地獄の館
不道徳な表現があります
各自与えられた部屋で荷解きをする。
5人分の客室があるなんて、ずいぶん大きな館だ。いっそ城というべきか。
大きな寝台は整えられ、寝心地もいい。客間でこれなら主人の寝台はどうなっているのだろうか。
ソファとローテーブルも置いてある。居心地が良い。ハララカはソファに座り、目を瞑った。
「ハララカ、ちょっと良いかしら」
ヒバカリの声だ。
彼女が来るだなんて珍しいな、そう思いながらも彼は重い腰を上げ扉を開けた。
彼女は緑の目で彼を見つめる。
「どうしたんです?」
「その……中に入れてもらえるかしら」
何か悩んでいるのか。
くだらないことだったらどうしようかと思いながら彼は部屋に招き入れた。
ヒバカリは先ほどまでハララカが座っていたふかふかのソファに遠慮なく座ると重そうに口を開く。
「あの……スティムソン氏のことだけれど」
「はい」
「あまり、その……良くしてもらった身でこんなことは言いたくないのだけれど、真っ当な人ではないわ」
「そんなことはわかってますが。
何を今更?」
「そ、そうよね。髪を食べるだなんて……。
でもそうじゃなくてこの館にいる人間の数の話。
あの人が妻と呼んでいる人間が12人、使用人がルソンさん含めて10人、スティムソン氏、そして私たち5人で27人よね?」
「そうらしいですねえ」
この館の半分がスティムソンの「妻」という異様な状況に改めてハララカは鳥肌が立った。
人間をコレクションするだなんて気持ちが悪い。
「どうももう少しいるみたいなのよね……。気配がするの」
「人間の気配も察知できるんですか」
「魔物ほどじゃないけれど、人間も魔力があるから。それに音で聞き分けられるし……。
強化魔法をもっと使えばもう少し正確なことがわかると思うのだけど」
「凄い便利ですね。羨ましいです。
それで?人数が多いことの何が問題なんです?」
実は「妻」の数が多いというだけかもしれない。あの男の話をどこまで信じるかだ。
「だって……足音からして……子供の足音なんだもの。」
「子供?」
「小さい子……。ねえ、あの人子供誘拐してるんじゃないの?」
あり得ない話ではない。
そもそも13人ものプラチナブロンドの奴隷がいるというのがおかしな話なのだ。
子供を誘拐していても何の不思議もない。
「調べるってことですか?」
「そういうこと」
ヒバカリは得意げに鼻を鳴らす。
「ならデュメリルさんにも言わないと」
「それがいないのよね……。どこに行ったのかしら?」
「お腹でも空いてるんじゃないですかあ?きっとディナーを食べ尽くしてますよ。
ユウダ先生かウォマさんには話しました?」
「先生は絶対私に関わらせないで全部終わらせて何もなかったよって言うわ。そういうの、納得いかないのよね。」
ヒバカリはユウダの過保護に気が付いているようだ。
そしてそれは今は彼女にとって欲しいものではない。
「でしょうねえ」
「ウォマさんにも内緒。経緯はどうあれここで暮らしていたのよ?もし子供が誘拐されていたとなったら傷付くわ」
「そんなことで傷付くとは思いませんけどね。
わかりました。では俺とあなた2人の隠密行動ということですね」
「そういうこと。あなたなら誰か怪我していても治せるでしょう?」
治す気はあまりないが……死にかけだったら治してやろうか。
ハララカはそう思いながらも頷いた。
「ではレッツサーチフォートゥモロー!」
「静かにしましょうね」
ハララカは短刀を持って部屋を出た。
これであの男を刺す流れが出来ればいいのだが。
✳︎
人間探知機ヒバカリを使いながらハララカは館を進んで行く。
使用人が10人しかいないというのはこの状況に置いて素晴らしいものだった。誰にも見つからない。
2人は長い廊下を誰とも会うことなく歩いていた。
「勝手にこんな所来てるのがバレたらやっぱりまずいわよね……」
「大丈夫大丈夫。殺せば済む話です」
「絶対見つからないようにしなくちゃ……」
ヒバカリは決意を強くした。
「ねえ、あなたは嫉妬とかしないの?」
「嫉妬?いえ、俺は質素な暮らしが合っているので。」
彼は天井を見た。
豪華絢爛なこの館に住むのは快適ではないだろう。特に自分のような人間には。
「そうじゃないわよ。
わかってるんでしょ?ウォマさんとスティムソン氏のことよ。
どうであれ、ここで一緒に暮らしていたのは事実じゃない」
スティムソンの方はウォマを妻と呼び、更には夜を共にしていたとも言っていた。
ただの奴隷と主人というだけの関係ではない。そこには身体の関係もあったかもしれない。
「そうですねえ」
「顔色変わらないし……。好きなんじゃないの?」
「どうでしょう」
のらりくらりとしたハララカの答えにヒバカリはムッとする。
好きじゃないというのか。ウォマはあんなに……。
やはり洗脳しているのだろうか?
