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贖罪と後始末

スティムソンは地下で、何重にも腕を縛られ更に足を椅子に縛られていた。

身動きが取れない。


あの魔術師の男……ユウダは自分から全ての権利を奪ってしまった。

あの権利が誰のものになるか分からないが、そんなものはどうでもいい。

ブラーミニさえ蘇れば、莫大な資産だろうとこの絢爛豪華な館だろうと全てくれてやる。

例えこの先何をされようと必ず彼は成し遂げるつもりだった。

必ず愛しの妻、ブラーミニを蘇らせる。


彼が決意していた時、地上へと続く階段から足音がした。

ユウダだろうか。

判事が来たのかもしれない。どう自分の罪を軽くするか。彼は頭を回転させる。


しかし現れたのはそのどちらでもなかった。


「これじゃ逃げられませんか。安心ですねえ?」


あの嫌な男……ハララカだった。

スティムソンは顔を顰める。

自分の妻たるウォマを唆した男。


「なんだ、何しに来た。」


スティムソンはハララカを睨みつけながら低い声で脅す。もちろん、効果など無いが。


「俺はもう全てをユウダ先生に任せようと思ったんです。思ってはみたんですけど……ほら、頭では理解していても感情はそうじゃない。わかるでしょう?」


「……?何が言いたい?」


「あのイかれた蘇生魔法の方法誰から教わったんですかあ?」


スティムソンは戸惑った。会話が成立しているのか?

それとも会話などする気がないのか?


「……全てを癒す白絹の君、と呼ばれている魔法使いだ。ある時フラッと来て私に魔法を教えて……それがなんだ?」


「ああ、噂の先代ですねえ。

そういう阿保みてェな通り名って誰が決めてるんですか?

