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崇拝

ヒバカリは久しぶりにパーティのいる宿に到着した。


戻って来いと喚く父親、お見合い写真を広げる母親、まだ結婚してないのかと言う無神経な親戚。

まるで30代OLの帰郷のような周囲を捩じ伏せてまた戻ってきた。


ユウダの側に少しでもいたいから無理矢理な強化魔法を使ってパーティに所属しているのだ。例え彼が別に求めている人がいたとしても、彼と将来を共にすることなど出来なくても。


宿に入ろうとするとき、あの美しい髪がちらりと見えた。

ユウダだ。男なのにまるでシャンプーのコマーシャルに出れそうなほど美しい。

いずれエッセンシャルのコマーシャルに出るだろう、そう確信させるほどにサラサラツヤツヤだ。


「ユウダせんせ、」


声をかけようとして、しかしそれが止まる。

彼は美しい女性と歩いていたのだ。

見たことはない。

スラリとした手足、細い腰に柔らかそうな胸、美しいブルネットに宝石のような瞳。

アン・ハサウェイ並みの美しさだ。

ヒバカリが男なら一目惚れしていたかもしれない。が、彼女は女なので一目惚れしなかった。むしろユウダと微笑み合うその女が憎かった。


—後をつけてみよう。

ユウダからは普段、何度も、毎日、おはようからおやすみの時まで、1人で行動するなと言われている。

が、今ここまで来たのも1人だ。馬車を使っていたとはいえ1人だったのだ。問題はあるまい。


「ヒバカリさん?」


「ウキャア!!?」


振り返るとハララカが面倒そうに顔をしかめてこちらを見ていた。

何故彼が……いや驚くことではない。


「脅かさないで頂戴」


「勝手に驚かないでください。

戻って来たんですね。お疲れ様です」


「そんな挨拶してる場合じゃないわよ。

あの女誰?」


ヒバカリはビシッと、成歩堂龍一並みにビシッとユウダの隣を歩く女性を指差した。


「知りません。恋人じゃないですかあ?」


「こ、こ、こ、こい、こい、」


彼女の口が池で餌を求める鯉の如く開閉する。こいだけに。


「冗談ですよお、ちゃんと喋ってください」


「変な冗談言わないでよね!」


「そうですよね、好きな人に恋人がいたらなんて考えたくもありませんよね」


「す、好きじゃないし!」


彼女の立場上、婚約者以外の人間を好きと認めることは出来ない。

婚約者として送り込まれる男たちの一応の体裁は守ってやらないとであるし、そもそも好きと認めたところで惨めなのはヒバカリだ。


「はいはい。なんでしたっけそれ。

天邪鬼?へそ曲がり?頑固?駄々っ子?高飛車クソ女?」


「ちょっと!最後の何なの!?失礼じゃない!?」


「そうだ、ツンデレだ。ウォマさんに教えてもらったんですよ」


「話聞いてるのかしら?」


「ユウダ先生のこと好きって認めれば良いのに」


「だからっ、好きじゃありません!」


「そういうのもう大丈夫ですからあ。

で、ユウダ先生の横にいる女が鼻に付くんでしたよね。なんですか?矢で射れと?」


「本当にあなた話聞いてないわね!?誰がそんなこと言ったのかしら!?」


ヒバカリはハーッとため息をついてユウダたちの背中を指す。この男とくだらない話をしていた為にだいぶ遠くに行ってしまった。


「彼女が誰か知りたかったのよ」


「それで後をつけて調べると」


「そういうところは話早いわね。

そういうことよ。じゃ、姿が見えなくなる前にわたくしは行くから」


「1人でですか?」


「そうよ。他に誰がいる?」


ヒバカリは辺りを示した。今この場にいるのはヒバカリとこの嫌な男だけだ。

彼は少し顔を顰めて、それからため息と共に宣言した。


「俺も行きます。

あなたを1人で行動させて何かあったら俺今度こそユウダ先生に殺されちゃいますからあ」


「はあ?嫌よ。

というか先生は流石にそんなことしないわ」


「無邪気というか鈍感というか。

彼はあなたが全てなんですよ。あなた基準で動く。

俺はあなたのこと嫌いでしょう?だからユウダ先生も俺のことが嫌なんですよ。もし俺があなたに何かしたらこの身が指先から腐り落ちます」


ヒバカリは黙った。

—ユウダの行動基準が自分であることを喜ぶべきか、ハララカに嫌われていることに何か言うべきか、指先から腐り落ちるほどの魔法なんてユウダは使わないと言うべきか。


「私鈍感じゃないわよ」


「あまり男女間でのあれやこれやには口出さないことにしているんです。面倒になるでしょう?

