変態襲来
ハララカの苦労など露知らず、ウォマはのんびりデュメリルと本を読んでいた。といっても2人とも字が読めないので眺めるだけだったが。
「あれ?お二人共またいたんですか?」
ここはハララカの部屋なので彼が入ってくる。
ウォマはいそいそと彼のマントを受け取り席を空けお茶を淹れた。
「どうしたんですかあ?」
「い、いやあ、ちょっとデュメリルさんと口論になって……頭突きをしようとしたら外して頭を壁にぶつけまして……」
「魔法をかけろと」
「デヘヘ」
ウォマはだらしなく笑った。
彼はため息をつく。
「良いですけど、それくらい我慢できません?」
「でも折角治せる人がいるなら勿体無くないですか?」
「魔力が勿体無いんですよ」
そう言いながらも彼は呪文を唱えて彼女の額にキスを落とす。
これで彼女に魔法をかけたのは何度目だろう。
「ありがとうございます!頭の痛みが取れました!」
「はいはい。礼として肩でも揉んでください」
「なら僕がやろう!上手いぞ~!?」
「いえ結構です。何か嫌な予感」
デュメリルが間接の指を鳴らすので慌てて止めさせる。肩を揉むのではなく筋肉を破壊されそうだ。
ハララカはデュメリルとウォマの背中を押して部屋から出させる。
「そうだ、ウォマさんにお客さんですよ」
「お客?」
扉を開けるとそこにちょうどユウダとヒバカリとスーパー美女……ズグロがいた。
「ゥエ!?ズグロちゃん!?」
思わず悲鳴が上がる。なんでここに。
「アアアア!!!ウォマちゃんッ!!」
ズグロはウォマを見つけると一目散に抱きつき頬をすり合わせる。
「会いたかったよ!可愛い可愛いウォマちゃん!ウォマちゃん!んん……良い匂いする……ウォマちゃんの匂い……可愛いよお……」
ズグロはウォマの首筋に鼻を押し付け匂いを嗅ぎだす。
「やめて!キモい!離れて!」
「何度聞いても可愛い声!ハア、なんて可愛いの、もう脳みそ溶けそう……」
「もう溶けてるよ」
ウォマは彼女の頭を掴んで引き剥がす。
ユウダ、ヒバカリ、デュメリル、ハララカの視線が痛い。
先ほどまでの美しいズグロはどこへやら、狂人になってしまった。
「なんとまあ……」
「あ、あら……熱烈な……」
「こ、恋人か?うん、まあお前がそれで良いなら僕は何も言わないよ。薬は抜いた方がいいとだけ言わせてもらうが」
「気持ち悪いですねえ」
「違う違う!単なる知り合い!」
「違うのはウォマちゃんだよお!
私たちは愛し合った仲じゃない……」
フフフと笑いズグロがウォマの頬を撫でる。
が、ウォマはその手を叩き落とした。
「そんな覚えはない!」
「どうしてそんな意地悪言うの?
でも良い。許す、許すよウォマちゃん。可愛いウォマちゃん。
ああ……本当に可愛い……もう堪らない……」
ズグロの息が荒くなる度後ろでうわ……という声がする。
ウォマは逃げたかった。この場から、現実から。
「ウォマちゃん……産みたい……。ウォマちゃんのこと産みたいよ……」
「うわ出たよ……。そのよくわからない欲望を口に出すのはやめてくれない?」
「アア……ウォマちゃんを私のお腹の中ですくすく育てたい……体に良い物しか入れないから安心して私の羊水に包まれてね……」
ズグロは恍惚とした表情でウォマに抱きつこうとする。
会う度会う度こんなことを言われるのでウォマは彼女が少し苦手だった。しかし友人でもあるのだ。
「ヤバイ奴だ。ウォマ、逃げろ」
「わかってますよ。
ズグロちゃん離れないと怒るよ」
「えっ、やだやだ、怒らないで、ね?
わかった。産むの我慢するから……キスで我慢するから……」
「いや何キスしようとしてんの」
「私の細胞わけたい……」
ウォマの頭を掴みキスをして来ようとするズグロを力づくでやめさせる。
この女の思考がウォマにはさっぱり理解出来ない。したくもない。
「やめて!」
「ウォマちゃん、可愛い可愛い可愛いウォマちゃん…………あれ?や、なに、」
「ん?ようやく我に返ったか?ついでにどっか行ってくれ」
「ウォマちゃん……私以外の人とキスしたんだ……」
なんで分かるんだろう……ウォマは遠い目になった。
この女、魔法を使うことも出来ないのに……。
「いや、してないよ。っていうかあんたともしない」
「嘘つかないで、ウォマちゃん。どうしてそんなわかる嘘つくの?
