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次の目的へと向かう最中の悪寒

やっちまった。

いやヤっちまった。


ウォマは羊皮紙を見つめる。

コレのために仕方ないことだった。決して自分の為ではない。

決して。never. ever.


「そういうことでサイン貰ったの」


約束していた酒場でズグロに羊皮紙を押し付けた。

彼女はそれを受け取り微笑む。


「さすが!早いね~ウォマちゃん!

どれどれ……」


「あ、て言ってもすぐに移籍はしないから。

今一件動いているクエストがあってそれが終わったらで……って聞いてる?」


「ウォマちゃんはこれでいいの?」


ズグロの質問にウォマは黙った。

騙し討ちのようにサインさせて、無理矢理サヴのパーティに引き抜いて。

ナジャシュの皆、特にデュメリルには申し訳が立たない。


「……仕方ないし。やるって決めてたことだもん」


「そう……。

わかった。サヴに伝えておく」


「じゃあ私戻るね。また何かあったら連絡するよ」


ウォマは飲んでいたジュースを一気に呷り酒場を後にする。

ズグロはその背中を見つめ、それから羊皮紙に目を落とした。


この羊皮紙はただの羊皮紙ではない。

その紙に書かれた誓約を破ることはできない悪魔の羊皮紙だ。

しっかりハララカと彼の名前が刻まれている。

これならサヴも納得するだろうと、ズグロは羊皮紙を丸めローブにしまった。


彼女はウォマを思いお茶を飲み干す。ああ、可愛い可愛いズグロの赤子。早くその胎に収めたい。


……そんな気持ち悪いことを考えているだなんて露知らない周りの男たちは、ズグロのお茶を飲む仕草だけでも見惚れていた。


✳︎


パーティ・ナジャシとパーティ・ハブのテルシオペロとヤハズは同じテーブルを囲んでいた。

デュメリルはテルシオペロの誘いを受けることにしたのだ。


「仕方ない……こいつが情報持ってるからな……」


「そういうこと。

じゃあ私たちであの臓器売買のグループの根幹から締めるわよ」


「よろしくお願いします」


「こちらこそ。

じゃあ情報を教えますね。

まず黒幕と考えられているのはカガチという秘密結社。

魔法を使えるものだけの世界を創ろうと画策している過激な連中よ。

世の中そういう差別的な輩はいるものだけど、彼等は別格ね。消えて欲しいわあ。

それで、彼等は人の内臓を抜き出すことがあるみたい。内臓の買取をしているという情報が何件もあったわ。

何が目的かは分からないけれど、大量に必要としているみたいね」


テルシオペロは言葉を切った。

そもそもこのカガチという秘密結社はメンバーの見分けがつかない。この場にいてもおかしくないのだ。

魔術師はユウダのみ。ヒバカリとハララカは魔法は使えるが魔術師ではない。

カガチは魔術師であることが絶対条件なのでこの2人は排除。そして残るはユウダだが彼も無いだろう。

そんな過激な思想の連中が、魔法の使えないデュメリルとウォマと同じパーティにいるはずがない。

テルシオペロはホッと息を吐いて言葉を再開する。


「私たちはこのカガチに絞り込んで調査するつもりよ。

もしかしたらカガチが黒幕というのはハズレかもしれない。それでも構わないかしら」


「他にもこの件で動いているパーティはいるんでしょう?なら他のに任せればいい。

私たちはこのカガチに狙いを絞りましょう」


ユウダの言葉にテルシオペロは頷いた。

自分たちの行動が徒労に終わること。それが一番堪えるのだ。


「ありがとうございます。

それで、カガチの根城なんですが……これが不明でして。

カガチ関連の事件が起きた場所、それからカガチというグループの大きさから見て何件かに絞り込んではいます」


「僕たちにも探してほしいってことか?」


「ええ、そう。

非魔術師が近づけば一発でわかるわ。攻撃的な態度になるから」


「可哀想なデュメリル。腐った卵とか投げつけられないといいね」


「避ける練習しとこうかな」


「私が手伝ってあげるわ。ついでにナイフも投げてあげる。

じゃあ早速場所を教えるわね」


テルシオペロはその場所の名前を言う。

—サンジニア。

ウォマはその街の名前に震えが走った。まさか、いやでも。


✳︎


「ウォマさん?」


ハッと意識が戻る。

いつの間にかハララカと同じ馬に乗っていた。何故馬を3頭しか借りなかったのか。それは御都合主義だからである。

ハララカとウォマ、ユウダとヒバカリを同じ馬に乗せるがためである。


「あ……」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫……じゃない!

