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ヒバカリの事情

「ウォマさん!!」


ヒバカリの泣きそうな声と共に彼女が現れた。


「ヒバカリさん……!」


「ああ、良かった……無事だったのね!

いえ、無事じゃなかったのね……」


ヒバカリはウォマの衣服の血を見てぎゅっと目を閉じた。

ハララカが魔法で治しただけで、ひどい目にあわされたことには変わりない。


「大丈夫だよ、」


「大丈夫じゃありませんでした。耳も切られるしお腹もバッサリ。間に合って良かったです。国を滅ぼすことになるところでした」


「耳!?お腹!?国!?」


ヒバカリはウォマの体を見る。確かにその部分に血が付いていた。

洞窟に転がる二つの死体。

こいつらがやったのか。


「こいつらが……」


「そう。臓器売買やってたみたいで。

このことは後でみんなが来てから説明するね」


「臓器売買……?臓器売買をやっていたの……?」


「うん、そう……って、ヒバカリさん?」


彼女の様子がおかしい。拳が震え、緑の目が異様に光っている。


「あー、しまった」


「なんですか!?嫌な予感するんですけど!?」


「ヒバカリさんは強化魔法を使っている副作用で感情によって暴走しやすいんです」


強化魔法……?

ウォマがヒバカリを振り返ると、彼女の肌は指先から黒く染まり、額には角が生えていた。


「ンエ!?なんかめっちゃゴツくなってますよ!?」


「そうなんですよお。

ヒバカリさん、落ち着いてください。この洞窟を潰す気ですかあ?」


「許せない……」


ヒバカリはハララカの言葉が耳に入らないのか、体を震わせながら男たちの死体を睨みつけていた。


「ヒバカリさん!落ち着いて!そいつらもう死んでますから!これ以上何もしなくていいんですよ!」


ヒバカリは歯を剥いて唸り声をあげる。その歯はまるで狼のように尖っていた。

体が徐々に黒く染まっていく。


「ど、ど、どうしましょう!このままじゃヒバカリさんがアショクに!」


「任せてください。必殺技があります」


ハララカはニヤリと笑うとウォマの肩を叩き、ヒバカリに近づいた。


「ヒバカリさん」


「こんなのは許されない……」


「ヒバカリさーん、強化魔法使ったこと、ユウダ先生に言っちゃいますよお?」


ヒバカリの動きがピタッと止まった。

それからみるみるうちに肌の色は元に戻り角も消える。


「言わないでっ!!」


ヒバカリはハララカのマントを掴んだ。


「言いません」


「ウォマさんも!言っちゃダメ!先生に怒られる!」


「あ、うん……強化魔法って?

ていうか、ユウダ先生怒ったりしないでしょ」


全く恋する乙女は~。ウォマはヒバカリの背中を叩いた……が、彼女はあり得ないとばかりに首を振った。


「怒るわよ……滅茶苦茶……」


「嘘だあ、」


「ユウダ先生、怒ると怖いですよお?」


思わずハララカの顔をまじまじと見る。

あの、いつもポワポワしているユウダ先生が?


「怖いって……食器が倍割れるとか?」


「そうじゃなくて……魔法を行使してくるの。

私は身体が動かなくなる魔法をかけられたわ」


「ユウダ先生はヒバカリさんに甘いからその程度で済んだんでしょう。

俺は体の内側から焼かれたことがあります」


「ヒッ」


ウォマは己の体を抱き締めた。

彼がそんな恐ろしいことをする人には到底思えない。

むしろこの2人がすごく悪いことをしたんじゃないだろうか?


「ちなみに何したんですか?」


「わたくしは……強化魔法を使ったことがバレて……」


「俺はヒバカリさんの髪を掴んで放り投げただけですよ」


「なんでそんなことしたんです!?」


「魔物が来て危なかったので。咄嗟の判断が誤りでしたね。

あんなことになるくらいなら魔物に殺させておけばよかった」


ハララカは小さくため息をついて首を振る。まるで反省していない。


「ヒバカリさん、どうしてこの人と同じパーティにいるの?」


「私も常々思っているわ」


ウォマはハララカから一歩距離を取る。髪を掴んで放り投げるだなんて、咄嗟だとしてもそんな判断は出来ない。

が、彼はウォマの腰を掴むとグイと自分の方に寄せた。


「何逃げてるんですかあ?」


「逃げてないです。離してください」


「まだ体の調子悪いでしょう?

掴まってていいですよお」


ウォマは顔を引攣らせながら笑顔を作った。

なんだこの男は。


しかし、ハララカがヒバカリにしたことは中々に最低だが体の内側から焼くほどのことだろうか?

恐ろしいモンスターペアレントっぷり。

ウォマは、ヒバカリの扱いに注意するよう脳に刻んだ。


「そろそろここからもう出ましょう。わたくし、怒りを抑えるのに必死なの」


ヒバカリはポニーテールを振り回し洞窟から出る。

ウォマもそれに続こうとすると、ハララカはウォマの手を取って歩き出した。

どうやら本当に彼女の体を心配してくれているらしい。


もう大丈夫だと伝えようとしたが……ウォマは口を閉じた。

彼の冷たい手に握られていると心がほんの少し落ち着いた。ハララカなら何かあっても助けてくれるという想いがあった。


「……あ、そだ。結局強化魔法ってなに?

