私の愛しい
またもう一度彼女と共にいられたなら。
叶わぬ願いだとしても、願うことはやめられない。
✳︎
「さあて、じゃあお話といきましょうか!」
ウォマがスティムソンに向きなおると、彼は椅子をガタガタ揺らして抵抗した。
「待て!おかしいだろ!いやおかしい奴しかいないのか!?
館の主人が縛り上げられてるの見ておいて、初恋の人がどうのこうのとかモノローグ入れる!?どうでもいいだろ!私の命の方が大事だと思わないか!?」
「命までは奪いませんよお。今の所」
ハララカの薄気味悪い笑顔にスティムソンはゾッとする。
この男を館に入れたのは間違いだった。
「どうして近親相姦銀髪ランドを?」
「その低俗な言い方をやめろ!
彼女たちはそんなものじゃない!
彼女たちは私の妻なんだよ!」
スティムソンは髪を振り乱して叫んだ。
心底気持ち悪い。ハララカは一歩離れる。
「はいはい、奥さんね。
でもあそこまでする必要ないでしょ」
「ウォマ、お前もそうだ、大事な私の妻、妻の一部、私の宝!」
「だから結婚なんてしてないっての」
「あの輝く銀髪はブラーミニの名残だ、彼女を蘇らせる、その為にお前たちが必要なんだ!」
目を剥き吼えるように言葉を吐き出すスティムソン。
これはいよいよ発狂したか。
「ブラーミニって誰です?」
「さあ?」
「説明しよう!」
突然、スティムソンでもウォマでもハララカでも無い声が部屋に響いた。
扉の裏側からだ。
ウォマが固まってそこを見ていると、ゆっくりと人影が現れた。
長い金髪……ユウダだ。
「ユウダ先生!なんでここに?」
「私を出し抜こうなんて2万年早いぜ!
ということで、さっきスルッと、魔法でやって来たんだ」
ユウダの目がハララカを捉える。
「……全然怒ってないけどね。別に、ヒバカリと一緒に館の探索……なんで私じゃなくてハララカに……」
ユウダはヒバカリとハララカが探索していたことも知っていたようだ。
大方、ヒバカリにGPSでも付けているのだろう。
この空間変態の密度が高すぎる……ハララカはため息をついた。彼はこの時自分のことを棚に上げていた。
「はいはい、すみませんねえ。
それで何を説明してくれるんです?」
「その前にスティムソン氏を縛るのやめなさい。いくらなんでも可哀想だ」
「ああ……やっとまともな人間が現れたか……」
「扉の裏側にずっといた奴が?まとも?」
そう言いながらもウォマはスティムソンを縛る縄を解いた。
話してる途中に激昂したりしたら大変だと(いう名目のもと、本当は積年の恨みを晴らす為に縛っていた)思い縛っていたのだが、ユウダが言うなら取り敢えずは大丈夫だろう。
魔法が全て解決してくれる。
「ふう、痛かった……」
「すみません、正義の心が強すぎたみたいで……」
「さりげなく私を悪側にしたね?」
「そりゃ悪でしょう。近親相姦ランド建設はちょっと頂けない」
「ユウダ先生は建設の動機を知ってるんですか?」
訝しげな顔をするウォマにユウダは大きく頷いた。
「まあなんとなくね。
先程彼が言っていたブラーミニという名前、彼の奥さんの名前なんだ。
実は肖像画もある」
ユウダが懐から小さな額縁を取り出した。
そこに描かれていたのは、美しいプラチナブロンドの女性……。
「なんとなく読めて来た。
この人が死んで、プラチナブロンドの女を攫うことで心の寂しさを埋めてたとかそういうやつ?」
「聞いた話によると、ブラーミニさんは20年前に亡くなっていたそうだ。死因は階段から滑り落ちて首の骨を折った、即死だったそうだ。
きっとスティムソンさんは悲しみに暮れ……おかしくなってしまったんだろうね。プラチナブロンドの女性を捕まえて彼女を作ろうとしていたんだよ」
目の前にスティムソンがいるのに推理をするというのもおかしな話だが、ユウダは気にせずに続けた。
「作る?」
「そう、黒魔術の、酷く劣化した物を使ってね。
頭、胸、腹、腰、右腕、左腕、右足、左足、心臓、脳、子宮。この11のパーツをそれぞれ別の人物から取り出し組み合わせることで人を蘇らせられるという嘘か本当かわからないような魔術を真に受けた彼は早速11人のプラチナブロンドの女性を攫った。
それで失敗したんでしょうか?蘇生魔術が成功していたら国が崩壊するって言われてますし、とにかく、未だにあなたはプラチナブロンドの女性を作ることをやめていませんね」
穏やかな魔術師は、ただ困ったように笑いスティムソンを見つめた。
彼は震える。何故そこまで……そうか、この魔術師は自分の部屋に入ったのだ。