「ウォマさんはあなたのこと好きよ」
「でしょうね」
あっさりと言ってのけるハララカにヒバカリは更にムッとする。
「……あなたはそうじゃないの?ウォマさんが誰と一緒にいようとどうでもいいわけ?」
「過去の話ですから」
「ふうん、わたくしなら先生が例え昔だろうと他の女と付き合っていたら嫉妬するけれど」
むしろもし他の女と付き合っていようものなら発狂する自信があるとヒバカリは思った。
よくこんな濡れたコートよりも重い恋をしていながら他の男と結婚しようなどと思うものである。
「嫉妬してると言ったところでどうなるんですか?
嫉妬しようとしまいと、現実は変わりませんよ」
「そ、そうだけれど!わたくしはそんな風に感情をコントロール出来ないわ……」
「……別に、嫉妬していないわけではありませんよ。
あの男が妻だと言った時は指を切り落としていって目の前で豚に食わせてから殺してやろうと思いましたし、もしそれをウォマさんが肯定しようものなら手足切り落としてヤフオクでジャンク品として1円出品してやるところでした」
「なんて?」
「ただそれを言ったところでどうにもなりませんから言わないだけです」
ヒバカリは唖然とした。
1円出品って。
「…………激しいわね」
「あなたほどでは」
「わたくしはそんな風に思ったことただの一度も無いわよ」
少なくともユウダに対しては。
それにしても、とヒバカリはチラリとハララカを見る。
「……良かった。あなたがウォマさんを好きで。
……好きなのよね?」
「いずれ好きじゃなくなるでしょうけどねえ」
「どうしてよ」
ウォマが何かしたというのか、とヒバカリはハララカを睨む。
しかし彼は遠い目をしてこう答えた。
「感情ってそういうものでしょう」
……つまり現在は好き、ということか。
分かりにくい言い回しにヒバカリはため息をついた。
もう少しわかりやすければ、ウォマも苦労しないだろう。
と、よもやま話をしていたらどうやら「妻」達のいる部屋に近づいてきたらしい。
ハララカでも声や気配を感じ取れた。
こんな簡単に侵入出来て良いのだろうかとも思いつつ、簡単に終わってくれて良かったとも思った。
……まさか、そこに悍ましいものが隠れていようとはこの時誰1人として思っていなかったのだ。
「そろそろでしょうか」
「そのようね」
2人は大きな扉の前に立つ。
「妻」専用の談話室だろうか。沢山の女性の笑い声が聞こえて来た。
「い、いくわよ」
「どうぞ。怪しまれないよう頑張ってくださいね」
ヒバカリは、お前も怪しまれないように努力しろと思いながらも頷いて、扉をノックする。
「はーい!」
軽やかな返事が聞こえて来たので彼女はそっと扉を開けた。
部屋の明るい光がゆっくり2人を照らしていく。
銀髪の女性達の視線が一気に集まっていた。
それにハララカとヒバカリはギョッとなる。
12人なんかじゃない……もっといる……。
「妻」たちはソファに腰掛けたり、椅子で談笑したり、ベッドに横になっていたり様々だった。が、漏れなく輝く銀髪を持っている。
「あら?あなたたちは……」
「スティムソン氏の友人です。奥様達に挨拶をしようと思いまして」
「わあ、こんにちは!」
「だんなさまのお友達?」
「可愛い子!」
女性たちは無邪気に笑う。
ハララカはゾッとした。ウォマよりも年上に見える女もまるで幼女のようだ。
「いつもお世話になっております……」
「うんうん。だんなさまはわたしたちにすごく優しくしてくれるの。あなたもだんなさまとずっとなかよくしてね」
「美味しいご飯に温かい部屋……昔は考えられなかったなあ」
女性たちは幸せそうに笑う。
閉鎖的ではあるが、充実しているのだろう。
きっと彼女たちの心が幼いことも一つの要因だ。
「ねえねえ、あの人誰ー?」
小さい子供の声がした。
ハッと顔を上げる。小さな童女がそこにいた。彼女もプラチナブロンドである。
「あなたのお父様のおともだちよ」
「……お父様……?」
「ええ、この子は旦那様の子供なんです」
「私もよ」
10代の女が手を挙げる。そしてそれに続くように次々と手が挙がっていった。
「あ、あら……そうだったんですの」
もう既にヒバカリは勘違いに気が付いていた。
彼女の聞いた子供の足音は実子だったというわけだ。
さすがのあの男も、誘拐まではしなかったらしい。
「……か、勘違いね……」
ハララカにそっと耳打ちする。
が、彼は唖然とした表情で女性を見ていた。
ヒバカリはそれに気が付いて彼女を見る。どうやら妊婦のようだ。お腹がぽっこり膨らんで、足を広げて座っていた。
「ハララカ?どうかしたの?
