だからお前を呼んだ
全身の痛みで気がつくと、そこは寒々しい場所だった。
ウォマは硬い地面に手をつき体を起こす。もう魔法は解けたようだ。だが手首には鉄製の頑丈な鎖が付いている。
彼女は横に倒れるデュメリルを揺さぶった。
「デュメリルさん! デュメリルさん! 」
「うう……なんだ? 」
「大丈夫ですか? 痛いところは? 」
「全身痛いけど……まあ許容範囲だな。
……何が起こった? 」
「さあ……何が、なんだか」
ウォマは辺りを見渡した。
この場所自体とても広い。何かの広間だろうか。石畳の床はザラザラとして硬く、そこで直に体を付けているとそこから冷えていくのを感じる。
中央には台が設置されており、よく分からない器具もいくつもあった。
岩の壁に鎖が何本も出ている。繋がれているのは二人だけ。
扉は一つだけ、それも頑丈そうな鉄扉だ。
「どうやって脱出したら……」
「取り敢えず色々調べてみよう。
その前に鎖を外さないと」
「どうやっ」
言い切るよりも早くデュメリルは鎖を外してみせた。
「えっ!? なに、どうやったの!? 」
「この種類の鎖は一箇所に負荷を掛けると外れるんだよ。これくらいできないとまた奴隷商人に捕まるぞ」
「あ、ありがとう」
デュメリルはウォマの鎖も、手のひらに体重をかけ手早く外すと台の方に近づいた。
よく分からない器具ばかりだ。だが台や器具が赤く染まっていることから何となくその目的が察せられた。
「拷問台か? 」
「にしては見たことない器具ばっかり。
医療道具ってやつじゃないんですか? 」
「このハサミみたいなやつもか!?
なんか気持ち悪いな」
そう言ってデュメリルが一歩引いた時、突然轟音と煙と共に台の上に人が現れた。
何事か、と警戒する二人。だがその顔は見慣れたものだった。
「ヒバカリさん!? 」
「良かった! 無事だったんだな! 」
「……ん? あら、ウォマさん。
……えーっと……わたくしなんでここに……」
ヒバカリは暫くぼんやりしていたが状況を思い出したのだろう、ハッとなってウォマに抱きついた。
「無事で良かった! 」
「うん。ヒバカリさんも……っていうか何が? 」
「わたくしはあの女に一度捕まって……で、いきなりここに」
「あらあ? ちゃんと鎖に繋いでいたのにどうして外しているのかしら」
その歌うような口調に、ウォマの背筋に悪寒が走った。
ハク。彼女がすぐ横にいた。
「ヒッ!? な、なんでいるの」
「なんでって……あなたたち非魔術師を魔術師にしようと思って。
でもその前にその女におしおきよ」
ハクが怒った顔を作りヒバカリに手を伸ばす。
ウォマは慌ててヒバカリの前に立った。
「待って! なんでそんなことするのよ! 」
「わたしから王子様を奪ったからよ」
「王子様ってハララカのことか? 」
「そうよ。わたしの大事な大事な、愛おしい王子様……」
デュメリルが小さく「王子様ってガラじゃないだろ」と呟いていた。
全くもってその通りだが今はそんな場合ではない。ウォマはハクを見つめる。
この異様で美しい人はハララカのなんなのだろうか。
「……あ、あなたと、ハララカさんはどんな関係なんです」
「そうねえ。まさに、王子と姫かしら? 自分で姫だなんて恥ずかしいけど。
でも、そうなの。彼はね、いきなりわたしのもとに現れてわたしの心を攫っていった……」
ハクはうっとりとどこかを見つめながらそう言った。恋する乙女のような恍惚とした表情なのが逆に恐ろしい。
「そういう抽象的なことではなく。
彼はずっとここであなたと暮らしていたんですか? 」
「ええそうよ? 7年くらいだったかしら……。4年前にいきなり出てっちゃって……寂しかったわ。
でももう戻ってきたのだしどうでもいいことね」
「ん? つまりアイツは6歳の時からここにいるのか?
それまではどこに」
「彼に家なんて無いわよ。だからわたしが拾ったんじゃない。
ふう……そんなことよりその女、わたしのハララカを奪ったその女におしおきよ」
ハクが突然無表情になった。そしてウォマを押し、ヒバカリの方へ腕を伸ばす。
だがヒバカリも攻撃されることは予想していた。
彼女は強化魔法を使い全身を黒くしながらハクに向かって蹴りを入れた。
だが、その蹴りは空を切る。
「あら、おバカさん。わたしのことが攻撃できると思ったの?