ですけど、あなたたちの関係に関しては言わせていただきます。2人して鈍感だからいつまで経っても進まない。

とっとと結婚してとっととこのパーティから抜けてくれませんかあ?そしたらパーティ・ナジャシュのギルドランキング1位という成績だけを引き継いで俺1人で活動出来ますから」


「け、け、け、けっ、けっこ、」


思わぬ言葉にヒバカリは過呼吸のように荒い息をした。

けっ、けっこ、けっこ、んん……!?


「ちゃんと話せよ」


「ハッ!

し、失礼な口の聞き方しないでちょうだい!わたくしと先生がけ、け、っこん、なんてあり得ないわ!

それからあなただけにパーティの美味しいところを吸わせるなんてことはしなくてよ!」


ヒバカリは我に返りハララカに反論する。

この男、案外俗物な欲望を抱えている。


「あと3ヶ月したらどうするつもりですかあ?」


急な質問に彼女は眉を顰めた。

あまり考えたくない話題だ。


「父の選んだ男と結婚するわ。元々それが条件だったし」


「ユウダ先生は良いんですか?」


「良いも何も最初から決まってたことよ」


今後の人生……想い出があれば耐えられると思っただけだ。

あわよくばユウダと……と思わないでもなかった、というか8割そう思ってはいたが上手くいきそうにない。


「ふうん、そんなもんですかあ。

なら別にあの女がなんだろうとどうでもよくありませんか?」


「どうでも良くない!どこの猫だか犬だか馬だかの骨ともわからない奴が先生に悪さするかわからないじゃない!