確かに……こんなハーレムおかしいとは思うけれど犯罪ではないし彼女たちも納得してここにいるので」
「出ましょう」
「え、ええ?」
「もう充分です」
ハララカは身を翻し、ヒバカリの腕を掴んで部屋から出た。
急な反応にヒバカリは驚く。何故いきなり。
「待って、もう少し話を……」
「何も聞くことなんかありませんよ。もう、もう嫌だ、気持ち悪い」
「……ハララカ?あなた顔色が真っ青よ?大丈夫?」
「大丈夫なわけないだろ、あんな、どうして平気なんだ?」
ハララカの黒い目がヒバカリを睨む。
彼女には彼の過剰な反応がわからなかった。ハーレムを作っていることなど、来た時に聞かされていたではないか。
「話を聞いていたじゃない……プラチナブロンドの女の子を集めてるって……」
「……気付いてないのか?」
「……何を?」
「…………いえ。すみません、取り乱して。戻りましょう」
ハララカは何かを堪えるように目を瞑ると自分の唇に手を当てて呪文を唱えた。
顔色が少し良くなる。
「……ハララカ、あなた何を見たの?」
ヒバカリの問いにハララカは答えなかった。
いや答えられなかった。
ハララカの網膜にあの妊婦の姿が目に焼き付いている。
彼女は手を挙げていた。
自分はスティムソンの子供だと言って。
では彼女のその腹は—
あそこにあるのは地獄だ。
近親相姦を繰り返しプラチナブロンドの少女を作り出している地獄。
しかし何より恐ろしいのは、スティムソンが死んだ後残された彼女たちのコミュニティが近親相姦を良しとし続け広がり続けること。
近親相姦を繰り返し果てにあるのは遺伝子病の見本市のようになった子供だ。
「……どうすることもできない」
ハララカの呟きはヒバカリの耳に届くことなく闇に消えていった。
*
ウォマが与えられた部屋でゴロゴロしているとノックの音もなくハララカが部屋に入って来た。いや突撃してきた。突撃隣の晩御飯。
「ちょお!?な、スケベ!」
ウォマが抗議の声を上げるが一切無視してハララカは彼女の腕を掴んだ。
「な、なに?」
「あんたは、あの男と何かあった?」
ハララカの声は低く、いつもの人を小馬鹿にした雰囲気は無い。
ウォマは怪訝に思いながらも答える。
「そりゃもう沢山」
「子供産んだりした?他の妻とやらと仲が良かったのか?」
ハララカの問いにウォマは吹き出した。
子供って。
「何言ってんのかな!?産んでるわけないでしょ!」
「他の、あの女たちは」
「さあ、知りませんよ。私がいた時は誰も妊娠とかしてなかったと思うけど?」
ハララカの様子が変だ。
顔色も悪いし、苦しそうに顔を歪めている。
ウォマは彼の頬に手を当てた。
「具合悪いですか?」
「……かなり」
「よしよし。あの男の変態っぷりにビックリしたんですね。でも大丈夫。魔法とかは使えないからいざとなればこっちが勝てますよ」
ウォマはハララカの頭を撫でながら抱きしめた。
彼は無抵抗にウォマの胸に頭を預ける。
「ウォマさんはいつからここにどれ位いたんですか?」
「14のときに来て一年満たない位で逃げました」
「その間なにしてたんですか?あの男や他の奴隷たちとは?」
「あー……あの人たちは薬やってて頭がいかれてたり、心が壊れてたりでロクに会話できないんですよ。出来たとしてもあいつに心酔してて気持ち悪いし。
私は日中城の抜け穴探したり逃げる方法を探していたんで話すこともあまり無かったです」
当時を思い出し目を細める。ウォマにとってはあまり良い思い出は無い場所だが、それでも四年ぶりのこの館は懐かしかった。
ハララカはウォマの話を聞いているのか、ただ黙ってウォマの指を握った。
明らかに弱っている。
ウォマは彼の様子に眉を顰めた。
「……何かされたんですか?」
「なにもされてません」
「じゃあどうしたんです」
ハララカは答えない。
ただその肩を撫でてやるとホッとしたような息を吐いた。
何かに追い詰められているようだ。
「……コレクション達に会ったんですか?」
彼は躊躇いながらも小さくと頷いた。
ウォマは「妻」たちを思い出す。
自分含め、銀髪を持つ以外何も秀でていなかった。
「ふうん、なら誰かが妊娠してたんですか?
