不意に年齢差感じると泣いちゃうよね
「そういえば魔物と遭遇しなかったか?」
「全然。
この辺も昔に比べて穏やかになったよね……」
デュメリルの質問に答えたユウダが、ほうっと息を吐き空を仰いだ。
青い、青い空だ。
「昔って?」
既に涙の引っ込んだウォマはキョトンとする。
昔この辺りで何かあっただろうか。彼女の記憶には何も無いが。
「ああ……魔王が出現した時、この辺りは酷い有様でね。魔物の根城になっていた。
何度も討伐してここまで……感慨深いねえ……」
魔王。
10年前にこの国を襲った、魔族の王。
この世界は魔界との距離感が近いせいでドラゴンクエスト以上に魔王が現れるのだ。
ウォマは辺りを見渡した。
川は美しく、植物も好き放題生えているよくある場所。ここが魔物の根城になっていただなんて考えられないほどに。
「ふうん……そうだったんすか……。
10年前じゃ私あんま覚えてないなあ。大変だったことしか」
10年前、ウォマは8歳。この世界での弱者である孤児にとってはより生きにくい環境であった。
教会には人が溢れこちらに気を配る余裕はなく、孤児同士空腹に震える体寄せ合って暮らしていた。
餓死していった者も何人もいた。
そこでウォマは狩りと魔物殺しの術を学んでいくこととなる。
「私なんて外に出してもらえなかったわ」
ヒバカリは餓死の危険は無かったが自由も無かった。
どこにも出かけることもなく部屋に閉じ込められ退屈な日々。
外から魔物に襲われた人々の悲鳴が聞こえてきたが、ヒバカリには助けることは出来なかった。
「僕はどうだったかなあ……獲物が増えて万々歳だと思ってたかな?
ハララカは?」
彼もウォマ同様孤児であったが、神経は彼の方が図太かった。
魔物を殺してそれを食べることで飢えを凌いでいたのだ。
現代日本にいてそれはゴキブリを食べること以上の事である。
「……さあ。10年前のことなんて、覚えてませんよ」
ハララカは投げやりに答えてユウダを見た。
ユウダは眉根を寄せ苦しげな表情を浮かべている。
「そうか……皆10代だもんね……。まさかここでジェネレーションギャップを感じるとは……」
27歳独身が苦しそうに呻く。
当時彼は17歳。その時のことは克明に覚えていた。
「ユウダ先生は何してたんですか?」
ウォマが尋ねるとユウダは遠い目をした。
「王立魔術騎士団に入りたての新人だったから色々忙しかったよ……」
「えっ!?なにそのすごい役職!?ユウダ先生何者ですか!?」
「あ、や、親のコネでね……。でも私には合わなくてすぐ辞めちゃった」
勿体無い……ウォマなら例え右腕を失おうとその役職を辞めないだろうに。
だが確かにユウダには合わない職業だろう。
王立魔術騎士団にいるものはとんでもなく力があり、コミュニケーション能力も高く、他人を出し抜く力もあり、ついでにコネクションもあるような人物だ。
どこかフワフワしたユウダだとあっという間に出し抜かれてしまうだろう。
「じゃあユウダ先生は魔王と戦ったのか?」
「まさか!
どうにもならないから異世界からの使者に倒してもらおうと思って、召喚の陣を作って召喚の補佐を……あれ?これ話していいんだっけな……」
ユウダは、ふと良いところで話を止める。
デュメリルはイジイジして彼の背中を叩いた。
「そこまで言ったらもう全部話してるようなもんだろ。全部話せよー!」
「それもそうだね。あ、でも、オフレコだよ?
実はさ、召喚魔法失敗しちゃって。
目開けたら皆大怪我負ってたんだよね。離れた所で見てたド新人の私は平気だったんだけど……」
ユウダはその時のことを思い出す。
まさか失敗するとは思わなかった。何が原因なのか未だにわかっていない。
ただ気がつくと召喚の部屋は血に塗れ、魔術師たちは苦しげに呻いていた。
召喚された人の姿は無く、犠牲が出ただけであった。
「え?ならどうやって魔王倒したんだ?」
「うーん。これ絶対他の人に話しちゃダメだからね?絶対。フリじゃないよ?」
ユウダの念押しにウンウンと3人は頷いた。
「それがさ……魔王、倒してないんだよね」
魔王を倒していない。
その爆弾発言に3人は凍りついた。
「ええ!?」
「ま、え!?」
「でももう魔力は感じないし、魔物もこうして数を減らしてるってことはいないんじゃないかってなって。
でも私は、そもそも魔王なんていなかったんじゃないかと思うんだよね。
誰かの早とちりでいるって言ったけど実はいなくてでも引っ込みつかなくなったとかさ。でないと、いきなり消えた理由がつかないし」
「誰か倒したとか?」
「考えにくいけど、可能性もあるかな。
とにかく、魔王はもういないから、そこだけは安心してね」
彼の言葉にウォマはホッとする。
魔王が実は生きてただなんて、御免被りたい話だ。
「先生、その召喚された異世界の使者はどうなったんですか?」
「さあ……。そもそも召喚されたのか、それすらも……。
