温泉のある文化
そんなわけで、色々あったがパーティ・ナジャシュはテルシオペロのいる場所へと向かう。
「色々あったがで片付けていいんですかあ?」
「まあまあ、あそこにあんなに時間がかかると思わなかったのさ。文字数が多くなっちゃって……」
「サクサク行きましょうサクサク」
ウォマは片腕を上げ馬を走らせる。後ろに乗っていたハララカは慌てて彼女の腰を掴んだ。
落馬するところだ。
「危ないじゃないですか」
「あ、めんご。
っていうか今更ですけど、テルシオペロさんの依頼って魔物退治と全然関係なくないですか?
カガチは人間を狙う人間でしょう?」
「本当に今更だな。
でも仕方ないだろ?僕たちが見つけた事件なのに他の奴らに任せっぱなしなのも悪いし、ギルド間の関係性ってもんが色々あるんだよ」
デュメリルは息を吐いた。
ウォマの言う通り本来なら彼等は関わらず衛兵や自警団などが執り行うべき仕事なのだが、別件で忙しいのかはたまた被害者が社会的弱者であったことからかあまり力を注いで捜査をしていないようなのでギルドが手伝うこととなったのだ。
テルシオペロは真っ先に自分が手伝うと言ったらしく、無関係なテルシオペロが行うのに自分がやらないという選択はできなかった。
「ふーん。デュメリルさんも人間関係とか気にするんですね」
「僕ほど気にしている奴もいないぞ!?」
「あ、デュメリル。魔物よ」
ヒバカリがまっすぐ遠くを見る。この先にいるらしい。
「どれくらいの距離?」
「……大変、街の近くまで行ってるわ!
しかも数が多い……!」
「ああ!クソ!最近街の近くに出過ぎじゃないか!?」
デュメリルは馬を叩いてあっという間に走っていく。残りの二頭も慌ててその後を追った。
20分ほど必死でかけていると悲鳴が聞こえてきた。
耳をつんざくような……魔物の悲鳴だ。
「誰かもう相手にしているわ!私たちも!」
5人は馬から飛び降りて、ヒバカリを先頭にして走り出した。
彼等の距離からでも魔物の気配を感じ取れた。
確かに数が多い。20体ほどいるんじゃないだろうか。
が、それを片端から潰していく音もする。
「あっ……!?」
魔物を相手にしていたのはヤハズだった。
彼は両手が血にまみれ、目だけが異様にギラついていた。
辺りには猪に良く似た魔物の死骸が数体、体に大きな風穴が空いた状態で転がっている。
「……ヤハズさん……?」
どこか強化魔法を使った時のヒバカリに似ている。しかしあの時と違ってとても恐ろしい。
ウォマは無意識に自分の体を抱き締めていた。
「加勢するぞ!」
デュメリルは一切気にならないのかヤハズの側に行って魔物に斬りかかる。
ウォマもそれに倣うことにした。
「あなたたち……!」
「ああ!テルシオペロさん!」
彼女は魔物たちから離れた位置の木陰に立っていた。
ウォマは彼女がどこか怪我をしているのかと思ったが、その身は綺麗なままだ。
「どうされたん、ギャ!?!?」
猪の魔物がまとめてウォマに追突しようとしてくる。
とても剣で受け止め切れそうにない。
「ウォマさん!」
遠くでヒバカリの声がした。
ああ、轢かれる……
「ヤハズ!彼女を守りなさい!」
「かしこまりました。」
猪に踏み潰されミンチになる……そう思って目を開けたがミンチになっていたのは猪の方であった。
ヤハズが薙ぎ払ったのだ。
「あ、ありがとうございます……?」
「お礼ならテルシオペロ様に」
ヤハズはニコリともせずまた他の魔物を殺しにかかる。
……この人、何かおかしい。
数十分掛け魔物を皆殺しにし終える。
ユウダとテルシオペロは魔物の死骸を炎で燃やしていた。
その横にはヤハズがぴったりといる。血まみれで。
「……あの、ヤハズさんって……」
「魔族ですか?」
ウォマの質問を続けたのはヒバカリだった。
彼女は戸惑ったようにヤハズとテルシオペロを見る。
「いえ、違います」
「さすがに誤魔化せないわよ……。
ええそう。彼は魔族よ」
ピョンとウォマは跳ねてハララカの後ろに隠れる。
魔族など彼女は初めて見た。
「ウォマさん?」
「ど、どうしよう……生魔族だ……」
「生……」
「え?ヤバくない?まぢぅち初めて見たんだけど」
「デュメリルっちも?ぅちもだよ。
えー、なんかさ、サインとか貰えるかな?」
「いや無理っしょ!