でもまあ、考えられない話じゃ無いですね」
「……ウォマさんがここに連れてこられるよりも前から、あの男は子供を産ませてたはずです」
「……まさか。そんな小さい子いなかった……」
ウォマはふと黙った。
ウォマが来た時、既にコレクション達は10代を過ぎていた。もしかしてあのコレクションは、奴隷ではなく奴隷に産ませた子供?なら、ハララカの見た妊婦は?
「……もしかして、自分の子供と、」
「そうです」
素早く、そして呻くような彼の肯定にウォマは唖然とした。
そんな悍ましいことが自分のいる館で起きていたというのか。
「なんという……。
じゃ、つまり近親相姦?」
「は、い」
「うーん。狂っているとは思っていたけどまさかそこまでとは……。
自分の子種で銀髪のブリーダーやりますってか?ハア……気色悪……」
「……なんか、平然としてますね……」
「いやそんなことは。でもショックはそこまでないかも。
やりかねないとは思ってたし……」
12人もプラチナブロンドの女を集めその髪で己を慰めていたにも関わらずまだ足りないとばかりに奴隷商人を呼んでいたのだ。
ははあ、こいつさてはプラチナブロンドランドを作るつもりだな……とウォマには分かっていた。
しかしプラチナブロンドはそう多くない。特に彼が好むのは白に近いブロンドだ。
それが都合よく奴隷で、かつ脳足りんだとなると早々いないだろう。
となると取るべき手段は一つ。自分で作り出すしかあるまい。そしてそれは禁断の方法に繋がっていた。
「気持ち悪くないんですか?俺、吐きそうなんですけど」
「気持ち悪いですよ!!
いやほんとマジ無いわ……」
「なんか軽い」
「いや~、それはほら、絶対幽霊が出るだろうって場所で幽霊が出るのと、幽霊なんて思い出しもしない場所で幽霊が出るのじゃ驚きが違うじゃ無いですか。そういうことですよ」
「全然わからない。
倫理観無いんですかあ?」
「君にだけは言われたく無い」
彼女はハララカの頬を両手で挟んで、顔を覗き込んだ。
「顔色ちょっと良くなったね」
「……ご心配おかけしました」
「あれはあれで……」
彼が弱ってこちらに頼るだなんて思いもしなかった。
そしてそれがあんなに可愛い……ウォマは慌てて咳払いをした。厄介な性癖の扉を開けるところだった。
その扉は既にハララカが開けてしまっていたが。
彼の顔を撫でて体を離す。
どうやらあの男と話をしなくてはならないようだ。
「ウォマさん……?」
「ちょっと話しして来るよ。ここで待ってて」
「だ、ダメだ!」
ハララカはグイとウォマの腕を引っ張りベッドに押し倒した。
「行かないでください……!」
「ど、どうした?」
「ダメです、あんな男に近付けさせられるわけないでしょう?
犯されでもしたらどうするんですか。首切られて頭だけで保存されるかもしれない。いや絶対そうなる。俺ならそうする」
「大丈夫だよ……ん?今なんて?」
「なんにも。
とにかく行かないてください」
「大丈夫だってば」
あの男の取り柄なんて精力くらいだろう。
戦ったら自分が勝つ、そうウォマは確信していた。
「ダメだ、また妻としてコレクションされてしまう」
ハララカは悲痛な面持ちでウォマを見下ろす。
どうやら彼の中でスティムソンはトラウマになったようだ。
可愛……いや可哀想に。
「ならハララカさんも一緒に来て」
「……殺してもいいなら……」
「そんな弱々しい声でなに物騒なこと言ってるんですか!?
まあ、私に任せて」
彼女はハララカの肩を叩いた。
その自信に満ちたドヤ顔を見て彼は、一年近く囚われていた身でどこからそんな自信が出てくるのだろうかと不思議に思った。
恐らく根拠のない自信。