先生は抜けてるところがあるから、あんな美人に話しかけられたら骨抜きどころかうっかりしたらそこら一帯の食べ物全部ひっくり返してしまうわ!!」


「確かにそれは止めるべきですね」


街が参事になる前に。

彼のディナーが無くなる前に。

ハララカは力強く頷いてユウダと美女の後を追った。


2人は何やら楽しげに話をし、ベーグルを買い食いしている。


「わ、わたくしだってベーグル美味しく食べれますのに……」


「別にベーグルを一緒に食べてくれる仲間を求めてるわけじゃないでしょう。

あ、ほら、動きますよ」


2人はベーグルを食べながら街を歩く。

一体かの美女は何者なのだろうか。


「ハララカ、あなたはあの女についてどう思う?」


「どうって?」


「性格が悪そうとか腹黒そうとか裏で猫虐めてそうとか」


「性格なんて話してもないのにわかりませんよお」


「じゃあ外見は!?」


「美人なんじゃないですかあ?」


「う……人間失格のハララカですらそう思うなんて……やっぱり美人なのは認めないとダメかしら」


ヒバカリはギュッと服の裾を掴む。

しかしどうにかしてあの女の悪口を聞きたい。でなければこの胸のモヤモヤは晴れないだろう。


「わたくしとどっちが美人かしら!?」


「さあ」


「さあ、じゃなくて。わたくし今物凄くモヤモヤしてるの。

どっちが美人かわからないならあの女の悪口を言いなさいよ」


ヒバカリの横暴っぷりにハララカは首を振った。


「話した事もない人にですかあ?難しいですねえ」


「初対面の時わたくしに、同じパーティでなければ会話したくない部類の人間って言ったこと忘れてなくてよ」


ハララカは悪びれもなく「それは悪口でなくて事実ですから」と言う。

全くムカつく男である。何故彼女はこんな奴をパーティに入れてしまったのか。

それはデュメリルとユウダが遠距離で攻撃できる人材が欲しいと言ったからだが、性格の良し悪しも考えるべきだったのだ。


「……じゃああの女に対して何か思ったこと言いなさいよ」


「あれ?あの人……」


「何よ。やっぱり猫虐めてる?」


「さっきからなんですかそれは。

そうじゃなくて、見たことありますね。髪型が違うので今まで気付きませんでした」


ヒバカリは女を良く見る。

が、やはり彼女の方に見覚えはない。となるとハララカの知り合い……ゴロツキ……人間の屑……社会不適合者……。


「ああ、ギルド・ヤコブソンにいますよね、彼女。

確か野良だったような」


「よく覚えてるわね。

テルシオペロさんのことは覚えてなかったのに」


「覚えてますよ。ただ余り関わりたくなかったので」


「あなた……その性格早く直しなさい……。

それであの女は何者?どんなことしてるの?強いわけ?猫虐めてる?」


「猫は知りません。

けど多分、えーっと、なんて言えばいいんでしょう」


ハララカは口元を抑える。

言いにくいことなのだろうと思いヒバカリは彼に許可を出す。


「はっきり言っても怒らないわ」


「ギルドランキング2位にいるパーティのリーダーの男いますよね?あれのセフレじゃないかな」


「せふれ?」


「セックスフレンド。

肉体関係のある知人ってことです」


「んな!?!?」


公衆の面前で何を!

ヒバカリは顔を真っ赤にしながらハララカのマントを掴んで首を揺する。


「あなたなに、バカじゃないの!?」


「まあこうなるとは思いましたけどお。

しかしなんであの男のセフレがここに」


「その言い方やめなさい!」


「あの男のお友達がなんで」


お友達、の言い方がいやらしいがヒバカリは手を離した。

ハララカはマントを直しながら目を細めて女を見る。

ユウダに何か?


「その、ギルドランキング2位の男というのはなんなの?