誰とキスしたの?どうして?何回?どこに?」
ズグロはウォマの頭を強く掴む。細い腕なのになんで力だ。
ハララカの魔法がまさかこんなことになろうとは予測していなかった。
「ズグロちゃん疲れてるんだね。休んだほうがいいよ」
「おでこ?おでこでしょ?」
「なんでわかるんだよ」
「やっぱり!誰としたの?」
「俺ですよ」
ハララカは呆れたようにため息をつくとズグロからウォマを引き剥がした。
「な、なに!?男!?男としたのウォマちゃん!」
ズグロはあり得ない、とばかりにハララカを見た。
「魔法の一環で……」
「男はウォマちゃんのこと産み直せないんだよ!?ダメダメダメダメ!」
「産み直して欲しくないから」
冷たい声でウォマは言う。
「ウォマちゃんは私の赤ちゃんなのに!」
「違うよ落ち着け」
「早く要件言え変態」
堪忍袋の緒が切れたハララカが硬いブーツの底でズグロの脛を蹴った。
ズグロはよろける。
ウォマはもっとやれと思った。いっそ頭でもぶつけて記憶を消してくれ。
「いたっ!もう酷い人!ウォマちゃんから離れなさ~い!」
「ズグロちゃんが要件言ったら離れるよ。
で、なんで私探してたの?」
ズグロはハララカを睨んでいたが、ウォマに袖を引かれるとパッと破顔した。
「あのね~、サヴからの伝言。
早く仕事をしろって」
その言葉にウォマは目を細めた。
ここで言うなよ……。
「あー、うん、わかった。
ちょっと2人きりで話そうか」
「待つんだ、ウォマが赤ん坊になってしまう……!」
「ならないから!
ごめんなさい、ちょっと彼女を落ち着かせてきます」
ウォマはハララカから離れ、ズグロの背中を押した。
残りのメンバーは1人を除き悲しげな顔でウォマを見つめる。
「ウォマさん……」
「残念ながら彼女はもう……」
「そんなっ……」
「勝手に殺すなバカップル!
すぐ戻りますから!」
「ウォマ、何かあった時のために……」
デュメリルがおずおずと涎掛けを渡してきた。なんでこんなもの持ってるんだ。
「赤ん坊にもならない!
ほらズグロちゃん!とっとと行くよ!」
犯人を捕まえた刑事の如く乱暴な仕草でズグロを引っ張る。
「ウォマちゃんってば乱暴!ママにそんなことしちゃダメだよ?」
「誰がママだ」
去って行く2人の背中をデュメリルは見つめた。
まさかあの美人で有名なズグロがあんな変態だったなんて……。
「やはり真の美人は僕ということか……」
「黙れ変態」
デュメリルがハララカに蹴られていた一方、ウォマとズグロは宿の裏にいた。
ここなら誰にも話を聞かれまい。
「サヴにもう少しで終わるって言ってくれる?あと3か月くらい……」
「サヴは早くしてほしいみたいよ。
人手が足りなくなっちゃったみたい。あんなワンマンしてたらそりゃあね~……」
「こっちも頑張ってるんだよね」
「そうだよね~……。私が戦えたらパーティに入って壊滅出来たんだけど……」
ズグロが微笑むだけで大抵の男はメロメロになる。パーティを潰すのなんて簡単だ。
だがウォマは違う。ウォマが微笑んだところで誰もなんの反応もしない。これが現実なのだ……人は見た目が100パーセント……。
「手伝おうか?
あのウォマちゃんにキスした男とデュメリルくんをなんとかしてみるよ?」
あのハララカと言えど、ズグロにあの手この手で言い寄られたらひとたまりもないかもしれない……さっき蹴っていたが。
そう思うと嫌な気持ちが湧き上がった。
「や、やめたほうがいいよ!