魔族ってやっぱ塩対応なんじゃね?」
「えー、聞いてみない?
あ、あの!」
ウォマはハララカの袖を掴んだまま、ヤハズに一歩近寄る。
「さ、サインとかって、貰えたりしちゃいます?」
彼はウォマとデュメリルの顔を見比べた。戸惑っている様子がうかがえる。
「そういうのは事務所通してもらわないとちょっと……」
「そうですよね!すみません、急に……」
「いえ……。サインは契約者としかしちゃいけない決まりなんで……」
「あのあの、じゃあ、握手は!?」
デュメリルがずいとヤハズに近づく。
「いいですよ。」
彼は血に塗れた右手を差し出した。
デュメリルとウォマはマントで手汗を拭いて、それに飛びつく。
「え!?やば!?神対応!!」
「あの、いつも応援してます!」
「ありがとうございます。また来てください」
「はーい、お時間です」
ハララカが興奮するデュメリルの肩を掴み無理矢理握手を離させた。
「一生手洗えないね」
「ね」
「血まみれですけど?」
「さて、そろそろ茶番は終わったかしら?」
ヒバカリが冷たい目でこちらを見ていることにウォマとデュメリルは気がついた。
「これから第2章として応援してたアイドルに彼女がいたことが判明、その時ファンは?という内容でやる予定なんだが……」
「テルシオペロ様、発狂するガチ恋勢役お願いします」
「いえ、私はプロデューサー役を頂くわ」
「ちょっと」
ヒバカリは咳払いをして茶番劇の一座を見渡す。話が進まない。
「ヤハズさんは……魔族、なんですのね。
テルシオペロさんは?」
「私は召喚士よ。
彼を使役してるの」
テルシオペロはフウとカッコつけて息を吐いた。
「か、かっこい~……」
「僕の方がかっこいいだろ?」
「召喚士……。初めて見ました」
「かなり危険な術だからねえ。使える人も限られている」
魔物の死骸を燃やし終わったユウダがヒバカリの横で1人頷く。
「自分たちよりも魔力のある魔族を術で縛るなんて到底出来ない。
あなたには相当なセンスがあるようだ」
「ンフフ、褒められるのには慣れているけれども好きなだけ褒めてくださいね。
私の家は召喚士の一族……というのもありますけれど、一番は私が秀才、天才、麒麟児、そういったものだったということが大きいでしょう」
「すみません、自信過剰なもので」
「ああ、腹が立って堪らないな」
「実のところは私が手を抜いて使役されることを許容したからですよ」
ヤハズは手をパッパッと振った。彼にべっとり付いていた血が消える。
魔族が呪文を唱えないで魔法を使えるというのは本当らしい、とウォマは驚いた。
「へえ、なんで許容したんですか?」
「契約内容は守秘義務がありますので」
「ちょっと、手を抜いたって何よ。
ま、まあ、確かにあの時の私はあなたを使役できるほどの力は無かったけれど……けれど今なら出来るわよ」
「はあ。また妄言を。すみませんね」
「いえ……。
というか、暴走したりしないですよね?」
ユウダはヤハズを頭のてっぺんからつま先まで眺めた。
この人間の姿は擬態だろう。本当の姿になって暴れたりでもしたら……自分に抑えきれるのだろうか?