ユウダ先生が怒るほどの魔法って……」


「己の肉体を強化・改造するから強化魔法。

あまり良いものじゃないのよ。さっきみたいに、姿が変わるし……代償も大きいわ」


「なんでそんなものを……」


「だって、わたくしはただの貴族だもの。こうでもしないと魔物退治なんてできないわ」


「そこまでしてどうして?魔物退治なんてしなくてもあなたなら暮らしていけるでしょ?」


「わたくしは……どうしても嫌だったの」


ヒバカリはくるりと振り向いてウォマの目を見つめた。

彼女の緑の目は真剣だった。


「まだこのパーティに来て間もないあなたに言うことかわからないけれど、でも伝えるべきだと思うから伝えます。

わたくしたちのパーティは元々、わたくしの結婚相手を探すためのものだったの」


結婚相手を探す……?


「ど、どういう意味……!?」


「そもそも、このパーティナジャシュのリーダーはわたくしだったの。


なんでパーティを作ったかというとわたくしがどうしても、どうしても、絶対に婚約者たちのいずれとも結婚したくなかったからよ。だからわたくしは、わたくしよりも優れた男と結婚すると言ったの。魔法が使え魔物退治が出来て領主としての力もある人。

正直な話、坊ちゃんばかりだったからわたくしが強化魔法を使わなくても勝てるような人達だったけれど魔物を殺すには私の力は足りなかったから。


優れた男か見極めるために魔物退治の旅に出ることにしたの。一ヶ月限定の。

その話ですでに5人が辞退した。


けれど残った人が居たからパーティを作ったわ。女は私を含めて3人、男がユウダ先生含めて5人の8人パーティだったわ。

女は従者よ。男だらけのパーティなんて危ないから付けてもらったの。3日目で皆逃げ出したけれど。

そして一週間経ち、残ったのはわたくしとユウダ先生だけだった」


ウォマは混乱して居た。

貴族の結婚ってそんなに大変なの?

かぐや姫の結婚並みじゃないか。

そして男たちの根性の無さ!それじゃあ普通の女だって捕まえられないだろう。


「それで……なんでパーティを続けているの?」


「父が約束を違えたからよ。

皆逃げ出したから誰とも結婚はしないと言ったらまた新たにヘロヘロのいかにも弱そうな男を連れて来て……。頭に来たから家から出たのよ」


「えっ!?家出!?」


「そうなるかしら?たまに帰っているから違う気もするわね。

一応わたくしよりも優れた男がこのパーティに入って、それを認めろというならその男と結婚するけれど。

それは形骸化しているわね。いつの間にかリーダーの座をデュメリルに取られるし、その後入って来たのはハララカみたいな飢えた獣以上の野蛮人と女性のあなた。もうわたくしの結婚相手を見つけるためのものでは無くなっているわ。」


ウォマは開いた口が塞がらなかった。

この娘、やってること滅茶苦茶じゃないか。

ウォマが父親なら心労で倒れている。


しかしウォマは父親ではない。もっと心配することがあった。

……このパーティ、果たして解散させる意味があるのか?

そのうち勝手に潰れるんじゃないだろうか?


「……あの、どうしてまだパーティを続けているの?」


「期限を決めているのよ。わたくしが17になるまで。……あと3ヶ月ね」


あと3ヶ月!!

心の中でウォマは華麗にガッツポーズを決めた。

あとたった3ヶ月すれば彼らは勝手に解散する。

するとどうだろう。サヴはきっとウォマが解散させたと思う。

彼女はなんの手を下すことなく報酬を得ることが出来るのだ!


「こ、このこと、誰にも話してない!?」


「え?ええ。

父が婚約相手を探すために言っているかもしれないけれど最近はもう諦めているみたい。

どうせあと3ヶ月だもの」


ヒバカリの父からすれば、娘が冒険者まがいのことをやってるだなんて恥でしか無いのだ。

人には伝えず、彼女と婚約を申し出た者だけにそれを伝えていた。


「……あれ?じゃあ3ヶ月経ったらヒバカリさんはどうするの?ユウダ先生は?」


「どうしてそこで彼の名前が出てくるのかしら。

わたくしは……よく知りもしない、わたくしよりも弱い男と結婚するのよ」


「でも、ユウダ先生はヒバカリさんの条件に合ってるよね?」


「あの人は!」


ヒバカリは大声を出し、苦しげな顔でウォマを見た。


「探している人がいるのよ……!ずっと、その方を……。

そもそもわたくしのような小娘が結婚の申し込みだなんて出来ないわ」


「え、で、でも、」


その探している人がなんなのか知らないが、ユウダもヒバカリのことを憎からず想っていると思うのだが……ウォマはハララカを見上げた。

彼はこちらの目線に気がつくと「男女間の関係に口出しはやめましょう」と言った。


「冷たい人ですね。同じパーティの仲間じゃないですか」


「俺にはそういうことわからないですよ」


「でも私より長く2人といるわけじゃないですか。なんかアドバイス出来ないんですか?」


「さあ。俺ならとっとと襲って孕ませて結婚まで押し切りますけど貴族はそうはいかないでしょう?あれ、いけるかな?」


「いけますよ。採用!

