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呪われた弓と謎の少女

ハララカは食堂で一人でご飯を食べていた。基本的にハララカは一人の時は部屋にいるか食堂で何か食べている。

ヤハズとウォマは壁から彼の様子を伺った。

ちなみに、テルシオペロとヒバカリからはくだらないと笑われてしまっている。


「わかりました? 」


「ええ。じゃあいきますよ」


ヤハズが目を瞑り、そして体を変化させていく。

徐々に現れてきたのは美しい少女の姿だった。

真っ白な、ウォマのような艶のあるプラチナブロンドとは違う雪のように真っ白な長い髪、それと変わらないくらい白く柔らかな肌、赤くそこだけポンと浮かんだ唇、優しく弧を描く眉、ハッとする金色の瞳。

長い髪から覗く耳も柔らかそうで、なぜかウォマはどきりとした。


「……こんな感じです」


ヤハズが軽く微笑む。

澄んだ声だった。


中身がヤハズだとわかっているのに、目眩が止まらない。

その姿は異質だった。穢れのない雪を思い起こさせる美しい少女。その体は凹凸が少ないのに女であることを主張する生々しさがある。


「どうですか? 」


少女は白魚のようなすらりとした指を伸ばしその手をウォマの前で振った。

爪の形にすらどきりとするだなんて。

ウォマの心が劣等感と嫉妬心に染まっていく。こんな美しい少女、ハララカの心を捉えないわけがない。


ウォマは己の体を抱いた。

かつての男たちから口々に言われた言葉が頭の中をリフレインする。

「お前は体だけが良いよな」「ズグロさんと仲良くなるために抱いたんだよね。変態だと知らなければお前なんか……」「もう少し可愛ければダチに紹介できるんだけど」「よく考えたら俺、ネズミにしか性的興奮覚えない」