「大丈夫。あなた方に危害は加えないという約束をしてますから」
「私が彼の27ある命のうちの一つ、こちらの世界の命を預かってるから大丈夫です。もし暴れたりしたらそれを潰して魔界に強制送還します」
「暴れませんって」
「魔族の約束なんて当てにしないわよ。
さあ、みなさんそろそろ街に参りましょう。休みたいでしょうし」
テルシオペロは手を叩いて皆を誘導する。
一同はそれに賛成した。
落ち着いて話もしたい。
「ムムム……あの女が仕切っているのが気にくわないが……仕方ない……」
「私だってあなたがいること自体が気にくわないわ」
「仲良くね」
ユウダの言葉にテルシオペロとデュメリルは目を逸らした。
✳︎
「ハー!沁みるわ~……」
ウォマは湯で顔面をバシャバシャと洗った。
ヒバカリが少し引いた顔をする。
「なんだかおじさん臭いわ」
「えー、そうかなあ?泳がないだけマシじゃない?」
「それはおじさんじゃなくて子供」
ウォマは天井を見上げる。
あたりはモワモワと湯気が漂っていた。
湯に浸かる。これがこんなに気持ちがいいだなんて。
一行はテルシオペロの勧めで温泉に来ていた。
温泉はこの国では珍しい文化だ。
ウォマもヒバカリも初めてのことである。
「さすが、ヒバカリさんは肌ピチピチだねえ」
「あ、あんまり見ないでくださる……?」
「照れてんの?かわいーねえ?」
「本当におじさん臭いわ」
ヒバカリはウォマから隠すように自分の体を覆った。
が、湯が透明なので隠しきれない。
ウォマはヒバカリの体をひとしきり眺めて自分のお腹を見た。
臍の刻印はすっかり消えている。
「ハー……」
「ヒバカリさん?なんでこんな気持ちのいい湯に浸かってるのに悩ましげなため息?」
「い、いえ!
ただ、その……ウォマさんのような女性的な体つきが羨ましくて……」
ウォマは頷いて自分の胸を揉む。自分の体で自慢できるのはこれくらいだろう。
「揉む?有料」
「無料でも結構よ」
「冗談冗談。
大丈夫!ユウダ先生はロリコンだからヒバカリさんの体で興奮するって」
「ロリ……?」
いやそれよりも、興奮……。
「は、破廉恥よ!!」
「ごめんごめんって。
にしてもテルシオペロさん遅いね」
彼女は一緒に温泉に入ることを渋ったのだが、ウォマとヒバカリが強く誘うと「わかりました」と頷いていたのだが。
「あ、ちょうど来たわよ」
温泉の戸が開く音がした。
顔を上げるとテルシオペロがゆっくりと入ってくるところだった。
「遅いですよ~!」
「ごめんなさい、少し手間取って……」
彼女は困ったように笑い、掛け湯をして湯に浸かる。
その体は沢山の刻印が刻まれていた。
「わー……!もしかしてそれって今までの魔族との契約的な……?」
「……私、ヤハズとしか契約したことないの」
「え?」
ウォマはテルシオペロの体を無遠慮にながめまわす。
彼女のお腹にも背中にも胸にも首にも、大小柄共に様々な刻印が無数に刻まれている。
10などゆうに超えているだろう。
「……なんの刻印ですか?」
「ああこれ……。…………ヤハズが……約束をいちいち刻印にするのよ……アレはダメね。契約者との関係性を分かってない。
これは私が知らない人と2人きりにならない約束、これなんて他の魔族と契約しない約束よ」
「エッ」
それは……まさかまたヤンデレが出てくるというのか?既にヤンデレ枠もメンヘラ枠も埋まっているというのに。
そんなウォマの心を知ってか知らずか、テルシオペロは言葉を続ける。
「それからこれは私が歌を歌う前に必ず宣言をし耳栓が無い場所では歌わない約束、これは主にデュメリルに嫌がらせをする前にどんな嫌がらせをするのか伝える約束、これは脱いだ服はきちんとカゴに入れる……特に靴下、これはトイレットペーパーをギリギリだけ残して代えないのはやめる約束、これは……なんだったかしら?確か酔った時に深夜に大声で歌いながら外を歩くのはやめろ、とかだったような」
小姑のようなものがチラホラある。
テルシオペロ歌下手なのかなとヒバカリは思った。
果たしてヤハズとテルシオペロは一体どんな関係だというのだ。
「ほんっとにどうでもいいことを刻印にしますね!? 」
「でしょう?