その……腰が痛いんだよ……」


「ああ。あれ、魔法かけませんでしたっけ?」


ハララカはキョトンとしたが、呪文を唱えウォマのツムジにキスをした。

腰の痛みが消えていく。


「便利ですね」


「そう言ったでしょう?」


そういえばそんなこと言っていたな。

ウォマはギュッと手綱を握る。


ズグロに書類を渡したが……彼はどこまで気付いてサインしたのだろうか。

ウォマが起きている間、彼はあの書類に目を通してはいない。寝ている間に読んだ可能性はあるが、書類のサインが消されていることもなかった。

彼はこんな見え透いた罠に引っかからないとも言っていた。

ウォマが罠をかけていることに気がついてサインしたというのか?


更に自分なんぞの誘惑にハララカが乗るとは思えない。

何か狙いがあるのか、それともサヴのパーティに行くのもやぶさかではないのか。


昨日のアレはどういうつもりかと聞こうとして……やめた。

ハララカは一夜限りの関係を結びたかっただけなのだろう。17歳という彼の冗談は置いといて、それでもまだ年若い彼が肉欲を持て余すのは致し方ないこと。

彼はちょうどよくいたウォマを抱いただけなのだ。

書類にサインしたのも、もしかしたら字の練習というウォマの言葉を信じただけかもしれない。

それだと見え透いた罠がどうのという言葉に矛盾が生じるが、ウォマの企みは成功した。

考える必要はない。

……そう思うのだが、ハララカの真意が知りたくてずっと考えてしまう。

彼は何を思って自分と夜を共にしたのだろう。


「まだ痛みますか?」


「え……?」


「いつもはずっと喋ってるのに黙ってるから」


「……考えることが多くて……」


ウォマは臍の下をさすった。

タトゥが疼く気がした。


「そうですか」


ハララカは彼女の手に触れようとしてやめた。

そんなことしてもどうにもならない。


この2人の微妙な雰囲気にデュメリルとユウダは気がついていた。

デュメリルはニヤニヤしながら鞍の上で腕を組み、ユウダは腕の中のヒバカリを支えながら頷いていた。


「おお?もしかしてもしかして~?」


「こらこら、首を突っ込まない」


「でもあれは絶対そうだろ。

はー、ハララカはウォマに筆下ろししてもらったのかあ」


「ふで……?」


「ヒバカリは聞かなくて良い!

デュメリル、次に下品なこと言ったらその舌縦に引き裂くよ!」


「何も言ってません」


デュメリルは真面目な顔で馬を歩かせた。

ユウダならやりかねない。


「あの2人に何かあったの?」


「まず間違いない」


「喧嘩かしら」


「その逆だ」


その逆……そう言われてヒバカリもピンと来た。つまり、仲良し……恋仲になったということ!?


「嘘!!!

ウォマさんそんなに趣味が悪いの!?」


「言うなあ。

でも恋愛なんてそんなもんだろ、」


「まさか脅されてるんじゃ……?