でももし召喚されているのならば、隣国の聖女同様に神の加護のもと今もこの世界のどこかにいるのだろう」
隣国の聖女は、(隣国の)魔王出現によって乱れた魔力を正すために呼ばれた。
それは彼女本人の力だけではなく召喚の時に付随された神の加護によるものだ。
「もし生きているなら謝りたい。私たちの力が及ばずに、知らぬ土地に飛ばしてしまったのだから」
「その呼ばれた人からすると勝手な話ですよね。だって、知らない世界の魔王を倒すだなんて巻き込まれちゃって……日常返してくれって話ですよ」
「うう……重ね重ね申し訳ないね……。
でも呼ばれる人は死に最も近い人物……その世界であと1秒もしない人物がこちらに呼ばれるんだ」
「えっと……どういうことですか?」
ウォマは眉を下げわからないというように首を振る。
それを聞いたユウダは長い袖をまくって手振りを使って説明を始めた。
「つまり、あちら側の世界で、例えば魔物に襲われて死にそうな人物がこちらの世界に呼ばれるんだよ。
呼ばれるとき病気、怪我なんかは全て魔法で治してあるから魔物にやられた怪我は無くなり、健康な状態で召喚の陣に立っているというわけだよ」
「ふうん、ということはこちらで寿命を延ばして、戻る時にピンピンして帰れるってことですか。ならまだ……」
「いや、それが戻ったら魔法が解けて死んでしまうんだ。
魔物の傷は蘇り、1秒もしないでその人物は死ぬ。
……異世界の使者にとってこの世界は死後の世界……みたいなものかもね。もしくは第2の生か」
ユウダは「それがいいことかわからないけどね」と呟いた。
もしかしたら、そのまま死んだ方が良かったという人もいるかもしれない。
「また魔王が現れたら僕たちの世界の人間だけでなんとかしよう……」
「暫くは現れないと思うけどね」
「フウ……。
あ、良かったですね、ハララカさん。暫くは魔王いないって」
ユウダの話に興味がないのか、先程から無心で獲ってきた獲物の毛を毟るハララカにウォマは声をかける。
が、返事はない。
顔を覗き込むと少し苦しそうにしていた。
「やだな、本当に怖かったの?
フフフフ……可愛いとこもあるじゃないですか。よしよし、もう大丈夫ですよー」
ウォマがふざけて髪を撫でる。
が、これにも反応はない。
どうせ怒られると思ったのに……拍子抜けしたウォマはハララカの腕に触れた。
「……ハララカさん……?」
ハララカの真っ黒な目とぶつかる。
黒曜石のような目。
「……ウォマさんはお肉いらないと。よくわかりました」
「な、なんでそうなるの!?」
「もしかして、まさか、俺が魔王を怖がっていると、本気で思ってませんよねえ?」
「いやちょっと……だってなんか……黙ってるし……」
「ユウダ先生の話真面目に聞かない方が良いですよお。いつも半分くらい適当言いますし」
「そんなことないよ!……そんな……うん……」
ユウダは自信なさげに髪をいじり目を逸らす。
「いや……確かに魔王が出ないとかは適当だけど……」
「う、嘘でしょ!?魔王来ちゃう!?」
「そんなしょっちゅう来ないよ。SSRだから」
「ガチャの感覚で言わないで!」
ウォマは自分の体を抱く。
魔王が現れたらどうしよう。
「だ、大丈夫大丈夫。多分。根拠はないけど」
そんなにしょっちゅう来ないし、魔王が出現する際は予兆があるのだ。
その兆しは無いので大丈夫だろう。多分。
「根拠は無いんですか……」
「魔王の話も良いですけど、お肉焼くの手伝ってください」
ハララカは剥かれた獲物をウォマに投げ渡した。慌ててそれを受け取り串を刺し火にくべる。
なんだかこの獲物見た目が悪いが、美味しいのだろうか。
一行はお肉を食べ(あまり美味しくなかった)、暫く休んでからまた馬に乗った。
早く次の目的地に向かわなくては。
「ウォマさん、」
後ろに座るハララカがウォマに声をかける。
「はい?」
「魔王怖いんですか?」
「怖く無い人いるんすか?」
「いるんすよ」
ハララカは少しだけ優しい目をして微笑んでウォマの後頭部を撫でた。
「大丈夫ですよお。どうせまた異世界から人間呼んで倒させるんですから、あなたは精々魔王から逃げていれば良い」
もしかして慰められてる……?ウォマは彼を見上げた。
しかし目が合うと頭から手を離し、手綱を握る。
「雨が降りそうですね。急ぎましょう」
見上げると、さっきまで晴れ渡っていた空を灰色の雲が覆おうとしていた。
*
ハララカの予感は的中した。
一行は土砂降りの雨の中馬を走らせる。
「クソ!こんな雨で魔物に狙われたらひとたまりもないぞ!」
雨の音で声がかき消されるが、パーティには伝わったらしい。ユウダの返事が聞こえて来た。
「こんな山奥だけど、どこか休めるところがあれば……」
人影もない山奥だ。そんな都合よく……
「あれを!館じゃなくて!?」
ヒバカリが指差した先に、煌々と光る館があった。
大きな館だ。
デュメリルは「少し休ませてもらえないか聞いてみよう!」と叫んで馬を更に加速させた。