その男のと、友達がここにいたらまずいわけ?」


「まずくはないですよ。

ただこんな所で会うとは奇遇だなと思っただけです。野良だから大きな街のクエストもそう受けられると思えませんし。

ナジャシュに入りたいんでしょうか」


「はあ!?冗談じゃないわよ!」


あんな美人!とヒバカリは嫌悪感を露わにする。

自分が抜けた後ならなんだっていいが、今入られたら特にデュメリルが騒ぎそうだ。


「でも良かったですねえ。正体がわかって。

きっと彼女は同じギルドの仲間としてユウダ先生と話してるんですよ」


「そう思う?」


ヒバカリは女を睨む。

あの女、先程からやたらユウダに密着しているし胸も当てている。

ウォマは胸の大きな女に男は逆らえないと言っていた。

ユウダだって……。


「うう……嫌だ嫌だ」


「もう直接声掛けませんかあ?そうしましょう。それがいい」


「はあ!?って何、あっ!?」


ハララカは手を叩くとヒバカリの背中を押してユウダの元まで歩かせる。

抵抗しようとしたがその前にユウダに見つかってしまった。


「ヒバカリ!ハララカ!」


「あ、う……先生……」


「どうも。何してるんですかあ?その女の人は?」


ハララカは挨拶もそこそこに本題を切り出す。

ユウダはああ、と頷いて彼女を紹介し始めた。

随分あっさりしている。恋人の線はドライヤーに当てられたフリクションの文字より薄くなった。


「彼女はズグロさん。

なんでもウォマさんの友人らしいんだ」


「ウォマさんの?」


「こんにちわ~。ズグロです。よろしくお願いしますね」


女は2人に屈託のない笑顔でお辞儀をする。

喋るとノンビリとしていて、どこか見た目とチグハグだ。


「どうも……あの、ウォマさんに何か?」


「あのね、偶々近くまで来て……ここにいるって聞いてたから……会いに来たんです。」


何故かズグロは頬を染める。

照れる要素はどこにもない。


「なんでベーグルの買い食いを?」


「いやアハハ……お腹すいちゃって……。

あ、ちょうど良かった。ウォマさんどこにいるかわかる?」


ユウダは呑気にお腹をさする。

やはりなんでもなかったじゃないかとハララカは思ったが口には出さない。顔には出ていたが。


「多分宿に。

案内しましょう。ヒバカリさんが」


「な、なんでわたくしが!?」


「あなたも帰る所でしょう?ちょうどいいじゃありませんかあ」


「あなたは!?」


「うん、出来れば離れたいなって。

ほら俺、すぐ手が出ちゃうでしょう?ムカついたらズドンと。ね?」


「あなたね……」


女相手に手をあげるな、と思うがこの男に言っても仕方がない。今までヒバカリも散々な目にあっている。

彼女は渋々ズグロを宿に案内することにした。


「わたくしはヒバカリです。

同じギルドとして宜しくお願いします。」


「は~い」


ズグロは敬礼の真似をすると、跳ねるようにヒバカリの後に続いた。


ハララカはそれを見つめる。

やはり一緒に行かなくて良かった。自分ならちゃんと歩けと足を蹴っていただろう。


「ヒバカリ1人にしたらダメだよ、ほらほら、一緒に戻ろう」


「後ろからついて行きますよお。

ユウダ先生は?」


「私も戻るよ。

にしてももしかして……私たちのこと見てたの?」


「ええ、あの女が誰か気になって」


「そっか。

向こうが私の顔を覚えていたみたいでね。

私は知らなかったんだけど……」


ズグロは美人だ。それはもう美人だ。

そんな彼女を全く知らない男はあのギルドにはほとんどいない。あのデュメリルですらその美しさには一目置いている。

というのにユウダは全く知らなかった。


「さすが盲目ですねえ」


「え?」


「ヒバカリさんにしか興味が無いからですよ」


「それは仕方ないだろ?」


ユウダは困ったように笑う。


「彼女を知ったら他の物なんて霞んで見える」


「ウワア、あまりの気持ち悪さに鳥肌が止まりませんよお」


「ハララカには分からないだろうけど……初めて彼女を見た時私は全身に震えが走ったんだ。

彼女は天使だとわかった。

純真無垢、穢れを知らないこの世で唯一の……」


彼の顔は満ち足りたように微笑む。

ハララカはそれが気持ち悪くて堪らなかった。

あの高飛車な女がそんな美しい存在か?


「天使ねえ。

あなたにとってヒバカリさんがどんな存在かどうでもいいですけど、でもだからって婚約者達を次々消すのはどうなんですかあ?

貴族の命は重いんでしょ?」


「私は何もしてないよ。

ただ、もしアレ等がヒバカリを傷つけようとしたらその身が腐るように呪いをかけただけで。

あの子が冒険者紛いのことをするんだ。それくらいの保険は必要じゃ無いか?」


ユウダはまだ笑う。


「ヒバカリさんのこと気持ち悪いくらい大好きですもんね。

でもどうするんですか?あと3ヶ月で彼女は結婚しますよ」


「私の御眼鏡に適う人が中々いなくてこんなことに。

どいつもこいつも穢れた俗物だよ」


「あなたが結婚すればいいのに」


「私も同じ、穢れた俗物だから」


彼は少し寂しそうな表情になった。


ユウダのこれは決して恋などでは無い。

そんなものではない。これは崇拝と独占欲と庇護欲の混じった手に負えない代物だ。

ハララカはユウダを見る。気持ち悪いが、自分の身に火の粉がかかる前にヒバカリにユウダと結婚してもらうしかない。

もしくはヒバカリに聖職者になってその身を神に……いやこの男は神すらも認めないだろう。


「穢れた俗物でも、ヒバカリさんが幸せなら良いんじゃないですかあ?」


「ヒバカリが少しでも穢れることも傷つくことも耐えられない」


「すみません、さっきセフレの意味教えました」


ハララカの言葉にユウダは目を見開いた。

だからコイツは嫌なのだ!

普段は良い。だが、ヒバカリに対する態度、扱いは最悪だ!


「まだ内臓を燃やされたりないのか!?」


ユウダは長い三つ編みを振り払いハララカを睨みつけた。その目は殺意に満ちている。


「まさかあ。もう御免ですよ。

でもあなたの天使様はこれくらいじゃ穢れないんじゃないですかあ?」


「そりゃそうだ!なんたって彼女はこの世で唯一の存在!無垢の化身!跪け!崇めよ!奉れ!」


「あーはいはい。恥ずかしいので大声でそういうこと言わないでください」


ハララカはユウダの腕を掴んで歩かせる。

頭がおかしい奴を野に放すな、病院にでも入れてロボトミー手術でもしてしまえと思うのだが貴族はそうじゃないらしい。


「本当貴族って嫌ですよねえ」


「ああ、大変だよ……」


「お前のことだよ」


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