まったく、ヤハズのやつ……ここがファンタジーの世界じゃなければ温泉もプールも入れなかったじゃないの」
「そもそもテルシオペロ様が言葉での約束を守ってくれればこんなことにはならないんですが」
低い声がしてヒバカリとウォマは慌てて振り返った。
そこにはヤハズがしれっと立っていた。先ほどと格好は変わらないので靴やズボンの裾が濡れている。
「ギャーッ!」
ウォマは悲鳴をあげ凍りついているヒバカリに抱きつきその体を隠した。
自分はともかく貴族の小娘には刺激的すぎる体験だ。
「こら!呼んでないわよ!」
「それは失敬。ですが安心してください。私は魔族。人間の裸など見たところでなんとも思いません」
「そーゆーことじゃないのよねえ」
「あなたはよくてもこちらからしたらいきなりマッチョが風呂場に現れてんだよ!心臓口から飛び出そうなんですけど!? 」
ウォマの怒鳴り声にヒバカリの耳がキンとなる。
顔は彼女の胸の脂肪に埋められ、息も出来ず、最悪な状況であった。
「ああ……これは主人が好む姿にしているので……。本来ならそもそも四本足ではありませんから安心してください」
なにを。
「っていうかマッチョ好きなんですか? 」
「良くない?」
テルシオペロの言葉にまあ悪くはないとウォマは頷いた。
「私は人間が好む姿に変身することが出来まして」
「おっと、いきなりなんかフラグ立ったわね? 」
「まあ魔族ならみんな出来るんですけど。どうです? 」
「いや遠慮しときます」
ここでハララカの姿になられたら私いたたまれないし……と思ったがテルシオペロの「いいじゃない」という明るい言葉に決行されることとなってしまった。
「えっ、待っ」
「じゃあ失礼して」
ウォマの制止の声聞かずにヤハズは目を瞑った。体が見る見るうちに変化していく。
筋肉が落ち、髪の色が黒く、仄暗い瞳をたたえる。
「あら……ハララカさんが好きなの」
テルシオペロが何を言っていいかわからない、というように困った顔でハララカの姿になったヤハズを見ていた。
「ちが、ちがいます! 好みってだけで! 好きなんかじゃない!
……それで、ヤハズさん。一度外に出ましょうか」
「はい」
ウォマは脱衣所に出てヤハズを眺めた。テルシオペロとヒバカリは横で体を拭いて支度をしている。ちなみにウォマは10秒で支度し終えた。
彼は上から下まで全部ハララカになっているようだ。服装すら、同じになっている。
「なるほどね……例えば壁ドンとかはしてもらえるんでしょうか」
「えっと、まあ」
ハララカ……というかヤハズが少し困惑した表情を浮かべながら、脱衣所の壁にウォマを押し付けて、彼女の体の横に手をついた。
「……なるほどね! 」
「何がなるほどよ。あなた、自分のして欲しいことヤハズさんにやってもらってるわよね」
「いや、これはヤハズさんがもし万が一誰かに化けた時見分けられるかのチェックですよ」
「表層的な記憶しか辿れないのですぐにわかると思いますが」
「そうなんですね……。因みにですけど私以外の人の好みの姿ってわかります……? 」
「それは勿論。あ、彼女の好みの人の姿になりましょうか? 」
ヤハズは含みのあるニヤニヤ笑いでヒバカリを見る。
「いえそれはもうわかっているので」
「そうでしたか。では誰の? 」
ウォマは未だ壁ドン体勢のままのハララカの姿のヤハズに顔を寄せた。
「ハララカさんの……」
「ほほう」
「いや、これはあれですよ。好きとかではなくて単なる知的好奇心です」
どうごまかしたって、彼女がハララカのことを気にしているのは明らかだ。
ヒバカリは呆れた声を出す。
「でも、あのハララカに好みがあると思うの? 」
「無いか。
じゃあ、そうだなあ……。ハララカさんが今まで会った中で一番心を占めている女性とか」
「母親とかだったら笑えるわねえ」
テルシオペロがたおやかに笑う。
マザコンが気持ち悪いという概念はこの世界にもある。
「できます? 」
「勿論ですよ」
ヤハズはハララカの姿から、テルシオペロが好みだという筋肉質な男の姿に変わるとにこりと微笑んだ。
「面白くなってきましたね」
「そうですか? まあ、行きましょうか! 」




