんよ、絶対」
ハララカは笑ってますアピールをしながらもキッパリ言い切った。
「な、なんで!」
「というか、どうしてウォマさんには使ったのかしら?」
「俺が魔法使うとき、どうしてもしなくてはいけないことがあります。
けれどデュメリルさんとユウダ先生には絶対したくないですし、ヒバカリさんにするくらいなら腹に石を詰められた方がマシです。」
「石仮面被るとか?」
「キスしなくちゃいけないんですよ」
ハララカのその言葉に一同は凍りついた。
キス……?ハララカと……?
想像しただけで吐き気を催す邪悪……。いともたやすく行われるえげつない行為……。
「……ということは、ウォマ、あなたなコレとキスしたの!?」
ヒバカリは自分の体を何かから守るように縮こまらせた。悍ましい、とその目は語っている。
「デコチューだよ、デコチュー」
「おデコ洗った方がよくてよ。そこから穢れるわ」
病原菌か?ウォマはおデコを擦った。
「なんでウォマにはキス出来て僕とは出来ない?僕はこんなにも美しいのに。
内臓露出しているくらいならキスされた方がまだ良いんだが。
あ、もしかして、僕のことが美しすぎてときめいてキスしにくかったか?大丈夫だ、僕と出会ってから男色の道を歩んだ人は何人もいる。君だけじゃないから気にしなくて良い」
「そういうところが嫌いなので」
「ああ……」
デュメリル以外の面々は納得したように頷いた。
このナルシスト発言を聞いていたらかけられる魔法もかけたくなくなるというもの。
「確かにハララカにキスされるくらいなら骨折ってた方がマシね」
「俺もあなたに迂闊に触れて面倒に巻き込まれたくありません」
「私はデュメリルのように変なこと言ってないんだけどなあ……」
「そもそも俺にキスされたいですかあ?俺は嫌ですよ。とても」
「……想像しただけで全身に鳥肌が……。あまりにも怖い……。よくウォマさんは平気だったね……」
ユウダは己の体を抱きしめ、尊敬と畏怖の混ざった眼差しでウォマを見つめた。
「デコチューっすよ?大したことじゃなくないですか?
ベロチューじゃないんだしねえ」
「まず、ハララカに体を触れさせるさせるのが怖いわ。こっそり体が爆発する魔法かけてきそうだもの」
「実演しましょうかあ?」
「やめてちょうだい!」
ヒバカリはハララカを睨む。
ハララカはそうですかあ?と笑っていたが目はもちろん笑っていない。隙あらば本当に魔法をかけてきそうでヒバカリは怖かった。
「そういう訳なので今後も俺の魔法は当てにしないでください。戦闘には全く使えませんから」
「君のことは射手として雇ったんだ。それ以上は望まないさ。
でも内臓が露出してたらかけてくれよ。もちろん、僕の内臓すら美しいから見ていたいというのは理解できるけどな」
「ユウダ先生、お願いしますねえ?」
絶対にデュメリルに魔法をかけない。その目からは固い決意が伝わって来た。
✳︎
ウォマとヒバカリは並んだベッドに同時に飛び込んだ。
なんだかいつもより疲れたとヒバカリはため息をつく。
ウォマは最初、デュメリルの顔の良さに釣られて入隊希望したのだと言っていたがどう考えてもとそれはないだろう。
デュメリルに対してキャーキャー言わないし……。
ヒバカリはそっとウォマを盗み見る。と、彼女と目が合った。
「つ、疲れたわね。
明日は忙しくなるわ。ゆっくり休みましょう」
「そうだね。
……ねえ、ヒバカリさんとユウダ先生ってどんな関係なんですか?」
ずっと彼女は気になっていた。
先生と呼んでいるけれど、ヒバカリが魔法を使ってない(使えない)ところを見るに魔術師の師弟関係には無いようだ。
では一体?
ウォマの質問にヒバカリは咳き込んだ。
予想外の質問だったのだ。
「な、なにかしら、いきなり!」
「そんな動揺しなくても……」
「してなくてよ!
ええっと、そう。わたくしとユウダ先生は昔からの知り合いなの。
ユウダ先生はわたくしが幼い頃よく兄に指導をしていたのだけれど、兄が結婚してからはすっかり……。
でもわたくしが冒険者を始める時にユウダ先生もいらっしゃって。そのまま流れで……」
「事実婚と。
なるほどねえ」
「じじっ……!?」
再びヒバカリは咳き込んだ。
「な、なにを仰っているの!?」
「え?だってヒバカリさんはユウダ先生にぞっこんラブときめきトゥナイトなんですよね?」
「……それは……」
図星だ。ヒバカリは頬を染める。
ウォマからしたらそんなのとっくに知っているので照れる必要はない。
「わかってますって。
ユウダ先生側の気持ちはわかんないすけど……。
ユウダ先生ってやっぱり貴族?だとしたらあの年だし婚約者がいてもおかしくないか」
「そうね、あの方は貴族よ。魔術の一流一族、マーフィパターンレス家の傍系とは伺っているわ。
……婚約者に関しては伺っていないけれど」
マーフィパターンレス家。隣国、月光国の一族だ。
ウォマは、あそこには呪文を唱えずに魔法を行使できる魔物のような男がいると聞いたのを思い出した。
更にその男の兄弟は月光国に出現した魔王を殺した一団に所属していたとも。
そんな化け物じみたすごい家柄の血が流れている……割にはユウダは抜けている。
「貴族なら婚約者がいるかも、って思ったけどあの人と結婚したらコップ全部やられちゃうもんね。みんな嫌がるか」
「そ、それは些細なことじゃなくて?」
「ストレス溜まると思うよ。
……だからさ、そんな人を好きになるのなんてヒバカリさんくらいだよ。
がんばってね」
パーティをクラッシュさせに来た人間とは思えない言葉だ。
「ウォマさん……」
事実、ヒバカリは嬉しそうに彼女の顔を見た。が、すぐにしかめ面になる。
「……お待ちなさい。わ、わたくし別に、ユウダ先生のこと好きだなんて言ってなくてよ」
「え?いやあんなあからさまなのに今更そんなこと言っても無駄だよ」
「認めないわよ。わたくしはただ先生として慕っているだけで……」
これは決してツンデレなのではない。
ただヒバカリ側にも貴族的な事情がありユウダを好きと認めるわけにはいかないのだ。
「あーあーそんなこと言って。
じゃあ私ユウダ先生のことメロメロにしちゃいますよ!いいの!?」
そんなこと、もちろんウォマには出来ない。出来てニコニコさせることくらいだ。
「あら、あなたに何ができると言うのかしら?」
「この柔らかおっぱいを押し付ければ男なんてイチコロっすよ」
ウォマは自分の胸を持ち上げてみせた。
お淑やかな精神と胸をしているヒバカリにはそんな真似は出来ない。
「なんてはしたない……!」
「女の武器は使ってなんぼ。
で?ボインボインのメロンメロンにしてもいいの?」
「……あ、あなたにそんなこと出来るとは思えなくてよ。
デュメリルに試してみなさいよ。絶対に無理だから」
「デュメリルさんは己の肉体以外に興味あるんですか?」
「無いわね。
じゃあ、ハララカにやってみなさい。
無理よ。想像しただけであなたの胸消し飛んでるわ」
「こわ。
でもいいよ、やってやろうじゃない」
ウォマは自分の胸を揺すった。
いくらハララカとは言え殺してきたりはしないだろう。
「見てなさい!ハララカさんをメロメロは無理だろうけどムラムラさせてやる!」
「下品」
そんなわけで、ハララカに胸を押し付けることになった。