嘘もいいところ、真逆じゃねぇか。なあ?」


「……き、君とさっきから会話が噛み合ってると思えない。何の用だ、何を話したい」


ハララカの言葉に宿るその粗雑さに、スティムソンは怯えた。

彼の瞳は暗く、獣のように鋭かった。


「いえ、もう話すことはありません」


ハララカはフッと笑うと突如として背中の弓をつがえ、スティムソンの額に標準を合わせた。


「な、何を、こ、殺す気か!?私を!!」


「それしかないだろ?償いってのは死ぬことなんだよ」


ハララカは笑う。それが当たり前だとでもいうように。

しかしスティムソンにとってはそうではない。


「そんなことしてどうなる!?私を殺したら事実は闇に消えるぞ!?」


「どうでもいいそんなもの」


スティムソンは必死に説得しようとするが、ハララカはもう決断しているのか一切の迷いなく弓を構えている。


「なんでお前が、私を殺すんだ!!お前は無関係だろ!!」


「この弓は呪われていて、俺が殺したいと思った相手と、俺が愛おしいと思った相手を必ず殺すんです。

殺したいと思ったなら、必ず。それはもう俺にはどうすることも出来ない。

どれだけ抑えても俺の殺意は止められない」


スティムソンは無様に叫ぶが、ハララカはただ笑うだけだ。

その顔は、今スティムソンを殺そうとしている割には穏やかで、ひどく優しく見えた。

その姿に、かつてのこの館の主人は形振り構わず命乞いをした。


「やめ、やめろ!!殺さないでくれ!!なんでもやる!!な!?」


殺されては堪らない。

ブラーミニを蘇らせて、再びあの幸せな生活を送るのだ。

全てを投げ出したとしても彼女がいればそれで良い。


「私は死ぬわけにはいかないんだ!!ブラーミニを蘇らせなければ、彼女が、彼女をッ!!」


男の慟哭は、だがハララカには通じなかった。

まるでなにも聞こえないかのように微笑んでいる。


「頼む……!!彼女と共に生きたいだけなんだ……!!」


「誰がどうなろうとどうでもいいと思ってたんだが、そうじゃなくなったんだ。

だからどうしてもお前が許せない。

あの女たちは銀髪のコレクションじゃなければ、お前の妻のパーツでもない。1人の人間だった」


ああ。

スティムソンは見開いた目から涙が流れた。

この男に話は通じない。

この地下室に降りた時……いや、スティムソンの行いを知った時からこの男はスティムソンを殺すつもりだったのだ。

例え彼がどんなに言葉を重ねようと、ハララカはスティムソンを殺すだろう。


「お前に……本当に愛する人が出来た時、私の行いを断罪したことを後悔するだろうよ」


スティムソンの乾いた唇から漏れた呟きに彼は首を振る。


「愛する人だろうとなんだろうと、人は死ぬ。それを受け止めろよ」


「お前は人を愛したことがないからそう言えるんだ」


「違う。人を愛したからそう思うんだ」


ハララカが矢を放つ。その矢はまっすぐ、スティムソンの脳天に突き刺さった。


スティムソンはぐったりとして動かない。

あまりにもあっけない死。

どんなに罪を犯そうとも結局額を射抜けば人は死ぬのだ。


彼を殺した射手は息を吐いた。


「11人の人間殺してまでこんな世界に蘇りたい人間なんかいねえよ。

そんなことしてまで蘇らせられた女の気持ち考えろ」


ハララカはスティムソンの額に刺さる矢を引き抜いた。

さすがに、自分がやった確定的な証拠を残しておくわけにはいかないだろう。

状況的に自分しか犯人はいないが。


「……誰かいるんですか?」


地下室の入り口から声が降ってきた。

この声はルソン、だっただろうか?

確かデュメリルの知り合い。

ハララカは少し悩んだが返事をした。


「いますよ」


「あら、どうされました?」


ルソンが階段から降りる足音がする。

慣れてないのか、足音がおぼつかない。


「急階段で、苦手なんですよね……。

……それでこんなところで何、」


ルソンはハララカに笑顔を向けていたが、死体に気がつくと真っ青になって口元を覆った。


「ゾンビ!!」


「ただの死体ですよお?」


「あ、なんだ……。

え!?死体!?あ!!スティムソン様!!」


ルソンは死体に一歩近づき、それをマジマジと見た後再び口元を押さえた。

吐きそうなようだ。


「吐いたらどうですか?掃除するのはあなたでしょうし」


「ですから我慢をしているんです。

……なんでこんなことが……」


「さあ、来たらこうなってました」


「あなたが殺したんですね?」


ハララカはうなじを撫でた。

誤魔化せそうにない。


「ええ、まあ」


「ああ、どうしましょう……。

確かにスティムソン様は人使いも荒いし銀髪フェチで極めて気持ち悪いし権力があるからって横暴だしロクに良いところがありませんけど……殺すほどでは……」


「殺すほどのことをしていたもので」


「そうですか……。

脱税とか?」


ルソンの小さな問いにハララカは首を傾げる。

脱税とは殺すほどの罪だろうか。


「女を誘拐して子供産ませて近親相姦した挙句その女たちを殺して儀式をしていたんです」


「ああ……理解の範疇を越えてしまいました……。

私、う……気絶しそう」


「ご存知なかったんですか。

使用人に手伝わせてると思ったんですが」


「まさか。

あ、でも人の出入りが激しいのってそういう……」


ルソンは青い顔で呟いた。

この館で働く使用人の勤務期間は皆3年間ほどで日の浅い者ばかりだったのだ。

その悪業を知ってしまって、始末されたのだろうか。


「あのお願いがあるんですが……」


「お断りします」


「え、そんな……。でもそれなら仕方ないですね……」


「冗談ですよ、なんですか?」


「今から気絶するので、運んでもらえませんか?」


「そんなお願いが出来るなら余裕があるんじゃ?」


「それもそうですね……」


ルソンはフラフラと階段の方に歩き出す。

ハララカは暫くその姿を眺めていたが、1段目すら登れない様を見て手を貸すことにした。

ルソンの腕を自分の肩に回す。


「うう……すみません……」


「吐かないで、気絶もしないでください」


「頑張ります……」


どう頑張るというのだろうか。

ハララカはルソンの顔を見る。青白いを通り越し、灰色になっていた。


「スティムソンとお揃いですね、顔色」


「ハハ……ありがとうございます……」


「褒めてませんよ、貶してます」


気絶一歩手前のルソンを支えながらハララカは地下室から上がり、廊下に出た。

明かりが眩しい。

それほど長いこといたつもりでは無かったが、つい時間をかけてしまったようだ。


半ば引きずるようにしてルソンを運んでいると、客間からウォマとユウダが出て来た。

こちらを見てギョッとした顔になる。


「殺しちゃったんですか!?」


「ルソンさんは殺してませんよお?」


「すみません、お客様にこんな……」


ウォマはハララカからルソンを奪うようにして抱き締める。

顔色がドドメ色だ。何をしたのだ、とハララカを睨む。


「事のあらましを話しただけです」


「オブラートに包みました!?」


「なんですかそれ」


「だろうよ!

