二人のこれからの予定は
「殿下の右腕と尻軽聖女とその周辺」の聖女が出てきますが、日本から来た人ということさえわかっていれば大丈夫です。
なんやかんや色々あったが隣国の王城にやって来た。
ウォマはゴクリと唾を飲む。サーペント国の王城すら見たことがないのに隣国の王城に入るだなんて。
「緊張してる? いいね。緊張しといて」
「な、なんでですか」
「変なことされたら困るし……」
かくいうユウダも緊張していた。ハララカが暴れたりしませんように。とにかくそれを祈るしかない。
「失礼します」
大広間の扉が騎士によって重々しく開かれる。
ウォマの緊張はピークに達した。
チラリとハララカの顔を盗み見る。清掃に身を包んだ彼はいつもよりも凛々しかったが、その表情は暗かった……つまりいつも通りということだ。
騎士に案内され、そしてついに聖女さまと対面した。
美しい女性だ。
そして、確かにどことなくハララカに似ていた。黒い艶やかな髪や、薄い唇。隣でハララカが息を飲んだのが分かる。
そしてまた聖女も息を飲んでいた。
「ああ……」
彼女は僅かに苦しそうに眉を寄せた。
「……聞いていたよりも、ずっと、若いですね」
聖女は悲しげに微笑むとハララカに歩み寄った。
ウォマは邪魔しちゃいけないと察し後ろに下がる。
「初めまして……。田和 美波です」
「……八岐 已月です。でもここでは、ハララカって呼ばれていますしあなたもそう呼んでください」
「分かったわ。……日本語の名前なんて久しぶり……。
あなたのことは、少しだけ聞いています。召喚魔法が失敗して……魔女に攫われていたと」
「魔女ね……。まあそうです」
ハララカは僅かに目を伏せた。それからまた聖女を見つめる。
「あなたは、この世界にいつ来たんですか」
「1年……いえ、2年になるかしら。
あなたは?」
「11年前です」
「2008年からずっと、ここに居たのね」
「そうです」
聖女の顔が苦しげに歪む。ハララカは悲しそうにその顔を見ていた。
「私……。あなたにたくさん、聞きたいことが……。
でも、直接会うと、ダメね。ごめんなさい。何から聞けばいいのか」
彼女の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
ハララカは戸惑う。何を泣いているのだろう。
「……6歳? 7歳? いきなり異世界に放り込まれて一人で、よくここまで頑張って……。
私は辛かった。いきなり、この世界で第2の生を生きることになって、この国を救うことになった。最初は理解出来なかったし、魔法というものもよく分からなかったし、友達も家族もいなかった。
私は22歳よ。でもあなたは……子供だったのに」
「……泣かないでください」
「ごめんなさい。私が泣いてもどうにもならないのに」
「いえ……」
彼は戸惑ったまま顔を上げユウダを盗み見た。彼の顔にはただ遠くを見るような瞳があった。
その時彼はやっと分かった。二人の置かれた状況を二人だけが理解し分かち合える……そう周囲が思っているのだと。
だが実際は違う。彼の置かれた状況がいかなるものだったのか、それは彼自身すら分からない。聖女とハララカの境遇は余りにも違いすぎる。少なくとも彼女は誰も殺していない。
彼女はハララカが受けた傷を知らないし、ハララカは聖女の感じた恐怖を知らない。
二人は分かち合うことは出来ないのだ。
そして聖女もそれを分かっている。だから泣いていた。
誰もハララカの苦しみを理解出来ず救えないことに。
「苦しかったけれど……恋人も出来て、それなりに満足してます」
「……後ろの子?」
「はい」
彼は少しはにかみながらウォマの方を向いた。彼女はいきなりのことに戸惑いつつも「ウォマです……」と名乗り小さく頭を下げた。緊張して体がうまく動かないのだ。
「俺は、多分あなたが思ってるよりは酷くない。大丈夫です。彼女がいるから」
「なら良かった……本当に」
「ええ」
聖女は仕切り直しとでもいうように手を叩いた。
小さく笑って目元を拭う。
「そういえば、ハララカくんはどこ出身かしら?
私は秋田なんだけど」
「……アキタ? 近い、はずですよ。俺はイワテ出身なんで」
「隣じゃない……! 岩手のどこ?」
「 ……リクゼンタカダです。海が、よく見える場所」
彼女は「陸前高田?」と呟いて、僅かに硬直した。
だがすぐに笑い「良いわね……良いところだわ」と言った。
「確か……父が漁師で……潮の匂いが、いつもしていて……。
……家族はどうしているのか」
元気だと良い。父と、母と、悪い事ばかり教えてくる兄と、うるさい弟と。
今まで家族のことを考えないように意識に蓋をしていた。だが聖女と話すことでその蓋が自然と開いていた。
彼の故郷の景色や匂いが蘇る。二度と帰れない場所。
自分はこうなったがせめて家族だけは幸せであるように。
「元気に暮らしているわ」
聖女が眩しそうに笑う。断定的なその口調に不思議に思いつつも、そうだと良いなとハララカは思った。
*
またいつでも会いに来てと聖女は言った。
だがもう会うことはないだろうとハララカは思っていた。
お互いもう関わらない方が良い。懐かしさと共に苦しみが蘇るだけだから。
「……ハララカさん? どうしたんです」
「緊張してるウォマさん面白かったなあって」
「な!? 逆になんで緊張しないわけ!?」
「なんででしょうねえ。
そういえばユウダ先生の知り合いは?」
「んーっと、いるけど……なんか忙しそうだなあ。挨拶は後にしておこうか」
ユウダは廊下の奥に立つ、冷えた瞳の金髪の男を見ていた。彼はユウダの方を見てお辞儀をしたが、騎士の男に捕まって暫くは動けなさそうでいた。
「二人は先帰ってて。宿は分かる?」
「分かりますよー。
早く出ましょう。もう緊張しちゃって」
「はいはい」
ウォマはハララカの腕を引いた。
それから彼の顔を盗み見る。しかしハララカは目敏くそれに気が付くと「なんです」と目を細めた。
「聖女さまと会った感想でも聞きたいんですか」
「うっ……まあ、そうです」
「感想ねえ。……特に」
「はあ!? なんですかそれ。もっとあるでしょ……! 美人だったとか肌綺麗だったとか胸が柔らかそうだったとか!」
「なんでそんなオヤジ臭い視点なんですかあ?
思いませんでしたよそんなこと……」
「えっ、そう」
ウォマは複雑そうな顔をする。その頬をハララカは摘んだ。
「なんですかあ」
「いやだって! ……やっぱり、あの人に会えて良かった? 少し……は、その……」
楽になれたのだろうか。その質問を察したハララカは顔を顰め手を下ろした。
「この苦しみが癒えることはないでしょうね。結局……復讐だのなんだので人を殺して、それでも俺は少しも楽にならない。
人を殺したことだって未だに罪悪感すら湧いていません」
その言葉にウォマは悲しくなって、ハララカの手を握る。冷えた手はウォマの手を握り返した。
「俺を救えるのはあなただけですよ。
あの聖女でも、他の誰でもないあなただけだ。
あなたが俺を救うのが先か、折れるのが先か、それは分かりませんけど。
……死ぬときは側にいて下さいね。その時だけは絶対」
「……ずっとそばにいるよ。イツキが救われたと思ってもずっと」
ウォマは笑う。その先にある未来を信じて。
その顔に已月も釣られて微笑んでいた。
完結です。次話からは番外編となります。
昔書いていたものなので多々お見苦しい点はあったかと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
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