先程、この部屋に誰にも気付かれないように侵入した時のように。
スティムソンは観念した。隠しても無駄だ。
「……ああ。失敗した。
きちんと、11人の女と、ブラーミニの魂を用意して、四年に一度全てが揃う晩に黒い森でやったというのに……。
きっと、材料が悪かったんだろう。
だから私は材料を一から作り出すことにしたんだ。男が産まれた場合は売り払って女だけを妻の一部として残しておいた。
次は娘を使った。けれどこれも上手くいかない、だから孫を使うことにした。まだ孫は幼いが、初潮を迎えたらきっと……」
「何言ってんの!?」
ウォマは、人を材料と言いまるで芸術家のような語り口で犯行を語るスティムソンに掴みかかった。
「バカじゃない!?人間は死んだら蘇らない!ましてや、他の人間を使って蘇らせられるわけないじゃん!
何人殺したんだよ!1人蘇らせるのに、何人!!」
「……かつて同じことを言う子がいたな……」
静かな目でスティムソンはウォマを見つめる。彼女の短い髪を撫でる。
ウォマはそれを振り払った。乾いた音が部屋に響くが、スティムソンは気にせずに話を続ける。
「厄介だった……。なまじ、知能があるから反抗する。
お前もそうだ。逃げ出して。奴隷商人から買ったのは私だ。お前はブラーミニになるべくして買われたんだ。大人しく材料になるべきだろう?」
「ふざけんなよ……!私の命は私だけの物!あんたなんかの好きにさせるわけない!」
「違う。お前たちは材料だ。
クソ、こんなことならお前にも薬を飲ませておくべきだった……」
「薬……。
まさか、あの人たちがみんなイかれてんの、あんたが薬を飲ませたから……?」
「そう。反抗する者が増えて来たからね。
プラチナブロンドの奴隷なんて珍しいのに、更に反抗しない女なんて早々いない。見つけ次第全て買い付けていたが見つからなくなった。
ならばこちらで用意するしかあるまい」
あの会話のできない女たちを想う。
皆、ここに来る前のことで心を壊しているのだと思っていた。しかしそれは間違いで、この男が人為的に作り出していたようだ。
なんて非道な。
「四年前、失敗した。しかし次の機会はちょうど一週間後。
今こうしてお前が戻って来たのは運命だとは思わないか?
今度こそうまく行く……沢山用意したんだ。今回は一回ではなく二回、蘇生の儀式を行える……。一回は娘たち……。もし万が一失敗しても孫たちがいるからそれを使えばいい。まだ若いが……仕方がない。
さあ、ウォマ。お前がブラーミニになるんだ。また、私の元で」
スティムソンの腕がウォマを捉えようと伸びるが、その前に腕がダランと垂れた。
ウォマの短刀が彼の胸に突き刺さっていた。
「あ……?な、んで……」
スティムソンの目は柄を見つめる。胸から血が流れた。
「お断りだからだよ。勝手に死んでろ、バーカ!」
「いやいや!まだ殺すのはマズイ!」
ユウダが慌てた様子で2人の間に入ると、呪文を唱えた。
スティムソンの胸には短刀が刺さったままだが、そこから血は流れていない。
「ユウダ先生!邪魔しないでください!」
「そういうわけにもいかない。
殺してどうするんだ?君がこの男の罪を裁くの?」
「そうするしかないでしょう!?」
「いいや違う。裁くのは君じゃない」
ユウダが笑うと、再び呪文を唱えた。
ウォマの体が、いや視界が揺れる。
そして世界がぐるりと回って……落ちた。
気がつくと妻たちの広間……コレクションルームにいた。
「転移魔法……?」
「この館内ならなんとか出来たね。
さて、スティムソンさん、こちらに」
いきなり現れたウォマたちに妻たちがキャアキャア叫ぶ。
スティムソンの胸に短刀が突き刺さっていれば尚更であろう。
「私はこう見えても腕が立つ魔術師でね、この方々の薬の影響なんかあっという間に治せるんだ。」
ユウダが三度呪文を唱える。
すると、キャアキャア言っていた妻たちの動きがピタッと止まった。
「あ……れ?わたし……」
「や、やだ……なんかおかしいよ……。」
「どうしてこんな……頭が回らないの……」
女たちは次々に悲鳴をあげる。
正気に戻り、自分の置かれた状況に気がついたようだ。
「ハイ注目!」
魔術師は手を叩いた。スティムソンが逃げようとするがそれを素早く止める。
「彼はあなたがたを捕まえ己が欲望を満たし更には殺そうとした主犯です!」
「旦那様……?」
「どうして……」
女たちは混乱の中スティムソンを見た。
なぜ自分たちがこんな目に?