別れた時はなんとも思わなかった。うるせー!しらねー!ネズミー!? という感じだったが今になってウォマの心を蝕んだ。

ハララカが面食いだったなんて……こんなにショックなことはない。正直なところ、スティムソンが行なっていた悪行を聞いた時よりも彼女はショックを受けていた。


「……美人すぎる……」


「何も泣かなくても」


ヤハズはおかしそうにウォマを見下ろす。

彼女は泣いてません、と言いながらチラリとハララカを盗み見た。

面食いめ、と思って少し睨むと彼はそれに気がついたかのように振り返った。

ウォマとハララカの視線がぶつかる。

それから、彼はゆっくりと目線をヤハズにズラして……硬直した。

黒い目を見開き、全身が強張っている。


「……ハララカさん……? 」


様子がおかしい。

彼は瞬きを一つすると、素早く弓を取り出し矢をつがえた。


「ちょ、な!? ヤハズさん狙われてませんか!? 」


「おや、大変だ」


ヤハズは少しも焦った様子を見せないで変身を解く。

弓を構えていたハララカは唖然とした様子でそれを見ていたがやがてため息をついてそのまま弓矢を放った。


「へ!? 」


「あ」


矢は美しい放物線を描いてヤハズの額に突き刺さった。

周りの客の悲鳴が聞こえる。


「ヤハズさん! 」


ウォマは慌ててヤハズの腕を掴む。

彼の顔はドロドロと崩れ落ち始めていた。


「なんて重い呪いだ」


いつもの低い男の声ではなかった。

震え、何層にも重なった何かの声だ。


「呪い……? 」


「可哀想に。あれは子供が持つものじゃない」


一体何の話かウォマは分からなかったが周りの目を考え、体の溶け始めたヤハズを担いでトイレに向かった。

その道中で既に彼の体は人間の体をなしていなかったが、運良く人に見つかることはなかった。


ヤハズはすっかり変貌していた。

まるでそれは巨大な内臓だ。

赤黒い脈打つそれはズルリと床に転がる。


どうしよう、と思ったと同時に扉が開いた。テルシオペロだ。


「人の使い魔を弓で射るだなんて!! 何考えてるよ! 」


彼女はかなり憤慨していた。

長い髪を払い、内臓のようになったヤハズに覆いかぶさる。


「あなたもあれくらい受け取りなさい。強いんでしょう」


そう言って彼女はゆっくりと服を脱いだ。

いやん! とウォマが顔を手で覆うフリをし様子を伺うと、彼女の白い体にヤハズの肉体がくっついて行っていた。

それと同時に驚くべきことに気づく。

テルシオペロのお腹には先程は無かった大きな穴が空いている。

そこにヤハズが入り込んでいるようだ。


「ごめんなさい、私が変なことを頼んだから……」


「いえ……私も迂闊だったわ。ヤハズは人が狼狽えることをするのが大好きなのよ。性格が悪いのよねえ。

あなたは格好のカモだったのね。ごめんなさい」


そうだったのか、とウォマは思う。

どうも何でもやってくれるなあと思ったがそれはヤハズとしても楽しいことだったからのようだ。初めて会った時はもっとまともそうに見えたがやはり魔族。ロクでもない奴だったらしい。


「テルシオペロさんは大丈夫ですか? 」


ウォマは疲れた顔をするテルシオペロの肩を支えた。彼女は小さく頷く。


「うっ……。お腹に入れると体が重くて。それに感覚がいつもよりも鈍感になるし……あ、ハララカさんが来ているわ」


トイレのドアが再びノックされることなく開いた。

そこにいたのは青ざめた顔のハララカだった。


「は、ハララカさん……あの……」


「あの魔族はどこにいる」


「私の体の中よ。言いたいことがあるなら出すけれど、今の状態じゃ会話もできないわ。

あなたが呪詛の篭った矢を射たなければヤハズは肉体を崩すことはなかったのに! 」


テルシオペロはふん、と顔を背けお腹を撫でた。相当ご立腹のようだ。


「……あの姿はなんですか」


白い少女のことを言っているらしい。

ウォマはしどろもどろになりながらも答える。


「あれは、その、ハララカさんの心を占めている異性の姿になってもらって……それで……。ごめんなさい、弓を射るほど嫌な思いさせると思わなかった」


「心を占めている……」


ハララカはあまりウォマの話を聞いていなかった。

ただそういうことか、と頷くとトイレから出てってしまう。


「怒ってるのかな……」


「怒るわよ! 謝りもしないで! 」


テルシオペロは大事そうにお腹を撫でた。

その姿は妊婦というよりは食べ過ぎてお腹が張っている人に見えた。

彼女はそのまま寝る、と言い残しトイレを去っていく。

諸々の話はテルシオペロが起きてからにしようとデュメリル達と話したが、彼女が目を覚ましたのは次の日の夕方だった。


*


ウォマはハララカの部屋の扉をノックした。

何度かノックしても答えはない。

どこかに行ってしまったのか……。ウォマが扉の前で右往左往していると、廊下の先に黒い髪が見えた。

ハララカだ。

彼女は慌ててそのあとを追う。


「ハララカさん! 」


三度、名前を呼んでやっと振り返った。

ウォマを見下ろす彼は少し呆れた顔をしていた。


「なんですかあ? 」


「ちゃんと謝りたくて……。イタズラしてごめんなさい」


「ああ、いえ。構いません。気にしてませんから。

用はそれだけですか? 俺は少し行くところがあるので」


「あ……うん」


彼はこちらを振り返ることさえせずに行ってしまった。

今からどこに行こうと言うのだろうか。

ハララカは、ウォマを避けている。それだけはわかった。


勝手に好きな人を調べようとしたウォマに怒っているのだと思ったが、彼からは怒りなどを感じさせないため、そうではないと気が付いた。

心を占めている人の姿を見たのだ。きっとその人への気持ちを思い出した。だからウォマを避けるのだ……。

とも思ったが、だとしたらその愛しい人を弓で殺そうとしたのは何故なのか。


ハララカには謎が多い。

ウォマは目をつぶり白く美しい少女の姿を思い出した。

異様なほど美しいあの少女をハララカは何故殺そうとした。

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