さ、頑張ってヒバカリさん!大事なのは情に訴えること。

ユウダ先生との子供が出来た、もう他の人と結婚なんて出来ないって言えばあの人なら絶対結婚してくれるよ」


「信じられない!!あなたたち、道徳・常識・倫理観っていうもの知っているかしら!?」


ヒバカリは三歩ほど、2人と距離を取った。

悍ましい。なんでこんな非常識な獣のような人間と一緒にいるのだろう。

まさかウォマまで狂ってるとは思わなんだ。


「ああ、大丈夫。結婚してもらえなくても子供買い取ってくれる業者知ってるから。新生児は高く売れるよ~」


「手足舌切っとけば抵抗出来ないんじゃないですかあ?手伝いますよお。

俺、手足が切り落とされた後も生きていける魔法使えますから」


「め、目眩がしてきた。黙ってくださる?」


あまりの言葉に彼女はしゃがみこんだ。

どちらもベクトルは違うが、ヒバカリとは常識が違う。世界が違う。


「あ!ウォマさん、ヒバカリ!」


目眩がする世界の中、愛しい人の声が聞こえた。

ユウダだ。彼はローブを脱いでシャツ一枚になっていた。

きっとウォマの捜索のために辺りを必死で探したに違いない。


「先生……!」


「どうしたんだい……?どうしてウォマさんは元気そうなのにヒバカリがこんなに真っ青なの……?」


「さあ……。私は純粋なアドバイスをしただけなんですけど……」


「ヒバカリ、大丈夫?」


ユウダがヒバカリの背中をさする。

彼女はそれを手で振って止めさせた。


「大丈夫です。いえ、純粋なアドバイスという言葉は反論したいですけれど。

デュメリルは?」


「ああ、いるよ。

デュメリル」


「おう」


デュメリルはユウダの背後からピョコンと現れた。

彼にくっついていたらしい。


「わっ!」


「全く、どこにいたんだ?心配しただろ」


「大変でしたよお」


ハララカは説明を始める。

聞き終わった彼らは眉を寄せて沈痛な面持ちになった。


「そうか……そんなことが。

悪かったウォマ。あの時、魔物に近づくのをやめておけば……」


「こうして私は生きてるんだから、良しとしようよ」


「その2人組の所に行ってこようか。

3人はここにいて。3人離れないでね」


ユウダはデュメリルを連れて洞窟に来た。

ウォマのものだろう血で汚れ、2人の男の死体が転がっていた。


「さすが、百発百中だな」


デュメリルが細身の男の体を足で転がす。

頭にしっかり矢が刺さっていた。


「ハララカか」


「しか居ないだろう。こんな正確なの。

にしてもあいつ、ウォマに対してはジャンジャン魔法を使うなあ。

僕の時だってかなり危険な状態だったのに」


「それは……」


君のことが嫌いだから見殺しにしたんだよ、とは言わなかった。何故ならユウダは優しいから。例え怒りを抑えられなくてハララカの体の内側を燃やしたことがあっても彼は優しいのだ。


「き、きっとウォマさんが好きなんだよ」


「ええ?ハララカに人間を愛する心があるのか?」


「無いかなあ」


何せ魔物との戦闘中だったとはいえヒバカリの髪を引っ掴んで押し倒したり、蹴り倒したり、彼女ごと矢で射ろうとしたりする男なのだ。


「だよな。

あんな奴の話はやめよう。

それで、あいつらの話だとスーツケースに耳が入っているんだったな」


デュメリルはスーツケースを取り出しそっと覗く。

確かに灰がかったモノがいくつも釘で打ち付けられている。

そんなジッと見るようなものでもないとデュメリルはさっさとそれを閉じた。


「魔術師が死んだからか……魔法が解けて来てるな」


「腐ったら困る。私がかけておこう」


ユウダはさっと魔法をかけ腐敗を止めた。

そしてどんな魔術師がこんな酷い事件に関わったのかと、もう1人の男を転がした。


「……彼は……」


「知っているのか?」


「ああ。パレアスだったかな。

有名な白魔法の使い手の元で修行していたんだけど、最近そこを破門になって……まさかこんなことをしていただなんてなあ」


この男は魔術師の恥だ。でもなんでこんなことに。

この男のことは知らないが彼の師匠は知っている。善良な男だ。

弟子がこんな恐ろしい事件の犯人だなんて知ったらきっと驚くだろう。


「詳しく調べる必要があるかもね」


「ハー……臓器売買か。厄介なことになったな」


デュメリルは男たちの死体を見た。

まだ魔物が人間を襲っていた方が良かった。

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