大丈夫ですか?ベッドに横になった方が良いですよね?運びますから。

ほら、ハララカさんも手伝って」


「まだ運ぶんですか?」


「鬼畜か?

もういいです、ユウダ先生」


「あ、ああ」


ウォマとユウダでルソンの両肩を支え、部屋まで運ぶ。身長差があるのでルソンは歩きづらそうだ。

ユウダは、なんだか人を運んでばかりいるな……と思っていた。


「こんな石灰みたいな顔色になっちゃって……。

えげつないこと言ったんでしょ」


「そんなことは」


「はあ、ならスティムソンの死体でも見たとか?」


「あれ?よく分かりましたね」


「冗談だったんですけど。

殺しちゃったんですか?」


「まあ」


ウォマはやれやれという風に首を振った。

死んで欲しい、殺したいと望んだが、こんなに早く。

というか、諸々の手続きはどうなる?


「え!?殺しちゃったの!?」


「つい。」


「もー!何やってんの……。

いのちだいじに!殺し、ダメ絶対!」


「ハハ、ユウダ先生がなんか言ってる」


「笑えますねえ」


3人はルソンを先程の、デュメリルが寝ている部屋のソファに寝かした。

どこに彼女を運ぶべきかわからず、皆が入りやすいこの部屋がいいだろうということになったのだ。


「ルソンさん、大丈夫ですか?」


「すみません……ご迷惑おかけして……」


「迷惑じゃありません!

あ、そうだ。ハララカさんの魔法でチャチャッと治してあげてくださいよ。

10000%あなたが原因だし」


その言葉にハララカは顔を顰めた。

嫌で嫌で堪らない……表情だけでそれが伝わってくる。


「なんて反抗的……。ルソンさんに親でも殺されました?」


「そうじゃありませんけどお……」


「ならチャチャッと」


「ちょ、ちょっと待ってウォマさん」


ユウダが2人の間に割って入る。

ウォマは、ユウダが魔法をかけるならそれでも構わないと彼を見つめた。

が、どうもそうではないらしい。


「ハララカの魔法はキスしないと使えないんだよ?

ウォマさんはハララカがルソンさんとキスしても良いの?」


「え?でも魔法でしょ?」


「なんて割り切ってる女なんだ……。竹か?

で、でも、ほら、なんか思うところ無いの?」


「キスだと思うからです。これは魔法!ハイタッチと何も変わらない!」


ユウダはえー、というような顔をして一歩ウォマから距離をとった。

自分ならそうは思えない。

ヒバカリが他の……そう思っただけで気が狂いかける。既に狂っていたので事なきを得たが。


「俺はそう思えないんですけど」


ハララカが苦虫を噛み潰したような顔でルソンを見た。

ルソンは既に瀕死。あと数秒で気絶する。


「別に命に別状はないんですから良いでしょう」


「キスだって命に別状ないでしょ!?」


「えー?そうかな」


「そうだ、キスなんてさせられない」


後ろから、よく通る声が響いてきた。

振り返らずともわかる。デュメリルだ。

酔いが覚めたのか、起き上がってこちらにスタスタと向かってくるとルソンとハララカの間に立った。


「おはよう。気分は?」


「最悪だ!

ハララカがキスなんてしたら、ルソン姉ちゃんが穢れるだろ!」


「穢れませんよ」


「うんうん。穢れちゃうね」


「はー……ならユウダ先生がちょちょいと」


ウォマはルソンを見る。

完全に気絶しているようだが、顔色は白いままだ。

このクソみたいな男たちのせいで……なんてかわいそうに……。


「気分を良くする魔法なんて使ったことないからなー。誰かと違ってメンタル強いし」


「うるせェぞロリコン」


「早くしろよ!ルソン姉ちゃんもう気絶しちゃったぞ!」


睨み合うハララカとユウダ、大声で叫ぶデュメリル……。

ウォマは明後日の方向を見た。

心の中でルソンに土下座をしながら。

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