わたしはすべての敵意、殺意を感知して攻撃を無効化するわ」
「クッ……」
床に倒れたヒバカリが起き上がり次の一手を繰り出すも、ハクが呪文をまた歌うように唱え彼女の自由を奪う。
「わたしの王子様を奪った挙句にその穢れた体でわたしに触れようとしたこと……死んで償うのね」
「いっ、あ、ああああ!!!」
ヒバカリの細い喉から悲鳴が溢れる。黒い皮膚が剥がれ強化魔法が解けていく。
何をされたかはウォマたち非魔術師には分からないが、魔法によって苦痛を与えられているのだということは彼女の苦悶の表情から察せられた。
このままではヒバカリが危ない、咄嗟にウォマはハクの手を掴んでいた。
「待って、やめて! わ、私なの」
「ウォマさん……」
「……なあに? 手を離しなさい」
「私が、ハララカさんと寝ました……」
ハクの金色の瞳が見開かれる。
そしてウォマの頬に衝撃が走った。
「お前がッ!! この淫乱! 彼はわたしの物なのよ!! お前のような非魔術師が触れていい物じゃない!! 」
先程までの、どこか浮世離れした雰囲気は消え去り凶暴な女の素顔が露わになった。
ハクはウォマに馬乗りになり殴り続ける。
呆然としていたデュメリルが一拍遅れて止めに入るが、彼も魔法で捕縛されてしまう。
「邪魔をするなあッ! どいつもこいつも、わたしの、わたしの王子様を!! わたしの物を! 穢すな!! 」
「ハララカさんは物じゃない。人間だ。
大体、誘ってきたのは向こう……いや、私か……? とにかく、合意の上だ! あんたが口出すことじゃない」
「なに、を! 何を言ってるの! 」
「ああ、そういえばハララカさん、ある人に対しては貞操守ってるって言ってたなあ。もしかしてそれってあなた? あなたに抱かれたくなくて逃げてたのか……納得」
ウォマの腹に深い深い蹴りが入った。
胃がせり上がり、吐瀉物が溢れる。
「汚ったない……なんで、なんでこんなのが……! なんでなのよ! 」
ハクは狂ったように己の白い髪を掻き毟り、指を噛み始めた。力加減が出来ないのか血が吹き出、指の骨まで見えている。
ウォマはそっとため息をついた。ハララカが特定の女性を怖がる理由は十中八九彼女が原因だろう。
「魔術師にしてあげようと思っていたけれどお前はダメだ。殺す。苦しめて殺す」
呻き声を上げながらハクはウォマの髪をむんずと掴み引っ張った。
「殺す、殺す」
「ウォマ! 」
「デュメリルさん! ヒバカリさんから離れないで! ヒバカリさんの側にいればユウダ先生が助けに来るから! 」
「こういう時チートヤンデレって便利だよな! だが、」
あの時……ハクが現れたあの時、ハララカがヒバカリの名前を挙げたのは、ユウダを巻き込むためだった。
ヒバカリが巻き込まれなければユウダもきっと関わろうとしないから。
あの時はなんで自分の名前ではなくヒバカリの名前を言うのだろうと少し悲しくも思ったが今ならそう思う。
何故なら、ウォマがハクに連れ去られるその瞬間、ユウダとハララカとテルシオペロが鉄の扉を破壊し入れ違いで入って来たのだから。
*
「ヒバカリ! 」
「先生! 今ウォマさんが……! 」
鉄の扉を粉砕したユウダは、ヒバカリの姿を見つけると一目散に駆け寄った。
その手前にいたデュメリルは無視して。
「何故こんなにも美しい僕が目に入らないのかよく分からないな」
「そういうことを言ってるからじゃないの」
テルシオペロが鼻を鳴らしながらもデュメリルの捕縛を解く。
「く、礼は言わん!
……あれ? ハララカ。なんか全体的にズタボロだけど大丈夫か? 」
デュメリルはハララカを見上げた。
至る所に火傷の跡がある。
「ヒバカリさんが見つかるまで体を焼くと言われてしまって……」
「流石だなあ。
そもそもあの時ヒバカリの名前を出さなければ良かったんだろ」
ハララカは侮蔑したような顔でデュメリルを見下ろした。
「当初の目的を達成しようと思って欲が出たまでですよ」
「当初の目的? 」
「ヒバカリさんの殺害……。
そんなことよりウォマさんは? 何故彼女だけいないんです」
「待て、そんなことよりで流せない言葉が聞こえたぞ!? 」
「……連れ去られましたか」
ハララカはデュメリルを無視して呟く。
「テルシオペロさん、あそこの台にある器具。あれが証拠になります。あとこの敷地内を探せば色々見つかるはずですよ」
「あら、そうなの。じゃあやっぱり臓器売買の事件はハクが犯人で決まりということね……」
「それとカガチでしょう。
俺は行かないと……ヤハズ」
ヤハズは未だテルシオペロの内部にいる。
だがハララカは構わず話を続けた。
「助けてくれるって言ったよな。なら今助けて」
テルシオペロは顔を顰め腹に手を当てた。呆れたようにため息をつく。
「ヤハズ……勝手なことを。でも仕方ないわね」
テルシオペロはそのまま腹に手を入れ肉塊となっているヤハズを取り出した。肉塊はぐちゃぐちゃとした不快な音と共にいつもの男の形状を取る。
彼はひとつ首を振るとハララカに向かって微笑んだ。
「行きましょうか」
「ま、待て。ウォマを助けに行くんだろ? 僕も行く」
「余り時間がありませんから、テルシオペロさんと一緒にいてください。
カガチが潜んでますからくれぐれも一人にならないように」
「あ! ……行っちゃったよ。早いな」
破壊された鉄扉を潜り抜けるハララカをデュメリルは眺めた。
「ウォマのことになると必死だな」
「それだけ好きってことでしょう」
「……なんでヤハズと行ったんだ……助けるって約束してたのか? 」
「知らないわ。ヤハズは子供が好きだから放っておけないのよ」
「子供って歳か? 」
「子供は成長して大人になるのよ」
デュメリルは顔を顰めた。何を当たり前のことをこの女は言っているんだ。