いえ間違いなく脅されてるわよ。どうしましょう。助けなくては」


「そ、そんなことないんじゃないかな?」


「脅しではない……つまり洗脳ですか……?」


「ヒバカリ……ちょっとはハララカのこと信頼したら……?」


とても信じられない。

ヒバカリは痛ましそうにウォマを見つめる。

自分がなんとかしなくては。


……ちょうど良く川を流れる音が聞こえてくる。

ヒバカリは休憩しようと提案した。


ハララカとユウダは狩りに出掛け、ヒバカリ、デュメリル、そしてウォマがその場に残る。


「ウォマさん……あの、何か悩みがあるんじゃないかしら?」


「そりゃもう山のように。どうして?」


いきなりなんだとヒバカリを見るが、苦しげに眉を寄せるだけで中々言い出さない。

その後ろでデュメリルがハンドサインでこう伝えて来た。


—ヒバカリ、ウォマ、頭、おかしい、思ってる。


—頭、おかしい、ない


—違う、ハララカ、ウォマ、クルクルパー


—ハララカ、合ってる、ウォマ、おかしい、ない。


「何ハンドサインし合ってるのかしら?」


目の前でやっていたのでヒバカリにモロバレだった。


「いやだって……」


「違う僕は……」


「ああもう!ウジウジしてらんないわよね。

ウォマさん……あなたハララカに脅迫、もしくは洗脳されてないかしら?」


洗脳されてたら洗脳には気付かないと思うのだが……。ウォマは首を掻く。

何が言いたいのだろうか。


「デュメリルも先生もあなたとハララカがまさかそんなあり得ないと思うけど男女の仲になったってええわかってるあり得ないわよねごめんなさい」


「ンアア……」


バレていた。

ウォマは頭を抱える。

バレていたのか……。


「隠しても無駄だぞ。なんたって僕は百戦錬磨だからな」


「それもそうですね……」


しかしあのフワフワユウダにすらバレていたとは。

なんとも恥ずかしい。


「違うわよね?勘違いよね?」


「いや……その……」


「脅されたのよね。大丈夫、私があの男を」


「いやいや、脅されてないから。

ご、合意の上で、安心して」


「……そう……これが洗脳……」


「あ、何言っても無駄なのかな?」


なんと言えば誤解が解けるのか……ウォマは頭を再び抱えた。


「ならウォマはハララカのことが好きなのか?」


「そんなわけないじゃない!」


デュメリルの質問にウォマは前のめりになりながら素早く否定する。


「確かに魔法を使うときのキスでドキドキしたり、酒に酔ったときの素の喋り方にときめいたり、あの洞窟で助けてくれたとき泣きそうなほど嬉しかったり、字教えてくれたのも優しいなとか思ったり、甘い物嫌いなの可愛いと思ったりとか、そもそも顔がわりかし好みとか、ありますけど!好きじゃない」


「それは好きなんじゃ……」


「違うから!」


「それも全て洗脳、というわけね。恐ろしいわ」


「違う!洗脳はされてない!」


「なら……本気で顔がわりかし好みなどと思っていらっしゃると……?」


「そうなるけど……でも違う。好きじゃない」


「難しい乙女心というやつだな……」


デュメリルはなんとなく、ウォマの認めたくない気持ちを察して頷いた。


「好きでもない相手にそんな風に思うものなの?わたくしはそんな風に思ったこと一度も無いわ。

その好意は恋とは違うものなの?違いを教えてちょうだい」


ヒバカリは全く、ウォマの認めたくない気持ちを察せず言い募る。


ウォマは泣きそうだった。というか泣いていた。


「ち、違うもん……好きとかじゃないもん……私がそんな簡単に恋したりしないし……そんなのチョロインじゃん……」


「ですけど貴女の仰ってることは恋愛的な好意と違わないように思えるわ。

好きじゃない、洗脳でもない、というならなんなのかしら?」


「好きなわけないもん……不毛なのはもうやだもん……全然違うし……」


「ヒバカリ!ウォマ泣いてるから!やめてやれ!」


デュメリルは2人の間に割って入り、ヒバカリを止める。

ウォマはもう涙が落ちる寸前だった。


「ただいまーって……ど、どうしたの……?」


ユウダ達が獲物を担ぎ、馬を休めている川に戻ると、泣いているウォマと、その肩を叩くデュメリルと、ブツブツと恋愛の定義について呟くヒバカリがいた。

どんな状況なんだこれは。ユウダは面食らう。


「えー、と?」


「ああ良かった!

ヒバカリがハララカとの関係についてウォマを問い詰めるんだよ……

僕にはヒバカリを止められない!なんとかしてくれ!」


「なるほどー?

取り敢えずヒバカリ、やめてあげようね」


「わかりましたけど……ならハララカに聞くわ」


ヒバカリの標的がハララカに変わる。

今度はデュメリルもユウダも止めなかった。

狩りの間ユウダが何を聞いてものらりくらりと教えてくれなかったのだ。今がチャンス。


「ねえ」


「俺の弓って、呪われてるんですよお」


「へ?」


「狙った獲物は百発百中。

そういう風に呪いがかかってるからなんです。射手の殺したい相手を必ず殺す呪い」


ハララカが矢をつがえる。

唇の端を吊り上げ意地悪く笑いながら3人を睨んだ。


「確かめたい方いらっしゃいます?」


「まさか!ハハ!

いやあ、狩りは上手くいったか!?」


ハララカの脅しに、デュメリルは冷や汗をかきながら無理矢理笑う。

こいつなら本気で射ってきかねない。


「ええ。獲物はきちんと取ってきました」


「そうか、助かる!ありがとう!」


デュメリルは素早く獲物を奪い、毛皮を剥いでいく。

もうこれ以上ハララカから脅されるのはごめんだ、と言わんばかりに。

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