彼の短い人生
八岐 已月はいつものように学校に行くはずだった。
まだ小学一年生の彼は、ピカピカの、大きなランドセルを背負って学校に登校していた。
母親からは耳にタコができるほど、周りをよく見て歩きなさいと言われていた彼はその日もきちんと周りに注意し、左右の確認をしてから横断歩道を渡った……はずだった。
突然、大きなトラックが彼の視界の端に映った。
ああ、まずい。彼はそう思い慌てて歩道に戻るが……トラックの車高からでは已月の小さな体は見えない。そのまま、別の歩行者を避けようとしたトラックは大きく蛇行し彼の小さな体を跳ね飛ばした。
即死ではなかった。意識があった。
意識が無ければ良かったのに。
薄ボンヤリとした視界で彼が目にしていたのは、通行人たちが好奇心をむき出しにした姿だった。
各々携帯を取り出しカメラを已月に向ける。カシャカシャというシャッター音が耳につく。
だれか、きゅうきゅうしゃ。
彼の掠れた声は通行人の興奮した声に掻き消された。
だれか、たすけて。
誰も已月に近寄ろうとはせず、ただただカメラを向けるだけ。
体が寒かった。誰かに助けて欲しかった。温めて欲しかった。
だが無情にも誰も彼を助けはしなかった。誰かが助ける、そう思っていたのだ。
救急車が到着したのは彼が息を引き取ってからのことだった。
*
「……そして気がつくと、この世界にいました」
「……そんな……じゃあ、ハララカさんは……」
「魔王を倒すために呼ばれたのが俺ですよ」
そう言って後ろを振り返った。
ウォマはハララカの視線の先を見る。
ユウダたちが、いつの間にか立っていた。
「……私が君を……召喚したのか……」
彼は真っ白な顔でハララカを見つめている。どこから聞いていたのかは分からない。が、ハララカの正体に関しては知ったらしい。
「……そうです。あなたたちが俺を呼んだ」
「怒っているんだね……。復讐が、したい? 君の人生をめちゃくちゃにした私たちに……。だからヒバカリを傷つけるようなことをしたんだな……」
ハララカは小さく息を吐く。
「このパーティに来た当初はそのつもりでした。ヒバカリさんを随分大事に思っているようだから、殺したらさぞスッキリするだろうと……。でも今回巻き込んだのはこうでもしないとあなたは来ないと思ったからで、別に殺そうと思ったわけでは……少し思いましたが」
ヒバカリの顔が引き攣る。
「彼女に手を出すのはやめろ……やめてくれ」
ユウダがヒバカリの前に立ち彼女を庇う。
その後ろでデュメリルも警戒するようにハララカを見ていた。
それを見たハララカは侮蔑したような笑みを浮かべる。
「ここに入る前まではゴロツキを適当に殺して暮らしていました。でもそれだけじゃなくて、俺をこの世界に呼んだ人たちも殺しました。
彼等は皆、こうしなければ国が滅びたから仕方がなかったと言う。
……お前たちの国のことなど、俺に関係あるか? もし、魔王が居なくならなければ俺を魔王と対峙させていたのか?
勝手に滅びてれば良いだろうが! 俺を巻き込むな! 俺は……こんな世界に来てまで生き延びたくなんかなかった……! 」
ハララカの咆哮に、ウォマは傷付いた。ハララカの望みが何か薄っすらと分かったのだ。
そっと彼の腕に縋り付く。
「俺の望みを聞かないのに何故お前たちの望みを聞かないといけないんだ! 俺の人生を滅茶苦茶にした癖に!
お前らが幸せそうに家族と暮らしている横で、俺は泥食って生きてなきゃいけない! こんな…………。
……でも、ヒバカリさんを殺しても……だからなんだというのでしょうね。ユウダ先生は苦しみますけど俺は別に……嬉しくも悲しくもない。多分この苦しみから逃れる術はヒバカリさんを殺すことじゃないし、ユウダ先生たちを殺すことでもない」
ハララカは重々しくため息をつくとウォマの手を外した。
「そんな顔せずとも今回の件が終わったらこのパーティからは抜けますし今後関わるつもりもありませんよ」
「どうするつもりなんだ」
「別の街でまた頑張ります」
「君の……状況に関しては私たちに責任がある。だから、」
「あなたの助力はいりません。
お仲間殺してますし……俺という存在をもう忘れてください。誰にも報告しないで。
……もう二度と異世界人を連れて来ないで」
ハララカの呻きにユウダは小さく頷いた。
パーティ間に言葉は無かった。
それぞれ様々な思いが駆け巡っていたのだ。
やがて小さな声でヒバカリが沈黙を破る。
「……わたくしは、あなたのこと仲間だと思っているわ」
彼女は緑色の目でハララカを真っ直ぐ見た。彼は鼻を鳴らす。
「そういうところが気に食わないんですよねえ。
……じゃあ、俺は他の部屋で証拠品集めでもしています」
ハララカは床に落ちていたハクの首を拾うとデュメリルに投げて寄越した。
慌てるデュメリルの横を通り、部屋を出て行く。
「わ、私も! 行く! 」
ウォマはその後を追った。
一人にしたらまずい気がした。
*
「ハララカさん! 」
岩で出来た廊下を走る。ハララカはウォマに気が付いているのかいないのか、適当な部屋にさっさと入ってしまった。
慌ててウォマもその部屋に入る。
そこは、ウォマたちが一番最初に捕まっていた部屋だった。
「……ハララカさん! 待ってください」
「はいはい、何の用ですか」
彼は面倒そうにそう答え、ウォマと目も合わさずに歩みを進める。
「……ハララカさんの望みって……死ぬことなんでしょう……? 」
思わず声が震えた。ハララカもハッとなったようにウォマの顔を見つめる。
「なに、を、」
「生きていることを嫌なことのように話すから……お願い、やめてください。どこにも行かないで」
「……死にませんよ。街を出るだけです」
「死に場所を探しに? 」
ハララカは答えに窮したかのように黙り込んだ。
ウォマは彼の手を握る。
「わ、私じゃあなたの生きる理由になりませんか? 」
「……なってますよ。これ以上無いほど」
「なら……」
「でもそれ以上に……あんたに看取られて死にたい……」
「え……? 」
ハララカがウォマの手を握り返す。
「一年前に、あなたを見かけたことがありました。
俺はあのパーティに入ったばかりで、さっさとヒバカリさんを殺そうと思っていた。
その時にあなたに会ったんです。
あなたは、道に倒れていた病気に罹った死にかけの孤児を抱き締めていた。
周りの人が誰も近寄ろうとしなかったのに、あんただけが……。
医者に連れて行くと言って馬に飛び乗って、でも孤児はその間に死んでいた。あんたはその子の体を抱えたまま、墓地の方向に馬を走らせていたんだ。
それを見た時思ったんです……俺は、死んだ時こうやって死にたかった。
あんな風に抱き締められながら死にたかったって……」
その時のことはウォマも覚えていた。
だがまさか、ハララカに見られていたとは……。
彼女はそっとハララカに抱きつく。
「いいよ。看取ってあげる」
「……本当? 」
「でもそれは老衰で死ぬ時しかしない。自分で、とかわざと死にに行ったりとかだったら絶対に看取ってあげないから。だから……だからさ……一緒に生きてよ」
ウォマの泣きそうな声に、ハララカは小さく頷くとギュッと彼女を抱き締めた。