デュメリルさんはともかくハララカさんはヤバイから!気狂いだよあいつ!」
「そうなの?ウォマちゃん気狂いにキスされたの?ママ心配……。大丈夫?」
「ママじゃないでしょ。
大丈夫だよ。私がなんとかするから」
3か月すれば自動的にこのパーティは解散になるのだ。それまで待てばいい。
「そう……無理そうならすぐ言ってね~?
あ、そうだ。サヴが欲しい人材は射手みたい。いるよね?だからもし解散が無理だったとしても、その人だけ引き抜けば大丈夫だよ~」
射手……ハララカか。
ウォマは拳を握る。
先程からズグロは手伝おうと何度も言う。
それはつまりサヴの忍耐が切れそうということだ。
なんとかして待ってもらわなければ……。忍耐が切れたらウォマの身が危ない。
「サヴに3か月待てって言っといて。あと3か月すれば絶対……」
「……待てないかも。
美味しい仕事が何件も来てるみたいで、でも人手が足りなくてクエストにとても出られないからイライラしてるの。
このままじゃギルドランキングも落ちちゃうし……」
「ズグロちゃん……なんとか出来ないかな……」
「私の方で他の人に声掛けたりしてみる。でもあんまり期待しないで。3か月待たすのは無理だよ」
いくらサヴと意気投合し阿吽の呼吸であるズグロでも無理なようだ。
が、無理なのはこちらも同じだ。
3か月すれば解散ということは、3か月しないうちに解散することは絶対無いだろう。
だからと言って解散まで追い詰めるのも難しい。
あのバカップルは触れるのも危険だし、デュメリルは女に困っていないのでウォマなんぞにうつつを抜かすはずがない。
ハララカも同じだ。
当初予定していたサークルクラッシャーのやり方は出来まい。
何か他のやり方で攻められればいいのだが……。
「そもそもサヴがちゃんとした情報集めないから……」
「どういう意味?」
「サヴがくれた情報と全然違ったの!」
「ああ……あのパーティって人の入れ替わりが激しくて、情報が腐りやすいんだよね~。人数も分からないことが多かったし。
だからこそ今回の情報は正しいと思ったんだけどなあ」
「サヴ……ちゃんとしてよね……。優男ばっかりだって言ってたけど、デュメリルさんはあんなだし、ハララカさんはすぐ人殺そうとするし……」
そう聞いたからこれなら出来そうだと仕事を引き受けたのに。
ウォマは指を噛む。
ズグロはその言葉に美しい顔を顰めた。
「人殺す……?そんなはずは。
だって彼も貴族の坊ちゃんでしょう?」
「違うよ全然。よく知らないけど、貴族じゃない。前まではゴロツキを殺すゴロツキだったって言ってたし」
「……なんなおかしい。私が聞いたときは貴族のお遊びで入った割にかなり使える射手だって聞いたのに」
「前の人じゃないかな」
「じゃあ前の人は今どこに?まだ家に帰ってないみたいだけど」
さあ、とウォマは首を振る。
恐らくあの2人のバカップルっぷりに傷心して自分探しの旅にでも出たのだろう。
「失踪者がまた……?うー。ウォマちゃん!やっぱり早く終わらせて!なんか危ない匂いがするよお!」
「ズグロちゃんたちが普段やってる仕事のがよっぽど危ない匂いがするけど?」
「あれはちょっとしたお薬だもん!人死んだりは、服用量を間違えなければしないし!
ママを安心させてちょうだい!」
「はいはい。じゃあママ、サヴのこと食い止めててよ。
なんとか早くするからさあ……」
怒り狂ったサヴは恐ろしい。
怒り方はいたって普通、内臓を燃やしたりはしない。
だが人の弱点を突いてあれはこれやと卑怯な手を使って追い詰めてくるのだ。
ウォマは死にたくもないし、自殺なんて以ての外だ。
「ま、ママ……?ママって呼んでくれたの……?」
「うんうん。呼んだ呼んだ。
サヴ食い止めてくれたら何回だって呼ぶよ」
「ほ、本当!?ならママ頑張る!」
「ありがと、ママ」
ウォマはズグロの頬にキスをする。
ズグロはそれだけで有頂天だった。
なんて可愛い私の娘!ああ、この子を自分が産めたならば!
「じゃお願いねー」
「うんっ!期待しててね私の赤ちゃん!」
ズグロの良いところはチョロいところだ。
悪いところは言わずもがな。