自分たちは奴隷商人に捕まった哀れな女だというのに。何も悪いことなどしていないのに。
「彼の胸に刺さっているナイフ。これを抜けば彼は死ぬ。
さあ、君達の好きにするといい!」
「ま、待ってくれ!!」
スティムソンは「妻」たちに向き直った。
「殺さないでくれ!君達に生活を与えたのは他ならぬ私じゃないか!」
「……でも、殺したのもあなたですよね?」
1人の女が立ち上がる。
よく見ると右腕が無い。
「私たちだって、死にたくなかった。殺さないでって何度も叫んだ」
左腕のない女がスティムソンの顔を覗き込む。
「でも殺した。本当の妻を蘇らせるために」
左足のない女が這いつくばりながらスティムソンに近寄った。
「死人を蘇らせるために、生者を殺した」
胸に大きな穴の空いた女が、スティムソンの胸に突き刺さった短刀に手をかけた。
「ま、待ってくれ、やめてくれ、頼む」
「あなたはやめてくれた?」
短刀が勢いよく引き抜かれた。
血しぶきがウォマの顔にもかかる。
温かいものが彼女の頬を伝った。
✳︎
「ウォマさん!しっかりしてください!!」
ハララカの声でハッとなった。
目の前にあの女たちはいない。
いるのは体を丸めて「助けてくれ」と泣き噦るスティムソンだ。
「……あれ、わたし、」
「幻覚ですよ」
ハララカの指がウォマの頬を拭う。
気が付かないうちに泣いていたようだ。
「大丈夫ですか?」
「うん……。ただ、生々しくて……」
「フフフ、幻覚は私の得意とする魔法の一つだからね!」
ユウダがドヤ顔をするがハララカは無視して、ウォマを抱きしめた。
あんなドヤ顔目に入れる必要はない。
「……スティムソンを殺さないんですか……?」
ウォマはどこか虚ろな声でユウダに尋ねる。
こんなにも殺してやりたいのに。
「……殺さないよ。
彼には償ってもらうことが沢山ある。山のように。死ぬのはその後だ」
「償う……?」
「今囚われている女性たちを解放して自力で生活できるように支援することとか、今まで殺した女性の……まあ殆どが奴隷だというから家族はいないだろうけど……遺族に説明とか、様々にね」
スティムソンを見る。ウォマが付けた傷は無くなっていた。
ユウダが治したのだろう。
「……そういうやり方で償えるんでしょうか」
ウォマにはわからなかった。
しかし、ユウダにもわからなかった。果たしてこれで良いのか。
ただ無闇にこの男を殺しては情報が手に入らなくなる、そう思っただけだ。本当ならユウダだって殺してやりたかった。
「償い方なんて誰にも分からないよ」
「そんなの、殺すしかないじゃないですか」
ハララカの冷たい声にユウダは頷きそうになる。こんなの、死ぬべきだ。
だがユウダは考えを振り払いスティムソンの襟首を乱暴つかんで立ち上がらせると、「じゃ、私が諸々やっておこうかな」と部屋を出て行った。
残されたのは抱き合うウォマとハララカだ。
雨の音は聞こえない。晴れたようだ。
聞こえるのはハララカの鼓動のみ。
「………………あの、そろそろ離して……」
「あなたもああなるところだった。
わけのわからない理由で、誰にも知られることなく殺されて体を切られるところだった」
「あー……でもほら、こうして生きてますし」
「怖くないんですか?あなたが捕まった時あの男は殺人を終えた後だった。いつかの殺人のためにあなたを捕まえたんですよ?それまでにあなたは薬を飲まされて頭を動かせなくして子供を孕ませられて、更にはその子供が犯されて殺される」
ハララカはウォマを抱きしめる腕に力を入れた。
もしウォマが逃げ遅れていれば今こうして彼女がハララカの腕の中にいることはなかった。
「この世界の死が恐ろしいだなんて思ったことなかった」
「ハララカさん……」
「良かった、生きているあなたにこうして触れることが出来て」
ハララカが不意にウォマの唇に口付けをした。
触れるだけの優しい口付け。
「お、大袈裟、ですよ。
っていうか、私が死んでたらハララカさんは私にそんな風に思うこともなく、他の人にそう言ってますよ」
「それもそうですね」
ハララカはあっさり同意した。
しかし、彼の腕の力は弱まらない。
「それでもあなたが存在していて良かったと思います」
そんな風に誰かに言われるのは初めてだ。彼女は少しだけハララカを抱きしめ返した。
「なんか……今日のハララカさんは随分素直ですね」
「いつも素直だと思いますけど?」
「そんなことないですよ。可愛げないしクソって感じ」
「ウォマさん?」
「あ、あー、そうだ、そろそろ部屋戻りましょうか、ね?」
うっかり口を滑らせたウォマはハララカの背中を叩いた。
彼は顔を顰めていたが、不意にそれを緩めて「そうですね」と頷いた。
「ついでにあなたのお腹の刻印消してもらいましょう」
指摘されウォマはお腹を押さえた。
11の刻印。
そう思ってウォマは気が付いた。
この11は11番目のコレクションという意味ではなく、11箇所目という意味だということに。
何故なら、20年前に妻が亡くなり、何度やったかはわからないがスティムソンの「一度目は失敗したから二度目は娘を使った」という話から少なくとも二回はやっていることがわかる。最低でも犠牲者は22人。
それなのに11。
つまりこれはコレクションのナンバーではない。使用箇所の印なのだ。
頭、胸、腹、腰、右腕、左腕、右足、左足、心臓、脳、子宮。その11。
本当に危ないところだった。少し逃げ遅れていればウォマは今頃よくわからない儀式に使われていたのだ。
「これ消せるんですか?猛烈に消したい」
「ユウダ先生なら恐らく」
「ふうん、ハララカさんは?消せないんですか?」
「消せますけど」
「なあ!?ならお願いしたいんですが!?」
ウォマがハララカの腕を掴んで揺する。彼は遠くを見て「何があっても怒らないでくださいね」と言った。
……何が起こるんだ……。
猛烈に不安になるウォマ。この男に頼むのは間違っている?
「やっぱりユウダ先生にお願い……わー!呪文を唱えるのやめて!待って!私これからどんな目にあわされ、あ、」
ハララカはウォマの制止を一切無視して彼女に魔法をかけた。
彼はウォマの頬に口付ける。
「こればっかりは俺のせいじゃありませんから。」
「何不穏なこと言ってんの……ってか私止めたじゃんか!」
ウォマがハララカを睨みつけたその時、彼女の体に異変が起こる。
お臍の下、ちょうどタトゥの辺りがジリジリと痛む。
まるでロウソクの火を当てられているかのような痛みだ。
「いっ、あ……何これ……!痛い……?」
「昔の傷を治そうとするとそうなるんですよ。
大丈夫、これからもっと痛くなりますから」
「全然大丈夫じゃないんですけど!?
あー!なんか、ビリビリする!痛い!」
「可哀想に 」
ハララカは悲しそうな顔でウォマの頭を撫でるが、この男がやったことだ。
ウォマは半泣きになりながらなんでこんな目に合わなくてはならないのか、己の不運を呪った。
「アッ……もう冗談抜きに痛い……。削られてるみたいな……」
「ちょっと失礼しますねえ」
ハララカが遠慮なくウォマのシャツをめくった。
お腹を見ている。タトゥは消えただろうかとウォマも下を見た。
「消えてる……良かった。こんだけ痛い思いして消えてなかったらハララカさんに頭突きするところでした……」
「綺麗さっぱりですねえ。
上手くいくか自信なかったですけど成功して良かった」
「ちなみに失敗してたらどうなってたんですか?」
「全身の皮膚が緑色になって爛れます」
ウォマは迷わずハララカに頭突きをした。
そんな恐ろしい魔法二度と使うな。




